本論文は「半導体量子構造のフォトニクスデバイスへの応用に関する研究」と題し、微小共振器構造による自然放出特性変化の物理を明らかにする目的で、主に光の場と電子や正孔が互いに結合した状態を作りうる半導体微小共振器構造や垂直共振器面発光レーザー(VCSEL)を利用して、微小共振器の構造や作製する基板の面方位によって変化する自然放出特性、あるいは発振特性を詳細に調べた結果をまとめたもので、5章から構成されている。 第1章は序論であり、本研究の背景と目的、そして本論文の構成について述べている。背景では、半導体微小共振器や垂直共振器面発光レーザー(VCSEL)が今日注目されているのは、レーザーデバイスの低しきい値化、あるいは自然放出制御が可能であるためであることを述べている。次に、本実験の主題である半導体微小共振器構造に関する研究の意義を述べ、本研究の目的を述べている。 第2章では、垂直共振器面発光レーザー(VCSEL)について、今まで報告された重要な成果を交え概観している。またVCSELは微小共振器構造を有するデバイスなので、微小共振器構造による自然放出特性の変化を調べる上で適当な構造を有していることを示している。 第3章では、GaAs(411)A面上に作製したAlGaAs/GaAs量子井戸、InGaAs/GaAs量子井戸の光学特性、およびこれらの量子構造をデバイスへ応用した垂直共振器面発光レーザー(VCSEL)の光学特性について述べている。同条件で成長したAlGaAs/GaAs量子井戸やInGaAs/GaAs量子井戸の発光強度は、GaAs(411)A面上の量子井戸の方が共に、20%(AlGaAs/GaAs),30%(InGaAs/GaAs)程大きくなり、またその半値幅は共に小さくなる結果が得られている。これは、(411)Aの方が(100)よりも平坦なヘテロ界面が得られやすいため、としている。次に、GaAs(411)A面上に作製したVCSELの光学特性を、主に反射スペクトルとフォトルミネッセンス測定から調べている。GaAs(411)A面上に作製したVCSELの反射スペクトルは、(100)面上のそれと比較して顕著な差が見られず、ほぼ同程度の垂直共振器構造が得られている。注目すべき成果は、作製したGaAs(411)A面上のVCSELは、室温光パルス励起によりはじめてレーザー発振に成功しており、その発振しきい値は従来の(100)面上のVCSELと比較して30%程低減されたことを確認していることである。 第4章では、微小共振器レーザーの自然放出特性の変化について、様々な側面から検討がなされており、主に自然放出寿命の測定結果を基に議論している。まず、微小共振器の自然放出寿命の共振器ミラーの反射率依存性について議論している。注目すべき成果は、共振器ミラーの反射率によって、自然放出寿命が従来の理論で予想された以上に変化することを見い出した点である。これは、通常の微小共振器効果と、従来理論では考慮されていなかったキャリアのクーロン散乱の効果との相乗効果による、と説明されている。次に、微小共振器から放出された自然放出光の自然放出寿命の波長依存性について調べており、微小共振器の共振波長で測定した自然放出寿命が最短となり、共振波長から外れるにつれ長くなる、という結果が得られている。これは、半導体微小共振器でも原子系の微小共振器と同様に、自然放出寿命には波長依存性があるためである、と説明している。最後に、微小共振器モードと励起子準位のエネルギーの結合を変化させ、共振器モードで測定した自然放出寿命の変化について議論している。そして、微小共振器効果を確認するのが困難とされてきた弱結合状態でも、微小共振器モードと励起子準位のエネルギーが合致した時、明瞭な微小共振器効果を確認している。 第5章は本研究のまとめである。GaAs(411)A面上に作製した垂直共振器面発光レーザー(VCSEL)の発振にはじめて成功したこと、さらにその発振しきい値が、通常の(100)面上に作製したVCSELの発振しきい値よりも低減されることを見い出したこと、また微小共振器構造の共振器ミラーの反射率、励起子準位のエネルギーと共振器の結合度によって、自然放出寿命が従来理論よりも大きく変化することを見い出し、今後の面発光レーザーの研究開発、および微小共振器構造による自然放出制御の確立に、極めて有用な結果を得たことを統括的にまとめている。 以上をまとめると、本論文では、精緻な結晶成長技術を利用して、非(100)面上に作製した光デバイスの基本特性や、微小共振器構造の自然放出特性変化の物理を様々な側面から明らかにし、さらにその応用に関する指針を得ており、半導体光デバイス研究への寄与が非常に大きい。よって本論文は博士(工学)の学位論文として合格と認められる。 |