学位論文要旨



No 113886
著者(漢字) 花巻,吉彦
著者(英字)
著者(カナ) ハナマキ,ヨシヒコ
標題(和) 半導体量子構造のフォトニクスデバイスへの応用に関する研究
標題(洋)
報告番号 113886
報告番号 甲13886
学位授与日 1998.12.11
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4267号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 白木,靖寛
 東京大学 教授 伊藤,良一
 東京大学 教授 榊,裕之
 東京大学 教授 保立,和夫
 東京大学 教授 荒川,泰彦
 東京大学 助教授 長田,俊人
内容要旨

 分子線エピタキシー法や有機金属気相エピタキシー法などの結晶成長技術により、原子レベルで構造を制御した半導体量子構造の作製が可能になった。その結果、従来の光デバイスの特性が改善されたのみならず、新しい設計思想のもとに、光デバイスの作製が可能となった。その一例として、本研究でとりあげた半導体垂直共振器面発光レーザー(vertical-cavity surface-emitting laser;VCSEL)と半導体微小共振器レーザー(microcavity laser)があげられる。VCSELは従来の半導体レーザーと異なり基板と垂直方向に光を出射するので、アレイ化が可能である。また微小共振器レーザーは、その共振器長が光の波長と同程度であるため生じる微小共振器効果により、自然放出光を積極的に利用する光デバイスである。近年、この二つのレーザー構造を用いて、半導体レーザーの動特性や発振しきい値に大きな影響を与える自然放出寿命を制御しようとする試みがなされているが、現段階ではその実験的、理論的検討は不十分である。

 以上の背景のもとに、本研究は、半導体微小共振器構造の発振しきい値の面方位依存性、自然放出寿命の共振器ミラーの反射率依存性、発光波長依存性、そして励起子と微小共振器の結合度依存性を実験的に明らかにし、自然放出過程の物理を理解することを目的とした。以下に得られた成果を要約する。

GaAs(411)A面上に作製した垂直共振器面発光レーザー

 重い正孔の有効質量が従来の(100)面上よりも小さくなること、またヘテロ界面が実効的に原子オーダーで平坦になるため、VCSELの発振しきい値が低減されると期待される(411)A面上にVCSELを作製した。本実験ではGaAs(411)A面上にVCSELを作製する条件の最適化からデバイスの評価まで、従来の(100)面のVCSELと比較しながら検討を行った。

(1)GaAs(411)A面上のAlGaAs/GaAs量子井戸

 VCSELのAlAs/GaAs分布ブラッグ反射器(Distributed Bragg Reflector;DBR)の作製条件の最適化を行うため、Al0.3Ga0.7As/GaAs量子井戸の作製条件の最適化を行った。図1に示したフォトルミネッセンス(PL)スペクトルより、成長温度が580度の時、量子井戸の発光強度は最大となり、その半値幅も最小となることがわかった。このスペクトルは(100)面上の量子井戸と比較して、発光強度は10%程大きくなったが、半値幅は同程度であった。

図1 GaAs(411)A面上に作製したAl0.3Ga0.7As量子井戸のPLスペクトル
(2)GaAs(411)A面上のInGaAs/GaAs量子井戸

 VCSELで活性層となるIn0.2Ga0.8As/GaAs量子井戸の発光特性を(411)A面と(100)面で比較した。成長条件は(100)面上で最適化されたものである。図2に示したように、(411)A面の方が(100)面よりも発光強度が大きく、半値幅が狭いことがわかった。

図2 In0.2Ga0.8As/GaAs量子井戸のPLスペクトル
(3)GaAs(411)A面上のVCSEL

 最適化された作製条件を用い、図3に示した構造を有するVCSELをGaAs(411)A面上と(100)面上に作製し、両者の発振特性を比較した。(411)A面上に作製したDBRの反射特性は、(100)面上のそれと同程度であった。図4に示すように、(411)A面上のVCSELは光パルス励起によってレーザー発振に至り、その発振しきい値は(100)面上より30%程小さくなった。これは(411)A面上のInGaAs/GaAs量子井戸の重い正孔の有効質量が、(100)面上のそれよりも小さいからである。また(411)A面上のVCSELの自然放出光の発光強度が大きく、誘導放出光の発光強度は小さくなったことから、InGaAs/GaAs量子井戸の光閉じこめと光利得で、GaAs(411)A面が(100)面よりも優れていることがわかる。GaAs(411)A面上のVCSELでレーザー発振を確認したのは、本実験が最初である。

図3 作製したVCSELの構造3つのInGaAs/GaAs量子井戸を有する二波長共振器をAlAs/GaAs DBRで挾んだ構造図4 VCSELの入出力特性入出力特性のトビから得られる発振しきい値は、(411)A面上のVCSELで40mW、(100)面上のVCSELで60mWとなった
微小共振器レーザーの自然放出

 光デバイスの動作速度の向上と発光効率の改善をめざし、自然放出の制御に関する実験が行われているが、発光寿命をもとに自然放出の物理を議論した報告は少ない。本研究では、半導体微小共振器構造を有するVCSELの自然放出寿命について、共振器ミラーの反射率依存性、発光波長依存性、そして励起子と微小共振器の結合度依存性について系統的に検討した。

(1)共振器ミラーの反射率による微小共振器中の自然放出光の変化

 微小共振器中に立つ電磁波の定在波の振幅と共振器のモード密度は、共振器ミラーの反射率で大きく変化するため、自然放出特性が大きく変化する。図5に示す共振器ミラーの反射率が異なる微小共振器を作製し、その自然放出の発光特性を評価した。PLスペクトルの半値幅は、共振器ミラーの反射率が大きい微小共振器ほど小さくなった。図6に示した自然放出寿命の励起強度依存性より、共振器のミラーの反射率が大きくなるほど、自然放出寿命が短くなることがわかった。この変化量は、従来の原子系の2準位モデルより予想された最大の変化量〜30%よりもはるかに大きくなった。これは、本実験では半導体微小共振器構造を用いたため、原子系には見られない、励起された電子や正孔が互いに結合するために生じるクーロン散乱の効果と、微小共振器の共振器モードの遷移レートが大きくなるビーコニング効果の2つの理由であることが明らかになった。

図5 共振器ミラーの反射率が異なる微小共振器AlAs/GaAsのペアーを変化させ(5〜20)、共振器ミラーの反射率を変化させる(40〜99%)図6 自然放出寿命の励起強度依存性
(2)自然放出寿命の発光波長依存性

 微小共振器構造のよって、半値幅の広いInGaAs/GaAs量子井戸の発光が大きく変更され、半値幅が狭くなることが知られている。このことは自然放出による発光が共振器モードで選択的に起こることを示している。それゆえ微小共振器から放射された自然放出光の発光寿命には、共振波長近傍で波長依存性があることが予想される。図7に示したように自然放出寿命には波長依存性があり、共振波長近傍で最短となった。これは連続なエネルギー帯を持つ励起子が、離散的な共振器モードに結合しなければ基底準位に遷移できないためであり、共振器モード以外のエネルギーを持つ励起子は遷移を抑制されるためである。

(3)自然放出寿命の共振器モードと励起子の結合度依存性

 測定温度を変化させることで、InGaAs/GaAs量子井戸内の励起子と共振器モードの結合度を連続的に変化させ自然放出寿命を測定した。図8に測定結果を示す。結合度が小さい100K〜150Kでは、微小共振器の自然放出寿命は共振器を持たない通常の量子井戸と大差がない。しかし結合度が大きくなる40K〜80Kでは微小共振器の自然放出寿命は通常の量子井戸よりも短くなった。これは、共振器モードと励起子の結合度の大小によって微小共振器効果の大小が変化し、その結果、自然放出寿命が大きく変化したことを示している。

図7 自然放出寿命の発光波長依存性図8 微小共振器と通常の量子井戸の自然放出寿命実線(微小共振器)と破線(量小井戸)の差が、実質的な微小共振器の効果を表している
審査要旨

 本論文は「半導体量子構造のフォトニクスデバイスへの応用に関する研究」と題し、微小共振器構造による自然放出特性変化の物理を明らかにする目的で、主に光の場と電子や正孔が互いに結合した状態を作りうる半導体微小共振器構造や垂直共振器面発光レーザー(VCSEL)を利用して、微小共振器の構造や作製する基板の面方位によって変化する自然放出特性、あるいは発振特性を詳細に調べた結果をまとめたもので、5章から構成されている。

 第1章は序論であり、本研究の背景と目的、そして本論文の構成について述べている。背景では、半導体微小共振器や垂直共振器面発光レーザー(VCSEL)が今日注目されているのは、レーザーデバイスの低しきい値化、あるいは自然放出制御が可能であるためであることを述べている。次に、本実験の主題である半導体微小共振器構造に関する研究の意義を述べ、本研究の目的を述べている。

 第2章では、垂直共振器面発光レーザー(VCSEL)について、今まで報告された重要な成果を交え概観している。またVCSELは微小共振器構造を有するデバイスなので、微小共振器構造による自然放出特性の変化を調べる上で適当な構造を有していることを示している。

 第3章では、GaAs(411)A面上に作製したAlGaAs/GaAs量子井戸、InGaAs/GaAs量子井戸の光学特性、およびこれらの量子構造をデバイスへ応用した垂直共振器面発光レーザー(VCSEL)の光学特性について述べている。同条件で成長したAlGaAs/GaAs量子井戸やInGaAs/GaAs量子井戸の発光強度は、GaAs(411)A面上の量子井戸の方が共に、20%(AlGaAs/GaAs),30%(InGaAs/GaAs)程大きくなり、またその半値幅は共に小さくなる結果が得られている。これは、(411)Aの方が(100)よりも平坦なヘテロ界面が得られやすいため、としている。次に、GaAs(411)A面上に作製したVCSELの光学特性を、主に反射スペクトルとフォトルミネッセンス測定から調べている。GaAs(411)A面上に作製したVCSELの反射スペクトルは、(100)面上のそれと比較して顕著な差が見られず、ほぼ同程度の垂直共振器構造が得られている。注目すべき成果は、作製したGaAs(411)A面上のVCSELは、室温光パルス励起によりはじめてレーザー発振に成功しており、その発振しきい値は従来の(100)面上のVCSELと比較して30%程低減されたことを確認していることである。

 第4章では、微小共振器レーザーの自然放出特性の変化について、様々な側面から検討がなされており、主に自然放出寿命の測定結果を基に議論している。まず、微小共振器の自然放出寿命の共振器ミラーの反射率依存性について議論している。注目すべき成果は、共振器ミラーの反射率によって、自然放出寿命が従来の理論で予想された以上に変化することを見い出した点である。これは、通常の微小共振器効果と、従来理論では考慮されていなかったキャリアのクーロン散乱の効果との相乗効果による、と説明されている。次に、微小共振器から放出された自然放出光の自然放出寿命の波長依存性について調べており、微小共振器の共振波長で測定した自然放出寿命が最短となり、共振波長から外れるにつれ長くなる、という結果が得られている。これは、半導体微小共振器でも原子系の微小共振器と同様に、自然放出寿命には波長依存性があるためである、と説明している。最後に、微小共振器モードと励起子準位のエネルギーの結合を変化させ、共振器モードで測定した自然放出寿命の変化について議論している。そして、微小共振器効果を確認するのが困難とされてきた弱結合状態でも、微小共振器モードと励起子準位のエネルギーが合致した時、明瞭な微小共振器効果を確認している。

 第5章は本研究のまとめである。GaAs(411)A面上に作製した垂直共振器面発光レーザー(VCSEL)の発振にはじめて成功したこと、さらにその発振しきい値が、通常の(100)面上に作製したVCSELの発振しきい値よりも低減されることを見い出したこと、また微小共振器構造の共振器ミラーの反射率、励起子準位のエネルギーと共振器の結合度によって、自然放出寿命が従来理論よりも大きく変化することを見い出し、今後の面発光レーザーの研究開発、および微小共振器構造による自然放出制御の確立に、極めて有用な結果を得たことを統括的にまとめている。

 以上をまとめると、本論文では、精緻な結晶成長技術を利用して、非(100)面上に作製した光デバイスの基本特性や、微小共振器構造の自然放出特性変化の物理を様々な側面から明らかにし、さらにその応用に関する指針を得ており、半導体光デバイス研究への寄与が非常に大きい。よって本論文は博士(工学)の学位論文として合格と認められる。

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