学位論文要旨



No 113889
著者(漢字) 岡田,京子
著者(英字)
著者(カナ) オカダ,キョウコ
標題(和) 近傍渦巻銀河の空間分解されたX線スペクトルの研究
標題(洋) Spatially resolved X-ray spectroscopy of nearby spiral galaxies
報告番号 113889
報告番号 甲13889
学位授与日 1998.12.14
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3483号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 黒田,和明
 宇宙科学研究所 助教授 高橋,忠幸
 東京大学 教授 折戸,周治
 東京大学 助教授 須藤,靖
 東京大学 教授 岡村,定矩
内容要旨 1 研究の目的

 宇宙は大局的には一様等方と考えられるものの、銀河、銀河団、超銀河団など、様々なスケールでの構造が存在する。これらの構造は、暗黒物質がつくる重力ポテンシャル構造を反映していると考えられる。このポテンシャル中に閉じ込められたガスが存在すると、その温度はポテンシャルの深さを反映する。実際、楕円銀河や銀河団からは、このような温度に対応するX線放射が観測されている。大マゼラン銀河の方向の天体のマイクロレンズの観測などから、渦巻銀河の暗黒物質の多くは球対称な領域に広がっていると考えられている。が、渦巻銀河からのX線放射は、活動銀河核やスターバースト活動といった銀河の活動性に関係する放射とX線連星などの個々のX線源からのX線放射が支配的であり、これ迄の観測では重力ポテンシャルに対応する温度のX線放射の存在は明らかになっていない。しかし、高空間分解能を駆使した最近のROSAT衛星の観測から、個々のX線源の放射を引き去った後の渦巻銀河には空間的に広がった放射が残る事が指摘された。これが真に広がった放射ならば、銀河ポテンシャルに閉じ込められた高温プラズマからの放射である可能性が有り、渦巻銀河の重力ポテンシャル構造を明らかにする上でたいへん重要な手がかりとなる。しかし、ROSAT衛星による観測はエネルギー分解能とエネルギー範囲の点に限界があり、このX線放射の性質は十分に明らかにされていない。

 渦巻銀河からのX線放射を精度良く調べるには、エネルギースペクトル、X線画像、高い感度の全てが必要であるが、過去のX線衛星でこれら全てを備えた衛星は無かった。あすか衛星は0.5-10keVの広いエネルギー範囲を過去最高の感度とエネルギー分解能でカバーし、X線望遠鏡の性質をうまく補正する事によって0.3分角程度の空間分解能、つまり距離10Mpcの銀河に対しては1kpcの空間分解能を得られる。1kpc程度のスケールで、X線源の分布や広がりを調べられれば、活動銀河核やX線連星の集合などの渦巻銀河内のX線放射を区別する手がかりが得られる。そこで、本論文ではあすか衛星を用いて近傍の渦巻銀河からのX線放射の起源を研究した。

2 解析と結果2.1 M83の解析

 M83の中心領域を含むX線放射は、あすか衛星のX線望遠鏡の点源に対するレスポンス関数(PSF)と比較すると有意に広がっている。そのX線エネルギースペクトルの傾きは1.5keVの上下で有意に異なっており、高エネルギー側ほどスペクトルの形が平らになる。このようなX線放射スペクトルは通常のX線放射機構からは1成分であるとは考え難いので、1.5keV以下で主要な軟らかい放射成分と、それ以上で主要な硬い放射成分の2成分の重ね合わせであると考える。

 Einstein衛星の観測により、M83には銀河の中心に位置が一致しかつ0.1分角程度以下の小さな広がりをもつ放射と8分角程度に広がったX線放射の2つのX線放射領域が存在している事が知られていた。これらは、上記の2つのスペクトル成分に対応している事が予想される。そこで、X線画像を銀河中心を中心として輪切りにして中心からの距離に応じたスペクトルの変化を調べる、銀河中心からの距離の関数としてX線放射の輝度分布をエネルギーバンド毎に調べる、という従来から行われてきた方法で解析を行った。しかし、どちらの方法でも有意な結果は得られなかった。これは、X線望遠鏡のPSFによる中心領域の明るい部分からの放射が周辺にしみ出しているためで、これを周辺領域からの放射と区別するには高い統計精度が必要だからである。そこで我々は、この問題を克服するためにX線領域の広がりを表す新しい観測量「X線源の広がりの2乗平均半径(Rms半径)」を導入した。この量は、X線望遠鏡のPSFの寄与を取り除く事ができ、算出に用いたエネルギーバンドの全データを用いて得られた1つのスカラー量であるために高い統計精度が得られるという利点を持つ。この解析の観測の制限や望遠鏡の校正データの誤差などに由来するシステマティックな誤差についてシミュレーション等を用いて詳しい検討を行った。その結果、0.3分角程度から4-5分角程度までの広がりは検出可能である事がわかった。

 M83からのX線放射のRms半径をX線のエネルギーの関数として求めると、1.5keV付近で値がジャンプし、1.5keV以下での広がりは1.5keV以上に比べて有意に小さい。この結果は、2つのスペクトル成分が実在のX線放射領域と関連しており、かつ、その2つの放射領域の大きさが異なる事を示唆する。この解釈を定量的に評価するために、1.5keV以上で支配的な硬いスペクトルを持つ成分としてべき関数または熱制動放射スペクトルを、軟らかいスペクトル成分として光学的に薄い高温プラズマからのX線放射スペクトルを仮定し、それぞれが異なるRms半径を持つと仮定した。このようなモデルで観測されたエネルギースペクトルとRms半径のフィットを行うと、軟らかい成分は温度0.5keVのスペクトルとRms半径が2分角以下の広がりの放射で、硬い成分は温度5.5keVの熱制動放射またはphoton index 2のべき関数のスペクトルを持ちRms半径が3分角の広がりを持つ放射で良く表される。

2.2 その他の銀河の解析

 M51、M82、NGC253、NGC1365、M106、NGC4631の6つの銀河に対しても同様の解析を行ったところ、2ないし3個の放射成分によって記述できる事がわかった。これらの放射成分を、エネルギースペクトル及び空間的な大きさによって3つのグループに分けた。各々の性質は、第1のグループ(Component I)は、0.1-1keVの軟らかいX線放射スペクトルを持ち、2-5kpc程度あるいはそれ以下の広がりを持つ、第2のグループ(Component II)はこれに比べて硬いスペクトルを持つが、3つの中では最も大きな広がり(5 kpc程度)を持つ、第3のグループ(Component III)はComponent IIと同程度あるいはそれ以上に硬いX線スペクトルを持ち、空間的な広がりは1kpc以下であすか衛星では有意に検出できない、と特徴付けられる。

3 議論

 観測によって得られた3つの放射成分の起源をエネルギースペクトルの性質、空間的な広がり、X線光度などをもとに議論した。その結果、ComponentIIとComponent IIIの性質は、低質量連星X線源を主体とする空間的に分解できない個々のX線天体の重ね合わせやスターバーストに伴うX線放射(Component II)や、それぞれの銀河の中心に存在する活動銀河核からのX線放射(Component III)として理解できることがわかった。これに対して、Component Iは、我々の銀河内の既知のX線天体やその重ね合わせで説明しようとしても矛盾が生じる。

 Component Iの平均的な性質は、Rms半径が2kpc、温度が0.5keV、X線光度が1040erg sec-1であり、face on、edge onを含む7つの銀河全てから検出されている。スペクトルと空間的な大きさが互いに良く似ている事は、7つの銀河について共通の起源を持つ事を示唆する。既知のX線天体の重ね合わせでは説明できないことから、これが真に広がった放射であるという立場から議論を進めた。放射の温度は、渦巻銀河の回転速度から推定される渦巻銀河の重力ポテンシャルの深さとオーダーで一致している。このような高温ガスは銀河面内には閉じ込められず、球対称に分布するだろう。これは、edge onの銀河からもComponent Iが検出されている事と一致する。Rms半径が銀河の大きさに比べて小さいことから、このX線放射をDiffuse core emissionと呼ぶことにする。Diffuse core emissionの温度が銀河の重力ポテンシャルの深さで決まっているとすると、銀河の回転速度とblue band光度LBの間にTully-Fisher relationと呼ばれる強い相関がある事から、Diffuse core emissionの温度とLBの間にも強い相関が期待される。実際に、7つの銀河について両者の間には強い正の相関があり、その傾きはTully-Fisher relationから期待されるものと矛盾しない。

 Diffuse core emissionの放射冷却の時間尺度は宇宙年令に比べると小さい。そこで、Diffuse core emissionを維持するための質量とエネルギーの供給を議論した。その結果、10年から100年に1回程度の頻度の超新星爆発で維持できる事がわかった。一方、X線放射温度だけでなく、Component IのX線光度とLBの間にも強い相関があるが、超新星爆発で供給されるガスの一部が質量の小さな銀河では銀河の外に逃げる可能性を考慮すればこれを説明できる。

 以上から、Component Iは銀河の重力ポテンシャルに閉じ込められた真に広がった高温ガスで矛盾なく説明できることがわかった。したがって、Component Iの起源として銀河の中心から数pcに閉じ込められた高温ガスが有力な候補であると結論する。

4 結論

 あすか衛星のエネルギー範囲、エネルギー分解能、空間分解能を最大限に駆使した新しい方法で、近傍の7つの渦巻銀河の空間とスペクトルの同時解析を行なった。その結果、活動銀河核、スターバースト活動の銀河中心領域の活動性に関連した放射、分解できない個々のX線源の重ね合わせといった既知の起源を持つ放射の他に、空間的に広がった低温の、既知のX線放射起源では説明できない放射が必要である事がわかった。その放射温度などの性質は、銀河の重力ポテンシャルに閉じ込められた高温ガスを考えると矛盾なく説明できる。従って、本観測結果は渦巻銀河にこのような重力ポテンシャルに閉じ込められた真に広がった高温ガスが存在する事を強く示唆する。

審査要旨

 本論文は、7章からなり、第1章は、X線放射の観測が銀河構造、特にダークマターの分布を反映し銀河の構造を解明するのに有益であることを述べた導入部である。銀河団の重力ポテンシャルに相当する運動エネルギーが〜1000km/s、銀河のそれが〜100km/sに相当し、これらは、それぞれ2〜3keV及び数百eVの放射X線エネルギーに相当し、観測されるX線のパワーは、銀河団が10の44乗から45乗erg/s、銀河からが10の40乗から42乗erg/sにも及んでおり、これら銀河団や楕円銀河から観測されたホットガス温度はこれらと合致することを述べている。しかし、渦巻き銀河ではホットガスの存在は明確ではない、という。第2章では、分類を含めた銀河のレビューである。渦巻き銀河の重力ポテンシャルを銀河回転速度と結びつけ、X線の明るさが銀河回転速度と関連付けられることを述べている。重力ポテンシャルは回転速度の2乗に比例するため、重力ポテンシャルはX線の明るさの0.44乗に比例することを述べている。また、渦巻き銀河からのX線の明るさは、ほぼ10の38乗から41乗erg/sであり、これらは、知られている個別のX線源の和で説明される。これらX線天体についてスペクトルと明るさを定量的にあげて列挙している。この他のX線源として、AGN、スターバースト、ホットガスについて、スペクトルのエネルギー依存性、明るさをそれぞれ述べている。また、ここで解析した個々の銀河について距離、明るさ、広がりなど特徴を含めて詳述している。

 第3章は、ASCAの搭載望遠鏡について述べている。層状フィルム反射器を用いたX線望遠鏡の概要とその応答関数、エネルギーと位置の高分解能を有するSIS検出器の説明、ガスシンチレーター使用のGIS検出器の概要を述べている。また、校正と観測中のデータ処理についても触れている。第4章は、45個の対象銀河についての観測データとその整理を行っている。第5章が、観測の解析と結果を示す章である。解析の目的は渦巻き銀河からのX線を個別のX線源からの成分に分離することである。M83について、中心領域を含むX線放射は、X線望遠鏡の点源に対する応答関数より広がっており、エネルギースペクトルの傾きが1.5keVの前後で有意に異なっているため、通常のX線放射機構からは単一の成分だけではなく、低エネルギー部分のソフトな放射成分と高エネルギー部分のハードな放射の重ね合わせであると推定される。これまでのEinstein衛星の観測から、2つのX線放射領域が存在することが知られているので、これらが上の2つの成分に対応していると予想され、これを従来の手法、すなわち、1)X線画像を銀河中心を中心として輪切りにして中心からの距離に応じたスペクトルの変化を調べる、2)銀河中心からの距離の関数としてX線放射の輝度分布をエネルギーバンド毎に調べるという、これら2つの方法で解析を行ったが、上の予想は確認できなかった。これは、X線望遠鏡の応答関数の広がりのためであるが、この応答関数の広がりを統計精度を低下させないで差し引くことが可能となるように、X線源の広がりの2乗平均半径を導入し、その応答関数の効果を取り除く解析を行った。その結果、0.3分角から4-5分角までの広がりが検出できるようになり、M83について、2つのX線放射成分の存在を裏付ける結果が得られた。エネルギースペクトルと2乗平均半径のあてはめから、ソフトな成分は温度0.5keVのスペクトルで広がりが2分角以下であり、ハードな成分は温度5.5keVの熱制動放射のスペクトルで広がりが3分角である。この解析を全部で7つの近傍渦巻き銀河に適用した。統計的な精度、系統誤差についての検討がなされている。第6章は、結果のまとめであり、7つすべての銀河につき、広がったソフトな成分をもつX線放射を見いだした。これは、エネルギー的にも銀河中心領域の〜kpcに広がったホットガスからの放射である証拠であると考えられる。

 第7章は、結論の章である。付属資料としては、45個の銀河の光画像に2種類の精緻なX線画像が重ね合わされた図、ルーチン化された画像処理法、空間解析の系統誤差、銀河中心のスペクトル解析図表がある。

 以上のように、本論文では渦巻き銀河における空間的に広がったX線放射を抜き出す新しい手法を生み出し、多数の近傍銀河に適用して、そのいずれからもソフトなX線放射の成分を摘出することに成功した。本論文は、満田和久、堂谷忠靖、牧島一夫、三原建弘との共同研究であるが、論文提出者が主体となって、新しい解析方法を提案し、解析を行ったものであり、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

UTokyo Repositoryリンク