学位論文要旨



No 113890
著者(漢字) 奥村,健市
著者(英字)
著者(カナ) オクムラ,ケンイチ
標題(和) IRTSによる星間塵輻射の観測的研究
標題(洋) Observational Study of Interstellar Dust Emission by IRTS
報告番号 113890
報告番号 甲13890
学位授与日 1998.12.14
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3484号
研究科 理学系研究科
専攻 天文学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 尾中,敬
 東京大学 教授 村上,浩
 東京大学 教授 常田,佐久
 国立天文台 教授 小林,行泰
 名古屋大学 教授 芝井,広
内容要旨

 銀河面からの拡散赤外連続光は、星間空間中の紫外線や可視光により加熱された固体微粒子(星間塵)から放射されている。サブミクロンサイズの星間塵(Large Grain)は、吸収した星間紫外線と等しい量の遠赤外線連続光を、>100mの波長帯で放射している。さらに波長3〜80mにかけての波長帯には、Large Grainからの放射では説明できない、強い超過赤外線や未同定赤外バンド(UIR)が存在している。この放射成分はnano-meterサイズの極微小星間塵(Vary Small Grains:VSGs)、もしくは数十-百原子程度の巨大分子(Large Molecule)が、紫外線光子を吸収し、一時的に高温となった時に放射される連続光や振動バンド輻射であると考えられている。しかしながら、これらの星間塵がどのような物理状態にあり、またLarge GrainとVSGとの間にどのような定量関係があるか、まだ十分理解されていない。これは、Large Grainから放射である100mより長い波長の観測が少なく、基本的な物理量である星間塵の温度・柱密度や星間紫外線強度が、これまで十分な精度で求めることができなかった為である。この論文では、軌道赤外線望遠鏡IRTSに搭載されていた遠赤外線分光器FILMによる波長155mの遠赤外線連続光観測データの解析結果を利用することによって、Large Grainの物理状態と超過赤外放射の放射機構について述べる。

 軌道赤外線望遠鏡IRTSに搭載されていた遠赤外線分光器FILMは、銀河面から放射されている[CII]158m輝線とともに、波長155mの遠赤外線連続光を、高い空間分解能(8’x13’)で観測した。観測領域は全天の約7%である。FILMの検出器には遠赤外でもっとも高感度なGe:Ga検出器が用いられていた。この検出器は軌道上の放射線帯通過時に感度が大きく変動するという特性をもっていたが、検出器の特殊な運用(bias-boosting)や基準光源をもちいたデータ処理の結果、最終的に30MJy sr-1(3)の高い検出感度を達成することができた。

 Large Grainの温度・柱密度・赤外線放射量は、IRTS155mと赤外線天文衛星IRASの波長100mの観測結果を使用し、銀経50度および銀経350度付近の銀河面において調べた。星間塵の放射率を-2と仮定した場合、銀経50度付近、銀緯|b│<3°の星間塵の温度は16〜17Kとなり、電離領域や星形成領域を除く銀河面の大部分がほぼ一様な温度分布をしていることが明らかになった。銀経350度付近の銀河面においても同様に、温度17〜19Kの一様な温度分布がみられた。すなわちこれは、星間塵を加熱する星間紫外線強度が銀河面内において一様で、2倍以内の変化しかないことを示している。

 IRTSの観測により得られたLarge Grainの物理量と、超過赤外放射の強度(IRAS12,25,60)との比較をおこなった。その結果、両者の間に強い相関関係が存在していることを初めて明らかにすることができた。IRAS colorや平均赤外スペクトルがLarge Grain放射からもとめられた星間紫外線強度のみに依存していること、IRAS12m強度は遠赤外線全放射量(IFLR)に対して線形相関を持つこと、IRAS 25mと60mは星間紫外線強度に対してより強い依存性を示すこと、が明らかになった。この相関関係は、解析をおこなったほどんどの領域でみられる。したがって、この相関が星間塵の一般的特性に起因していると推定できる。またこの相関性から、Large Grainと超過赤外線を放射している星間塵成分が同じ輻射により加熱され、一様に混合した状態で星間空間に存在していると結論できる。さらに、波長25〜60mと12mの相関の違いから、両者の赤外連続光の放射機構、もしくは星間塵の種類が異なっていること推定される。

 得られた特性から、超過赤外線を放射している星間塵について考察をおこなった。IRAS12mについては、IFLRとの比例関係および12m帯の分光観測から、その強度の大部分がUIRバンドであると結論される。その星間塵種については100G0以下の輻射では破壊されない物質であることが観測から要求される。IRAS25-60m放射の相関は、multiple photon eventの影響がつよいVSGからの放射であると提案する。この相関関係と星間塵モデルを比較することにより、VSGの物性(比熱・光学特性)について強い制限を与えることができる。

審査要旨

 本論文は7章からなるが、日本初の軌道赤外線望遠鏡IRTSの遠赤外線観測データを綿密に解析し、星間固体微粒子(以下ダスト)の赤外線放射を、10’の空間スケールで初めて明らかにし、ダストの性質を研究したものである。

 第1章は、これまでのダストの赤外線放射の観測が示され、問題点を整理している。

 第2章では、この論文で解析を行った、赤外線衛星IRTSの観測の概要が示されている。

 第3章は、本論文の基礎をなす部分で、本論文で取り扱った、IRTSに搭載された観測装置FILMの概要がまず説明されている。FILMは遠赤外線領域(〜160m)の観測装置で、この波長帯での感度のよい検出器である不純物半導体のGe:Gaを、長波長まで感度を延ばすためにこの検出器に圧力をかけて使用している。この検出器は、ボロメーターなどに比べて感度がよいのが特徴であるが、一方、入射光子が少ない衛星軌道からの観測等で使用した場合には、宇宙線の影響を大きく受け、感度が大きく変わるという問題も知られている。従って、そのデータ整約においては、宇宙線の影響等について、慎重に取り扱う必要がある。本論文は、このような影響について、全データを詳しく検討し、その影響を最大限補正することで、データの質を高めることに成功している。大量の衛星データを綿密に吟味したことは、高く評価できる。

 第4章は、FILMのデータとすでに公開されているIRASのデータを用いて、ダストの遠赤外線放射量を見積もる手順が示されている。遠赤外放射は、星からの光が源となる星間輻射場を吸収して、ダストが放射する熱輻射で、放射総量は星間輻射場の強度あるいは領域の活動度を直接与える重要な物理量である。このダストからの赤外線放射は100mより長波長側では、波長依存性のよくわかった放射率を持った、黒体放射で表わせることが、大きなビームによる観測で示されている。しかし、一方、100mより短波長側には、まだ性質のわかっていない超過成分が存在することが知られており、ダストの物理量(温度、柱密度等)を正確に見積もるには100m以長のデータが不可欠である。FILMはこのようなデータを10’程度のビームで得た初めての観測装置であり、本論文はこの特徴を生かして、ダストの性質を初めて10’の空間分解能で導いた。

 第5章は、以上の解析を行った結果が示されている。特に中間赤外帯(12-60m)におけるダストからの超過放射成分を、遠赤外線放射量と比較することにより、超過成分の性質と星間の物理量との関係を初めて明らかにした。この解析により初めて12mの超過成分と25-60mの超過成分の性質の違いが初めて見い出された。25-60mと遠赤外線の性質については、本論文で初めて明らかにされたものである。

 第6章は、解析結果を解釈することを試みている。12mの超過成分については、これまで提唱されていた、赤外蛍光放射、あるいは、温度揺らぎによる放射とする仮説と観測結果が一致することが示されている。一方25-60mの成分については、熱平衡ダストモデル、単一紫外線光子による一次的加熱ダストモデルなどの従来モデルでは説明できないことを示し、新しい解釈として、紫外線光子の多重吸収による励起が提案されている。この解釈を確認するには、さらに理論・観測面からの研究が必要と考えらるが、新しい過程の必要性を明らかにし、提案を行ったことは十分に評価できる。

 第7章は以上の本論文の内容がまとめられている。

 以上、衛星データの綿密な解析にとどまらず、ダストの赤外線放射について新しい知見を得る結果を導いており、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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