学位論文要旨



No 113893
著者(漢字) 杉浦,克己
著者(英字)
著者(カナ) スギウラ,カツミ
標題(和) 運動時の糖質摂取が連続的および間欠的運動パフォーマンスに与える影響 : スポーツ栄養学的視点から
標題(洋)
報告番号 113893
報告番号 甲13893
学位授与日 1998.12.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第184号
研究科 総合文化研究科 総合文化研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小林,寛道
 東京大学 教授 福永,哲夫
 東京大学 教授 林,利彦
 東京大学 助教授 石井,直方
 東京大学 助教授 池内,昌彦
内容要旨 第I部スポーツ栄養学の構築をめざして

 トップレベルの選手の体調やパフォーマンスに、栄養が密接に関係していることへの認識が高まり、スポーツ栄養学は近年大きな注目を浴びてきている。しかし、スポーツ栄養学は新しく発展してきた学問分野であり、その学問的体系は未だ明確でない部分が多い。

 スポーツ栄養学は、主として2つの研究方法によって成り立っている(図)。第1は食事調査をベースとして、スポーツ選手の栄養摂取状況を明らかにし、食事内容の評価や指導を行う研究方法であり、第2は特定の栄養素や物質がスポーツパフォーマンスとどのように関わりを持つかを運動生理・生化学的手法を用いて研究するものである。これら2つの研究方法は、欧米においてもそれぞれ個別の研究者によって用いられているのが現状である。スポーツ栄養学が、スポーツに正しいかたちで貢献できるためには研究自体が上記2つの研究方法に基づいて有機的に進められること(相互補完的研究)が必要であろう。

Fig.スポーツ栄養学の研究方法

 そこで、本論文では運動生理・生化学的研究として、「運動時の糖質摂取が連続的および間欠的運動パフォーマンスに与える影響」を主内容とするが、食事調査に基づく研究「広島アジア大会陸上競技日本代表選手の栄養摂取状況」および相互補完的研究「日本陸上競技連盟長距離・マラソン高所トレーニングにおける栄養サポート」を副内容として、スポーツ栄養学としての学術的体系の構築をめざした論文としてまとめた。

第II部食事調査に基づく研究【広島アジア大会陸上競技日本代表選手の栄養摂取状況】

 1994年広島アジア大会の陸上競技日本代表選手62名(男子28名、女子34名)の栄養摂取状況を調査した。平均エネルギー摂取量は、男子3141±592kcal、女子2508±537kcalであった。種目別に日本人の栄養所要量と比較すると、長距離および中距離の選手は、男女ともにほぼ理想に近い栄養摂取状況を示し、エネルギー摂取量と3大栄養素の摂取量が、短距離、跳躍、投擲に比べて有意に高かった。ミネラル類およびビタミン類の摂取量については、種目間で差が認められなかったが、栄養所要量との比較においては男子選手15名(54%)と女子選手22名(65%)に少なくとも1種類の栄養素について摂取不足が見られた。食事調査に基づく研究により、トップレベルの選手であっても栄養摂取状況は必ずしも良好ではないことが示され、アジア大会までの栄養カウンセリングを実施する上で有用な資料を得ることができた。

第III部 相互補完的研究【日本陸上競技連盟長距離・マラソン高所トレーニングにおける栄養サポート】

 1992年の陸連高所トレーニングに参加した7名の選手(男子5名、女子2名)の栄養サポートを37日間行った。平均エネルギー摂取量は、あらかじめ設定した高所トレーニングに必要と考えられる量(男子3700-3900kcal、女子3000-3200kcal)を全員が満たし、うち6名はこの値を上回った。3大栄養素のエネルギー比はタンパク質18-20%、脂質27-29%、糖質51-55%であった。タンパク質摂取量は、3.2-4.1g/kgBWであり、選手にとって必要とされる2g/kgBWを大きく上回った。糖質摂取量は8.7-10.6g/kgBWであり、筋グリコーゲンの回復に必要とされる9-10g/kgBWのレベルにほぼ達していた。

 走行距離は7名の平均で1日あたり31kmであり、体重は7名全員がトレーニング期間を通じて安定していたので、消費エネルギーと摂取エネルギーのバランスが取れていたと言える。持久力の指標の一つである平均ヘモグロビン濃度は、1週目から有意に増加し、6週目には合宿前の10%の増加を示した。1日あたり3.8g/kgBWのタンパク質摂取と32.2mgの鉄摂取を継続することにより、1日あたり31kmの走行トレーニングを37日間実施しても、血中ヘモグロビン濃度を上昇させることができた。

 選手個人の血液検査結果や体重変化を把握しながら栄養を管理することにより、コンディションを良好に保ちながらトレーニング効果を高めることが可能となった。また、トレーニング量の多い時期には、一般人の2-3倍もの栄養量が必要となることも示唆された。

第IV部 運動生理・生化学的研究【運動時の糖質摂取が連続的および間欠的運動パフォーマンスに与える影響】

 最大下の持久的運動のエネルギー源としては、筋グリコーゲンとブドウ糖が重要であることが知られている。一定強度の持久的運動におけるブドウ糖あるいはグルコースポリマー摂取が、エネルギー源の枯渇による疲労の発生を遅らせて、運動可能な時間を延長させることがこれまでに報告されてきた。しかし、サッカーのようにハーフタイムを含む持久的運動や、高強度の運動と低強度の運動を繰り返すタイプの持久的運動については、研究例がほとんどない。そこで、ハーフタイムをはさむ90分間の持久的運動について、連続的運動と間欠的運動を設定し、ハーフタイムの糖質摂取が後半の運動パフォーマンスに与える影響について調べることを研究の目的とした。摂取する糖の種類としては、低分子のグルコースポリマー溶液を調製し、インシュリン分泌を刺激しにくいことからスポーツ飲料に用いられる果糖溶液およびプラセボと比較することとした。

 大学自転車競技選手8名を被験者とし、自転車エルゴメータを用いて、3回にわたる連続的運動の場合は、76%VO2maxに相当する運動強度で45分間のペダリングを行い、15分間のハーフタイムをはさんで再び45分間のペダリングを行った。別の3回は間欠的運動とし、45分間の65%VO2max負荷でのペダリング中に3分目ごとに30秒間の高負荷(90-100%VO2max)のペダリングを繰り返し、15分間のハーフタイムをはさんで再び同様の運動を実施した。この間欠的運動の場合、総仕事量は連続的運動の場合と等しくした。いずれの場合も、90分間のペダリング終了直後に40秒間の全力パワー発揮を行い、保持しているスプリント能力を評価した。ハーフタイムには、被験者は20%グルコースポリマー溶液、20%果糖溶液、プラセボ溶液のいずれかを摂取した。実験は2重盲検にて行った。

 グルコースポリマー摂取群は、連続的運動、間欠的運動とも後半45分間の運動中の血中グルコース濃度と糖質酸化レベルが高く維持され、運動中の主観的運動強度は低く維持された。40秒間の全力発揮パワーは、プラセボ群に対して有意に高かった。果糖摂取群は、連続的運動においては、40秒間の全力発揮パワーがプラセボ群に対して有意に高かったが、間欠的運動ではプラセボ群との差が認められず、グルコースポリマー群よりも有意に低かった。また、果糖摂取群は間欠的運動において8名中5名が胃腸の不快感を訴えた。

 以上のことから、90分間の持久的運動時のハーフタイムにグルコースポリマーを摂取することは、運動様式を問わず糖質酸化レベルを維持し、運動後半のスプリント能力を向上させることが示された。

第V部本研究のまとめ

 スポーツ栄養学の学術的体系の構築をめざして、食事調査に基づく研究、相互補完的研究、運動生理・生化学的研究を実施した。

 (1)広島アジア大会陸上競技日本代表選手の栄養摂取状況を種目別に調べた結果、短距離、跳躍、投擲では栄養摂取に不十分な点が認められた。

 (2)長距離・マラソンの高所トレーニングにおける、トレーニング効果を高めるための栄養摂取のあり方についてモデル的な指標を得た。

 (3)連続的および間欠的運動中に摂取する糖質栄養源として、グルコースポリマーが有効であり、糖質酸化レベルを維持し、運動後半においてもスプリント能力発揮を可能とする効果が確かめられた。

審査要旨

 本論文の内容は、スポーツ栄養学で従来行われてきた研究手法に基づく「食事調査研究」と「運動生理・生化学的研究」を実施するとともに、これらの研究手法をあわせた「相互補完的研究」を行い、3論文から構成されている。

 食事調査研究では、1994年広島アジア大会の陸上競技日本代表選手62名(男子28名、女子34名)の栄養摂取状況を調査した。平均エネルギー摂取量は男子3141±592kcal、女子2508±537kcalであった。種目別に日本人の栄養所要量と比較すると、長距離および中距離の選手は、男女ともにほぼ理想に近い栄養摂取状況を示し、エネルギー摂取量と3大栄養素の摂取量が、短距離、跳躍、投擲に比べて有意に高かった。ミネラル類およびビタミン類の摂取量については、種目間で差が認められなかったが、栄養所要量との比較においては男子選手15名(54%)と女子選手22名(65%)に少なくとも1種類の栄養素について摂取不足が見られた。食事調査に基づく研究により、トップレベルの選手であっても栄養摂取状況は必ずしも良好ではないことが示され、アジア大会までの栄養カウンセリングを実施する上で有用な資料を得ることができた。

 相互補完的研究では、1992年の陸連高所トレーニングに参加した7名の選手(男子5名、女子2名)の栄養サポートを37日間行った結果についてまとめている。

 平均エネルギー摂取量は、あらかじめ設定した高所トレーニングに必要と考えられる量(男子3700-3900kcal、女子3000-3200kcal)を全員が満たし、うち6名はこの値を上回った。3大栄養素のエネルギー比はタンパク質18-20%、脂質27-29%、糖質51-55%であった。タンパク質摂取量は、3.2-4.1g/kgBWであり、選手にとって必要とされる2g/kgBWを大きく上回った。糖質摂取量は8.7-10.6g/kgBWであり、筋グリコーゲンの回復に必要とされる9-10g/kgBWのレベルにほぼ達していた。走行距離は7名の平均で1日あたり31kmであり、体重は7名全員がトレーニング期間を通じて安定していたので、消費エネルギーと摂取エネルギーのバランスが取れていたと言える。持久力の指標の一つである平均ヘモグロビン濃度は、1週目から有意に増加し、6週目には合宿前の10%の増加を示した。1日あたり3.8g/kgBWのタンパク質摂取と32.2mgの鉄摂取を継続することにより、1日あたり31kmの走行トレーニングを37日間実施しても、血中ヘモグロビン濃度を上昇させることができた。

 選手個人の血液検査結果や体重変化を把握しながら栄養を管理することにより、コンディションを良好に保ちながらトレーニング効果を高めることが可能となった。また、トレーニング量の多い時期には、一般人の2-3倍もの栄養量が必要となることも示唆された。これらの結果から、高所トレーニングを行う場合の栄養学的指標を得た。

 本論文の主内容となる運動生理・生化学的研究では、運動にともなうエネルギー源の補給物質の問題を取り上げた。

 最大下の持久的運動のエネルギー源としては、筋グリコーゲンとブドウ糖が重要であることが知られている。一定強度の持久的運動におけるブドウ糖あるいはグルコースポリマー摂取が、エネルギー源の枯渇による疲労の発生を遅らせて、運動可能な時間を延長させることがこれまでに報告されてきた。しかし、サッカーのようにハーフタイムを含む持久的運動や、高強度の運動と低強度の運動を繰り返すタイプの持久的運動については、研究例がほとんどなかった。そこで、論文提出者はハーフタイムをはさむ90分間の持久的運動について、連続的運動と間欠的運動を設定し、ハーフタイムの糖質摂取が後半の運動パフォーマンスに与える影響について調べることを研究の目的とした。摂取する糖の種類としては、低分子のグルコースポリマー溶液を調製し、インシュリン分泌を刺激しにくいことからスポーツ飲料に用いられる果糖溶液およびプラセボと比較することとした。実験では、大学自転車競技選手8名を被験者とし、自転車エルゴメータを用いて、3回にわたる連続的運動の場合は、76%VO2maxに相当する運動強度で45分間のペダリングを行い、15分間のハーフタイムをはさんで再び45分間のペダリングを行った。別の3回は間欠的運動とし、45分間の65%VO2max負荷でのペダリング中に3分目ごとに30秒間の高負荷(90-100%VO2max)のペダリングを繰り返し、15分間のハーフタイムをはさんで再び同様の運動を実施した。この間欠的運動の場合、総仕事量は連続的運動の場合と等しくした。いずれの場合も、90分間のペダリング終了直後に40秒間の全力パワー発揮を行い、保持しているスプリント能力を評価した。ハーフタイムには、被験者は20%グルコースポリマー溶液、20%果糖溶液、プラセボ溶液のいずれかを摂取した。実験は2重盲検にて行った。

 グルコースポリマー摂取群は、連続的運動、間欠的運動とも後半45分間の運動中の血中グルコース濃度と糖質酸化レベルが高く維持され、運動中の主観的運動強度は低く維持された。40秒間の全力発揮パワーは、プラセボ群に対して有意に高かった。果糖摂取群は、連続的運動においては、40秒間の全力発揮パワーがプラセボ群に対して有意に高かったが、間欠的運動ではプラセボ群との差が認められず、グルコースポリマー群よりも有意に低かった。また、果糖摂取群は間欠的運動において8名中5名が胃腸の不快感を訴えた。このことから、90分間の持久的運動時のハーフタイムにグルコースポリマーを摂取することは、運動様式を問わず糖質酸化レベルを維持し、運動後半のスプリント能力を向上させることが示された。これらの研究結果は、連続的および間欠的運動におけるエネルギー補給物質としてのグルコースポリマーの有用性を実証したものとして注目される。

 本論文は、スポーツにおける実際現場に直結した栄養学的調査研究に加えて、運動形態の違いによる糖質摂取の影響をとらえ、果糖やグルコースポリマー摂取の有用性や特質について新しい知見を提示した。

 よって本論文は博士(学術)の学位請求論文として合格と認められる。

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