学位論文要旨



No 113895
著者(漢字) 大矢,徹治
著者(英字)
著者(カナ) オオヤ,テツジ
標題(和) ダイズ植物体における炭素と窒素の分配に関する研究
標題(洋) Studies on the Partitioning of Carbon and Nitrogen in Soybean Plants
報告番号 113895
報告番号 甲13895
学位授与日 1998.12.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第1959号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 生産・環境生物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 石井,龍一
 東京大学 教授 坂,斉
 東京大学 教授 森,敏
 東京大学 助教授 山岸,順子
 農林水産省国際農林水産業研究センター 海外情報部国際研究情報官 国分,牧衛
内容要旨

 ダイズは、我が国では勿論、世界的に見ても最も重要な穀物の一つである。近年、ダイズの収量は急激に増加しているが、それは、他の作物と同様、多肥・密植栽培に適応した品種が開発され、そうした条件下で栽培が行われるようになったためと考えられる。また、ダイズは、用途を考えた場合、子実のタンパク質含量が高いことが重要となる。したがって、子実収量を考える場合、風乾収量のみでなく、タンパク質収量にも注目すべきである。さらに、近年、持続的作物生産が重視され、施肥窒素の節減も重要になりつつある。こうしたダイズ裁培に関する諸要因を踏まえ、本論文の第1章では、ダイズ子実の風乾収量、および窒素収量の栽植密度反応を、第2章では、ダイズ子実の風乾収量、および窒素収量の窒素施肥反応を調べた。第1章、第2章で、窒素の器官別分配に顕著な密度反応、施肥反応が見られたので、第3章では、器官切除処理を行うことによって窒素の植物体内での動態を調べた。そして第4章では、持続型作物生産との関連で、根粒超多量着生変異系統の生育特性を調べた。

第1章.ダイズの乾物分配・窒素分配に及ぼす栽植密度の影響

 本章では、子実の風乾収量および窒素収量の栽植密度反応を、ソースとシンクの密度反応という観点から検討した。

 まず、子実の風乾収量は密植により増加した。そこで、ダイズ植物体のソース側要因の密度反応を調べた。密植により、生殖生長初期には単位土地面積当たりの乾物重、葉面積指数のいずれもが大きく増大していた。しかし、生殖生長後期になると、密植区で、急激な葉面積の減少と光合成速度の低下が起こっていた。そのため、密植区の植物体は、葉や他の栄養器官から、炭素を再転流させて、収量の形成を計っていることが、各器官の乾物重の増減から判明した。また、ダイズ植物体は、疎植条件では、分枝主体型の乾物生産特性を有しているが、密植条件になると主茎主体型の乾物生産特性になることが判った。

 次に、子実の風乾収量の密度反応を、シンク側要因、すなわち収量構成要素の密度反応から検討した。収量構成要素の中では、莢数の密度反応が、最も強く子実収量に影響を与えていた。さらに、こうした密植による莢数の増加は、1節莢数よりも節数の増加によるものであった。

 一方、子実の窒素収量も、風乾収量と同様な密度反応を示した。子実肥大期に子実に蓄積された窒素のうち、子実肥大期以前に葉および他の栄養器官に蓄積され、そこから再転流してきた窒素と、子実肥大期以後に土壌から吸収されて子実に供給された窒素とに分けてみた。その結果、栄養器官から子実に再転流された窒素の割合は、密植により増加していた。葉からの窒素の再転流の増大が、密植による生殖生長後期の葉の老化を促進していたと考えられた。

第2章.ダイズの乾物分配・窒素分配に及ぼす窒素施肥の影響

 本章では、子実窒素含有率が高いエンレイと、比較的低いタチユタカの2品種を用い、窒素施肥に対する子実の風乾収量および窒素収量の反応を調べた。

 子実の風乾収量および窒素収量は、子実窒素含有率が高いエンレイでも、また低いタチユタカでも、窒素施肥により増加した。しかし、エンレイの方がタチユタカよりも増収効果が大きかった。子実風乾収量の施肥反応に最も関係していた収量構成要素は莢数であった。窒素施肥による莢数の増加は、主茎では1節莢数が、また、分枝では節数が増加することにより実現されていた。窒素施肥は主茎、分枝の分配割合には影響を及ぼさなかった。

 エンレイにおいて、施肥効果が大きかった原因を探るため、子実肥大期に子実に蓄積された窒素のうち、子実肥大期以前に葉および他の栄養器官に蓄積され、そこから再転流してきた窒素と、子実肥大期以後に土壌から吸収されて子実に供給された窒素とに分けてみた。その結果、栄養器官から子実に再転流された窒素の割合は、窒素施肥をしない場合、タチユタカでは30%であったものが、エンレイでは70%にもなっていることが判った。これは、窒素を施肥しない場合、子実の窒素含有率が高いエンレイでは、多量の窒素を栄養器官から子実へ転流させる性質を有することを示していた。そのため、エンレイにおいては、施肥窒素が十分でない時に、窒素が葉から子実へ再転流される結果、葉の窒素含量が大きく減少するはずである。測定の結果、葉の窒素含量は急減し、光合成速度も低くなっていた。こうしたことが、窒素無施肥条件下でのエンレイの風乾収量を低くしている原因となっていると考えられた。一方、窒素を施肥すると、栄養器官から子実に再転流される窒素の割合は、タチユタカでは30%と変わらなかったが、エンレイでは70%から30%にまで急減した。このことは、施肥されると、エンレイでは、再転流窒素よりもむしろ新しく吸収した窒素を子実に蓄積する傾向が強くなることを示唆している。こうしたことから、子実の窒素含有率が高いエンレイでは窒素の施肥効果が大きく、子実の収量が施肥に依存する程度が大きいことが判明した。

第3章.ダイズ植物体における窒素の動態

 前章で、収量形成過程にあるダイズ植物体において、子実が窒素の大きなシンクになっていることが示唆された。本章ではそのことを再確認すると同時に、栄養器官の中で、どの器官が子実に対してソースの役割を強く有しているかを検討した。方法としては、葉および莢の切除処理を行った区と無切除区(対照区)の植物体各器官の窒素含量を比較することによって、窒素の器官間の動きをとらえようとした。対照区のある葉に注目した場合、その葉の窒素含量は、生育とともに低下した。これは、他の葉を切除してもほぼ同じであった。このことから、吸収窒素に対して葉どうしの取り合いはないと考えられた。しかし、莢を切除すると、注目葉の窒素含量は低下せず、長期間にわたり処理開始時のレベルが維持されていた。このことは、葉から多くの窒素が莢に流入していることを示していた。

 生育にともなう窒素の低下を、葉と同時に他の栄養器官でも調べたところ、茎および葉柄では、葉に先行して低下していた。このことから、ダイズ植物体における莢への窒素の再転流は、葉以外の器官から先行的に起こり、その結果、葉での窒素の低下をできるだけ先に延ばすように制御されているものと考えられた。

第4章.根粒超多量着生変異系統ダイズの生長特性と窒素利用効率

 ダイズの窒素源としては、根が吸収する施肥および土壌窒素と、根粒による固定窒素とがある。持続的農業生産の重要性を考えた時、施肥窒素の節減のために、根粒による固定窒素から多くの窒素を得ることは重要である。その目的で、根粒を多量に着生する突然変異体がダイズ数品種より作出されている。その中の1つ、エンレイより作出されたEn6500という根粒超多量着生変異系統における根粒着生特性および植物体の生長特性を調べた。

 まず、根粒着生特性について検討した。植物1個体当たりの着生根粒乾物重は、変異系統が正常系統を上回っていた。それは、根粒1粒重が大きいことによるのではなく、根粒数が多いことによるものであった。さらに、単位根乾物重当たり根粒乾物重は、変異系統が正常系統をはるかに上回り、同じ根乾物重で維持している根粒が、変異系統で過剰となっている可能性が示された。また、正常系統では、窒素施肥によって根粒の発達が抑制される傾向が示されたが、変異系統の根粒発達は窒素施肥によって抑制されなかった。

 次に生長特性を調べた。最大葉面積期における相対生長率は、変異系統がかえって正常系統を下回っていた。それは、主に純同化率が低いことによるものであった。主茎葉の単位葉面積当たりの光合成速度も変異系統の方が正常系統よりも低く、変異系統の純同化率の低さの一因となっていると考えられた。

 さらに、変異系統では葉への窒素分配割合が小さく、また、その窒素が光合成に利用される効率も低かった。その結果、窒素増加量に対する乾物増加量、すなわち窒素利用効率は、変異系統の方が正常系統よりも低くなっていた。これらのことから、変異系統では、植物体に吸収された窒素のうち、光合成などの生理機能に関与しない窒素化合物への窒素の取り込みが多く、そのことが根粒を多量に着生しても生長に結びつかない一因となっていると考えられた。

審査要旨

 近年、ダイズの収量は急激に増加している。それは、他の作物と同様、ダイズにおいても多肥・密植栽培に適応した品種が開発され、その条件下で栽培が行われるようになったためと考えられる。本論文はダイズ子実の風乾収量、および窒素収量の栽植密度反応と窒素施肥反応を調べるとともに、施肥窒素の軽減を目指して、根粒超多量着生変異系統の生育特性を調べたものである。

 1.まず、ダイズ品種エンレイにつき、その栽植密度反応を調べた。密植により、生殖生長初期には、単位土地面積当たりの乾物重、葉面積指数のいずれもが大きく増大していた。しかし、生殖生長後期になると、密植区で、急激な葉面積の減少と光合成速度の低下が起こっていた。そのため、密植区の植物体は、葉や他の栄養器官から、炭素を再転流させて、収量の形成を計っていることが、各器官の乾物重の増減から判明した。また、密植にすると、乾物生産の主体は分枝から主茎に移行することも判明した。さらに、子実の風乾収量の密度反応を、収量構成要素につき検討した。収量構成要素の中では、莢数の密度反応が最も強く子実収量に影響を与えていた。さらに、この莢数の増加は、1節莢数よりも節数の増加によるものであった。

 2.子実の窒素含有率が高いエンレイと、比較的低いタチユタカの子実の風乾収量および窒素収量における施肥反応を調べたところ、エンレイの方が窒素施肥の効果が大きかった。その理由を知るために子実窒素の由来を調べた。子実肥大期に子実に蓄積された窒素のうち、栄養器官から子実に再転流された窒素の割合は、窒素施肥をしない場合、タチユタカでは30%であったものが、エンレイでは70%にもなっていた。これは、窒素を施肥しない場合、子実の窒素含有率が高いエンレイでは、多量の窒素を栄養器官から子実へ転流させる性質を有することを示していた。その結果、エンレイでは葉の窒素含量が急減し、光合成速度も低くなっていた。こうしたことが、窒素無施肥条件下でエンレイの風乾収量を低くしている原因となっていると考えられた。一方、窒素を施肥すると、栄養器官から子実に再転流される窒素の割合は、タチユタカでは30%と変わらなかったが、エンレイでは70%から30%にまで急減した。このことは、施肥されると、エンレイでは再転流窒素よりもむしろ新しく吸収した窒素を子実に蓄積する傾向が強くなることを示唆している。こうしたことから、子実の窒素含有率が高いエンレイでは窒素の施肥効果が大きく、子実の収量が施肥に依存する程度が大きいことが判明した。

 生育にともなう窒素の低下を、葉と同時に他の栄養器官でも調べたところ、量的には葉の低下が最大であったが、茎および葉柄では、葉に先行して低下し、またその低下率も大きかった。このことから、ダイズ植物体における莢への窒素の再転流は、葉以外の器官から先行的に起こり、その結果、葉での窒素の低下は最小限に抑えられているものと考えられた。

 3.ダイズの窒素源としては、施肥窒素と根粒による固定窒素とがある。持続的農業生産の重要性を考えた時、施肥窒素の節減のために、根粒による固定窒素から多くの窒素を得ることは重要である。そこで、ダイズ品種エンレイより作出されたEn6500という根粒超多量着生変異系統における根粒着生特性および植物体の生長特性を調べた。最大葉面積期における相対生長率は、変異系統がかえって正常系統を下回っていた。それは、主に純同化率が低いことによるものであり、さらに、それは主茎葉の単位葉面積当たりの光合成速度が低いことによっていた。こうした変異系統の生長が正常系統よりも低い原因を調べるため、植物体器官間での窒素分配を見てみたところ、変異系統では、葉への窒素分配割合が小さく、また、その窒素が光合成に利用される効率も低かった。その結果、窒素増加量に対する乾物増加量、すなわち窒素利用効率は、変異系統の方が正常系統よりも低くなっていた。これらのことが、変異系統では、根粒を多量に着生しても生長に結びつかない原因となっていると考えられた。

 以上、本論文は、栽植密度と窒素施肥に対するダイズ品種の反応を明らかにするとともに、施肥窒素の軽減を目指した根粒超多量着生変異系統の生育特性を明らかにしたものであり、学術上、応用上貢献するところが大きい。よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54054