学位論文要旨



No 113899
著者(漢字) 杉山,徹
著者(英字) Sugiyama,Tooru
著者(カナ) スギヤマ,トオル
標題(和) 準平行衝撃波の近傍におけるイオンの加速
標題(洋) Ion Acceleration around Quasi-Parallel Bow Shock
報告番号 113899
報告番号 甲13899
学位授与日 1998.12.31
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3487号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 向井,利典
 九州大学 教授 飯島,健
 東京大学 教授 寺澤,敏夫
 東京大学 助教授 星野,真弘
 九州大学 助教授 羽田,亨
内容要旨

 磁気流体衝撃波の形状は、上流域での磁場ベクトル方向と、衝撃波法線ベクトル方向の成す角(shock角)によって2種類に分類される。45度以下になる、準平行衝撃波と、45度以上になる準垂直衝撃波である。準平行衝撃波の上流域には、流体粒子とは異なるイオン分布(非熱的イオン)が観測され、地球の前面に存在するBow Shockの場合、そのエネルギーは流体粒子である太陽風の数十〜数百倍に達する。このイオン群を生み出す加速機構として考えられてきたものには、統計的加速機構があった。、統計的加速機構では、衝撃波の上下流域に存在する磁場波動によって、イオンが散乱され、衝撃波間を往復する1サイクルの間に加速される、というものである。このサイクルを繰り返すことで、高エネルギー粒子を生成する。過去の人工衛星で観測されたイオン分布、磁場波動強度は、この加速機構を支持するものであった。一方、多くの加速機構の解析に対し、加速されている粒子の起源がどこであるかは、いまだ議論されている。本研究では、加速領域にどのようにイオンが入っていくかを探る目的で始めた。用いた手法は、人工衛星による地球の衝撃波観測解析と、計算機実験である。そのなかで、計算機実験を行っていると、上記統計的加速機構とは違った新たな加速機構が見出された。起源の問題と、新たな加速機構についてのまとめで本論文で構成される。

 まずはじめに、GEOTAIL衛星によって観測された衝撃波上流域のデータ解析結果をしめす。3次元速度空間でのイオンの分布データを用いた結果は、

 (1)イオンのPitch角分布:磁力線に対するイオンのPitch角分布は、等方ではない。磁力線によって衝撃波から遠ざかる方向の半球は、ほぼ等方であるが、衝撃波に戻る成分FLUXは少なくなっている。つまり、片側だけの粒子が磁場波動に十分散乱されていて、その散乱は、粒子の速度ベクトルを反転させにくい。

 (2)粒子FLUX強度:イオンのFLUX強度は、磁力線に沿って衝撃波から遠ざかるに連れ、減衰するが、高エネルギー粒子ほど減衰率が小さい。過去の衛星結果と同じ傾向であったが減衰率が小さかった。過去の解析方法は、衛星座標系でイオンの強度を求めたが、本研究では、より物理的な座標系として、散乱を行う磁場波動の系でのイオン強度を求めた。さらに上記のように、磁場に対する分布はいつも等方でないため、特定のpitch角の粒子のみの強度を求めた。このため、過去の結果とは違う値を得ることになった。

 半球型の分布では、統計的加速機構の効率が落ちてしまう。なぜ、粒子分布がこのような形になるのか。また最初に述べたように、被加速粒子の起源がどこであるかを明らかにするため、イオンを粒子、電子を電荷中性をになう流体として扱う、Hybrid Codeによる計算機simulationを行った。

 ピストン法によって衝撃波を生成し、下流静止系で行った。空間1次元、速度・電磁場3次元をself-consistentに解く。初期設定はQuasi-Parallel shock。

結果:

 (1)上流Pitch角散乱:観測で見られたような半球型の分布がsimulationでも生成され、確かに等方分布ではないことが確認された。上流に存在する磁場波動(下記)の偏波は、右回りのみのため、散乱される方向は決まってしまう。そのため、pitch角90度が、しきい値となる。

 (2)大振幅上流波動の効果:衝撃波面で反射された粒子と、太陽風粒子との相互作用でアルフヴェン波動(横波)が生成される。この波動が、太陽風に流されて衝撃波面に衝突するため、衝撃波面では、磁場の衝撃波面成分が大きくなる(Quasi-parallelからQuasi-perpendicularの磁場配位になる)。よって、衝撃波法線両方向の電場が生じ、上流からやってくる太陽風粒子の1部を反射し、下流の熱的粒子を上流に出さなくする。この反射粒子が、後に述べる加速機構で加速される種粒子となる。また、衝撃波平行面内の電場成分も一定方向を向かず波打つ。この波動電場周期は、イオンの旋回周期の2倍程度のため、Quasi-perpendicular shockになったとしても、Shock Drift加速は行えない。(Shock Drift加速は、衝撃波面で、磁場強度差を感じた粒子が、gradient B driftを行う間に、衝撃波内に存在する-VxB電場によって加速されるというものである。)

 (3)新たな加速機構モデル:衝撃波面で反射された粒子は、大振幅の上流磁場波動を感じるため、0次磁場による旋回運動だけではなく、波動成分の影響も受ける。その効果を考えた粒子の運動方程式を用いて考える。(Hoshino and Terasawa[1985]で、Upstream Bunched Ionの議論で扱われていた結果の応用。)

 0次磁場B0、磁場波動成分BW、波数ベクトルk、旋回周期0=eB0/m、W=eBW/m、粒子の0次磁場平行速度v、垂直速度v、BWとvの成す角をとすると、

 

 となり、イオンの旋回周期が変化する。そのため衝撃波平行面内に存在する電場波動と共鳴し、加速される。衝撃波がなければ、新しい周期で1周すれば、加速されたことにならないが、旋回途中で衝撃波を横切り、磁場強度が違う領域に入れば、もはや、エネルギー保存は成立しない。この繰り返しで粒子は加速されていく。加速の概念図を以下に示す。

図表
審査要旨

 本論文では、超音速太陽風と地球磁気圏の相互作用で形成される地球前面での準平行衝撃波における粒子加速過程・ピッチ角散乱過程を研究し、特に、未解決問題であった熱的エネルギー粒子の初期加速として重要な「粒子注入問題」に新しい展開を拓いた。衝撃波による高エネルギー粒子加速の問題は、広く宇宙空間で観測される高エネルギー天体現象でも重要な要素となっており、本論文では、科学衛星により直接観測される地球前面での衝撃波のプラズマ観測の利点を生かして、衝撃波粒子加速にとって重要である電磁波動による粒子の散乱過程を、まずGEOTAIL衛星による準平行衝撃波領域の波動とプラズマ分布関数の観測結果から検討した。次にテスト粒子計算法とハイブリッド法を用いた数値実験で、大振幅波動により補足される粒子がGEOTAIL衛星で観測された速度分布関数を説明できることを理論的に明らかにした。本論文は5章からなる。

 第1章では、本論文の研究について位置づけと、各章の構成が述べられている。

 第2章では、まず太陽風と地球磁気圏の相互作用で形成された定在準平行衝撃波上流域のGEOTAIL衛星の観測結果を解析して、数eVから数十keVまでのイオンの空間分布、ピッチ角分布、エネルギー・スペクトルの特徴を論じた。そこではピッチ角散乱が等方的ではないこと、衝撃波から遠ざかるにつれてエネルギー・スペクトルが極めて硬化することなど、衝撃波加速を理解する上で極めて重要な問題提起を行った。次に、そのような粒子散乱過程を理論的に解明するにあたり、大振幅電磁波動による粒子の運動論が本質な役割を果たすという仮説を立て、本論文の議論を展開していくことが述べられている。次章以降の衝撃波系での議論に先立ち、第2章後半では、一様媒質中での大振幅波の補足粒子運動とピッチ角散乱の関連が考察されている。

 第3章では、第2章で考察した非線型波動補足粒子の性質を、準平行衝撃波の存在する系に応用して、イオン粒子の加速加熱過程を詳細に考察した。準平行衝撃波上流および下流域に大振幅電磁場の存在を仮定して、その下でのテスト粒子の運動を数値的に求め、粒子のピッチ角散乱および波からのエネルギー獲得の素過程を議論した。無限小振幅の横波に対しては、波動・粒子相互作用がサイクロトロン共鳴条件を満たす領域でのみ運動量・エネルギー交換をするのに対して、波の振幅が増大するにつれて共鳴領域が広がり、粒子のピッチ角が大きく変動するという基本過程を応用した議論である。そして、本論文で考察された非線型波動による粒子加速では、従来の準線形理論の枠組みに立脚した統計加速・フェルミ加速に比べて効率よく短時間で、イオンがアルフベン速度の十数倍程度までは加速されることが示された。大振幅波動の下でのテスト粒子の運動は、これまでよく知られた素過程であったが、それを衝撃波に応用した着想は高く評価されることであり、論文提出者は、ここ10数年の衝撃波粒子加速過程の研究で全く気付かれていなかった重要な要素を発見したと言えよう。

 第4章では、第3章のテスト粒子による運動論の議論を拡張して、粒子の反作用による電磁波動の励起・減衰を自己無撞着に取り入れたハイブリッド法を用いた数値実験により、準平行衝撃波の形成、衝撃波近傍での粒子のピッチ散乱やエネルギー獲得の素過程の確認がなされている。さらに、ハイブリッド法の数値実験で得られた速度分布関数を、GEOTAIL衛星で観測された分布関数と比較して、非等方のピッチ散乱が説明できることを示した。

 第5章では、以上の議論から、衝撃波加速の重要問題のひとつである初期加速過程としてのイオン注入問題の理解が大きく進展したことを結論付けられている。

 なお、本論文の第2章前半のGEOTAIL衛星観測は、衛星計画や衛星運用などは国際協力の下でのGEOTAILプロジェクトチーム全体の業績に負うところが大きいが、衝撃波領域のデータ解析は、論文提出者が主体となって解析したものである。また、本論文は指導教官の寺沢敏夫氏との共同研究の結果であるが、中心的テーマの全てについて論文提出者が自ら提案・発展させて結果を得たものであり、博士論文の内容としてふさわしいと判断する。

 以上の結果に基づき博士(理学)の学位を授与できるものと認める。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54669