学位論文要旨



No 113903
著者(漢字) 原田,貴之
著者(英字)
著者(カナ) ハラダ,タカユキ
標題(和) 三量体Gタンパク質サブユニットとその標的タンパク質の機能部位に関わる解析
標題(洋)
報告番号 113903
報告番号 甲13903
学位授与日 1999.01.13
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第854号
研究科 薬学系研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 堅田,利明
 東京大学 教授 嶋田,一夫
 東京大学 助教授 鈴木,利治
 東京大学 助教授 仁科,博史
 東京大学 助教授 漆谷,徹郎
内容要旨

 種々の細胞膜7回貫通型受容体は、サブユニットからなる三量体Gタンパク質を介して細胞内にシグナル分子を生産する酵素やイオンチャネルにその情報を伝達している。アゴニストがこのタイプの受容体に結合すると、Gタンパク質はGTPの結合したサブユニットとサブユニットに解離するが、近年サブユニットに加えて、サブユニット(G)もいくつかのエフェクター分子の活性を直接制御することが見出されてきた。Gには、一次構造上約40アミノ酸単位からなるWDモチーフと呼ばれるユニークな配列(シート→ターン→シート→ターンと続く)が7回繰り返して存在している。最近のX線構造解析から、GはN末端側からのヘリックスに続いて、WDモチーフの1つがプロペラの羽根構造を形成し、全体として7枚羽根のプロペラー様構造をとるように配置されていることが示された(図1)。

図1 G-サブユニットのプロペラ様構造

 そこで私は、Gの構造と機能をより詳細に解析する目的から、動物細胞でのインタクトなG複合体の発現系を確立し、GのWDモチーフに変異を導入した種々の組換え体を作製してGで直接活性化される酵素に与える影響を異なる手法で検討した。その結果、G-エフェクター間の結合において、Gの7つのWDモチーフがエフェクターの種類によって使い分けられていることを見出した。さらに、Gで活性化されるイノシトールリン脂質3キナーゼ(PI3K)側の機能部位についても検討を加えた。

1.COS-7培養細胞におけるG複合体の発現:発現Gの性状解析

 2種の異なるサブユニットからなり、そのサブユニットがイソプレニル化されるGの発現系としては、バキュロウイルスなどが利用されてきたが、多種の変異体の調製には必ずしも適当な系とは考えられない。そこで私は、エレクトロポレーション法を用いてCOS-7細胞にタグ付きGとGのcDNAを同時に導入し、Gを発現したCOS-7細胞からタグを利用してGを精製した。さらに脂質ミセルによって沈降濃縮させる手法を用いて、比較的短時間で高濃度のG標品を得ることに成功した。

 得られたタグ付きGがインタクトな構造でありサブユニットと会合し得ることは、百日咳毒素によるGサブユニットのADPリボシル化で確認した。Gで活性化されることが知られているヘテロダイマー型(p110/P85)のイノシトールリン脂質3キナーゼ(PI3K)にこのG標品を添加してPIP3産生量を測定した結果、確かにPI3Kの活性化が認められた。

2.Gによるアデニル酸シクラーゼの活性化:各種のGキメラ体を用いた解析

 GのWDモチーフの役割を検討するために、1〜7のそれぞれのWDモチーフのコア領域をホスフォリパーゼA活性化タンパク質の第5WDモチーフに置換した遺伝子を構築した(図2)。2型のアデニル酸シクラーゼは、GSサブユニットによって活性化され、サブユニットによってその活性がさらに増強される特性をもつことが知られている。そこでアデニル酸シクラーゼに対するGのWDモチーフ相互作用部位を検討するために、COS-7細胞にアデニル酸シクラーゼ(2型)のcDNAと、タグ付きのGまたはGキメラ体のcDNA、さらにGのcDNAを同時に導入した。導入COS-7細胞を受容体アゴニストのイソプロテレノールで刺激してGSサブユニットを解離させ、各種のGキメラ体による増強効果を検討した。その結果、図3に示すように、アデニル酸シクラーゼ(2型)はGの第1WDモチーフを中心として相互作用していることが示された。

図2 G2とPLA活性化タンパク質とのキメラ体図3 Gキメラ体による2型アデニル酸シクラーゼの活性化:第1WDモチーフの関与
3.GとRaf-1キナーゼとの会合:酵母のtwo-hybrid系を用いた解析

 Raf-1キナーゼはCキナーゼやRasを介したMAPキナーゼカスケードにおい重要な役割を担うセリン/スレオニンキナーゼであるが、その活性化経路には不明な点も残されている。膜移行シグナルを付加した実験等からRaf-1の細胞膜への移行が活性化に重要であると考えられているが、この点と関連して、最近Raf-1キナーゼのN末端調節領域とGのC末端部位との結合が、酵母のtwo-hybrid系あるいは精製タンパク質を用いた系で報告された。そこで私は、このRaf-1キナーゼに対するG上の結合部位を調べるために、先ずC末端側3単位からなるWDモチーフを2種類作製し、Raf-1キナーゼのN末端領域との相互作用を酵母のtwo-hybrid系を用いて検討した。その結果、図4に示すように、第4〜7WDモチーフ間で相互作用することが確認できた。さらにその部位を特定する目的で、1単位のみからなる各種のWDモチーフを作製して検討を加えた結果、Raf-1キナーゼはC末端側の第6WDモチーフ以外に、第3WDモチーフとも相互作用する可能性が新たに見出された。

図4 酵母のTwo-hybrid系を用いたGとRaf-1との結合部位の解析
4.Gによるイノシトールリン脂質3キナーゼ(PI3K)の活性化

 PI3KはPI,PI(4)P,PI(4,5)P2を基質として、そのイノシトール環3位をリン酸化する酵素であり、細胞の分化、増殖などに重要な役割を果たす脂質キナーゼである。PI3Kにはアイソザイムが存在するが、当教室ではヘテロダイマー型のPI3K(p110/P85)がGとチロシンリン酸化ペプチドによって相乗的に活性化されることを見出している。そこで、調節サブユニットp85の一部を付加した恒常的活性化型p110とp110の変異体をそれぞれTHP-1細胞に遺伝子導入し(図5)、受容体刺激によるPI3Kの活性化を無傷細胞のレベルで検討した。その結果、活性化型p110を発現した時に、Gタンパク質共役型fMLP受容体の刺激で細胞内にPIP3産生が観察され、Gは調節サブユニットであるp85側ではなく、触媒サブユニットであるp110に作用することが示された。

図5 p110-PI3K遺伝子導入によるfMLP受容体刺激を介する細胞内PIP産生の増大
5.まとめ

 本研究において私は、GのWDモチーフに変異を導入した種々の組換え体を用いて、アデニル酸シクラーゼ、Raf-1キナーゼに対する影響を検討し、G-エフェクター間の結合においては、Gの7つのWDモチーフがエフェクターの種類によって使い分けられていることを見出した。さらに、Gで活性化されるイノシトールリン脂質3キナーゼ(PI3K)についても検討を加え、GがPI3Kの触媒サブユニットであるp110上の機能部位に作用することを見出した。

審査要旨

 細胞膜を7回貫通する受容体は、サブユニットからなる三量体Gタンパク質を介して、細胞内にシグナル分子を生産する酵素やイオンチャネルに受容体刺激の情報を伝達している。受容体刺激によってGタンパク質はGTPの結合したサブユニットとサブユニットとに解離するが、サブユニットに加えて、近年サブユニット(G)もいくつかのエフェクター分子の活性を直接制御することが見出されてきた。Gには約40アミノ酸単位からなるWDモチーフと呼ばれる配列が7回繰り返して存在するが、最近のX線構造解析から、GはWDモチーフの1つがプロペラの羽根の部分を形成し、全体として7枚羽根のプロペラー様構造をとるように配置されていることが示された。「三量体Gタンパク質サブユニットとその標的タンパク質の機能部位に関わる解析」と題した本論文では、GのWDモチーフに変異を導入した組換え体を作製してGで直接活性化される酵素に与える影響をいくつかの手法で検討し、G-エフェクター間の結合においては、Gの7つのWDモチーフがエフェクターの種類によって使い分けられていることを見出している。さらに、Gで活性化されるイノシトールリン脂質3キナーゼ(PI3K)側の機能部位についても検討を加えている。

1.COS-7培養細胞におけるG複合体の発現とその性状解析

 多種のG変異体の調製のために、エレクトロポレーション法を用いてCOS-7細胞にタグ付きGとGのcDNAを同時に導入し、発現細胞からタグを利用してGを精製した。さらに脂質ミセルによって沈降濃縮させる手法を適用し、比較的短時間で高濃度のG標品を得ることに成功した。得られたタグ付きGがインタクトな構造であり、サブユニットとの会合能を保持していることは、百日咳毒素によるGサブユニットのADPリボシル化とPI3Kの活性化を指標に確認された。

2.キメラ体を用いたアデニル酸シクラーゼの活性化に関わるG上の機能部位の解析

 Gに存在する個々のWDモチーフの役割を検討するために、1〜7のそれぞれのWDモチーフのコア領域をホスフォリパーゼA活性化タンパク質の第5WDモチーフに置換した遺伝子を構築した。COS-7細胞に2型アデニル酸シクラーゼのcDNAと、構築したGキメラ体のcDNA、さらにGのcDNAを同時に導入し、受容体アゴニストのイソプロテレノールで細胞を刺激してGsのサブユニットを解離させ、各種のGキメラ体によるアデニル酸シクラーゼ活性化の増強作用を検討した。その結果、2型アデニル酸シクラーゼはGの第1WDモチーフを中心として相互作用していることが明らかにされた。

3.酵母のtwo-hybrid系を用いたRaf-1キナーゼとの結合に関わるG上の機能部位の解析

 Raf-1キナーゼはCキナーゼやRasを介したMAPキナーゼカスケードにおい重要な役割を担うセリン/スレオニンキナーゼであるが、その活性化経路には不明な点も残されている。Raf-1の細胞膜への移行が活性化に重要であると考えられており、Raf-1キナーゼのN末端調節領域とGのC末端部位との結合が指摘されている。Raf-1キナーゼに対するG上の結合部位を調べるために、先ずC末端側3単位からなる各種のWDモチーフを作製し、Raf-1キナーゼのN末端領域との相互作用を酵母のtwo-hybrid系を用いて検討した。その結果、第4〜7WDモチーフ間で相互作用することが確認できた。さらにその部位を特定する目的で、1単位のみからなる各種のWDモチーフを作製して検討を加えた結果、Raf-1キナーゼはC末端側の第6WDモチーフ以外に、第3WDモチーフとも相互作用する可能性が新たに見出された。

4.Gによるイノシトールリン脂質3キナーゼ活性化部位の解析

 PI3Kは、イノシトールリン脂質を基質としてそのイノシトール環の3位をリン酸化する酵素であり、細胞の分化、増殖などに重要な役割を果たす脂質キナーゼであるが、アイソザイムが存在し、Gとチロシンリン酸化ペプチドによって相乗的に活性化されるヘテロ2量体(p85/p110)型が見出されている。そこで、調節サブユニットp85の一部を付加した恒常的活性化型p110とp110の変異体をそれぞれTHP-1細胞に遺伝子導入し、受容体刺激によるPI3Kの活性化を無傷細胞のレベルで検討した結果、活性化型p110を発現させた時にのみ、Gタンパク質共役型fMLP受容体の刺激で細胞内にPI3K反応生成物の蓄積が観察された。すなわちGは、調節サブユニットであるp85側ではなく、触媒サブユニットであるp110に作用することが示された。

 以上を要するに、本論文は、Gの各WDモチーフがアデニル酸シクラーゼ、Raf-1キナーゼに与える影響を検討し、G-エフェクター間の結合においては、Gの7つのWDモチーフがエフェクターの種類によって使い分けられていることを見出し、さらに、Gで活性化されるイノシトールリン脂質3キナーゼについては、Gがその触媒サブユニット側であるタイプの機能部位に作用することを同定している。これらの研究成果は、Gタンパク質が介在する細胞内シグナル伝達経路の解析において有益な知見であり、博士(薬学)の学位として価値があるものと認められる。

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