No | 113904 | |
著者(漢字) | 高岡,裕 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | タカオカ,ユタカ | |
標題(和) | トランスジェニックマウスを用いたI型家族性アミロイドーシスにおけるアミロイド沈着の解析 | |
標題(洋) | Amyloidogenesis in Transgenic Mouse Model of Type I Familial Amyloidotic Polyneuropathy | |
報告番号 | 113904 | |
報告番号 | 甲13904 | |
学位授与日 | 1999.01.27 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第1374号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | ||
論文審査委員 | ||
内容要旨 | I型家族性アミロイドポリニューロパチー(FAP)は常染色体優性の遺伝病で、末梢神経障害を引き起こし、最終的には腎不全や心不全などの内臓の機能障害により死に至る。その発症原因は、細胞外間質へのアミロイド沈着である。アミロイドは、アルカリコンゴーレッド染色により橙色に染色され、アルカリコンゴーレッド染色後偏光下で複屈折し黄緑から緑色の蛍光を呈することで同定される。 1978年、CostaらによってI型FAPのアミロイドに抗トランスサイレチン抗体と交差する14Kの蛋白質が報告された後、1983年にArakiらとSaraivaらの研究グループはI型FAPのアミロイド主要構成物質はトランスサイレチン(TTR)という分子量54,980Daの蛋白質であることを明らかにした。TTRは同一サブユニットからなる4量体で、血漿中ではチロキシン(T4)とレチノール結合蛋白質と結合しており、肝臓と脳の脈絡叢で産生されている。1984年にSasakiらによるcDNAクローニングの結果、1アミノ酸置換に一致する塩基置換(GTG→ATG)の存在が明らかになり、原因が特定された。その結果FAPのDNA診断法が確立され、FAPの確定診断はもとより出生前診断や発症前診断も可能になった。しかし、その発症に至るメカニズムは依然不明であり、種々の制約を伴う肝臓移植を除くと適切な治療方法や治療薬がないのが現状である。適切な治療法や治療薬開発のためには、FAPアミロイド形成のプロセスを分子レベルで明らかにすることが強く望まれ、様々なアプローチがなされてきた。その中でも著しい進歩として、Met30TTR遺伝子を導入した疾患モデル動物の作成とMet30TTR蛋白質のX線構造解析があげられる。 1987年にWakasugiらによって報告されたトランスジェニックマウス(MT-Met30マウス)にMet30TTRのアミロイド沈着が見られたことから、マウスによる疾患モデルの作成によるアミロイド沈着のメカニズム解明が期待された。次に、hMet30TTR遺伝子発現がヒトと同様に行われるトランスジェニックマウス(0.6-hMet30マウスと6.0-hMet30マウス)がYamamuraらによって作出され、アミロイド沈着が確認された。しかし、いずれにおいても末梢神経系にアミロイド沈着を生じなかったことから、これらのマウスは厳密な意味ではFAPの疾患モデルとはいない。しかし、TTRアミロイド沈着を解析するin vivoの有用な系であるということが出来る。そこで今回、このマウスの血液中のhMet30TTR濃度とアミロイド沈着の関係、ヒトと同様に脳の脈絡叢での発現を引き起こすプロモーター領域について再検討した(実験-1)。 またFuruyaらは、大腸菌を用いて正常型ヒトTTR(hTTR)とMet30TTRを大量に産生させ、さらに結晶化した。そしてTerryらは、この高次構造をX線結晶解析法により決定した結果、hTTRでは10番目のシステイン残基の側鎖が高次構造の内側で他のアミノ酸の側鎖と水素結合しているのに対して、Met30TTRでは10番目のシステイン残基側鎖の蛋白分子内での水素結合が形成不能となることを示唆した。この知見からこのアミロイドーシスでは、Met30TTRの10番目のシステイン残基の側鎖がフリーになることが引き金になると考えた。 そこで実験-1の成果をもとに、今回新たに10番目がセリンになるように人工変異を加えたMet30TTR遺伝子を導入したトランスジェニックマウスを作出し、アミロイド沈着形成におけるシステイン残基の役割に関する仮説の検証をおこなった(実験-2)。 純系のC57BL6/Jで作出された0.6-hMet30マウスと6.0-hMet30マウスを用いた。0.6-hMet30マウスと6.0-hMet30マウスは0.6Kと6.0KのヒトTTRプロモーターにヒトMet30TTR(hMet30)ゲノム遺伝子を連結したものである。血液中のhMet30TTRは、6.0-hMet30マウスの方が0.6-hMet30マウスよりも約10倍高濃度である。 hMet30遺伝子を導入したマウス(7.2-hMet30マウス)と正常ヒトTTR(hTTR)遺伝子を導入したマウス(7.2-hTTRマウス)を作出しヒトMet30TTR(hMet30)のアミロイド原性を確認した。次に、Cys10のアミロイド沈着への関連を検討するために、Met30TTRの中のCys10を別のアミノ酸(Ser)に置換した遺伝子を用いたトランスジェニックマウス(7.2-hSerMetマウス)を作出し、アミロイド沈着出現頻度の変化について検討した。 各系統のトランスジェニックマウスとその同腹仔の大脳、脈絡叢、眼、坐骨神経、食道、皮膚、心臓、肝臓、肺臓、胸腺、顎下腺、脾臓、腎臓、膵臓、甲状腺、副腎、胃、小腸、大腸、リンパ腺、筋肉におけるアミロイド沈着を比較検討した。アミロイド沈着の同定はコンゴーレッド染色法で、沈着したアミロイドがヒトTTR由来であるかどうかの判定を免疫組織化学染色法により行った。 血液中のhMet30濃度が高い系統のマウスの方がアミロイド沈着が生じやすかった。また、アミロイド沈着が生じていたマウスで血清hMet30濃度の最も低いマウスは2.1mg/dlであった。よってこの濃度以上でなるべく高濃度の、互いの血清hMet30濃度が類似しているトランスジェニックマウスを用いてアミロイド沈着出現頻度を比較することが重要であると考えた。また、ヒト同様の遺伝子発現には6.0kb以上上流域を含むプロモーター領域を用いることが必要と結論した。 Met30TTRを発現させた7.2-hMet30マウスではアミロイド沈着を生じたが、正常ヒトTTRを発現している7.2-hTTRマウスにおいてアミロイド沈着が生じなかった。このことから、トランスジェニックマウスにおけるTTRアミロイド形成もヒトFAPの場合と同様に、Met30変異依存性であることが、はじめて示された。 更に、沈着の生じた7.2-hMet30マウスをSPF環境下で飼育したところ、24月齢においてアミロイド沈着を全く生じなかった。また、SPF環境下で飼育した期間を14ヶ月、8ヶ月と短くすることによって24月齢でのアミロイド沈着出現頻度が8%から29%〜40%へと上昇する傾向がみらたことから、conventionalな環境での飼育期間がアミロイド沈着アミロイド沈着に影響することが示された。 次に7.2-hMet30マウスと7.2-hSerMetマウスの間の24月齢のアミロイド沈着出現頻度を比較したところ、7.2-hMet30マウスでは29%,29%,40%、7.2-hSerMetマウスでは0%,4%,0%とアミロイド沈着出現頻度に有意な差(P<0.005)がみられた。Cys10をSer10に置き換えることで、Met30変異によって生じるTTRアミロイド沈着頻度は、大きく減少したことから、アミロイド形成の促進にCys10が深くかかわっていることがin vivo実験系において証明された。 正常ヒトTTRを発現している7.2-hTTRマウスを7.2-hMet30マウスに対するコントロール群として、Met30変異とアミロイド沈着の関連ついて検討した。その結果、24月齢では7.2-hMet30マウスの3系統全てにアミロイド沈着が認められたが7.2-hTTRマウスでは30月齢まで全く沈着は見られなかったことから、マウスの系でもヒトの場合と同様にアミロイド沈着の原因はTTRにおけるMet30変異の存在であることが今回はじめて示された。しかしアミロイド沈着の組織分布を検討すると、今回の実験に際して新たに作出された7.2-hMet30マウスにおいても、これまでと同様に末梢神経系へは全く沈着を生じていなかった。FAP患者ではhMet30のアミロイドが、末梢神経のミエリンを構成しているミエリンP2蛋白質と特異的に結合していると報告されているので、ヒト・ミエリンP2蛋白質の存在が末梢神経系へのhMet30アミロイド沈着に必要である可能性も考えられる。 次に、7.2-hMet30マウスのアミロイド沈着出現頻度と7.2-hSerMetマウスのそれを比較することで、Cys10のアミロイド沈着への関与を検討することにした。 その際、各マウス系統間の導入遺伝子由来hTTR血中濃度の比較にしたところ統計学的に有意な差がみられなかったことから、アミロイド沈着出現頻度の比較が可能であると考えた。7.2-hMet30マウスにおけるアミロイド沈着の出現頻度は精査したマウスの29-40%であったのに対して、7.2-hSerMetマウスのそれは3系統中1系統に沈着が生じたのに過ぎず、しかも25匹中わずか1匹のみ(4%)であった。そして、これら2系統間のアミロイド沈着出現頻度には統計学的に有意な(P<0.005)差がみられた。さらには沈着を生じている組織分布も、7.2-hSerMetマウスの方が少なく沈着の程度も軽度であった。 Cys10をSer10に置換することでMet30TTRのアミロイド沈着出現頻度が低下したことから、Met30変異に起因するFAPにおいてはN末端から10番目のアミノ酸の-SH側鎖がアミロイド沈着に至る過程において、重要な役割を果たしていることが証明された。 今回の研究結果から、生体内環境を還元状態下におくことやCys10の-SH基の反応性を奪うことにより、アミロイドーシスの進行を抑制できる可能性が考えられる。例えば、N-アセチル-L-システインや、グルタチオン、アスコルビン酸、トコフェロールといった、抗酸化作用のある薬物を投与し生体内環境の酸化を抑制可能な状態にすることにより、アミロイド沈着を低下させることが可能かもしれない。今後、これら薬剤を投与した7.2-hMet30マウスの系におけるアミロイド沈着抑制の可能性について検討したいと考えている。 | |
審査要旨 | 本研究は構造解析の結果から示唆されたI型FAPのMet30トランスサイレチン(hMet30)のN末端から10番目のシステイン(Cys10)のアミロイド形成における役割について、トランスジェニックマウスによるin vivoのアミロイド沈着系を確立し、検討したものであり、下記の結果を得ている。 1.まず、既に作出されてアミロイド沈着を生じているマウス2系統における、アミロイド沈着と血清Met30TTR(hMet30)濃度の関連を再検討した。その結果、血清hMet30濃度が高いほど早い時期に広範囲の組織においてアミロイド沈着が生じることが示された。比較に用いたアミロイド沈着が生じていたマウスの血清hMet30濃度は2.1mg/dlと15mg/dlであった。よってこの濃度間でのアミロイド沈着の比較のためには、互いの血清hMet30濃度が類似していて、なるべく高濃度の系統のトランスジェニックマウスを用いることが重要であると判断された。また、ヒト同様にマウスに導入した遺伝子を発現させるためには、ヒトプロモーター領域7.2kbを用いることが必要と結論した。 2.Cys10の役割検討のために、患者型であるMet30TTRを発現させた7.2-hMet30マウス、正常型ヒトTTRを発現させた7.2-hTTRマウス、Met30TTRのアミロイド沈着へのCys10の関与を検討するためにMet30TTRのCys10をSerに人工的に置き換えた7.2-hSerMetマウス、の3系統のトランスジェニックマウスを新たに作出した。その結果、実験に用いたマウスの血清ヒトTTR濃度は3.8mg/dlから7.8mg/dlの間で、各系統間において有意な差は見られなかったので、アミロイド沈着比較が可能であることが分かった。また、導入遺伝子の発現はヒト同様に脳と肝臓で認められた。 3.Met30変異がこのトランスジェニックマウスの実験系においてもアミロイド沈着の原因になるかどうかについて検討した。その結果、Met30TTRを発現させた7.2-hMet30マウスではアミロイド沈着を生じたが、正常ヒトTTRを発現させた7.2-hTTRマウスにおいてアミロイド沈着が生じなかったことから、トランスジェニックマウスにおけるTTRアミロイド形成もヒトFAPの場合と同様に、Met30変異依存性であることがはじめて示された。 4.沈着の生じた7.2-hMet30マウスを全期間SPF環境下で飼育したところ、24月齢においてアミロイド沈着を全く生じなかった。また、SPF環境下で飼育した期間を14ヶ月、8ヶ月と短くすることによって24月齢でのアミロイド沈着出現頻度が8%から29%〜40%へと上昇する傾向がみらたことから、conventionalな環境での飼育期間がアミロイド沈着に影響することが示された。 5.7.2-hMet30マウスと7.2-hSerMetマウスの間の24月齢のアミロイド沈着出現頻度を比較し、TTRのN末端から10番目のCysの役割について検討した。その結果、7.2-hMet30マウスでは29%,29%,40%、7.2-hSerMetマウスでは0%,4%,0%とアミロイド沈着出現頻度に有意な差(P<0.005)がみられた。Cys10をSer10に置き換えることで、Met30変異によって生じるTTRアミロイド沈着頻度は、大きく減少したことから、アミロイド形成の促進にCys10が深くかかわっていることがin vivo実験系において証明された。 以上、本論文はアミロイド沈着はMet30変異依存性であることと、Met30アミロイド形成へのCys10の関与を、トランスジェニックマウスを用いたin vivo実験系において明らかにした。本研究はこれまで不明であった、FAPのアミロイド形成過程の一端を明らかにすることで、発症メカニズム解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと判断される。 | |
UTokyo Repositoryリンク | http://hdl.handle.net/2261/54670 |