学位論文要旨



No 113909
著者(漢字) 福長,博
著者(英字)
著者(カナ) フクナガ,ヒロシ
標題(和) 固体酸化物型燃料電池における低過電圧空気極の設計
標題(洋)
報告番号 113909
報告番号 甲13909
学位授与日 1999.01.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4271号
研究科 工学系研究科
専攻 化学システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山田,興一
 東京大学 教授 定方,正毅
 東京大学 助教授 堤,敦司
 東京大学 助教授 大久保,達也
 東京大学 助教授 宮山,勝
内容要旨

 固体酸化物型燃料電池(SOFC)はクリーンで高い発電効率をもつ次世代の発電システムとして環境問題、エネルギー問題解決の有効な手段として期待されている。しかし、現在のところ、実用化されるまでには解決しなければならない様々な問題があり、その一つに材料選択の幅を広げるために、現在主に1000℃である作動温度の低温化が挙げられる。作動温度を低下できない理由の一つに、低温化による電極抵抗過電圧の増加がある。

 本研究ではSOFCの空気極の過電圧に着目し、低温(850℃)における低過電圧の電極作成を目的として研究を進めている。一般にSOFCの過電圧は気相-電極-電解質の三相界面の長さに関係があることが知られている。現在、低過電圧を実現している電極にCVD・EVD法で作られたものがあり、これは三相界面の長さが大きいために過電圧が低いのではないかと言われている。しかし、CVD・EVD法はコストが高い、という欠点を持っている。そこで本研究ではより安価である湿式法で低過電圧を実現するにはどの程度の三相界面を持った電極を作成すればよいかを知るために、モデルをたて三相界面長と過電圧の関係を定量的に明らかにすることを目指した。また、三相界面長がSOFCの運転時にどのような影響を受けるかについて明らかにすることも目指した。

三相界面長と過電圧の関係

 LSMは2種類の方法によって作成した。1つは共沈法で、もう1つは固相法で作成した。電解質としては直径15mm厚さ0.2mmのYSZのディスクを用いた。バインダーと電極材料を混合してドクターブレード法で電極に塗布したのち焼き付けた。対極、参照極にはPtを焼き付けた。カソードの三相界面長は電極粒子の粒径の変化、-テレピネオールとエチルセルロースの混合比の変化、バインダーと電極材料の混合比の変化、によって行った。

 過電圧測定はカレントインタラプション法などによって電解質等のIR損を除去した。測定条件は温度850℃、酸素分圧0.21、10-2、10-4atmで行った。過電圧測定の後、YSZディスクと接触のあった三相界面長の測定を行った。電極電解質界面の測定を行うために、電極をSEMの試料台に糊付けし、電解質ディスクを剥離することで、界面と接触していた電極の観測を行った。

 電流密度-過電圧曲線を測定したところ、混合電極の過電圧はLSMのみの電極よりも低い過電圧を示した。電極材料の粒径を変えた場合でも同様の結果が得られた。測定後の電極は電解質から剥離し、剥離面のSEM写真から三相界面長を測定した。観測された単位面積当たりの三相界面長に対して、400mA/cm2における過電圧をプロットしたものをFig.1に示す。

Fig.1三相界面長vs.過電圧@400mA/cm2曲線はモデルによる計算値

 Ltpbと電極過電圧について考察するためにLSMのみの電極について緻密な円柱がくし状に電極として並んでいると仮定してモデルをたてた。酸化物イオンの電極表面上における移動度と吸着および脱離の速度定数ka、kdを考慮してモデルは構築した。モデルから得られた関係をFig.1に実線で示す。LSMのみの電極から得られた実験結果はモデルから算出されたものと良く一致する。三相界面が増加するに連れて過電圧は低く値の変化が少なくなる。このことから、過剰に三相界面を増加させても過電圧の減少には効かなくなっていくことが分かる。混合電極の過電圧は、計算されたものよりも低くなっている。これは、混合電極の三相界面のうち観測されたのはYSZディスクとの界面に存在したものだけであり、LSMとYSZ粒子との界面は計算に含まれていないからである。この結果より混合電極では三相界面が三次元的に存在していることが示唆される。

 また、このモデルにより異なる三相界面長、酸素分圧の様々な実験条件の電流-過電圧曲線を低過電圧部において再現できることが可能となった。このモデルを使うことで三相界面長と過電圧の関係が明らかとなり、目標とすべき三相界面の長さが定量的に明らかになった。また、LSMとYSZの混合電極において、三相界面の三次元的な分布が示唆された。

交流法による電極反応機構の解析

 次に電極反応機構についてより詳細な検討を行うために、電極の交流インピーダンス応答について解析を行った。電極過程はいくつかの時定数の異なる過程から成り立っていることが知られている。本研究ではLSM電極にPtをスパッタすることで修飾を行い、その前後の交流インピーダンス応答の変化を観察した。電気化学測定は空気中、及び酸素分圧1%及び100ppmのアルゴン希釈ガスを用いて行った。測定温度は850、800、750℃にて行った。PtはLSMに比べて酸化物イオンの拡散速度は遅いが、表面反応の速度は速いことが知られている。空気中においてはPtの有無により過電圧、Cole-Coleプロットともに大きな変化は観測されなかった。低酸素分圧においてはPtをスパッタすることで過電圧の減少、および界面導電率の増加が観測された。Ptの修飾により吸着解離は促進されるため、低酸素分圧においてはこれが律速の因子となっていることが分かった。

 Cole-Coleプロットを等価回路にフィッティングしたところ、空気中で2つ、低酸素分圧で3つの弧に分離できた。高周波の弧は酸素分圧依存性が温度によらず1/2であった。一方低周波の弧は低周波のものよりも酸素分圧依存性が高く、空気中では観測されなかった。また高周波の過程の活性化エネルギーは約180kJ/molであり、酸素の同位体交換反応により導かれる交換係数から導かれる活性化エネルギーに近い値であった。一方低周波の過程の活性化エネルギーは約70kJ/molであり、これはLSM中の酸化物イオンの拡散の活性化エネルギーに近い値である。これらのことから高周波の弧は吸着解離によるものであり、低周波の過程は電極上の酸素の拡散であると推測された。

 これにより空気中におけるLSMの電極反応は吸着解離が律速であることが分かった。電極反応の律速過程が吸着解離でありながら三相界面長が電極過程を決めていることから、LSMにおいては酸化物イオンは電極の表面しか移動できないことが確認できた。

焼結に伴う三相界面長の変化

 SOFCは発電時において高温に晒され、このときも電極粒子は成長し、三相界面長は減少し電極性能が劣化することが予想される。モデルから得られた三相界面長対過電圧のグラフから見てわかるように、三相界面長が充分大きければ過電圧はそれほど減少しない。そこで、高温に電極をおき、粒成長を加速的に起こし、実際の発電時において劣化に耐えられる運転時間がどれくらいになるのかについて検討を行った。

 電極材料粒子としてLa0.81Sr0.09MnO3(LSM8-1)、La0.61Sr0.27MnO3(LSM6-3)、La0.70Sr0.29MnO3(LSM7-3)及びLa0.87Sr0.10MnO3(LSM9-1)の4種類の粉末を共沈法により合成した。多孔質電極はドクターブレード法により作製した。緻密体の粒成長を観察するため、LSM9-1,LSM8-1,及びLSM6-3の粉末を用いて一軸成型(50Mpa)により直径10mmのペレットを作製した。

 Ltpbの経時変化を推計するために電極に熱処理を施した後、電極表面の粒径の測定を行い、さらに電極を酸により溶解除去した後に、界面における電極の跡の観察を行った。

 多孔質電極において、初期における粒成長及び界面の粒子数の減少の速度は速く、これは凝集した1次粒子が互いに密に接触していたことに起因する。その後速度は遅くなるがこれは2次粒子同士はそれ程接触が密でないために物質移動が抑制されたためであると思われた。またペレットの粒成長速度定数も多孔質電極のそれとほぼ等しく、活性化エネルギーも400kJ/molでほぼ等しいため、初期に観測される1次粒子の粒成長は緻密ペレットのそれと同じ焼結過程であることが示唆された。

 界面における粒成長は電解質基板が存在するために抑制される。また、表面の粒子の粒径と界面における粒子の跡の径は実験を行った全ての組成、温度、時間において一定の比例関係にあった。この関係及び、表面粒子の粒径と界面における単位面積当たりの跡の個数の変化の速度定数の活性化エネルギーから、Ltpbの経時変化の推計をしたところFig.2のようになった。推計から焼結に起因する劣化は800℃においては100000時間以上の運転でも無視できる。また、1000℃においては40000時間の運転では三相界面の変化はあるものの過電圧に対する影響は小さいことが分かった。

Fig.2三相界面長の推算(a)800℃(b)1000℃
まとめ

 SOFCにおける空気極としてLSMを用い、三相界面長の異なる電極を作製し、電流密度-過電圧の温度依存性、酸素分圧依存性を測定した。過電圧を決定する因子として三相界面長を電極を電解質から剥離することで直接測定することが可能となった。

 空気電極反応についてのモデルを構築して反応機構を支配する因子を決定し、異なる酸素分圧における三相界面長と過電圧の定量的関係を明らかにした。また交流インピーダンスプロットの解析から空気中における律速過程は酸素の吸着脱離過程であり、低酸素分圧においては吸脱着と拡散が両方律速であることが分かった。

 高温における多孔質電極の焼結機構は、初期における粒成長及び界面の粒子数の減少の速度は速く,これは凝集した1次粒子が互いに密に接触していたことに起因する.その後速度は遅くなるがこれは2次粒子同士はそれ程接触が密でないために物質移動が抑制されたためであることが分かった。表面の粒子の粒径と界面における粒子の跡の径は組成,温度,時間によらず一定の比例関係にあった.この関係及び,表面粒子の粒径と界面における単位面積当たりの跡の個数の変化の速度定数の活性化エネルギーから,Ltpbの経時変化の推計が可能になった.推計から焼結に起因する劣化は800℃においては100000時間以上の運転でも無視できる.また,1000℃においては40000時間の運転では三相界面の変化はあるものの過電圧に対する影響は小さいことが分かった.

審査要旨

 本論文は固体酸化物型燃料電池(SOFC)の低温作動時の高性能空気極の開発を行う上で必要な低過電圧空気極の設計指針を得ることを目的として検討を行なったものである。本論文は「固体酸化物型燃料電池における低過電圧空気極の設計」と題し、全5章から構成されている。

 第1章は序論であり、燃料電池の概論、SOFCの位置付け、SOFC空気極の現状とその課題についてまとめた。SOFCはその高い発電効率から次世代の発電システムとして期待されているが、実用化されるまでには解決されなければならない課題がまだ残っている。その一つは作動温度の低温化であり、低温化に伴う空気極の過電圧の抑制は大きな課題である。現在実用上最適なSOFCの材料は電解質にイットリア安定化ジルコニア(YSZ)を、空気極電極としてはLa1-xSrxMnO3(LSM)を用いたものである。LSMを用いた時に低過電圧を実現するための電極設計の指針を得ることがSOFCの実用化のためには重要である。電極反応機構が異なると求められる構造は異なるため、低過電圧を実現するためには電極反応機構を解明することが必要である。本研究では構造と過電圧の定量的関係を明らかにするため、電極反応を数式化し、モデルを構築することを目指した。また高温運転時において電極の構造は変化し、電極性能が劣化することが予測される。そこでモデルをもとに、焼結に伴う過電圧の変化を推計することを目指した。この2点から低過電圧空気極の設計指針を得ることを本研究の目的とすることを述べた。

 第2章において実際の測定に必要となる固体電気化学に特有の測定法、SOFCの電極過電圧の解析、実験手法などについて説明を行った。

 第3章においては種々の電極について電流密度-過電圧曲線を測定した。また測定後の電極を電解質からはく離し、はく離面から三相界面長を測定して過電圧との関係を調べた。測定結果をもとにLSM電極の電極反応を数式化し、拡散と吸着解離反応の両方を考慮したモデルを構築することで三相界面長、酸素分圧などの実験条件が異なる時の電流密度-過電圧曲線を低過電圧部において再現することが可能となった。このモデルを使うことで三相界面長と過電圧の定量的関係が明らかとなり、目標とすべき三相界面の長さが定量的に明らかになった。また、モデルからLSMとYSZの混合電極において、三相界面の三次元的な分布が示唆された。次に、電極反応の素過程がそれぞれ過電圧にどれだけ寄与するのかを調べるため、電極を白金修飾し、温度、酸素分圧を変えて、交流インピーダンス測定を行った。電極反応は表面拡散と吸着解離反応の2つの素過程に分離できた。それぞれの過程の白金修飾による変化、酸素分圧依存性、活性化エネルギーからLSMにおいては吸着解離反応が律速であることを明らかにした。

 第4章では、SOFC空気極において電極の焼結が電極性能の劣化におよぼす影響を定量化するためにLSMの焼結挙動について研究を行った。多孔質電極を用いて熱処理を行い、構造因子の変化を測定した。測定したのは三相界面長、電極粒子粒径、界面における粒子跡の径(界面における粒子の接触長さ)、単位面積当たりの跡の個数である。それぞれの因子の速度定数及び活性化エネルギーを算出した。粒成長速度は組成に依存し、Aサイトに欠損がある電極、またSrドープ量の少ない電極の方がより粒成長が起きやすいが、活性化エネルギーは組成に依存しないことがわかった。また、表面の粒子の粒径と界面における粒子の跡の径は比例関係にあり、界面における単位面積当たりの跡の個数の変化とあわせて、三相界面長の経時変化の推計が可能になった。また、それに伴う過電圧の変化の予測も行った。推計から焼結に起因する劣化は800℃においてほとんど無視できるほどであり、0.2m/m2の三相界面長があれば10万時間の運転でも劣化はほとんどない。1000℃においては三相界面の変化はあるものの出発粒子の粒径を0.2mとし、三相界面長が初期において約0.4m/m2あれば約5万時間は過電圧に対する影響は小さいことが分かった。またLSMとYSZの反応に伴う絶縁相の生成がAサイト欠損が少なくSrドープの少ない電極について観測され、粒成長以外の因子として考慮しなくてはならないことも確認された。このように劣化を防ぐための組成、粒子の大きさが明確になり、高温運転時も電極性能の劣化の少ない電極を実現できる可能性が示された。

 5章において本研究で得られた結果よりSOFC空気極に求められる性能をまとめた。組成、粒子の大きさ、構造の点から要求される電極の条件が明らかになり、電極の設計指針を得た。

 以上、本論文はSOFC低温作動化の重要課題である空気極の低過電圧実現に関する研究を体系的に行なったものであり、化学システム工学の発展に大いに寄与するものである。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54671