学位論文要旨



No 113911
著者(漢字) 中村,直仁
著者(英字)
著者(カナ) ナカムラ,ナオヒト
標題(和) マウス-1,4-ガラクトース転移酵素II,IVの遺伝子の単離とその機能解析
標題(洋)
報告番号 113911
報告番号 甲13911
学位授与日 1999.02.08
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第1962号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用動物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 東條,英昭
 東京大学 教授 小野寺,節
 東京大学 教授 塩田,邦郎
 東京大学 助教授 内藤,邦彦
 (財)東京都老人総合研究所 室長 古川,清
内容要旨

 タンパク質に結合した糖鎖はその機能を修飾するのみならず、細胞接着のリガンドとして直接機能している。特に哺乳類胚の初期発生において見られる細胞表面抗原の多くは糖鎖であり、これら糖鎖抗原の発現を抑制するとコンパクションや着床などが阻害されることが知られている。最近ではこうした糖鎖を作る糖転移酵素の遺伝子をノックアウトしたマウスも作製され、欠失した糖鎖の種類により胎生期や生後間もなく死亡するので、糖鎖は個体発生や個体維持に必須であることが判明している。

 糖タンパク質糖鎖では側鎖のN-アセチルグルコサミン(GlcNAc)にガラクトース(Gal)が-1,4-結合したGal1→4GlcNAc1→構造に、胎児性抗原であるポリN-アセチルラクトサミン(i,I抗原)やポリシアル酸などが発現し、さらにHNK-1糖鎖やルイスX、シアリルルイスXなどの糖鎖抗原決定基が発現する。またガラクトースそのものは、胸腺細胞のアポトーシス、血清糖タンパク質の血中からの除去、細胞の増殖制御などに関与していることが知られている。こうした糖タンパク質糖鎖のガラクトースの機能を直接解明するため、-1,4-ガラクトース転移酵素(-1,4-GalT)の遺伝子を破壊したマウスが作製され解析されている。このマウスはこれまで報告されてきた糖鎖の機能から胎生期で致死となることが予想されたが、成長遅延を伴い生まれてきた。しかしながら変異マウスの大半は離乳期までに致死となることから、ガラクトースは個体発生を維持するうえで必須である。ところでこの欠損マウスの糖タンパク質糖鎖を解析したところ、予想に反して組織の糖タンパク質に消失するであろうGal1→4GlcNAc1→構造をもつ糖鎖が存在することが判明している。特にこの変異マウス脳においては正常マウスとほとんど変わらないGal1→4-GlcNAc1→構造が存在していた。この理由として生体には複数の-1,4-GalTが存在すると考えられ、この考えを証明するように、最近これまでの-1,4-GalT(-1,4-GalTI)と相同性を有するヒトの遺伝子が5つ見いだされ、相同性の高い順に-1,4-GalTII,III,IV,V,VIと命名された。このうち-1,4-GalTVは先に見出され-1,4-GalTIVと名付けられており、ここでは-1,4-GalTIVと記載した。またこれまでの報告から、-1,4-GalTI,II,IVは糖タンパク質糖鎖の生合成に関与していると考えらていれる。動物の脳には、ポリシアル酸やHNK-1糖鎖などが、神経細胞接着分子(N-CAM,L1)などに発現し、神経組織形成に重要な役割を果たしている。-1,4-GalTI遺伝子のノックアウトマウスでは脳の形成に異常は見られず、かつポリシアル酸やHNK-1糖鎖の発現も正常に見られた。ヒト脳における-1,4-GalTI,II,IVmRNAの発現を見ると、-1,4-GalTIは検出されなかったが、-1,4-GalTII,IVは存在した。したがって脳の糖タンパク質糖鎖のガラクトシル化には、-1,4-GalTII,IVがより重要な機能をはたしていることが考えられた。本研究では、糖タンパク質糖鎖特に-1,4-結合したガラクトースを含む糖鎖のマウス脳における機能を解析する目的で、マウスの-1,4-GalTII,IVのcDNAをクローニングし、これらを用いてマウスの脳における-1,4-GalTI,II,IV遺伝子の発現レベルの変化や分布を発生を追って解析した。

(1)マウス-1,4-GalTII,IV遺伝子のクローニング

 まず2週齢のBALB/c雄マウス脳のcDNAライブラリーから、ヒト-1,4-GalTIVcDNAの5’上流側約1kbpをプローブとして用いて、-1,4-GalTIVの遺伝子をクローニングした。その結果、マウス-1,4-GalTIVcDNAは、ヒト-1,4-GalTIVcDNAと87%の相同性を、またマウス-1,4-GalTIcDNAと59%の相同性を示した。予想されるアミノ酸配列を比較検討すると、ヒト-1,4-GalTIV同様短い細胞内(N末端)領域をもつII型の膜貫通タンパク質であることが予想された。マウスの種々の組織における-1,4-GalTIV遺伝子の発現を解析すると、腎臓>肝臓>脳>心臓の順に高い遺伝子発現がみられた。

 マウス-1,4-GalTIIcDNAは、ESTデータベースの中のマウス-1,4-GalTIIcDNA断片と思われる配列を検索し、さらにRT-PCRによりクローニングした。その結果、ヒト-1,4-GalTIIcDNAと86%のホモロジーを示す全コーディング配列を含むcDNA断片(1.2kbp)を得た。予想されるアミノ酸配列から、-1,4-GalTIV同様に細胞内領域の短いII型の膜貫通タンパク質であることが予想された。この遺伝子は組織特異的発現をしており、脳と精巣において高い発現がみられた。

 これらの-1,4-GalTII,IVの遺伝子をSF-9細胞に導入し-1,4-GalTを発現させた結果、いづれも酵素活性を示した。

(2)マウス脳の糖タンパク質のレクチンブロットによる解析

 動物組織において特に脳の糖タンパク質糖鎖には特徴があり、ガラクトースを持つ糖鎖の量は少なく、かつガラクトースを持つ糖鎖の多くはこのガラクトースにシアル酸をはじめとする他の糖が発現している。個体発生にともない発現量が変化するHNK-1糖鎖やポリシアル酸は、神経細胞接着分子などに発現しており、その接着分子の機能を調節しながら神経細胞の移動に関与している。そこで、脳組織の糖タンパク質の発生にともなうガラクトシル化の変化を解析した。胎仔,新生仔,成体マウスの脳から膜タンパク質画分を調製し、これをSDS-PAGE後PVDF膜に転写し、レクチンブロットを行った。その結果、Gal1→4GlcNAc1→構造を認識するヒママメレクチン(RCA-I)と反応するバンドは検出されなかったが、PVDF膜をシアリダーゼにより処理するとRCA-Iと結合する糖タンパク質が検出された。新生仔では分子量200kD付近にいくつかRCA-I陽性バンドがみられ、これらの陽性バンドは週齢の増加とともに減少していく傾向がみられた。また、新生仔から分子量125k前後のRCA-I陽性バンドが発現し、16週齢まで検出された。また-1,4-GalTIVが特異的にガラクトースを転移すると思われる高分岐化糖鎖を認識する白血球凝集レクチン(L-PHA)を用いると、胎生17.5日目の胎仔ではほとんどみられなかったが、新生仔では分子量200k付近から150kD付近までに、複数のL-PHA陽性バンドがみらた。また、2週齢以降では、分子量100k以下のタンパク質バンドにもL-PHA陽性バンドが発現し、16週齢まで検出された。以上の結果から、脳の糖タンパク質のガラクシル化のパターンは個体発生にともない、特に出生後に変化することが判明した。

(3)マウス脳における-1,4-GalTI,II,IVmRNAの発現とその分布の解析

 発生過程における脳の糖タンパク質糖鎖のガラクトシル化には、それぞれのガラクトース転移酵素が機能分担をしながら、ガラクトース転移を円滑におこなっていると考えられる。そこで、脳の発生過程や発育・成長過程における3つの-1,4-GalTmRNAの発現変化を、胎生11.5日齢の胚から16週齢のマウスの脳を用いて解析した。

 その結果-1,4-GalTImRNAの発現は、胎生11.5日齢で高い発現が見られたが、個体発生が進むと著しく減少した。-1,4-GalTIImRNAの発現レベルは、3つの遺伝子の中で最も高く、胎生11.5日齢の胎仔から16週齢までほぼ一定であった。また-1,4-GalTIVmRNAは胎生11.5日齢胎仔の脳検出され、その後16週齢まで徐々に増加する傾向がみられた。

 次に脳における各-1,4-GalTmRNAの発現分布を解析するため、8週齢のマウス脳を用いてin situ hybridizationを行った。その結果-1,4-GalTIImRNAは脳全体に検出され、特に大脳皮質の第二層および第三層、海馬の錐体細胞や歯状回の顆粒細胞に強い発現が認められた。小脳のプルキンエ細胞にも発現が認められたが、顆粒層では発現が低かった。-1,4-GalTIVmRNAも脳全体に発現が認められたが、特に海馬のCA3領域と小脳のプルキンエ細胞と顆粒層の細胞において強い発現が認められた。大脳と小脳における発現量の違いを調べるため、大脳と小脳からRNAを調製し、ノーザン分析を行った。-1,4-GalTIImRNAは大脳において小脳の約2.5倍の発現量が検出されたのに対して、-1,4-GalTIとIVのmRNA発現量は大脳と小脳でほぼ同じであった。以上の結果から、-1,4-GalTIIは特に海馬の錐体細胞や歯状回の顆粒細胞の、また-1,4-GalTIVは海馬のCA3領域と小脳のプルキンエ細胞と顆粒細胞の糖タンパク質糖鎖のガラクトシル化に深く関与していることが示唆された。海馬が長期記憶に関与するであろうことから、脳の機能と糖タンパク質糖鎖の関連に興味がもたれる。特に記憶の長期増強に関与する、アセチルコリン,GABA,グルタミン酸のレセプターが海馬に多く存在することから、これらのレセプタータンパク質の特定の糖鎖構造の形成に関与しその機能を調節しているか、今後検討の必要があると思われる。

 以上の結果から、脳の糖タンパク質糖鎖のガラクトシル化は個体の発生過程において-1,4-GalTI,II,IVが差時的に領域特異的に働き、同じようにタンパク質に結合しているガラクトースでも、実はそれぞれ異なる-1,4-GalTがそれぞれの基質特異性に基づいて、ガラクトースを転移している可能性が示された。おそらくこうして作られた特定のガラクトース上にポリシアル酸やHNK-I糖鎖が発現し、神経組織形成過程を調節しているものと考えられる。今後各-1,4-GalTの遺伝子をノックアウトしたマウスを作製することにより、より直接的な神経組織形成における糖タンパク質糖鎖のガラクトースの機能を示せるものと思われる。

審査要旨

 タンパク質に結合した糖鎖はその機能を修飾するのみならず、細胞接着のリガンドとして直接機能している。糖タンパク質糖鎖では側鎖のN-アセチルグルコサミン(GlcNAc)にガラクトース(Gal)が-1,4-結合したGal1→4GlcNAc1→構造に、胎児性抗原であるポリN-アセチルラクトサミン(i,I抗原)やポリシアル酸などが発現している。-1,4-ガラクトース転移酵素(以下、-1,4-GalTと略称)遺伝子のノックアウトマウスの研究から、脳の糖タンパク質糖鎖のガラクトシル化には、-1,4-GalTII,IVがより重要な機能を果たしていると考えられている。一方、動物の脳には、ポリシアル酸やHNK-1糖鎖などが、神経細胞接着分子(N-CAM,L1)などに発現し、神経組織形成に重要な役割を果たしている。以上のような背景から、本論文は、糖タンパク質糖鎖、特に-1,4-結合したガラクトースを含む糖鎖が、マウス脳においてどのような生理的役割を果たしているかを解析する目的で、マウスの-1,4-GalTII,IVのcDNAをクローニングし、これらを用い、マウス脳の発生における-1,4-GalTI,II,IV遺伝子の発現レベルの変化や分布について明かにしたものである。

 本論文は3章から構成されており,各章を要約すると以下の通りである。

 第1章では、2週齢のBALB/c雄マウス脳のcDNAライブラリーを作成し、ヒト-1,4-GalTIVcDNAの5’上流側約1kbpをプローブとして、-1,4-GalTIVの遺伝子をクローニングした。その結果、マウス-1,4-GalTIVcDNAは、ヒト-1,4-GalTIVcDNAと87%の相同性を、また、マウス-1,4-GalTIcDNAと59%の相同性をもつことを示した。予想されるアミノ酸配列を比較検討し、ヒト-1,4-GalTIV同様短い細胞内(N末端)領域をもつII型の膜貫通タンパク質であることを明かにした。ついで、マウスの種々の組織における-1,4-GalTIV遺伝子の発現を解析し、腎臓>肝臓>脳>心臓の順に高い遺伝子発現を確認した。マウス-1,4-GalTIIcDNAについては、ESTデータベースの中のマウス-1,4-GalTIIcDNA断片と思われる配列を検索し、さらにRT-PCRによりクローニングした。その結果、ヒト-1,4-GalTIIcDNAと86%のホモロジーを示す全コーディング配列を含むcDNA断片(1.2kbp)を得た。アミノ酸配列の予想から、-1,4-GalTIV同様に細胞内領域の短いII型の膜貫通タンパク質であることを明かにした。この遺伝子は組織特異的発現を示し、脳と精巣において高い発現を確認している。これらの-1,4-GalTII,IVの遺伝子をSF-9細胞に導入し-1,4-GalTを発現させた結果、いづれも酵素活性を示すことを確認している。

 第2章では、マウス胎仔、新生仔、成体マウスの脳組織における糖タンパク質の発生にともなうガラクトシル化の変化をレクチンブロットにより解析している。その結果、Gal1→4GlcNAc1→構造を認識するヒママメレクチン(RCA-I)と結合する糖タンパク質を検出した。新生仔では分子量200kDのRCA-I陽性バンドが週齢の増加とともに減少していく傾向を確認した。また、新生仔から分子量125KD前後のRCA-I陽性バンドが発現し、16週齢まで検出された。また-1,4-GalTIVが特異的にガラクトースを転移すると思われる高分岐化糖鎖を認識する白血球凝集レクチン(L-PHA)を用いると、胎生17.5日目の胎仔ではほとんどみられなかったが、新生仔では分子量200KD付近から150KD付近までに、複数のL-PHA陽性バンドがみられた。また、2週齢以降では、分子量100KD以下のタンパク質バンドにもL-PHA陽性バンドが発現し、16週齢まで検出された。以上の結果から、脳の糖タンパク質のガラクシル化のパターンは個体発生にともない、特に出生後に変化することを証明した。

 第3章では、脳の発生過程や発育・成長過程における3つの-1,4-GalT mRNAの発現変化を、胎生11.5日齢の胚から16週齢のマウスの脳を用いてRT-PCR法ならびにin situ hybridizationにより解析している。その結果、同じようにタンパク質に結合しているガラクトースでも、それぞれ異なる-1,4-GalTがそれぞれの基質特異性に基づき、ガラクトースを転移し、特定のガラクトース上にポリシアル酸やHNK-I糖鎖が発現していることを確認した。

 以上、本論文は脳の糖タンパク質糖鎖のガラクトシル化は個体の発生過程において-1,4-GalTI,II,IVが差時的ならびに領域特異的に働き、神経組織形成過程を調節しているという極めて重要な知見を示したもので、農学学術上貢献するとろこが少なくない。よって、審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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