「無線ATM」とは、有線ATMネットワークへの無線アクセスを実現することで、有線系の端末と"質的"に同様のサービスを無線リンクの移動端末に提供することを目指すものである。無線ATMにおいて無線リンクアクセス部は、通信経路全体において最後のホップに当る部分であり、その低速・低品質の特性から、エンド-エンド間通信のボトルネックとなる可能性がある。したがって、今後の無線ATMネットワークの構築にあたっては、限られた周波数資源をより効率的に使用すると共に、柔軟なリソースの割当ができる無線リンクアクセス制御方式の研究・開発がネットワーク全体の性能に大きな影響を及ぼす重要な課題である。しかし、従来の無線リンクアクセス制御方式では、各コネクションに対してリソースを固定的または半固定的に割り当てる方式が多く、柔軟なリソースの割当制御ができないのが現状である。 また、マルチメディアコネクションを有する端末が移動する環境においては、端末の移動(ハンドオフ)により各無線サービスエリア(無線セル)でのコネクション容量は常に激しく変動する。すでに収容しているコネクションのサービス品質を保証するためには、各無線セル内でのコネクション容量をある程度以下に維持する必要があり、場合によってはハンドオフがブロック、すなわち、拒否されることがある。ハンドオフがブロックされというのは、通信の強制切断を意味しており、今後のマルチメディア移動通信ネットワークにおいては、有線系におけるサービス品質パラメータに加えて、ハンドオフブロック率をもう一つの重要な品質パラメータとして扱う必要がある。特に、キャンパス・オフィス環境においては、ミーティングの前後のように、端末の同時多発的な移動パターンがよく見られるのが特徴であり、その対策の工夫が必要である。しかし、従来の無線リンクアクセス制御方式では、マルチメディアコネクションを有する端末の移動に関して充分な検討がなされてないのが現状である。 さらに、キャンパス・オフィス環境のLANにおいては、今後とも従来通りにファイル転送・電子メール・リモートログインなどのコネクションレス型のデータ通信サービスが主なトラヒックになると思われる。しかしながら、従来の研究では、コネクション型のサービス品質保証に集中している傾向がある。したがって、マルチメディア通信におけるコネクション型通信サービスのサポートと共に、コネクションレス型のデータ通信サービスに対しても、効率的で、かつ、公平なネットワークアクセスが提供できるトラヒック制御技術や無線アクセス制御方式の研究・開発が望ましい。 本論文では、無線ATMにおける無線リンクアクセス制御機能に焦点を当てた。キャンパス・オフィス環境における無線ATM LANを構築することを想定し、動的リソース割当による無線リンクアクセス制御方式の高能率化について検討した。 キャンパス・オフィス環境のLANにおいて、限られた周波数資源を用いて高速・広帯域サービスを提供するためには、無線ネットワークのアーキテクチャとしてマイクロ・ピコセルラーアーキテクチャの採用が前提される。マイクロ・ピコセルラーアーキテクチャでは、一つの無線セルがカバーするサービスエリアが小さく、端末の移動に伴うセル間のハンドオフが頻繁に起こる。したがって、端末が無線セルの間を移動するごとにコネクション受付制御やルーティング制御を行うことは大きな制御のオーバヘッドとなり、しかも集中的な管理を必要とするので、ネットワーク性能のボトルネックとなる。その対策の一つとして、いくつかの隣接する無線セルをグループ化したセルクラスタをコネクション受付制御やハンドオフ制御の単位として扱う方法がある。 本論文では、まず、上述したコネクション受付制御モデルを前提とし、動的リソース割当による無線リンクアクセス制御を前提とした無線ATM LANの構成方法について述べた。ネットワークアーキテクチャを提示し、ネットワークの構成や必要な機能について検討した。コネクション管理機能・ハンドオフ制御機能・コネクションレス型データトラヒックのフロー制御機能について述べた。そして、動的リソース割当のためのデータリンク制御およびメディアアクセス制御の機能と関連性について述べた。 マルチメディア通信における各サービスクラスに対して、サービスの品質を保証しながら、トラヒックの特性やネットワークの状態に応じてリソースの割当を動的に行う手法を検討し、TDMA/TDD多元接続方式に基づいた新たな無線リンクアクセス制御方式(DSAWP方式:Dynamic Slot Assignment by Weighted Priority方式)を提案した。まず、DSAWP方式のメディアアクセス制御方式として、各コネクションのバッファ状況のフィードバックによるオーバヘッドや遅延を最小化する手法を提案した。優先関数(重み関数)を用いた優先制御による動的スロット割当制御方法を提案し、各コネクションのトラヒック特性に適する優先関数を決める手法に関する考察を行った。そして、コネクションレスデータトラヒックに対するアクセス公平性を保つための無線リンクフロー制御方式を提案した。 コンピュータシミュレーションによる評価の結果、提案したDSAWP方式では、固定割当方式や予約型割当方式に比べ、より効率的で柔軟なリソースの管理ができることが分かった。評価の一つの例として、図1に収容したVBR(384Kbpsビデオ)コネクション数とパケット損失率および転送遅延との関係を示す。ここでは、提案した方式(Dynamic)ではある程度のパケット損失とパケット転送遅延を許容するなら、一つの無線セルで収容できるコネクション容量が固定割当方式や予約型割当方式より大きくすることができることが分かった。 図1:収容VBRコネクション数とパケット損失率及び転送遅延との関係 また、ネットワークの各箇所における独特な状況や必要に応じて動的割当制御を行うことについて検討を行い、ネットワークパラメータやポリシーの設計について考察した。まず、チャネル状態に基づいた割当制御方針について述べ、その評価を行った。一時的な輻輳状態を許し、ネットワーク使用効率を向上させると共にハンドオフブロック率を抑える割当制御方針について述べ、その評価を行った。トラヒックの性質を利用した割当制御方針について述べ、その評価を行った。多くの人が通過する廊下のようにハンドオフブロックキングが問題になるブリッジセルにおける割当制御方針について述べ、その評価を行った。従来の固定割当方式では、図2に示すように比較的に低いネットワーク負荷状態でもブリッジセルにおけるハンドオフブロック率は大きくなり、移動環境においてシステム全体の性能のボトルネックとなる。本論文では、各コネクションの滞在時間(Tsoj)を考慮した動的割当によりハンドオフブロック率を下げることを提案した。このような割当制御により、図2に示すように、各パケットの相対的緊急性(Qt/ToE)だけを考慮した場合に比べ、より多くの通過コネクション(Transient)をサービス品質をトレードオフにして一時的に収容すると共に、既存のコネクション(Fixed)のサービス品質の低下を抑えることができた。 図2:Bridging Cellにおけるハンドオフブロック率と滞在時間を考慮した割当 本論文の意義は、移動環境においてマルチメディアトラヒックを収容するための動的割当方式を提案し、その妥当性と実現方法を検証したことである。 |