非直線抵抗特性を持つバリスタなど、セラミックスの粒界の物性を積極的に利用した種々の電子素子が開発されているが、従来の製造手法では、粒界あるいは粒内の物性を選択的に制御することや任意の位置でのみ特性を発現させることは困難であった。本研究は、ペロブスカイト型構造を持つチタン酸ストロンチウム(SrTiO3)の表面にエキシマレーザーを照射することにより表面導電性の制御を行い、形成される半導体層の生成機構を解明するとともに、酸化物半導体デバイスをレーザー照射を用いて形成する手法の基礎を確立することを目的として行った研究成果をまとめたものであり、全7章からなる。 第1章は序論であり、本研究の構成、背景および目的を述べている。 第2章では、SrTiO3単結晶表面にエキシマレーザーを照射することにより形成される半導体層について、その電気物性と形成機構を調べた結果を述べている。照射表面では微小亀裂やクレーター状の凹凸の形成が見られることから、融点まで温度上昇が生じるものと推定している。照射密度100mJ/cm2以上のKrFエキシマレーザー照射により、SrTiO3の表面抵抗は1013(/□)から104(/□)まで低下することを明らかにしている。伝導キャリアである電子の濃度はドナードープおよび還元処理された試料での値と近いこと、またX線光電子分光測定では酸素欠陥の生成による酸素O1sの大きなサブピークが観察されることから、レーザーの光エネルギーを吸収して生じる熱により酸素空孔が生成し、それから放出される電子によりn型半導性を示すものと考察している。 第3章では、レーザー照射効果が多結晶セラミックスでも生じることを確認するため、SrTiO3基セラミックス表面にエキシマレーザーを照射し、非直線の電流-電圧特性を示すバリスタ層の形成を試みた結果を述べている。通常、バリスタ特性は、還元焼成により粒子を半導体化し、アクセプタとなる酸化物を粒界拡散させた多結晶体でみられるが、レーザー照射を用いることにより、還元焼成を除いたプロセスでもほぼ同等の非直線電流-電圧特性が得られることを明らかにしている。 第4章では、SrTiO3単表面結晶に1m程度の狭い未照射部分を挟むようにエキシマレーザー照射を行い、半導体-絶縁体-半導体(n-i-n)構造を作製し、その電気物性を調べた結果を述べている。この構造で、非直線指数が3〜4の非直線電流-電圧特性が得られることを見出している。その特性の解析から、本構造では照射部と未照射部の界面に約1.1eVの電位障壁が生じており、印加電圧により電位障壁が低下して半導体領域から絶縁層へ電子放出が生じる機構を推定している。 第5章では、酸化銅(CuO)細線を形成、熱処理した後、全面にレーザー照射することにより、n型-p型-n型半導体(npn)構造を作製しその電気物性を調べた結果を述べている。レーザー照射前後の表面の化学組成分析およびホール係数測定により、熱処理によりCuO層から深さ方向に約0.3mまでCuが拡散すること、およびCuO拡散層はレーザー照射前後ともp型半導性を示すことを明らかにしている。この構造により非直線指数が7の優れた非直線電流-電圧特性特性が得られることを見出している。これらより、本手法が非直線電流-電圧特性を示す半導体構造の形成に有用であることを述べている。 第6章では、CuO固溶SrTiO3多結晶体、およびCuO拡散とレーザー照射により単結晶SrTiO3表面に形成したpn接合の電気物性評価を行い、それらからpn界面とnpn構造の電気伝導機構を考察した結果を述べている。SrTiO3多結晶体でのCuO添加に伴う格子定数の変化およびホール係数測定結果から、CuイオンはTiイオンに置換固溶し、同時に格子中に取り込まれる酸素によりp型半導性があらわれるものと考察している。pn接合では整流性の電流-電圧特性を確認している。電流-電圧特性の解析および容量-電圧特性の測定結果から、pn界面には高密度の界面準位が存在していることを明らかにしている。npn構造の非直線指数、電位障壁高さ、界面準位密度は、SrTiO3系バリスタで報告されている値に近いことから、本手法によりSrTiO3系バリスタと類似の疑似粒界構造が形成されていると結論している。 第7章では本研究で得られた結果をまとめ、将来の研究への展望を示している。 以上、本論文は、レーザー照射を用いることにより、絶縁性酸化物表面での半導性の制御、およびCuO拡散との併用により非直線電流-電圧特性をもつ半導体構造を形成することが可能であることを明らかにしている。この成果は、酸化物単結晶上に電子機能素子を設計、実現するための重要な指針を与えものであり、今後の材料科学の進展に寄与するところが大きい。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |