学位論文要旨



No 113915
著者(漢字) 尹,鍾源
著者(英字)
著者(カナ) ユン,ジョンウォン
標題(和) エキシマレーザー照射によるセラミックスの電気物性制御
標題(洋) Control of Electrical Properties in Ceramic Materials by Excimer Laser Irradiation
報告番号 113915
報告番号 甲13915
学位授与日 1999.02.12
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4274号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 宮山,勝
 東京大学 教授 橋本,和仁
 東京大学 教授 桑原,誠
 東京大学 教授 安井,至
 東京大学 助教授 梶井,克純
内容要旨

 セラミックスの粒子内と性質が異なる粒界を積極的に利用して、非直線抵抗特性を持つバリスタ、絶縁性粒子による高誘電率を利用した粒界層型(BL)コンデンサー、キュリー点での異常抵抗特性を利用したPTCサーミスタ等の電子素子が開発されている。このような素子は、いずれも粒界での電位障壁と高抵抗化に由来する機能を利用したものである。しかし、従来のセラミックスの製造手法では、局所的に粒界あるいは粒内の物性を制御することは困難であった。一方、レーザー光を固体表面に照射すると表面構成原子及び分子の解離が起こる現象が見つかって以来、これらのレーザーと固体表面の相互作用を利用し、半導体、誘電体、高温超伝導体、光エレクトロニクス等の機能性薄膜形成や表面エッチング等の研究が盛んに行われている。そのレーザー光をセラミックスの物性改質手法として着目すると,レーザービームの調整によって固体表面の任意の位置および形状での選択的物性制御が可能であると考えられる。

 そこで本研究では、ペロブスカイト型構造を持つチタン酸ストロンチウム(SrTiO3)の表面にエキシマレーザーを照射をすることにより表面導電性の制御を行い、形成される半導体層の生成機構を解明するとともに、酸化物半導体デバイスをレーザー照射を用いて形成する手法の基礎を確立することを目的とした。このためにまずレーザー照射面の定量的電気物性評価、X線光電子分光(XPS)による表面電子状態評価を行った。さらに、細い未照射部を挟むようなレーザー照射による半導体-絶縁体-半導体構造や、CuO拡散とレーザー照射によりn型半導体-p型半導体-n型半導体構造を作製し、その構造評価、電気物性評価を行った。

第1章序論

 本研究の構成、背景および目的を述べた。

第2章レーザー照射によりSrTiO3単結晶表面上に形成された半導体層の評価

 第2章では、エキシマレーザー照射により形成された半導体層の電気物性とその形成機構を調べた。試料には面祖度が3nmになるよう鏡面研磨した純度99.99%のチタン酸ストロンチウム(SrTiO3)単結晶を用いた。空気中・常温でその表面上にKrFエキシマレーザー(波長:248nm)を、フルエンス50〜600mJ/cm2、パルス幅18ns、周波数1Hz、ショット数20の条件で照射を行った。電気測定としてはIn-Ga合金を電極として用い、直流2端子法による電流(I)-電圧(V)特性およびVan der Pauw法によるホール係数の測定を行った。走査型電子顕微鏡(SEM)による表面観察では、フルエンス200mJ/cm2でクラックやクレーターの形成、それ以上のフルエンスでは不均質な凹凸が見られ、融点まで温度上昇が起こっていることがわかった。フルエンス100mJ/cm2以上のエキシマレーザー照射によりSrTiO3の表面抵抗は>1013(/cm2)から104(/cm2)に低下し、それ以上のフルエンスではほぼ一定になった。また、XeClレーザー(波長:308nm)でも、フルエンス200mJ/cm2以上で同様の変化がみられることがわかった。ホール測定の結果から、比抵抗0.2[cm]、移動度5.4[cm2V-1sec-1]、電子濃度5.4×1018[cm-3]であることが見積もられた。この値は、ドナードープおよび還元された試料の値と近いことから酸素欠陥の生成が考えられた。XPSによる表面電子状態分析の結果では、酸素O1sメインピーク近傍に大きなサブピークが観察された。このサブピークの発現は、酸素欠陥をもつペロブスカイト構造型酸化物でみられ、またその分子軌道計算でも推定されている。以上の結果から、レーザー光エネルギーを吸収して生じる熱エネルギーにより酸素空孔が生成し、それから放出される電子によりn型半導性を示していると考えられる。

第3章レーザー照射によるSrTiO3基セラミックスでのバリスタ層の形成とその電気物性

 粒界層型(BL)コンデンサは、粒子半導体化ためのドナー(Nb2O5)を添加した上での還元焼成および粒界絶縁体するための金属酸化物(CuO、PbO、Bi2O3等)塗布とその熱拡散によって作製され、非直線の電流-電圧特性が観測される。第3章では、レーザー照射効果が多結晶セラミックスでも生じることを確認するため、焼成を空気中で行って試料を作製し,その表面上にエキシマレーザーを照射してバリスタ層の形成を試みた。焼結助剤としてSiO2添加、金属酸化物(PbO、Bi2O3)粒界拡散処理を行い、未研磨面にKrFエキシマレーザー照射(フルエンス300mJ/cm2)を行った。試料では、非直線指数(=△logI/△logV)が5.2となる非直線電流-電圧特性がみられた。これらから、粒界にアクセプタが存在し、かつ試料表面の粒界部が溝状で第二相(SiO2および粒界拡散物質)が析出している試料では、レーザー照射による半導体化が粒界部で生じにくいため、粒界電位障壁が維持され非直線電流-電圧特性がみられたものと考えられた。

第4章レーザー照射によるSrTiO3単結晶での半導体-絶縁体-半導体(nin)構造の形成とその電気物性

 第4章では、エキシマレーザー照射による酸化物表面での機能性半導体構造の形成の第1歩として、SrTiO3単表面結晶に1ミクロン程度の狭い未照射部分を挟むようにレーザー照射を行い、半導体-絶縁体-半導体(n-i-n)構造を作製し、その電気物性を調べた。SEMの観察により、300mJ/cm2のレーザーの照射部と未照射部の境界は波形となっており、未照射部端部でもクラックが生成していることがわかった。この構造において、非直線指数が3〜4の非直線I-V特性がみられた。しかし、同条件で作製した試料においても、電流が急増する電圧(立ち上がり電圧)や非直線指数にはばらつきが見られた。このような特性の違いは、照射部からの熱の不均質な伝導により未照射部での実際の高抵抗部の幅が変化したためと考えられる。非直線領域の電流密度(J)の電場(E)依存性は、InJ=aE1/2+b(a,b定数)の関係式を示した。これより本構造では,照射部の半導体化により照射部と未照射部の界面に電位障壁が生じており、印加電圧により電位障壁が低下して半導体領域から絶縁層へ電子放出が生じるショットキー効果によるものと考えた。また上記の関係式から,1.1〜1.2eVの障壁高さが見積もられた。

第5章レーザー照射によるSrTiO3単結晶でのn型-p型-n型半導体(npn)構造の形成

 第4章の方法では、絶縁層の幅の精密な制御が困難であったため、第5章では、酸化銅(CuO)細線を形成、熱処理した後、全面にレーザー照射することにより、n型-p型-n型半導体(npn)構造を作製しその電気物性を調べた。光リソグラフィ技術を用いて、SrTiO3単結晶上に幅1m、高さ300nmの酸化銅(CuO)細線をスパッタリングにより形成した後,エキシマレーザー(300mJ/cm2)を全面照射した。レーザー照射前後の表面について、SEMによる形状観察およびX線マイクロアナライザ(EDX)、X線光電子分光(XPS)による化学組成分析を行った。この結果熱処理により,CuO層から表面方向に約0.5m、深さ方向に約0.3mまでCuが拡散していることがわかった。またレーザー照射により表面のCuO拡散層は消失した。ホール係数測定により,CuO拡散層はレーザー照射前後ともp型半導性を示すことが確認された。電流-電圧特性の測定から、n型半導体表面、p型半導体表面ではオーミックな特性を示すが,npn構造では非直線指数が7の非オーミック特性を示すことが明らかになった。これらより、本手法が非直線電流-電圧特性を示すnpn構造の形成に有用であることが明らかになった。

第6章SrTiO3単結晶上でのpn接合界面の形成と界面での電気伝導機構型半導性の機構

 第6章では、Cu固溶SrTiO3多結晶体,およびCuO拡散とレーザー照射により単結晶SrTiO3表面に形成したpn接合の電気物性評価を行い、それらからpn界面とnpn構造の電気伝導機構を考察した。SrTiO3多結晶体の格子定数は、1.6mol%までのCuO添加量の増大とともに増加した。また、ホール係数測定から1.6mol%CuO固溶試料でp型半導性が確認された。陽イオン半径の考察から、Cu2+はTi4+に置換固溶し、同時に格子中に取り込まれる酸素によりp型半導性があらわれるものと考えられる。Pn接合では電流-電圧特性に整流性が確認された。Pn接合では電流-電圧特性の理論式との比較から,また,npn構造では容量-電圧の特性の測定から、界面に高い密度の界面準位が存在していることが示唆された。Npn構造の電位障壁高さ(約1.1eV)、界面準位密度(約1014cm-2)、非直線指数(約7)は、SrTiO3系バリスタで報告されている値に近いことから、本手法によりSrTiO3系バリスタと類似の疑似粒界構造が形成されていることが示唆された。

第7章総括結論

 第7章では本研究で得られた結果をまとめ、将来の研究への展望を示した。本研究により、レーザー照射を用いることにより、絶縁性酸化物表面でのn型半導体層の形成,およびCuO拡散と組み合わせることにより非直線電流-電圧特性をもつnpn半導体構造を形成することが可能であることが示された。本研究の手法は、酸化物単結晶表面の任意の位置にマイクロエレクトロニクスデバイスを形成する手法として有効であると考えられる。

審査要旨

 非直線抵抗特性を持つバリスタなど、セラミックスの粒界の物性を積極的に利用した種々の電子素子が開発されているが、従来の製造手法では、粒界あるいは粒内の物性を選択的に制御することや任意の位置でのみ特性を発現させることは困難であった。本研究は、ペロブスカイト型構造を持つチタン酸ストロンチウム(SrTiO3)の表面にエキシマレーザーを照射することにより表面導電性の制御を行い、形成される半導体層の生成機構を解明するとともに、酸化物半導体デバイスをレーザー照射を用いて形成する手法の基礎を確立することを目的として行った研究成果をまとめたものであり、全7章からなる。

 第1章は序論であり、本研究の構成、背景および目的を述べている。

 第2章では、SrTiO3単結晶表面にエキシマレーザーを照射することにより形成される半導体層について、その電気物性と形成機構を調べた結果を述べている。照射表面では微小亀裂やクレーター状の凹凸の形成が見られることから、融点まで温度上昇が生じるものと推定している。照射密度100mJ/cm2以上のKrFエキシマレーザー照射により、SrTiO3の表面抵抗は1013(/□)から104(/□)まで低下することを明らかにしている。伝導キャリアである電子の濃度はドナードープおよび還元処理された試料での値と近いこと、またX線光電子分光測定では酸素欠陥の生成による酸素O1sの大きなサブピークが観察されることから、レーザーの光エネルギーを吸収して生じる熱により酸素空孔が生成し、それから放出される電子によりn型半導性を示すものと考察している。

 第3章では、レーザー照射効果が多結晶セラミックスでも生じることを確認するため、SrTiO3基セラミックス表面にエキシマレーザーを照射し、非直線の電流-電圧特性を示すバリスタ層の形成を試みた結果を述べている。通常、バリスタ特性は、還元焼成により粒子を半導体化し、アクセプタとなる酸化物を粒界拡散させた多結晶体でみられるが、レーザー照射を用いることにより、還元焼成を除いたプロセスでもほぼ同等の非直線電流-電圧特性が得られることを明らかにしている。

 第4章では、SrTiO3単表面結晶に1m程度の狭い未照射部分を挟むようにエキシマレーザー照射を行い、半導体-絶縁体-半導体(n-i-n)構造を作製し、その電気物性を調べた結果を述べている。この構造で、非直線指数が3〜4の非直線電流-電圧特性が得られることを見出している。その特性の解析から、本構造では照射部と未照射部の界面に約1.1eVの電位障壁が生じており、印加電圧により電位障壁が低下して半導体領域から絶縁層へ電子放出が生じる機構を推定している。

 第5章では、酸化銅(CuO)細線を形成、熱処理した後、全面にレーザー照射することにより、n型-p型-n型半導体(npn)構造を作製しその電気物性を調べた結果を述べている。レーザー照射前後の表面の化学組成分析およびホール係数測定により、熱処理によりCuO層から深さ方向に約0.3mまでCuが拡散すること、およびCuO拡散層はレーザー照射前後ともp型半導性を示すことを明らかにしている。この構造により非直線指数が7の優れた非直線電流-電圧特性特性が得られることを見出している。これらより、本手法が非直線電流-電圧特性を示す半導体構造の形成に有用であることを述べている。

 第6章では、CuO固溶SrTiO3多結晶体、およびCuO拡散とレーザー照射により単結晶SrTiO3表面に形成したpn接合の電気物性評価を行い、それらからpn界面とnpn構造の電気伝導機構を考察した結果を述べている。SrTiO3多結晶体でのCuO添加に伴う格子定数の変化およびホール係数測定結果から、CuイオンはTiイオンに置換固溶し、同時に格子中に取り込まれる酸素によりp型半導性があらわれるものと考察している。pn接合では整流性の電流-電圧特性を確認している。電流-電圧特性の解析および容量-電圧特性の測定結果から、pn界面には高密度の界面準位が存在していることを明らかにしている。npn構造の非直線指数、電位障壁高さ、界面準位密度は、SrTiO3系バリスタで報告されている値に近いことから、本手法によりSrTiO3系バリスタと類似の疑似粒界構造が形成されていると結論している。

 第7章では本研究で得られた結果をまとめ、将来の研究への展望を示している。

 以上、本論文は、レーザー照射を用いることにより、絶縁性酸化物表面での半導性の制御、およびCuO拡散との併用により非直線電流-電圧特性をもつ半導体構造を形成することが可能であることを明らかにしている。この成果は、酸化物単結晶上に電子機能素子を設計、実現するための重要な指針を与えものであり、今後の材料科学の進展に寄与するところが大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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