学位論文要旨



No 113917
著者(漢字) 大塚,聡子
著者(英字)
著者(カナ) オオツカ,サトコ
標題(和) 運動視差による奥行き知覚の研究
標題(洋)
報告番号 113917
報告番号 甲13917
学位授与日 1999.02.17
学位種別 課程博士
学位種類 博士(心理学)
学位記番号 博人社第227号
研究科 人文社会系研究科
専攻 基礎文化研究専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 佐藤,隆夫
 東京大学 教授 立花,政夫
 東京大学 助教授 高野,陽太郎
 東京大学 助教授 横澤,一彦
 専修大学 教授 中谷,和夫
内容要旨

 運動視差とは奥行き知覚の手がかりとなる視覚的運動情報の一種である.本論文では,観察者自身の頭部の運動に同期する相対運動情報で,対象形状の変化によらないような奥行き知覚手がかりを運動視差と定義し,この手がかりの視覚情報処理過程を実験的に検討した.

 第2章では,運動視差からの奥行き検出機構と,相対運動からの相対運動検出機構の関係を検討した.実験では,同一の刺激と同様の方法を用いて運動視差からの奥行き検出閾と相対運動からの相対運動検出閾を測定し,比較した.その結果,奥行き検出閾と相対運動検出閾には,部分的に共通する特性と,異なる特性が認められた.したがって,奥行き検出器と相対運動検出器は共通する前処理機構を持つ異なる機構であることが示唆される.奥行き検出器は,相対運動検出器にはない機能として,観察距離の情報と頭部運動の情報を処理している可能性がある.

 第3章と第4章では運動視差のスケーリングについて検討した.運動視差のスケーリングとは,一定の運動視差量から知覚される奥行き量が刺激までの距離とともに増大するという現象や機能をさす.

 先行研究では,運動視差のスケーリングが知覚距離に依存することが議論されている.そこで,第3章では運動視差のスケーリングが知覚距離に基づくかどうかを検討した.実験では,運動視差量が等しい刺激の距離知覚手がかりをさまざまに操作して知覚奥行き量と知覚距離を測定し,両者の関係を検討した.刺激の距離知覚手がかりの操作として,暗室条件と明室条件を設定し,また,それぞれの条件で刺激の観察距離と大きさを操作した.実験の結果,同一の刺激からの知覚奥行き量は暗室条件と明室条件の間で変化し,その変化に対応するような知覚距離の変化は認められなかった.したがって,知覚距離は運動視差のスケーリングを完全には説明しないことが示される.このことは,運動視差のスケーリングに寄与する距離表象(ここではスケーリング距離と呼ぶ)が知覚距離とは独立して存在するとの考え方に矛盾しない.

 運動視差のスケーリングが暗室条件と明室条件で異なるとの第3章の実験結果は,相対距離知覚手がかりが運動視差のスケーリングに寄与することによって説明できる.しかし,原理的には,スケーリングは,相対距離知覚手がかりではなく絶対距離知覚手がかりによって決定されると考えられる.そこで,第4章では,相対距離知覚手がかりが運動視差のスケーリングに寄与するかどうかを検討した.実験では,運動視差量が等しい2つの刺激を同一画面上に同時に提示し,絶対距離知覚手がかりを一定に保ったまま相対距離知覚手がかりのみを操作した.観察者にはこれらの刺激からの奥行き量と距離の強制判断を求めた.その結果,奥行き判断と距離判断の結果はチャンスレベルから有意に変化した.この結果は,相対距離知覚手がかりが刺激の距離情報を修飾することによって運動視差のスケーリングに寄与することを示唆する.

 これらの結果から,スケーリング距離と知覚距離はどちらも,絶対距離知覚手がかりに加えて,相対距離知覚手がかりのもたらす情報によって決定されることが推察される.また,スケーリング距離と知覚距離は,これらの手がかりに対する感度が異なると考えられる.

審査要旨

 大塚聡子氏の論文「運動視差による奥行き知覚の研究」は、人間の視覚系における運動情報に基づく奥行知覚のメカニズムを心理物理学的な手法によって実験的に検討したものである.運動に基づく立体視には様々なものがあるが,本論文では,頭部を運動させた時,その運動に同期する速度場という狭義の運動視差を扱っている.

 本論文では,主として,運動視差による奥行知覚のメカニズムと2次元的な運動の検出器の関係,および、運動視差に基づく奥行知覚における絶対距離の影響という二つの側面から,運動視差による奥行き知覚のメカニズムを検討している.運動視差メカニズムと運動検出器の関係に関しては,従来,別個の研究で得られたデータを比較し,論じられてきたが,本論文では同一の装置と実験条件下で得られたデータを比較,検討した結果,運動視差に基づく奥行知覚のメカニズムは,低次の運動検出器を通常の運動知覚のメカニズムと共有している可能性が高いことを明らかにしている.絶対距離の影響に関しては,これまで断片的な研究から示唆されていた奥行き量のスケーリングについて,絶対距離、刺激の大きさ、また、明室・暗室などの諸条件を統制した本格的な実験を行い,絶対距離によるスケーリングの存在を明確に示している.さらに,スケーリングの効果は物理的距離,主観的な距離のどちらからも十分には説明されず,第三の,スケーリングのための距離表象が存在するのではないかと論じている.

 スケーリングのための距離表象の問題は断定的な結論を示すには至っておらず,今後,さらに詳しく検討する必要がある.しかし,運動視差検出と2次元運動検出の関係,奥行き量に対する絶対距離の効果の二つの問題について明確な結論を示したことは,運動視差研究に対する重要な貢献と認められる.

 以上のことから,本審査委員会は本論文が博士(心理学)の学位にふさわしいものであるという結論に達した.

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