1.この論文の目的は、ゲーム理論と契約理論を使って、企業や組織の内部構造を経済学的に解析することにある。特に、日本や米国に現実に現存する企業内あるいは企業間関係の事例を基にしつつ、非完備契約状況下で、どのようにして系列企業間の動学的競争を推進することができるか、組織のメンバー間の結託を回避したり推進したりすることが組織のパフォーマンスにどのような効果をもたらすか等の問題を分析し、さらにその結果を用いて、静学的・動学的な意味での効率性の視点から、企業組織および企業間関係の最適(または次善の)組織内および組織間構造を解明している。以下、その内容を簡単に要約すると次のようになる。 2.第一論文『Incomplete Contracts,Collusion and Authority Delegation in Hierarchical Agency』では、Tiroleが創始したPrincipal-Supervisor-Agentの3段階階層構造のエージェンシー問題を、Agentが複数存在する状況に拡張し、Supervisorと複数のAgentが様々な結託を締結する可能性がある場合、組織のパフォーマンスにどのような影響を与えるかを検討しようとする。 具体的には、次のようなモデルを考察する。組織には二つの(同一の)仕事があり、それぞれの仕事に二人のAgentをアサインする。それぞれの仕事の生産量は、アサインされたAgentが投入する努力だけに依存する凹関数と仮定される。他方、それぞれの仕事に必要な金銭的費用は三つの要素に依存する。第一に、当該費用は各Agentが投入する努力に比例する。第二に、それぞれの仕事に必要な金銭的費用は、アサインされたAgentの生産性の線形減少関数だと仮定される。単純化のために、当該Agentの生産性は高低二つの値だけを取り、二人のAgentのうちどちらか一方の生産性が高く、他方の生産性は低いと仮定される。いうまでもなく他の条件を一定とすれば、生産性の高いAgentをアサインされた仕事に必要な金銭的費用の方が少ないと仮定される。第三は、Supervisorがその仕事に投入する努力(help)であり、それぞれの仕事に必要な金銭的費用は、Supervisorがその仕事に投入する努力の線形減少関数だと仮定される。 組織を構成する各プレイヤー間には、情報の非対称性が存在する。具体的には、次のような情報の非対称性を仮定する。各仕事の生産量(従って、それぞれの仕事にアサインされた労働者の努力水準)と二つの仕事を集計した総費用は、Principalを含めてすべてのプレイヤーが知っている。しかし、各Agentの生産性の高低、Supervisorの努力水準、各仕事あたりの費用には情報の非対称性が存在し、AgentとSupervisorは知っているものの、Principalは知らないと仮定する。 以上のような状況で、PrincipalはSupervisorと(Supervisorがそれぞれの仕事にアサインした)Agentに対して、金額がPrincipalの知りうる情報、つまり、各仕事の生産量(アサインされたAgentの努力量)と総費用だけに依存する賃金契約を結び、それにコミットする。上記の仮定の下では、生産性の高いAgentには、より高い努力水準(従ってより高い生産量)が要求される一方、より高い賃金支払いが期待できることになる。 Supervisorの任務は次の二つである。第一に、各Agentの生産性の高低をPrincipalに報告する。第二に、Agentの仕事に自ら努力(help)を投入することである。Helpが必要になるのは、次のような理由による。いまSupervisorが、生産性の高いAgentを生産性が低いと、生産性の低いAgentを生産性が高いという、虚偽の報告を行ったとしよう。この場合、Principalがその報告を信じると、生産性の低いAgentにより多くの生産量を、生産性の高いAgentにより少ない生産量を生産させることになるから、総費用はPrincipalが期待している費用より大きくならざるをえない。従って、Principalに対して虚偽の報告を行う場合には、Supervisorは自分がhelpを投入して、費用をPrincipalが期待している水準まで引き下げる必要がある。そうしないとPrincipalは、Supervisorが虚偽の報告を行っていることを知り、その賃金を大幅にカットしてしまうからである。 Principalの受け取る利得は、総生産から総費用と総賃金支払いを差し引いた金額である。Supervisorの受け取る効用は、受け取る賃金の増加関数、提供するhelp総量の減少関数である。またAgentの効用は、受け取る賃金の増加関数、投入する努力の減少関数である。さらにAgentは、組織内部で将来昇進することから便益を得ると仮定され、昇進がもたらす効用増はアサインされた仕事の生産量の差に依存すると仮定される。すでに述べたようにPrincipalは、各仕事の生産量と総費用を観察できるが、各Agentの生産性や努力水準、あるいはそれぞれの仕事にかかった金銭的費用は観察できない。 このため本来なら生産性が低く、より小さな仕事量でより低い賃金を受け取るはずのAgentが、賄賂を支払うなどの方法でSupervisorを抱き込んで(Supervisorと結託して)、Principalに対して当該Agentの生産性が高いと報告させ、その結果、より大きな仕事量を実現することで昇進による追加的な利得を得ようとする誘因が発生する。これに対して、生産性が高いAgentは、このような自分に不利な結託が起きないよう、Supervisorに賄賂を支払って、自分と結託を促そうとするだろう。いわば、二人のAgentがSupervisorを抱き込むために、賄賂の額を巡って競争を行うことになる。このような競争の結果、勝者となったAgent(上記の仮定によって生産性の高いAgentが勝者になる)がSupervisorに賄賂を支払い、それに対して約束通りの報告をSupervisorがPrincipalに行うというbinding contractが実現できる状況を考え、それを以下では、個別AgentとSupervisor間の「垂直的結託」が発生するということにする。 他方、垂直的結託が起こることを予想すれば、二人のAgentは無駄な賄賂競争をやめて、その結果節約できる賄賂の額を二人で分け合うという結託が起こるかもしれない。このようなAgent間の金銭支払いによって賄賂競争をしないことを約束するというbinding contractが実現できる状況を考え、それを以下では二人のAgent間の「水平的結託」が発生するということにしよう。なお、これら結託に伴う賄賂の支払いには非効率性が伴い、収賄側が1円う受け取るためには贈賄側は1円を超える金額を負担しなければならないと仮定される。 この論文では、Principalが垂直的結託も水平的結託も起こらないような契約を提示する「Collusion Proof」モデル、垂直的結託だけが起きることを許容する「垂直的結託」モデル、垂直的結託を威嚇点とするナッシュ交渉ゲームが二人のAgent間で行われることを許容する「水平的結託」モデルの三つのモデルの最適解の性質を分析した上で、全体の視点から最適な均衡の性質を検討する。 簡単にそれらをようやくすれば、次のようになる。Collusion Proofモデルの最適解の性質は、同量の生産を行ったときに生産性の差によって二人のAgent間でどれだけ費用が異なるかに依存する。費用があまり異ならないなら、どちらのAgentにも同じ量の生産を要求する(従って同じ額の賃金支払いを行う)ことが最適になる。このようにタイプの異なるAgentが同じ行動を取る「一括均衡(Pooling Equilibrium)」では、そもそも垂直的結託を行おうとするインセンティブがないからである。他方、二人のAgent間の費用が大きく異なる場合には、情報が完全な場合に選ばれる「最善(First Best)の契約」を提示しても、生産性の低いAgentが支払わなければならない賄賂はあまりにも多額になりペイしない。中間の場合には、次善(Second Best)の契約が、生産性の低いAgentが垂直的結託を行おうとするインセンティブをちょうど持たなくなる点で「分離均衡(Separating Equilibrium)」が実現される。 垂直的結託モデルの最適解は、生産量の差がどれだけの効用増を昇進を通じてもたらすかによって性格づけられる。生産量のわずかな差が大きな効用増を生む場合には、極めて大きな結託のインセンティブが生まれ、それから生まれる非効率性があまりにも大きいため、そのようなインセンティブが生まれないように「一括均衡」が最適になる。他方、生産量が違ってもほとんど効用増が生まれない場合には、「最善の契約」が最適解になる。中間の場合に、「分離均衡」が最適になる。 水平的結託は、垂直的結託がもたらす非効率性が高いときに起こる。従って、垂直的結託モデルと水平的結託モデルが異なりうるのは、垂直的結託モデルにおいて「分離均衡」が最適となる場合である。この場合、水平的結託モデルにおける最適解も分離均衡であるが、垂直的結託モデルに比べて水平的結託モデルでは賄賂の額が小さくてすむため、最適解はより「最善の契約」に近づくことになる。 本論文は、以上の結果を改めて要約するとともに、関連文献、理論的なコメント、現実との対応などにふれた後、閉じられる。 3.第2論文は、小西秀樹、奥野正寛との共著論文として、既にJournal of the Japanese and International Economiesに発表されたものである。この論文では、完成品メーカーが部品を調達する際、しばしば複数の部品メーカーに部品開発や部品供給を依頼するとともに、それらのメーカーにお互いの部品の品質や開発状況を知らせるという、「顔の見える競争(Face-to-Face Competition)」を行うことが知られているが、その理論的基礎を解明しようとする。 いま、完成品メーカー(Principal)が部品メーカー(Agent)から関係特殊的(Relation Specific)な部品を調達するとしよう。調達する部品の品質や価値は部品メーカー側の努力に依存するものの、関係特殊性のために他の完成品メーカーに売却してもその努力が報われるほどの収入は得られない。このため、品質や価値を契約文書で特定できず、証明不可能(Non-Verifiable)なために、事前の契約が不完備契約(Incomplete Contract)となる場合、調達部品に対する支払いは、完成品メーカーと(複数の)部品メーカー間の事後的な交渉によって決定されることになる。この場合、よく知られているように部品メーカーが品質改善などの努力を行っても、事後的な交渉によって完成品メーカーにその成果の一部を奪われてしまうことがあらかじめ予想されるために、部品メーカーの努力が過小になるという「ホールドアップ問題」が発生する。本論文は、このホールドアップ問題が顔の見える競争によって解決できることを示そうとする。 そこで、次のようなモデルを考える。調達先の部品メーカーが二つあり、しかもこれらの部品メーカーが部品の品質を高める努力を[0,T]という連続時間の中で行うとする。従って、個々の部品メーカーが供給する部品の品質のt時点における金銭的価値は、努力のフローによって改善されるとする。ただし、実現される品質には不確実性(ノイズ)が存在すると仮定する。このため、二つの部品メーカーの初期品質が同一で、努力のフローが等しくとも、結果として実現される品質価値は異なることになる。また、努力の(フローとしての)費用は努力の増加凸関数だとする。 品質の証明不可能性のために調達部品に対する支払いは、二つの部品メーカーの事後的な品質にのみ依存する。より具体的には、次のような交渉結果を考える。事後的な品質が高い部品メーカーを「勝者」、その事後的な品質の金銭的価値をKW、低い部品メーカーを「敗者」、その価値をKLとしよう。事後的な、つまりT時点における交渉の結果、完成品メーカーは勝者の部品を採用してKWの収入を得るが、そのうち勝者にを支払い、敗者には何も支払わない。その結果、完成品メーカーはネットでを受け取る。つまり、あらかじめ敗者になることがわかっている部品メーカーには、品質改善のインセンティブがまったく生まれないし、あらかじめ勝者になることがわかっている部品メーカーも、限界的な品質改善の半分しか報酬を受け取れないことになる。つまり、勝者の品質改善インセンティブは、最善(First Best)の解の半分にしかならない。これが、ホールドアップ問題である。 以上のような設定の下で、両者の初期時点での品質の金銭的価値がゼロであり、[0,T]時点を通じてお互いの品質改良過程や努力の投入水準をまったく知ることができないとしよう。この場合、どちらが勝者になるかは不確実性で決定される(確率2分の1で勝者になる)ことしか、事前にはわからない。このため、部品メーカーの品質改善インセンティブは、この確率とホールドアップ問題による2分の1を掛け合わせた値になり、最善の解の4分の1にしかならないことになる。 他方、[0,T]時点を通じて常にお互いの品質改良過程あるいは努力の投入水準がわかる場合はどうだろうか。これは、-preemptionと呼ばれるケースに対応する。つまり、両者の初期時点での品質が少しでも異なれば、いくら途中で敗者ががんばって品質改良をしようとしても、初期時点での勝者はそれと同じだけの努力を投入することで自分のリードを最後まで守りきることができる。従って、-preemptionのケースでは、初期時点での勝者が最終的な勝者になることがわかっており、初期時点での敗者には品質改善のインセンティブはまったく存在せず、初期時点での勝者はホールドアップ問題に直面して、最適解に比べて2分の1の投資インセンティブしか生じないことになる。 そこで、中間時点t∈(0,1)での品質を、二つの部品メーカーが見せあう(あるいは完成品メーカーが両者の品質状況を両者に知らせる)ということを考えてみよう。このような仕組みは、二つの結果を生み出す。第一に、t時点(中間時点)での勝者と敗者が生まれ、それを両部品メーカーが確実に知ることである。第二に、[t,T]の期間では、中間時点での敗者はそれ以上の追加努力をしないが、中間時点での勝者は(ホールドアップ問題でインセンティブが半分になっているとはいえ)追加努力を行うことであえる。従って、中間時点での勝者は、完成品メーカーとのT時点での交渉によって、中間時点での品質の差(これはノイズによっては極めて小さい値かもしれないし、事前に確保することはできない)に加えて、中間時点以降の努力の蓄積分(の期待値)に対応する品質増加の半分を獲得できることになる。言い換えれば、中間時点でお互いの状況を知り合うことによって、その時点での勝者は、中間時点での敗者に比べて、いわば多額の「賞金(Prize)」を受け取ることになる。 このことを言い換えれば、中間時点までの期間(つまり[0,t]期間)の競争は、わずかの差であっても勝ったものが多額の賞金を獲得し、僅差で勝者と敗者の間でいわば「天国と地獄」の差が発生する、いわゆる「トーナメント(Tournament)」あるいは「コンテスト(Contest)」型の競争になる。このような競争は、賞金額を増やせば増やすほど努力のインセンティブを(必要なら最善の解よりも)高めることができることが知られている。つまり、t時点以降はホールドアップ問題が発生し努力が過小になるが、t時点までの競争ではトーナメント効果によって大きな(場合によっては過大な)努力が、両部品メーカーによって投入されるのである。 言い換えると、このように解釈した「顔の見える競争」とは、部品メーカー間の競走状況を、常に両者に教え続けることではなく、一定の時間間隔をおいてお互いの状況を教えることで、「内生的なトーナメント」を作りだし、より高い品質改善効果を生み出すことに他ならない。またこのようなモデルからは、場合によっては最善の解より過大な努力が投入されるかもしれないこと、部品メーカーが完成品メーカーから搾取されることなどの、追加的な含意ももたらされる。 4.第3論文は、日本の自動車部品や米国の国防調達にみられる複数かつ少数の調達先から必要な製品を調達する仕組み(DualまたはSecond Sourcing)の分析である。このような製品調達の仕組みは、製品開発段階の(部品)メーカー間の競争インセンティブを高めることで製品の品質を高めつつ、より良い品質の製品を敗者にも生産させることで、生産段階でのメーカー間競争を高めることが可能である。ただしこの仕組みを採用する場合には、生産量の割り当てを開発段階での勝者と敗者の間で適切に割り振ることが、インセンティブを維持する上で必要となる。この論文では、著者が「管理された競争(Controlled Competition)」と名付ける以上のような方式の経済的意味を分析しようとする。この意味で、明らかに第3論文は第2論文の拡張を目指した論文に他ならない。 2期モデルを考える。第2論文と同様、製品の調達者(Principal)と2社の調達先(Agents)があり、調達先は第1期・第2期それぞれに関係特殊的な(調達者以外には価値を持たない)投資を行い、その結果、1期末と2期末の資本量が決定される。(第1期の初期資本量は等しい。)第2論文と異なって、調達者は次のような契約を調達先に提示しそれにコミットする。第一に、最終的な生産量はあらかじめ決まっているが、各調達先にどれだけの生産量を割り当てるかは第1期末の資本量の大小によって決定される。第二に、調達価格は、各調達先の最終(第2期末)資本量に比例する。第三に、第2期末の資本量の大小によって、その勝者に一定額の賞金が与えられる。各期末資本量の大小関係の測定には測定誤差がある。 それぞれの期に調達先が負担する投資費用は、投入される投資の増加凸関数であり、さらに第2期の費用の投資量に関する3次微係数は非負であると仮定される。この最後の仮定は、本論文の結論の一部に決定的な重要性を持つ。 以上のようなモデルと仮定の下では、(1)第1期の勝者の方が第1期の敗者より、第2期の投資量が多いこと、(2)その結果、第2論文と同様、第1期の勝者は第1期の敗者に比べて、その差がわずかでも大きな第2期(ナッシュ)均衡投資量を生み出す(つまり、第1期の競争自体に「内生的なトーナメント」を作り出すこと、(3)第2期末の賞金額が増えるほど両者の第2期の投資は増加するが、その差は逓減することなどの効果が生まれる。 このような効果を知った上で、製品の調達者(Principal)は、最適な第1期末の資本量の相対的な差に依存する生産量の割り当てと、第2期末の資本の大小に依存する償金額を決定しようとする。その結論は、もっともらしい条件が満たされれば、第1期末の勝者に与えられる生産量割合は、2分の1より大きく、かつ1より小さいこと。その場合、第2期末の勝者に与えられる賞金額は正であること、等が示される。 5.冒頭にも述べたように、本論文はゲーム理論や契約理論など、最新の経済理論を使って、階層構造を持つ企業組織における結託の可能性が存在するとき、どのような契約が企業にとって最適になるか、また、日本の自動車産業や米国の防衛産業などに典型的にみられる部品調達契約が、なぜ複数の調達先を持ったり、顔の見える競争などの特徴的な仕組みを持つかなどについての、理論的研究によって構成されている。これらの問題については、近年その現実が次第に明らかにされてきたとはいえ、なぜそのような契約や仕組みが使われるのかについての理論的検討は大きく不足していた。その意味で、本論文が明らかにした点、特に、(1)組織において結託を認めた方が企業にとって有利になるのはどのような場合であり、それはどんな理由に基づくのか、(2)部品の調達者が複数の調達先を持つ理由は何なのか、(3)「顔の見える競争」とは何であり、それが採用される経済的理由は何か、等は高く評価されるべきである。 もとより本論文には。改善が望まれる点や問題点も多く抱えている。第一に、論文の叙述やモデルの定式化が十分に咀嚼されていないために、読者にとってかなりわかりにくいものになっていることである。特に、第1論文や第3論文では、モデルとその分析結果をより簡潔に提示することが、読者のためにも、また分析結果の経済的意味を明らかにするためにも望ましいと考えられる。また、論文自体の構成も、読者へのモティベーション、モデルの提示、分析結果とその論理、結果の直感的解説とその経済的含意、結論というように、一定のスタイルでかかれていれば、より読みやすい論文になったのではないかと惜しまれる。第二に、組織内部での結託の可能性をあつかった第1論文では、読者のモティベーションのためにも、あるいは現実への含意を探る上でも、現実の企業組織のどのような事実(たとえば上司への付け届けや組織構成メンバー間の派閥形成)を説明しようとしているのかが明示的に述べられていれば、より望ましい分析になったと考えられる。また、第3論文で検討された(第1期の競争結果で最終的な調達割合を決定し、第2期の競争結果で金銭的な賞金を与えるという)定式化が、それ以外の定式化に比べて何らかの最適性を持っているのかが明らかではない。その意味で、この定式化がかなり恣意的なものだという批判からは免れ得ないと考えられる。 本論文は以上のような問題を残すとはいえ、これらはいずれも筆者の今後の研鑚を通じて改善されるものと判断できるし、それ以上に、本論文の各章で示された先端的で独創的な分析の示す貢献を覆すものとは認められない。特に、これまで理論的な分析が十分に行われてこなかった、企業組織における結託の問題や、部品調達契約の具体的仕組みについて、最新の理論を使った分析結果が提示されていることは高く評価できる。分析が理論的に精緻なだけでなく、現実の契約や制度をどのように説明すべきかという、現実と理論の整合性に問題意識を持っていることも、本論文の価値を高めていると考えられる。 以上により、審査員は全員一致で本論文を博士(経済学)の学位を授与するにふさわしい水準にあると認定し、ここに審査報告を提出する次第である。 |