学位論文要旨



No 113923
著者(漢字) 佐藤,美由紀
著者(英字)
著者(カナ) サトウ,ミユキ
標題(和) ブラジルにおける法令の違憲審査制の展開
標題(洋)
報告番号 113923
報告番号 甲13923
学位授与日 1999.02.18
学位種別 課程博士
学位種類 博士(法学)
学位記番号 博法第143号
研究科 法学政治学研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 北村,一郎
 東京大学 教授 高橋,和之
 東京大学 教授 樋口,範雄
 東京大学 教授 長谷部,恭男
 新潟大学 教授 佐藤,明夫
内容要旨

 ブラジルの違憲審査制の特徴は、アメリカ式の付随的審査が採用されているほかに、連邦最高裁判所において抽象的審査がなされていることである。

 付随的審査は、ブラジルが帝国として独立した当初はヨーロッパの議会主義の影響で採用されていなかったが、19世紀末、共和制の開始に伴い、アメリカ憲法に傾倒するバルボーザにより憲法に明文で規定された。ラテンアメリカの主だった国は、独立後、アメリカに範を仰いで、ヨーロッパに先立ち違憲審査制を採用した。ブラジルもその例外ではなかったのである。彼はまた、弁護士として憲法訴訟を自ら提起し、帝国裁判所時代の精神構造を引きずる連邦最高裁裁判官達に、違憲審査制について啓蒙し、制度の定着を促した。

 その後、1937年から1945年までのヴァルガスの独裁期においては連邦最高裁から最終的判断権が奪われ後退し、1964年から1985年までの軍制期においては軍制令が司法審査の対象から除外されるなどの制約を被りながらも、民主制の回復の度に再生して、現在に至っている。

 採用後の一時期においては、第一審単独裁判官の違憲審査権の有無が議論されることもあったものの、現在ではこの問題は、審査権限の肯定で決着がついている。基本的な手続はアメリカを参考にしつつそれを変形し、また、学説は、憲法判断回避の法理・明白性の原則・合憲限定解釈・一部違憲といった違憲審査の手法について、アメリカの理論を紹介はしているが、極めて簡素であり、また審査の基準に関する議論は乏しい。ただし、政治的問題に関しては、アメリカの理論に依拠しながらも、その重点の置き方の違いから、ブラジルの学説ではアメリカでの議論よりも政治的問題とされる領域が狭くなっている。

 違憲判決の効力をめぐっては、問題が生じた。即ち、付随的審査の結果、判決の効力は当事者のみに及ぶのであるが、憲法を除いては基本的に大陸法の影響下にあるため、先例拘束の原理を採用しておらず、連邦最高裁の違憲判決に相反する下級裁判所の判決が下されていた。そこで、1934年以降は、連邦最高裁で違憲を宣言された法令を上院の決議で執行停止とする制度が採用されている。この場合、上院の決議は義務か裁量かをめぐって長く争われてきたが、上院は形式的な事項に関してのみ裁量を有するとするのが支配的見解である。もっとも、実際上は上院は連邦最高裁の違憲判断にほぼ従っており、問題が生じることは少ない。この制度は、連邦最高裁と上院の相互の権威を尊重し、権力の分立と調和に適うとして、学説の評価は一般に好意的である。

 付随的審査は、最も頻繁には州法の課税をめぐる違憲訴訟に用いられ、連邦維持機能および既得権保護機能が強い。連邦レヴェルでも政府の経済計画への反対に用いられることが多く、経済的権利や社会権の保護に利用される頻度が高い。ただ、付随的審査は、要件等に制約はあるものの、人身保護令や権利保障令に代表される簡易救済制度の中で用いられることで、とくに人権擁護機能を発揮している。連邦最高裁の違憲判断が最初に行われたのも人身保護令の訴訟であった。

 人身保護令は、ブラジルにおいては、19世紀に採用されて以来、当初極めて広範に、身体的拘束とは離れてさえも用いられており、そのかなり非本来的な運用に対し、1926年の憲法改正は制約を設け、移動の自由の保護のみに限定した。しかし、それにより人身保護令による保護の対象から漏れた権利の救済のために、1934年憲法は新たに権利保障令を設けた。ただし判例により、一般的法律に対しては権利保障令は及ばないことから、権利保障令における違憲審査も極めて限定的なものとなる。

 現行憲法では、新たに簡易救済制度の中に、憲法上の基本的権利につき規範が欠け行使できない場合に、その実施を保障する命令を裁判所が下す制度を設けたが、連邦最高裁は裁判所は規範制定権限機関に通知を行えるのみであるとして、裁判所自らが具体的内容を指定した命令を出せると解する学説の大勢から、批判を浴びている。

 かたや抽象的審査は、連邦への権力の集中に伴い1934年憲法で連邦干渉の前提としての審査として導入されたものが、その前身となった。これは、州が憲法の定める一定の重大な連邦制原則に違背した場合に連邦が州に対し干渉を行うことが出来るが、それに先立ち、共和国検事総長の提起により連邦最高裁がその干渉を命じる法律の憲法適合性を審査し、合憲である場合に初めて連邦干渉ができるというものであった。いったん独裁期に連邦最高裁の判断権が奪われこの制度は後退する。後に1946年憲法下で再生されたとき、審査対象が連邦法から州法に逆転して、州法の規定が重大な連邦原則を侵害していないかどうかを連邦最高裁が審査することになるが、機能は1934年憲法下のものと同じである。

 それが、軍制期に入り、1965年、連邦法の統合による効率化のために、審査の対象を州法のみならず連邦法に拡大して、一般的な抽象的審査の形態を整えることになった。ただし、提訴権者は執行権への従属性の高い共和国検事総長に限定されており、しかも第三者による申し立てがあっても共和国検事総長は裁量で提訴するか否かを決定できるとの立場が連邦最高裁により採用されたので、基本的には軍政府に不都合な法令を無効として排除するための制度であった。

 これが、民主化に伴い1988年に制定された現行憲法では、提訴権者が格段に拡大して、大統領・議会はもとより、州知事・州議会、弁護士会、議席を有する全ての政党や、組合総連合までも提訴できるようになった。依然として提訴権を有する共和国検事総長も、執行権への従属から解放され独立性を回復した。

 抽象的審査における違憲判決が付随的審査のように上院による効力の停止の決議を要するかについては、連邦最高裁は当初は必要説を採っていたが、後に態度を変更し性質上判決は当然に対世効をもつとして、上院の決議を不要とすることで解決を見た。

 抽象的審査の運用は、数字の上では、提訴権者の拡大以前同様、州法の違憲性を争う、連邦制維持に働くものが殆どである。しかし、数としては少ないが、政党により提訴された抽象的審査で連邦最高裁が違憲と判断した事件も見られる。ここでも、主に、政府の経済政策・租税改革に対する抵抗として用いられることが多い。また、連邦最高裁は、抽象的審査にも仮処分を命じることが出来、この段階での暫定的ではあるが迅速な憲法判断も、現実には大きな意味を持つ。

 この他に、現行憲法では、不作為による違憲性の直接訴訟の制度も導入され、違憲判断がなされると、消極的に憲法の実現を阻んでいる規範制定権限機関へ通知がなされ、それが行政機関の場合には、30日以内の規範制定が要求されている。この制度は、付随的審査において現行憲法で新たに採用された、先に述べた裁判所による憲法規定の実施を保障する命令と対をなすものとして、採用されたものである。

 1993年には、大統領・議会・共和国検事総長が、法令の合憲性を連邦最高裁により宣言してもらう目的で提訴することができ、その判決の拘束力を強化した制度が採用された。その背景には、ある意味では付随的審査の当然の帰結である、下級裁判所における大量の憲法訴訟での判断の不一致があった。原案作成者によれば、これはドイツ法に由来する制度とされるが、この制度に対しては、付随的審査に対する制約であるとして、弁護士・裁判官・学者らが多数反発し、結局殆ど活用されることなく放置されている。

 このように、ブラジルの違憲審査制は、憲法制定や憲法改正を機会として、姿を変えながら発展してきた。議会主義や司法への恐れもヨーロッパほど強くないために、アメリカから司法審査を容易に模倣し得、また、アメリカほどの通常裁判所への信頼の土壌もないので、付随的審査に固執せず、効率化の要請にしたがい一般的抽象的審査を比較的容易に導入したのである。のみならず、強大な執行権の存在は、法律に準ずる規範による侵害からの権利の保障・救済のために違憲審査制への期待をもたらし、一般に違憲審査制に対する否定的見解は見られない。この態度は、欧米で違憲審査制の民主主義的正統性が理論的に問題にされた1980年代においても、ブラジルでは議論されることがなかったという事情を説明する。

 しかし、争点は手続的技術的な問題が多く、定足数や絶対多数意見の必要といったあまり理論的でない論点に固執する傾向があり、日本で盛んな審査の基準論に関しては、深い議論は殆どなされていない。それでも、連邦最高裁は必要な場合には違憲判断を下し、下級裁判所も連邦最高裁の判断とは独自の判決を時として行い、制度は機能している。

 付随的審査の頂点にあり、唯一抽象的審査をなしうる連邦最高裁は、現行憲法において憲法問題を主に扱うことになったが、それでも年間約2万5千件の訴訟を処理している。これは負担過剰であるとされ、改革の提案がなされている。その中で、憲法裁判所を創設するという提案は、1934年の制憲議会以来行われてきたが、常に少数説であり、付随的審査を失わせることに法律家はほぼ一致して反対している。

審査要旨

 基礎法学専攻,ラテン・アメリカ法専攻分野,佐藤美由紀の課程内博士論文は,『ブラジルにおける法令の違憲審査制の展開』と題し,ワープロ1頁1200字219頁,200字に換算すると1314枚相当の論文である。

 ブラジルは大陸法系の連邦制国家であるが,19世紀末,1891年憲法によりアメリカ型の違憲審査制を導入した後,1965年には一般的な抽象的審査をも加えて,付随的審査と抽象的審査との併存制を特色とする違憲審査制を行っている。その発展は何回かの独裁期における萎縮をはさんで跛行的ながら,大陸法系の基盤の上にアメリカ型の審査制を行う長い歴史を有する点で,著者は日本法との比較可能性が高いことを指摘し,しかしながら,資料収集上の様様な制約に加えて,ブラジルでの判例の軽視ゆえにその実情の解明が極度に困難であることを付言している。

 著者は,「序説」において,研究の意義を以上のように提示し,更に前提的知識としての憲法史および裁判所制度の概略を説明し,連邦最高裁判所が現在では憲法問題の管轄に特化しつつある傾向に触れた後に,第1部「付随的審査」においては,その導入と定着,制度内容,およびこれに関連する特殊の制度-種種の簡易救済制度-を3つの章に分けて考察し,次いで,「抽象的審査」に関する第2部は同じく3章構成からなり,その導入と定着のプロセス,制度内容,および,付随的審査とのバランスの問題を扱っている。「結語」においては,ブラジルにおいて以上のような制度展開を可能にした諸要因を分析するとともに,比較法的な位置づけの試みをもって結んでいる。

 付随的審査は,通常訴訟の前提問題として,第1審単独裁判官も含めすべての審級の裁判所において行われ得るが,その他に連邦最高裁に対する直接の訴えとして「特別上訴」がある。この特別上訴は,下級審が(事実審の)終審として下した判決を対象として憲法所定の場合になされ得る。違憲性の審理を担当するのは大法廷であり,違憲宣言には連邦最高裁の11名の裁判官中6名の絶対多数が必要である。

 付随的審査の対象となるのは,法律(憲法改正,条約,条例もこれに準ずるが,規則は違法性の問題として原則として除外される)およびその他の非立法的規範定立行為(州税局通達,市の決議などに及ぶ)である。判例の傾向としては概して謙抑主義の傾向が見られるとしても,学説は違憲審査の手法に関して,憲法判断回避の理論や明白性の原則などアメリカやドイツにならった議論を紹介する程度で,一般に学説の関心は低いことを著者は指摘している。

 独特なのは効果の点であり,違憲判決も一般の判決と同様に個別的効力しか認められなず,かつ先例拘束性もなく,違憲とされた法律は当然に廃止されるということもないので,1934年憲法以来,上院が当該法律の執行を停止する旨の決議を行う権限を与えられている。上院は,この決議を行うについて実質的審査権は持たないが,手続的形式的事項に関する限りは裁量の余地が認められているので,例えば執行停止を延期することは可能とされている。

 運用の実態においては,憲法問題を扱う訴訟の数は多い。数量的には,連邦最高裁の1991年の統計では,特別上訴に基づく判決は9152件で,全裁判件数14982件中の61%を占めている。事項別では,州法による課税に関する規定が違憲とされる例が最も多く,著者によれば,一般的に言って,付随的審査については,第一に州に対する連邦の統制手段としての役割が顕著であり,第二に経済社会的な側面での憲法擁護,特に租税分野での個人の既得権擁護の機能が目立つのであって,自由権の関係の事件は相対的に少ないが,人権保障機能は,むしろ種種の簡易救済制度の枠組のなかで行われる付随審査のほうに一層多く見出される。

 簡易救済制度は,一定の重要な,または明白・確実な権利に対する恣意的な国家行為による侵害の簡易迅速な保護を目的とするものであるが,しばしば憲法上の権利が問題となるため,違憲審査に結びついて人権救済の手段として機能することになる。

 第一に,「人身保護令」は,1830年から既に英米法に倣って制度化されたもので,現在または切迫した暴力または強制に対して,移動の自由を制約する行為またはその根拠法律の違憲性を主張することを可能にする。第二に,「権利保障令」は,人身保護令が1926年憲法で範囲を縮減されたため,その欠落を補うために1934年憲法で導入されたもので,公権力による違憲または不法な侵害に対して個人の確実な権利を防衛すること(保全処分,侵害機関への通告など)を目的とするが,民事的権利だけでなく政治的な権利の防衛にも拡張されている。この関係では更に,政党や組合などの集団的権利自体について「集団的権利保障令」が現行1988年憲法で創設された。もう一つ,1988年創設の「憲法規定実施保障令」は,憲法上の権利自由の行使が,それを規律する下位規範の欠如により阻害される場合に(例えば議員数の人口比例の原則の違反の場合),この保障令により関係機関に対して規範制定が促される。

 他方,論文第2部で扱われる抽象的審査は,まず,連邦への権力集中傾向を反映して,1934年憲法以来,一定の憲法上の連邦制原則の州法上の遵守を求めて連邦が州に対して行う連邦干渉の前提として連邦検事総長が提訴するものとして導入された違憲審査(「違憲提訴」)が原型であるが,その延長上に,1965年以降,州法だけでなく連邦法をも審査対象として,一般的な抽象的審査が設置されるに至ったものである。

 「違憲性の直接訴訟」と呼ばれるこの一般的抽象的審査の場合には,連邦干渉型の場合と違って全憲法規定との適合性が問題となることのほか,現行憲法下では,提訴権者が拡張されており,一般利益の代表者(大統領,両院執行部,検事総長に加えて,少数派の代弁を可能とする政党および弁護士会),州利益の代表(州知事,州議会執行部),社会的職業的利益の代表(組合総連合,全国規模の階層団体)からの訴えが可能であり,政治的には大統領の優越に対する実効的な対抗手段となり得る。

 現行憲法下では更に,自動執行的でない憲法規範に関する下位規範の不存在の場合を狙った「不作為による違憲性の直接訴訟」が設けられている。提訴権者は先の場合と同様広範であり,連邦最高裁の違憲判決には強制力はないものの,立法権の行為を促し,行政に対しては30日内の行為を命ずる。これは前述の憲法規定実施保障令に似るが,後者は権利救済手段であるのに対して,こちらは抽象審査に属し一般的政治的性格を呈する。現行憲法では更に,「基本的規定の不履行の争訟」という独創的な制度も規定されているが,その必要性には多くの疑義が呈され,具体化のための法律も制定されていない。

 付随的審査による違憲判決には個別効しかなく上院による法律の執行停止が必要であるのに対して,抽象的審査の場合の違憲判断はそれ自体として対世効および遡及効を有し,判決公示とともに効力停止効果が生ずるとされている。更に,1977年以来承認されている仮処分は,議会や執行権の行為に迅速にブレーキをかける実効的な手段であり,連邦最高裁に特別の政治力を付与するものである。

 抽象的審査の実際においては,1988年以前には1050件,以後1994年までの間には1149件の提起があり,後者のうち確定判決305件,認容117件であり,仮処分が認められたのは722件ある。抽象的審査の中心的な事項は,連邦憲法に照らした州憲法の違憲性の問題である。

 以上のような抽象的審査の拡大傾向は付随的審査の範囲を縮減させ,連邦最高裁の下級裁判所に対する拘束性を高める性質のものであるところから,著者は,両者の間のバランスが問われていることに触れる。その問題を強く意識させるのが,1993年憲法改正で採用された「合憲性の確認訴訟」である。これは,憲法訴訟の「洪水状態」,同質的な問題に関する大量訴訟と下級レヴェルにおけるその結論の不一致,最高裁で解決済の問題に関する反復的異議申立,などの状況を緩和するためにドイツ法を着想源として考案されたもので,連邦法の合憲性の宣言を得ることを目的として,大統領,両院執行部,検事総長が提起権者となる。しかし,最高裁が政府・立法者の擁護機関化するとの批判が強く,違憲宣言が下されることも可能であるため,現実にはほぼ全く利用されていない。著者はその他のいろいろな司法改革案を紹介しているが,いずれにせよ,憲法裁判所の別途設立はブラジルでは望まれておらず,付随的審査と抽象的審査との併存制自体は動かないものと予測している。

 「結語」において,著者は,一方でブラジルにおける以上のような違憲審査制の展開が可能になった所以として,連邦制維持の考慮,憲法における社会経済的規定の多さ・細かさに加えて,ヨーロッパにおけると異なり議会主義のイデオロギーも裁判官統治の忌避も強くないためにアメリカ的制度の模倣に抵抗がなく,反対にアメリカほど通常裁判所への信頼の土壌もないために体制維持強化の効率化の要請から抽象的審査の導入も比較的容易であったというイデオロギー的要因を挙げている。司法は脅威ではなく,強大な執行権の逸脱に対する歯止めの必要が切実であり,簡易救済制度の発達もそれ故なのである。

 他方で比較法的脈絡においては,ブラジルでは制度の多様な仕組が立法により形成されてきたこと,違憲審査の研究層も厚くなく規準論への学問的関心も薄く,精神的自由をめぐる理論展開の機会にも乏しいこと,違憲審査の政治性は正面から肯定されるが特に司法権が政治に踏み込むこともない代わり政治問題でも基本権侵害があれば審査すること,が特徴的であるが,日本法との関係では特に最高裁の審理促進および活性化との二つの局面での比較の余地があろうとの指摘をもって著者は結んでいる。

 本論文は,ブラジルの違憲審査制に関する本格的な全体像を描きだすことに成功した,この分野では先駆的かつ国際的にも稀な労作であり,その意義は以下の諸点において高く評価されなければならない。

 第一に,西側主要諸国の違憲審査制の研究の豊富さ,レヴェルの高さとは対照的に,ブラジルの制度に関しては従来表面的または断片的な情報しかなかったのであり,ブラジル国内での研究自体が驚くほど稀薄であるとともに,少ない先行業績の大半を占めてきたのはアメリカ合衆国の研究者であるが,彼らの関心もまた主に人権保障の仕組とその成果に集中していたと言ってよい状況であった。更に,ブラジル法の文献資料の収集には種種の困難が伴うとともに,判例に対する学説の関心が低く判例集の整備も極めて不充分な状況において,短期間ながら現地でのインタヴィユや資料収集の努力を通じて不足を補いつつ,これだけの規模の包括的な研究成果をまとめあげた例は,諸外国は勿論ブラジル本国においても存在しなかったのではないかと思われる。

 第二に,本論文が,実質的な結論として,ブラジルの違憲審査制が,憲法体制および特に連邦制の維持,および,強力な執行権(大統領)のイニシアティヴにかかる経済政策・租税政策に対する関係での個人の既得権の保護,という二つの主たる機能を有することを指摘し,これに対して,人権保障の主要な局面はむしろ,他の中南米諸国にも広く見出される簡易救済制度のきめ細かな運用のなかに見出されることを示唆した点は重要であり,諸外国の例と対比しつつブラジルの制度の比較法的な位置づけを試みる点で,違憲審査制研究に対して貴重な貢献を果たしている。

 第三に,本論文の章節構成および文体は全体として平明であり,叙述は実証に徹し諸文献を正確に読みこなしていることが窺われ,なじみの少ない制度に関して読者にはわかりやすい記述となっている。

 しかし,本論文にも,不充分ないし惜しまれる点がないわけではない。

 第一に,一般にほとんど知られていない地域における一つの制度の全体像の研究であることの裏として,記述が網羅的,教科書的に平板に流れるうらみがあり,ときに見られる散漫ないし舌足らずな表現には改善の余地が残る。また,判例の事実関係の詳細がほとんどわからないということには,ブラジルにおける判例の扱われ方や資料的な制約を考慮すればやむを得ないとしても,読者に歯痒い印象を残すことは否めない。

 第二に,著者が資料的な裏打ちのある叙述に謙抑的に徹していることの結果として,諸文献において必ずしも明示には語られていない様様なブラジル的法現象に関して,なぜそうなのかと徹底して問う姿勢に欠けるうらみがあり,また,人権保障を軸として違憲審査制にアプローチする西欧的発想とは異なる視点に立つことの必要性について説得的な論証がなされていない。従って,例えば司法制度の構造や連邦最高裁の権力基盤などに関して,政治社会構造との関係で一層立ち入った探求がなされ,また,制度の運用に見られるブラジル的個性の所以に関する比較法社会学的または比較法文化論的な仮説が試みられていたならば,一層重厚な問題提起になったのではないかと惜しまれる。

 しかし,これらの課題は残るにせよ,本論文は,ブラジル法研究において国内外を通じて一つの画期をなす貴重な貢献であると認められる。

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