学位論文要旨



No 113924
著者(漢字) 藤田,由紀子
著者(英字)
著者(カナ) フジタ,ユキコ
標題(和) 技官制度の研究 : 日英比較を中心に
標題(洋)
報告番号 113924
報告番号 甲13924
学位授与日 1999.02.18
学位種別 課程博士
学位種類 博士(法学)
学位記番号 博法第144号
研究科 法学政治学研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 西尾,勝
 東京大学 教授 菅野,和夫
 東京大学 教授 小早川,光郎
 東京大学 教授 森田,朗
 東京大学 助教授 田邊,國昭
内容要旨

 本稿は、日本の技官、その中でもいわゆるキャリア技官に焦点を合わせ、そのインフォーマルな部分も含めた制度を考察し、また彼らの自律性の態様を明らかにすることを通じて、日本の公務員制度の一側面を描き出すことを目的とするものである。

 本稿の特徴は、第一に、現行システムを理解する上での前提として、その確立に至るまでの沿革に留意していること、第二に、技官のレゾン・デートルともいうべき専門性に焦点を当て、その専門領域の資格制度や団体の形成等、社会におけるプロフェッションの発達までを視野に入れていること、第三に、日本の特徴をより明確にするために英国の制度との比較を試みていることである。

 序章では本稿の依拠する枠組みを提示しているが、その中心は技官の自律性の問題である。この場合の自律性とは、各省庁における技官の集団が、第一に下位集団としての独立性・完結性を有していること、第二に政策決定や執行における影響力を有していることという二つの要素を内容とする。そして、各技官集団がどの程度の自律性を有するかは、それらが獲得しうる資源に依存する。このような資源としては、組織(人事システム)から得られる資源、および専門性から得られる資源という二つのものが挙げられる。前者では、権限や財源、情報などを得るための人数、ポスト、ライン、キャリア・パターンが分析のメルクマールとなり、後者ではそれが、プロフェッショナル・アカウント(専門知識・技術および倫理的側面に関する能力の主張)、およびプロフェッショナル・ネットワーク(サービスの統制や利益擁護の機能の分担を通じて形成されるプロフェッションおよび各種団体のネットワーク)となる。本稿の以下の章では、各技官集団がその自律性を維持するためにこれらの資源をどのように獲得しているかについて具体的に考察しているが、特に建設省の土木技官と厚生省の医系技官について詳細に取り上げた。その理由は、両者ともに戦前の内務省に組織的起源を持つこと、技官人事を基準に現行の各省庁人事システムを類型化すると、その中で本稿の問題関心から最も重要な類型に属すること、さらに、土木技官と医系技官は上級ポストの占有率が高いという共通点と、社会におけるプロフェッションの発達度という相違点を併せ持つことなどによる。

 第1章では、英国および日本における近代官僚制の成立から現行システムに至る公務員制度の沿革について、技官制度を中心に、また技官の運動も含めて検討した。公務員の人事制度は、キャリア・システムないしは閉鎖型任用制と、ポジション・システムないしは開放型任用制とに大別できるが、両国とも、当初はキャリア・システムの性格が強い公務員制度であり、技官は事務官に従属的な立場や処遇格差を強いられていたが、英国では、1919年にはスペシャリストの地位向上運動の基盤となる専門職公務員協会(IPCS、のちIPMS)が設立され、1960年代末のフルトン報告に基づく改革、1980年代以降のサッチャー政権下での改革により、ポジション・システムの要素が順次導入され、結果的にスペシャリストの上級ポストへの昇進等も可能となっていった。これに対し、日本の公務員制度はキャリア・システムの性格を維持し続けた。戦後の公務員制度改革の焦点の一つであった職階制導入の議論においても、事務官や下級職員の消極的態度とは対照的に、技官は積極的に導入を支持したが、彼らの主眼は職種という縦割構造の中で上級ポストを確保することに置かれていたため、英国の改革と異なり、ポジション・システムの要素の導入には至らなかった。日本で改革が実現されない背景には、各省庁ごとの割拠的性格が強い官僚制が政治家に対抗しうる勢力として存在し、政治の主導性を発揮するのが困難であることが大きいが、技官の運動の性格も無視できない。戦前から続く技術官の運動の系譜は戦後の全国官公庁技術者懇談会(全技懇)に結実したが、戦後の運動が職員団体の労働運動とは一線を画し、いわゆるキャリア技官に受益者を限定させてしまい、組織化への志向も弱かったことなどにより、現在の全技懇の活動は極めて不活発なものである。英国のIPMSが労働組合として組織を発展させ、今日でも重要な政策提言の機能を果たしているのとは対照的である。

 資源という点から見るならば、日本の戦前期の技術官は、上級の管理部門のポストを事務官に独占されていたために、人事制度を通じて組織から資源を得る機会は非常に限られていた。但し、専門性における資源を利用し得る場合には、一定の自律性を発揮することができた。すなわち、鉄道技師、大規模直轄事業を指揮する土木技師、通信技術の革新をもたらした逓信技師などは、事務官に対して極めて説得力のあるアカウントを提示し、その後の組織内における技術官の地位の向上にも貢献したのである。もっとも、工学系技術者も、社会におけるプロフェッションの確立という点では、衛生系の医師や薬剤師に比べて遅れており、このこともあって工学系技術官は衛生系技術官よりも省庁横断的な技術官運動により熱心に取り組むこととなった。文官任用令改正の建議における技術官の詮衡任用から試験任用への主張も、技術官任用の資格試験化への志向であり、プロフェッショナリゼーションの不十分さを補完させるという意図があったのである。また、プロフェッショナル・ネットワークの形成の観点からいえば、日本の技術者の組織化、ネットワーク化は、官庁技術者の主導の下に、技術官の地位向上運動の一戦略という側面をもって展開された。この点に英米系のプロフェッションの発達との相違が見られる。

 戦後においては、官吏制度および行政機構の改革により、戦前に比べて技官の処遇もある程度改善されたが、それは基本的にはキャリア・システムの中における変化であった。建設省では、事務官・技官による事務次官交代制、人事系統の分離、課長以上ポスト数の折半などの人事ルールが形成されたが、これは、土木技術者を組織化して動員した戦前からの技術官の運動の成果として彼らが資源を獲得したことを意味する。厚生省の機構改革でも、医系技官の上級ポストの獲得がみられたが、それは、従来からの運動の成果というよりは、むしろGHQの後ろ盾を利用し得たという要因の方が強かった。したがって、厚生省という組織における技官の基盤は脆弱であり、それは医系技官以外の技官に関してさらに顕著になる。専門性の強い薬務局の局長に薬系技官が就く慣行が形成されなかったのも、3つの局長ポストを医系技官に奪われた事務官の反撃の強さに加え、薬剤師の社会的地位の低さ、多数の種類の技官が少数ずつ所属するために厚生省内の技官の連帯が弱いことなどが挙げられる。

 第2章では、厚生省の医系・薬系技官について、第3章では建設省の土木技官について、それぞれ英国の事例と比較を行いながら考察を行った。

 建設省の土木技官が人事システムを通じて組織から得られる資源としては、人数の多さという優位性に加え、戦後形成された人事慣行によって、事務次官、技監、道路・河川局長を筆頭とする上級ポストの占有、中央地方を結ぶ部局ごとに独立したラインの形成などを可能にし、権限、予算、情報等の強力な資源を有している。また、工事事務所や土木研究所勤務などを含むキャリア・パターンは、行政官としての能力の養成に寄与すると共に、専門技術性の強化をも可能にし、強力なプロフェッショナル・アカウントの形成・確立に貢献している。また、日本の土木技術の領域では、官庁技術者を中心とした強固なネットワークが築かれており、行政における土木技官のトップは、土木技術者全体のネットワークにおいてもリーダー的存在となっている。

 建設省の土木技官と比べると、厚生省の医系技官の資源は極めて脆弱である。その最高ポストである健康政策局長は、単なる一局長に過ぎず、英国保健省の首席医務官や建設省の技監のような「第二事務次官」的な位置づけではない。また、人数が少ないという限界から衛生関係部局においても、医系技官によるラインが有効に形成されず、権限や情報などの組織的な資源が十分に把握されていない。一方、入省時及び入省後もプロフェッションとしてのキャリアが重要視される英国保健省の医師や、公務に就きながら専門技術性を高めることが可能な建設省土木技官とは対照的に、医師国家資格を持つのみで医師としてのキャリア・アップを要請されない日本の医系技官は、プロフェッショナル・アカウントの形成が弱く、プロフェッショナル・ネットワークからの支援も得にくく、専門性の側面から得られる資源も少ない。このように、建設省の土木技官と厚生省の医系技官とは、省内の上級ポストの占有率が高い点で共通しているが、両者の自律性の様相はかなり異なっているのである。

 本稿の考察は、今後の公務員制度改革に対しても示唆を与える。昨今の科学研究の進展や技術革新などを背景に、今後、行政に対する専門技術性の要請はますます高まることが予想される。技官が深く関わる政策領域において専門性の強化を図ろうとする場合には、従来型のキャリア・システムや執務形態を見直し、柔軟に対応していくことが必要になるだろう。

審査要旨

 本論文「技官制度の研究-日英比較を中心に-」は、日本の国家公務員のうちのいわゆるキャリア技官に焦点を当て、技官集団を支える諸制度をフォーマル・インフォーマルの両面から考察し、かれらの自律性の程度とこれを左右する資源の獲得状況を解明して、従来の国家公務員制度研究では着目されることの少なかった側面を解明することを目的としたものである。その研究方法上の特徴は、第一に、日本の技官制度の特徴を鮮明にするために、今日では日本とは対照的な諸制度を有するに至っている英国との比較を終始一貫して試みていること、第二に、技官集団の官僚制組織における自律性の程度は官僚制組織の人事システムから得られる資源と社会における専門性の確立状況から得られる資源とに依存するとする明確かつオリジナルな方法論を提示していること、第三に、この方法論を一貫して用いて、日英両国の技官集団の人事システムの現状を明らかにするために、日英両国における近代公務員制を導入して以来の長い沿革史を技官の処遇改善を求める運動の側面も含めて丹念に追跡していること、そして第四に、専門性の側面について考察するにあたっては、社会学におけるプロフェッション研究の蓄積を踏まえ、それぞれの専門領域における資格制度や職能団体の形成など当該プロフェッションの社会における確立状況まで広く視野に入れて、技官集団の自律性を支える資源を多角的に考察していることにある。

 本論文は序章と終章を含む5章からなるが、本研究の本体をなしているのは、日英における官僚制度の沿革と現行システムの概要を論じた第1章、日本の厚生省と英国の保健省の医系技官・薬系技官を比較して考察した第2章、日本の建設省の土木技官と英国の道路庁のシビル・エンジニアを比較して考察した第3章である。すなわち、第1章で日英両国の技官制度の沿革と全体状況を明らかにした上で、第2章と第3章では、多種多様な技官集団のなかからとくに医系技官・薬系技官・土木技官の三種の技官集団を選び、日英両国のそれぞれについて、その官僚制組織内の人数の規模、ポストの占有状況、上下の人事ラインの形成状況、キャリア・パターン、及びそのプロフェッショナル・アカウントの確立状況、プロフェッショナル・ネットワークの形成状況について詳細な考察を行っている。

 まず序章「本研究の目的と視角」においては、本研究の主眼は技官の自律性の問題にあるとし、この自律性とは、技官集団が各省庁内の下位集団として独立性・完結性をもち、政策の決定と執行に影響力を保有していることを意味するとする。そしてこの技官集団の自律性の程度は、官僚制組織内での人事システムから得られる資源と専門性から得られる資源の程度に依存するとし、これら二つの資源の獲得状況を判定するメルクマールについて論じ、後者の専門性から得られる資源については、専門知識・専門技術とその倫理的信条に係る能力についての自己主張をプロフェッショナル・アカウントの概念でとらえ、プロフェッショナル・サービスの質の統制やこのサービスの担い手の利益擁護の機能の分担を通じて形成される各種のプロフェッションとその職能団体のネットワークをプロフェッショナル・ネットワークの概念でとらえるとする。

 第1章「日英における官僚制度の沿革と現行システムの概要」では、まず公務員制度の類型は、キャリア・システムないしは閉鎖型任用制とポジション・システムないしは開放型任用制とに大別することができるが、日英両国とも当初はキャリア・システムの性格の強い公務員制度であって、技官は事務官に従属する立場や処遇格差を強いられていたとする。ところが、英国では1919年にスペシャリストの地位向上運動の基盤となる専門職公務員協会(IPCS,のちにIPMS)が設立され、1960年代末のフルトン報告に基づく改革、1980年代以降のサッチャー政権下での改革などにより、ポジション・システムの要素が順次導入され、現在ではスペシャリストの上級ポストへの昇進等も可能になっている。これに対して、日本の公務員制度はキャリア・システムの性格を一貫して維持し続けている。戦後の職階制導入の論議では、キャリア技官はキャリア事務官や下級職員の消極的態度とは対照的に職階制の導入を積極的に支持していたが、かれらの主眼は職種の縦割構造のなかで上級ポストを確保することにあり、ポジション・システムの要素を導入する方向を志向してはいなかったとする。また、戦前の技術官の運動を戦後に継承した全国官公庁技術者懇談会(全技懇)の運動は、職員団体の労働運動とは一線を画し、その受益者をいわゆるキャリア技官に限定していたのであり、英国のIPMSが労働組合として組織を発展させ、今日でも重要な政策提言機能を果たしているのとは対照的であるとする。

 技官の自律性を左右する資源についてみれば、日本の戦前の技術官は上級の管理職ポストを事務官に独占されていたので、人事システムから資源を得る機会は限られていたが、専門性の資源を利用し得る場合には一定の自律性を発揮することができた。すなわち、鉄道技師、大規模直轄事業を担う土木技師、通信技術の革新をもたらした逓信技師などは、事務官に対して説得力のあるプロフェッショナル・アカウントを提示し、その後の技術官の地位向上運動にも寄与したのである。しかしながら、日本の技術者のネットワーク化は、官庁技術者の主導の下に官公庁技術者の地位向上のための一戦略として展開されていたという点こそ、英米系の官民横断的なプロフェッショナル・ネットワークの形成の沿革と決定的に異なるところであったとする。

 日本の技官の処遇は戦後の官吏制度改革と行政機構改革によってある程度改善されたが、それは基本的にはキャリア・システムの枠内での改善であった。建設省では、内務省の土木技術官が中心になって組織し展開した戦前からの水平運動の成果として、事務官・技官の間での事務次官交代制、人事系統の分離、課長以上ポスト数の折半などの人事ルールが形成され、技官集団は人事システムから得られる資源をも獲得した。厚生省の機構改革でも医系技官による3つの局長ポストを含む上級ポストの獲得がみられたが、これはGHQの後ろ盾を得たことによるところが大きいとする。

 現時点における日本の国の各省庁の人事システムは、いわゆるキャリアの事務官と技官の区分に着目した場合には、以下の四類型に分けられるという。すなわち、第一は、大蔵省(本省)、自治省、外務省、法務省、総務庁、経済企画庁などにみられる人事システムで、理工系ないし農学系区分の者を採用していないか、採用していてもこれがごく稀で採用後は事務官として扱われているため、事務官のみで構成されている類型である。第二は、国土庁と科学技術庁などにみられる人事システムで、事務官と技官の人事が分離されることなく一括して扱われている類型である。第三は、労働省、文部省、会計検査院、特許庁などにみられる人事システムで、事務官と技官の間でポストの棲み分けが行われ事務官と技官の人事が分離されているが、技官人事は採用試験区分に拘わらず一括して行われる類型である。第四は、建設省、農水省、運輸省、郵政省、厚生省、環境庁などにみられる人事システムで、事務官と技官の間でポストの棲み分けが行われ事務官と技官の人事が分離されているだけでなく、技官ポストとその人事がさらに各種の技官集団グループごとに分割されている類型である。なお、通商産業省(本省)の人事システムは、1987年度までは第四類型に属していたが、1988年度以降はまず課長補佐以下の技官人事を一括化し、続いて管理職の技官人事も一括化して、第三類型に移行した。そして1992年度頃から徐々に事務官と技官の間のポストの流動化が進められてきており、第二類型に移行しつつあるとする。

 第2章「医系技官・薬系技官の日英比較-厚生省と保健省」では、日本の厚生省の医系技官の自律性を支える資源は英国の保健省のそれに比べ著しく脆弱であることが論じられる。厚生省における医系技官の最高ポストは健康政策局長であるが、これは英国の保健省の主席医務官や日本の建設省の技監のような「第二事務次官」的な位置づけではない。また省内の医系技官の総数が少ないことから衛生関係部局においてさえ医系技官による上下の人事ラインが有効に形成されず、権限や情報など組織の資源を十分に掌握できていない。そしてまた、入省時及び入省後もプロフェッションとしてのキャリアが重要視される英国の保健省の医師や、公務に就きながら専門技術性を高めることが可能な建設省の土木技官とは対照的に、医師の資格を有するだけでそれ以上に医師としてのキャリア・アップを要請されていない日本の医系技官は、プロフェッショナル・アカウントの確立度合いが低く、プロフェッショナル・ネットワークからの支援も得にくく、専門性から得られる資源が乏しいという。薬剤師の社会的地位が低く、薬務局長のポストも占有できないでいる薬系技官の自律性の程度はさらに一段と低いとする。

 第3章「土木技官(シビル・エンジニア)の日英比較-建設省と道路庁」では、日本の建設省道路局の土木技官の自律性の程度の高さが論じられる。省内でのその総数の多さという優位性に加え、戦後に確立された人事慣行によって、事務次官の交代制、技監・道路局長を頂点とする上級ポストの占有、中央地方を結ぶ部局ごとに独立した上下の人事ラインの形成などが実現した結果、かれらは権限、予算、情報など組織のもつ強力な資源を掌握している。また、現場の工事事務所での勤務や試験研究機関である土木研究所での勤務などを含むそのキャリア・パターンは、行政官としての管理能力と専門技術能力の双方の向上に寄与し、プロフェッショナル・アカウントの確立に有効に機能している。そしてまた、日本の土木技術の領域では官公庁技術者を中心にした強固なプロフェッショナル・ネットワークが形成され、土木技官のトップはこの官民の職業の境界を越えたネットワークにおいてもリーダー的な存在になっている。日英両国における公共事業の比重とこれをめぐる政官業の関係構造の違いもあり、その政治的優位性の点では英国のシビル・エンジニアのそれを上回ってさえいるとする。

 最後の終章「結論と展望」では、本研究の考察を通じて、日本の国家公務員制度に関するこれまでの議論は全技懇によるそれも含めそのほとんどがキャリア・システムを前提にしたものであったことが確認できたとする。しかし、今日では多くの国の公務員制度改革においてキャリア・システムとポジション・システムの要素を柔軟に組み合わせ、専門技術性の向上の要請に適応を図る動きを示している事態に鑑みれば、日本の公務員制度改革について考える場合にも、ポジション・システムの要素の一部導入や勤務形態の一部変更を試みることも真剣に検討すべき時期にきているのではないかとし、技官の一部を専門職化すること、中途採用された技官の行政能力を向上させるための研修体制の確立など、若干の提言を行っている。

 以上が本論文の要旨であり、以下はその評価である。

 本論文の長所としては、以下の諸点を上げることができる。まず第一に、公務員制度研究において研究蓄積の乏しい技官制度に着目し、技官集団の自律性の問題を主題に据えて、キャリア・システムを維持し続けている日本とキャリア・システムからポジション・システムへと移行してきた英国との比較を試み、日本の技官制度がもつ特徴を鮮明にしたという着眼点の良さである。第二に、日本の各省庁の人事システムを事務官と技官の区分けに着目した観点から四類型に分類した上で、事務官と技官の間のみならず各種の技官集団の間でもポストの棲み分けをし人事を各種の技官集団グループごとに分離している第四類型に属するもののなかから、医系技官・薬系技官・土木技官を選び、詳細な事例研究を行ったことである。そして第三に、技官の専門性と技官集団の自律性の関係を解明するために、社会学の領域におけるプロフェッション研究の蓄積を参照し、プロフェッショナル・アカウントの確立状況とプロフェッショナル・ネットワークの形成状況を自律性を支える資源ととらえ、官民の職業の境界を越えた幅広いパースペクティブから考察したことである。

 もとより、本論文にも短所がないわけではない。第一に、戦前の日本の技術官による水平運動に関する論述が特定の先行研究の成果に大きく依存している点や日本の医系技官・薬系技官・土木技官のプロフェッショナル・アカウントの確立状況について考察するにあたって第二次資料を素材にしている箇所が少なくない点が惜しまれる。第二に、医系技官・薬系技官の日英比較をした第2章はきわめて示唆的な対比分析になっているのに比べ、道路に係る土木技官に関する日英比較を試みた第3章の方は対比分析として十分に成功しているとは言い難い。その一因は、政官業の関係構造に関する日英の対比分析が不十分であることにあったと思われる。第三に、終章において日本の公務員制度改革に向けて提言されているところの、ポジション・システムの要素の一部導入とか技官の一部の専門職化の意味するところにつき、やや不明瞭な点がないではない。

 以上のように本論文にも若干の短所はあるものの、これらは先に述べた本論文の大きな価値を損なうほどのものではない。本論文は技官制度に関する体系的な研究の嚆矢をなすものであり、公務員制度研究に寄与するばかりでなく、行政の専門性をめぐる論議に一石を投じたものとして、行政学界に新鮮な刺激を与えるものと評価することができる。したがって、本論文は博士(法学)の学位を授与するに相応しいものと認められる。

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