学位論文要旨



No 113927
著者(漢字) 岡垣,竜吾
著者(英字)
著者(カナ) オカガキ,リュウゴ
標題(和) ホヤ胚発生におけるカルシウムチャネルアルファ-1サブユニット遺伝子の制御
標題(洋) Developmental gene regulation of a calcium channel alpha-1 subunit during ascidian embryogenesis
報告番号 113927
報告番号 甲13927
学位授与日 1999.03.10
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1376号
研究科 医学系研究科
専攻 生殖・発達・加齢医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 川名,尚
 東京大学 教授 芳賀,達也
 東京大学 教授 高橋,智幸
 東京大学 助教授 鳥羽,研二
 東京大学 講師 五十嵐,隆
内容要旨

 カルシウムの細胞内への流入は筋細胞の興奮-収縮機構の構築、神経細胞突起の伸長、表皮細胞からの細胞外基質の分泌などの、分化した細胞の本質的な機能に関わっている。細胞内へのカルシウム供給は、主に膜表面に存在する電位依存性カルシウムチャネルを介して流入すると考えられているが、発生過程でのカルシウム流入の制御機構は不明な点が多い。

 これまでに、原索動物であるマボヤを用いて、胚発生におけるカルシウム電流の出現過程が電気生理学的に研究されてきた。マボヤ(Halocynthia roretzi)は固着性生物であるが、そのオタマジャクシ幼生(tadpole larvae)は脊椎動物と同じように尾による運動性を示す。幼生は受精後短期間で孵化し、細胞分割が一定のパターンで起こるため、発生過程が明確に記載されている。そのため、細胞分化に伴うイオン電流の発達が詳細に記載されてきた。神経胚から尾芽胚にかけて筋・神経・表皮の分化に伴いカルシウム電流が出現してくる。このマボヤの細胞分化に伴うカルシウムチャネル発達の分子的基盤を明らかにすることを試みた。マボヤ胚より既知のカルシウムチャネルアルファ-1サブユニットと高い相同性を有する遺伝子をクローニングし、その空間的および時間的な発現様式の解析を行った。

方法および結果:1)マボヤ胚カルシウムチャネルアルファ-1サブユニットcDNAの分子クローニング

 現在までにクローニングされたカルシウムチャネルアルファ-1サブユニット間には種をこえて保存されている遺伝子領域が存在する。この領域にpolymerase chain reaction(PCR)法のためのオリゴヌクレオチドプライマーを設計した。マボヤオタマジャクシ幼生よりmRNAを抽出し、逆転写によりcDNAを得、PCR法により既知のカルシウムチャネルと高い相同性を有する246塩基対の長さのcDNAクローンを得た。次にマボヤオタマジャクシ幼生のcDNAライブラリーを、PCRで得たクローンをプローブとしてスクリーニングし、マボヤのカルシウムチャネルアルファ-1サブユニットのクローンを得た(以下TuCaIと呼ぶ)。

 TuCaIは2125アミノ酸に相当するopen reading frameを持ち、このアミノ酸配列はウサギ心筋のカルシウムチャネルと48%の相同性を示した。既知のカルシウムチャネルalpha-1サブユニットと同様にTuCaIも4回の分子内繰り返し構造(4モチーフ型構造)を示した。アミノ酸配列を比較し分子系統樹を作製すると、TuCaIは各種のカルシウムチャネルの中ではL型カルシウムチャネルのファミリーに属し、その中でも脊椎動物のL型カルシウムチャネルに近い配置を示した。他のN型、P型、LVA(low-voltage activated)型カルシウムチャネルのファミリーとは隔たった配置を示した。

 更に、カルシウムチャネルに特徴的な構造がTuCaIに存在するか、アミノ酸配列の解析により検討したところ、以下のような結果であった。TuCaIは第I-第IIモチーフ間の細胞内ループ内にサブユニット結合配列を有していた。また、第II-第IIIモチーフ間の配列が筋細胞の興奮-収縮機構において骨格筋型の連関をとるか心筋型のカルシウム依存性の連関をとるかの決定に重要であるとされているが、TuCaIは心筋型により近い配列を持っていた。カルシウムチャネルのC末端にはカルシウム依存性のチャネル不活性化に関与するEF-hand motifと呼ばれる配列が存在するが、この配列はTuCaIにも存在した。

 TuCaIのmRNAをマウスのカルシウムチャネル2bおよび2/サブユニットのmRNAとともにアフリカツメガエル(Xenopus laevis)の卵母細胞に注入し発現させたところ、膜電位固定法により、Xenopus卵母細胞の内在性カルシウム電流とは異なる電流が出現した。電気生理学的には1)遅い不活性化2)カルシウム依存性不活性化3)ニトレンジピンに対する感受性など、ホヤ筋および神経細胞において記載されているカルシウム電流と類似した性質を示した。TuCaIと同時に発現させるサブユニットに依存して、decay kineticsの変化が認められた。

2)マボヤカルシウムチャネルアルファ-1サブユニットmRNAの時間的/空間的発現様式

 TuCaI mRNAの時間的発現をNorthern blot法およびRT-PCR法により検討した。TuCaIに相当するシグナルは嚢胚期以降から検出され、分化型の細胞が現れる時期である尾芽期で最も強い。

 また、RT-PCR法で2本のバンドがみられた。このPCR産物をサブクローニングしたところ、TuCaIには27塩基対短い細胞内ループを持つvariant、TuCaI-shが存在することがわかった。

 ホヤ嚢胚及び尾芽期胚を用いてin situ hybridization法によりTuCaIの空間的発現を検討したところ、嚢胚期では筋細胞系統の細胞核と運動ニューロン系統の細胞核にシグナルがみられた。尾芽期ではシグナルは筋細胞核と運動ニューロンにみられた。また、表皮にも弱いシグナルが認められた。

 TuCaIの転写とカルシウム電流の発生過程での発現が対応するかを検討するため、ホヤ分裂抑止割球の系におけるカルシウム電流の発現時期を調べた。神経・筋細胞系の割球を単離し、カルシウム電流を膜電位固定法により解析したところ、嚢胚期後期以降即ちTuCaI転写開始の直後にあたる時期よりカルシウム電流が記録された。

 RT-PCR法でこれらの割球におけるTuCaI mRNAの発現を調べたところ、上皮、神経、筋細胞の性質を持った細胞のいずれにもmRNAの発現が認められ、先のin situ hybridizationの結果と一致した。但し、前述の2種のvariantのうち短いものは主に筋型と神経型の細胞に、長いものは表皮型の細胞に主に発現していたので、細胞の分化に対応してTuCaIの異なるvariantが発現している可能性がある。

考察:

 マボヤオタマジャクシ幼生よりクローニングしたTuCaIは、アミノ酸一次構造と発現パターン、電気生理学的性質から、脊椎動物のL型カルシウムチャネル1サブユニットの原型と関連する遺伝子と考えられた。Xenopus卵母細胞での発現実験において、TuCaI単独では機能発現がみられず、マウスの2bおよび2/サブユニットを共発現させると初めて電流が観察されたことから、脊椎動物と同様にTuCaIは他のサブユニットと細胞膜上で複合体を形成しているものと推察される。

 in situ hybridization法とRT-PCR法による検討から、TuCaIは上皮、神経、筋細胞のいずれにも存在し、表皮からのmatrixの分泌、筋収縮、神経細胞の興奮や伸長などの重要な役割を担っていると予想される。TuCaIのRNA発現がこれらの細胞分化に先だって嚢胚期よりみられることはこれを支持する所見である。一方、マボヤ卵や感覚ニューロンにも電気生理学的にカルシウムチャネルの存在が知られているが、これまでの検討ではこれらの細胞にはTuCaIの発現を認めていないので、TuCaI以外の遺伝子によりコードされるカルシウムチャネルも存在すると考えられる。

 我々の同定したカルシウムチャネルは、細胞分化の分子生物学的レベルでの現象解明の有力な手がかりとなるものと考えられる。筋細胞や神経細胞の分化の初期においてカルシウムの細胞内流入が重要であるとの報告があり、特に嚢胚期にTuCaIが筋に分化する系統の細胞およびposterior neural tubeに発現していることは、細胞分化の制御という面からも重要である可能性がある。胚発生過程において、細胞分化と密接な関係を有する分子であるイオンチャネルの発現について、今後更に検討を進めていくつもりである。

審査要旨

 本研究は、胚発生において筋細胞・神経細胞・表皮細胞などの分化した細胞の本質的な機能に関わっていると考えられる細胞内へのカルシウム流入の分子レベルでの調節機構を明らかにするため、原索動物マボヤ胚の細胞膜上に存在する膜電位依存性カルシウムチャネルアルファ-1サブユニットをクローニングし、その空間的時間的発現様式を解析したものである.更に、クローニングされたカルシウムチャネルアルファ-1サブユニット(TuCaI)のmRNAをアフリカツメガエル卵に注入、発現したカルシウム電流の解析を行うことによって、TuCaIの機能解析を試みたものであり、下記の結果を得ている.

 1.TuCaIは2125アミノ酸に相当するopen reading frameを持ち、既知のカルシウムチャネルアルファ-1サブユニットに共通する4回の分子内繰り返し構造を有していた.アミノ酸配列の比較により分子系統樹を作製すると、TuCaIは筋細胞・神経細胞・表皮細胞などの表面に存在するL型カルシウムチャネルアルファ-1サブユニットの分子ファミリーに属し、脊椎動物のL型カルシウムチャネルの祖先型ともいうべき構造を示していた.

 2.TuCaIのmRNAをマウスのカルシウムチャネル2bおよび2/サブユニットとともにアフリカツメガエル卵に注入し発現させたところ、膜電位固定法により、カルシウム電流の発現が検出された.この電流はこれまでにマボヤ筋細胞および神経細胞から記録されているカルシウム電流と非常によく類似したkineticsを示した.

 3.TuCaIのmRNAの発現をNorthern blot法およびRT-PCR法により検討したところ、嚢胚期以降の胚においてTuCaIにあたるシグナルが検出され、分化型の細胞が出現する尾芽期胚において最も強いシグナルがみられた.また、in situ hybridization法による検討を行ったところ、嚢胚期では筋細胞系統の細胞核と運動ニューロン系統の細胞核にシグナルがみられた.尾芽期では筋細胞核と運動ニューロンの他、表皮にも弱いシグナルが認められた.

 4.マボヤ分裂抑止割球の系におけるカルシウム電流の発現時期を調べたところ、嚢胚期すなわちTuCaIのmRNA転写開始時期に数時間遅れてカルシウム電流が出現してくることが示された.RT-PCR法でこの時期のマボヤ分裂抑止割球におけるmRNAの発現をみると、筋細胞・神経細胞・表皮細胞の性質をもった細胞のいずれにもmRNAの発現が認められ、先のin situ hybridizationの結果と一致した.

 以上、本論文はマボヤ胚カルシウムチャネルアルファ-1サブユニットの解析により、この新しくcloningされたチャネルが発生において分化型細胞の出現に関わる重要な分子であることを明らかにした.本研究はこれまで未知であった初期胚発生における細胞分化の分子機構の解明に向けて重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる.

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