本研究は、胚発生において筋細胞・神経細胞・表皮細胞などの分化した細胞の本質的な機能に関わっていると考えられる細胞内へのカルシウム流入の分子レベルでの調節機構を明らかにするため、原索動物マボヤ胚の細胞膜上に存在する膜電位依存性カルシウムチャネルアルファ-1サブユニットをクローニングし、その空間的時間的発現様式を解析したものである.更に、クローニングされたカルシウムチャネルアルファ-1サブユニット(TuCaI)のmRNAをアフリカツメガエル卵に注入、発現したカルシウム電流の解析を行うことによって、TuCaIの機能解析を試みたものであり、下記の結果を得ている. 1.TuCaIは2125アミノ酸に相当するopen reading frameを持ち、既知のカルシウムチャネルアルファ-1サブユニットに共通する4回の分子内繰り返し構造を有していた.アミノ酸配列の比較により分子系統樹を作製すると、TuCaIは筋細胞・神経細胞・表皮細胞などの表面に存在するL型カルシウムチャネルアルファ-1サブユニットの分子ファミリーに属し、脊椎動物のL型カルシウムチャネルの祖先型ともいうべき構造を示していた. 2.TuCaIのmRNAをマウスのカルシウムチャネル2bおよび2/サブユニットとともにアフリカツメガエル卵に注入し発現させたところ、膜電位固定法により、カルシウム電流の発現が検出された.この電流はこれまでにマボヤ筋細胞および神経細胞から記録されているカルシウム電流と非常によく類似したkineticsを示した. 3.TuCaIのmRNAの発現をNorthern blot法およびRT-PCR法により検討したところ、嚢胚期以降の胚においてTuCaIにあたるシグナルが検出され、分化型の細胞が出現する尾芽期胚において最も強いシグナルがみられた.また、in situ hybridization法による検討を行ったところ、嚢胚期では筋細胞系統の細胞核と運動ニューロン系統の細胞核にシグナルがみられた.尾芽期では筋細胞核と運動ニューロンの他、表皮にも弱いシグナルが認められた. 4.マボヤ分裂抑止割球の系におけるカルシウム電流の発現時期を調べたところ、嚢胚期すなわちTuCaIのmRNA転写開始時期に数時間遅れてカルシウム電流が出現してくることが示された.RT-PCR法でこの時期のマボヤ分裂抑止割球におけるmRNAの発現をみると、筋細胞・神経細胞・表皮細胞の性質をもった細胞のいずれにもmRNAの発現が認められ、先のin situ hybridizationの結果と一致した. 以上、本論文はマボヤ胚カルシウムチャネルアルファ-1サブユニットの解析により、この新しくcloningされたチャネルが発生において分化型細胞の出現に関わる重要な分子であることを明らかにした.本研究はこれまで未知であった初期胚発生における細胞分化の分子機構の解明に向けて重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる. |