学位論文要旨



No 113929
著者(漢字) 新里,尚也
著者(英字) Shinzato,Naoya
著者(カナ) シンザト,ナオヤ
標題(和) シロアリ腸内共生メタン細菌に関する系統学的,微生物生態学的研究
標題(洋) Phylogenetic and Microecological Studies on Methanogenic Symbionts in Termites
報告番号 113929
報告番号 甲13929
学位授与日 1999.03.12
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第188号
研究科 総合文化研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松本,忠夫
 東京大学 教授 石川,統
 東京大学 助教授 嶋田,正和
 東京大学 助教授 大原,雅
 東京薬科大学 助教授 山岸,明彦
内容要旨

 硫酸塩の少ない環境下で嫌気的に有機物を分解している生態系では最終電子受容体としてメタンが生成される。嫌気的にセルロースの発酵を行っているシロアリの腸内においても同様にメタンが生成されることが知られている。メタンは主に、代謝産物として生成されたH2とCO2から生成され、その熱力学的に有利な反応はセルロースの発酵系全体を引っ張る役割を果たしている。

 シロアリによるメタンの生成は、熱帯や亜熱帯地域での莫大な現存量から地球上のメタン生成に影響を与えているとして、ここ十数年間、生態学的見地からの研究が盛んに行われ、議論されてきた。しかしながらその一方で、シロアリ腸内のメタン細菌に関する微生物学的知見は非常に少ないものとなっていた。1989年に一部の下等シロアリでメタン生成スキームがモデルとして示された。それによると、大型のセルロース分解原生動物がメタン生成の基質となるH2とCO2を生産し、それを小型の原生動物に細胞内共生するメタン細菌がメタン化するといったものであった。しかしながらこのスキームは原生動物が生息しない高等シロアリには当てはまらず、また近年、下等シロアリにおいても、自由生活性のメタン細菌の存在が示唆されるなど、シロアリにおけるメタン細菌の共生現象の解析には、まず第一に基礎的な知見の収集が必要であると思われた。そこで本研究では、シロアリ腸内のメタン細菌相を微生物生態学的手法で解析し、それらの存在様式や系統、構成などの基礎的な知見を収集することを目的として研究を行った。

 シロアリの腸内メタン細菌の解析を行うにあたり、まず第一に、メタン生成の実態を把握する目的で、琉球列島で採取された高等、下等シロアリを含む6種のシロアリについて個体レベルでのメタン生成量をガスクロマトグラフで測定した。その結果、測定に用いたすべての種のシロアリからメタン生成が確認された。シロアリ種あたり複数のコロニーを測定した結果、これまでの報告と同様に、シロアリのメタン生成量はシロアリ種特異的な傾向が認められた。しかしながら、コウシュンシロアリ(Neotermes koshunensis)についてはコロニー依存的であり、測定した15コロニーのうち、6コロニーはメタン生成を検出することはできなかった。シロアリのメタン生成量はこれまでの報告例と比較して、同程度の値を示すものもあったが、大きく食い違いを見せる種もあった。例えば、ヤマトシロアリ(Reticulitermes speratus)は同属のR.flavipesやR.tibiliasと同程度であったのに対し、イエシロアリ(Coptotermes formosanus)では同種の報告に対して500倍の値を示した。また比較的メタン生成が高いとされているキノコシロアリの一種、タイワンシロアリ(Odontotermes formosanus)では、測定したシロアリ種の中で最も低い値しか示さなかった。シロアリは食物のC/N比に応じてメタン生成を炭素の排出機構として利用していることが示唆されており、近縁の種においても実際に接種される食物のC/N比によってメタンの生成量が異なってくることが考えられた。これらを検証する目的で、1ヶ月間、セルロース・フィルターペーパーを与えて飼育したコウシュンシロアリのメタン生成を測定したところ、2倍以上の上昇が認められた。これらの結果は、シロアリによるメタンの生成量の推定には依然として多くのシロアリ種、コロニーでの測定が必要であることを示していると考えられた。

 シロアリ腸内のメタン細菌を特異的蛍光補酵素、F420の蛍光を検出することによって観察した。その結果、これまでの報告と同様に、下等シロアリでは特定の原生動物種に短桿菌のメタン細菌が細胞内共生しているのが観察された。また、その他にも腸壁にも同様なメタン細菌が多量に付着しているのが観察された。一方、原生動物を持たない高等シロアリでは、下等シロアリとは異なり、フィラメント状のメタン細菌が腸壁に付着しているのが観察された。これらを電子顕微鏡観察した結果、MethanothrixとMethanospirillumの形態的特徴を持つ細菌であることが示された。

 コウシュンシロアリにおけるコロニー依存的なメタン生成は、腸内のメタン細菌数においても同様な傾向が認められ、メタン生成が検出できないコロニーのシロアリでは、腸内にメタン細菌を認めることはできなかった。これらの違いはコウシュンシロアリが、食物を1つの営巣木に依存していることから、その樹種による影響が考えられたが、樹種を同定した結果、明確な相関は認められなかった。また、個体重量との相関も認められなかった。シロアリにはメタン細菌と同じ基質(H2、CO2)を用いて酢酸合成菌による酢酸合成も行われており、メタン生成の認められないシロアリでは、H2が酢酸合成に流れている可能性も考えられた為、これらの腸内揮発性脂肪酸をガスクロマトグラフ分析した。その結果、メタン生成が認められなかったコロニーのシロアリでは、メタン生成が認められたコロニーのシロアリと比較して、酢酸濃度が1.3倍になっていた。また、2-ブロモエタンスルホン酸によって人工的にメタン生成を阻害したコロニーでは、コントロールと比較して酢酸濃度が1.6倍に増加した。これらの結果は先の仮説を支持するものであると思われた(PartI)

 シロアリの腸内メタン細菌相を解析する目的で、消化管から抽出したDNAから古細菌SSUrRNA遺伝子をPCR増幅し、分子系統解析を行った。シロアリはヤマトシロアリを用い、地域間、コロニー間で比較を行う目的で、東京、神戸、山口、沖縄から採集し、1コロニーあたり10クローン、計60クローンの解析を行った。その結果、得られた遺伝子は進化距離0.1で大きく3つ(Type-1〜3)にグルーピングされ、さらにType-1は進化距離0.02で4つのサブタイプ(Type-1A〜D)にまとめられた。系統解析の結果、Type-1はMethanobacterialesに属し、Type-2はMethanomicrobialesに、Type-3はメタン細菌から離れ、Thermoplasmalesに位置した。クローン構成はほとんど(87%)がType-1Aおよび1Bであり、この傾向はすべてのコロニーで認められた。Type-1はさらに詳細な解析からMethanobrevibacterであることが明らかになったが、近年、同属のR.flavipesから報告されたMethanobrevibactercurvatusとMethanobrevibactercuticularisと同一なものは見られなかった。

 それぞれのタイプの消化管内での局在性を検討する目的で、得られたクローン特異的な蛍光プローブを作成し、in situハイブリダイゼーション(FISH)による解析を行った。その結果、腸壁から調製した試料に対してType-1特異的プローブで検出される細菌を認めた。しかしながら、Type-2、3に属する細菌を検出することはできなかった。また、原生動物内の細胞内共生体はどのクローン特異的プローブでも検出することはできなかった。これらの結果から、腸壁に付着しているメタン細菌がType-1に属するMethanobrevibacterであることが示された。原生動物内のメタン細菌は、この解析では遺伝子を得られなかった事が考えられた(PartII)。

 ヤマトシロアリでのメタン細菌相の解析結果から、コロニー間および日本国内での地域性は認められず、ヤマトシロアリのメタン細菌相は酷似していた。この傾向がシロアリ種特異的なものであるのか、また国内のシロアリ全般に当てはまることなのかを検証する目的で、国内から高等、下等を含む7種のシロアリ、さらにオーストラリアから採取したムカシシロアリ(Mastotermes darviniensis)について同様な解析を行った。シロアリ種あたり5クローンを解析した結果、国内のシロアリではヤマトシロアリ同様、ほどんどがType-1Aならびに1Bに属し、メタン細菌相が酷似していることが明らかとなった。それに対し、ムカシシロアリではすべてのクローンがMethanobrevibacterに位置したものの、ヤマトシロアリで得られたType-1A〜1Dに属するものは得られなかった。これらの結果から、シロアリの腸内メタン細菌相は宿主シロアリの分化に伴って分化しているのではなく、地域性を反映している事が示唆された。最近、北アメリカのR.flavipesにおいて、ミシンガン州とマサチューセッツ州のコロニーから形態的に大きく異なった(短桿菌とフィラメント状)Methanobrevibacterが単離された。これは同一種においても生息環境の違いによってメタン細菌相が異なる可能性を示している。

 シロアリの原生動物相は糞食による垂直伝搬で次世代へ伝えられ、原生動物種と構成はシロアリ種に固有なものであることが知られている。メタン細菌を含む細菌相もこの糞食を介して伝搬されていることが考えられた。特にメタン細菌は酸素に対して非常に感受性が高く、垂直伝搬以外に外界から新たに感染することは難しいと考えられた。しかしながら、先の結果は少なくとも一部のメタン細菌が外界から頻繁に感染していることを示していた。また、最近になり、R.flavipesから単離された2種のメタン細菌にある程度の酸素耐性があることが実験的に証明された。そこで、この仮説を検証する目的で、シロアリの営巣木付近の土壌を採取し、古細菌相の解析を同様な手法により行った。その結果、国内のシロアリで優占種と思われたType-1BならびにType-1Aに非常に近縁なクローンを得ることができた。これらの結果は、少なくとも一部のシロアリ腸内のメタン細菌相が頻繁に外界から、おそらく摂食等の機会に新たに感染している可能性が高い事を示していると思われた。一方の原生動物内のメタン細菌はおそらく原生動物とともにシロアリ世代間を垂直伝搬していると考えられ、PartIIで原生動物内のメタン細菌がタイプ特異的プローブで検出できなかった事とも考え合わせると、腸壁に付着している自由生活性のメタン細菌とは系統的に異なっている可能性も考えられた(PartIII)。

 本研究では、微生物生態学的解析手法を用いて、シロアリ腸内のメタン細菌相の解析を行い、それらの分子系統、構成、腸内の局在性などを明らかにした。これらの手法、知見は今後、原生動物の細胞内共生メタン細菌の研究や、他のシロアリ腸内微生物相の解析にも役立つものであると思われる。

審査要旨

 シロアリ類は、熱帯や亜熱帯地域で莫大な現存量を持っている。そして、メタンを生成することから、地球上の全シロアリによるメタン放出は、地球温暖化に影響を与えているとの見方が十数年前に提出された。そのため、生態学的見地からの研究が盛んに行われ、そのことの妥当性について議論されてきた。しかしその一方で、シロアリ腸内のメタン細菌に関する微生物学的知見は未だに非常に少ない。1989年に一部の下等シロアリでのメタン生成スキームがモデルとして示された。それによると、消化管内に生息している大型のセルロース分解性の原生動物がメタン生成の基質となるH2とCO2を生産し、小型の原生動物の細胞内に共生しているメタン細菌が、それをさらにメタン化しているとしている。しかし、このスキームは原生動物が生息しない高等シロアリには当てはまらず、また近年、下等シロアリにおいても、自由生活性のメタン細菌の存在が示唆されてきた。そのため、シロアリにおけるメタン細菌の共生現象の解析には、さらなる基礎的な知見の収集が必要である。

 そこで本論文提出者は、シロアリ腸内のメタン細菌相を微生物生態学的手法で解析し、それらの存在様式や系統、構成などの基礎的な知見を収集することを目的として研究を行なっている。本論文は3部構成となっている。

第1部

 メタン生成の実態を把握する目的で、琉球列島で採取された高等、下等シロアリを含む6種のシロアリについて、個体レベルでのメタン生成量をガスクロマトグラフで測定している。その結果、測定に用いたすべての種のシロアリからメタン生成を確認している。シロアリ種あたり複数のコロニーを測定した結果、これまでの報告と同様に、シロアリのメタン生成量はシロアリ種に特異的な傾向が認められている。

 シロアリ腸内のメタン細菌を特異的蛍光補酵素であるF420の蛍光を検出することによって観察している。その結果、これまでの報告と同様に、下等シロアリでは、短桿菌のメタン細菌が腸内の特定の原生動物種に細胞内共生しているのをみつけている。また、その他、腸壁にも同様なメタン細菌が多量に付着しているのをみつけている。一方、原生動物を持たない高等シロアリでは、下等シロアリとは異なり、フィラメント状のメタン細菌が腸壁に付着しているが、これらを電子顕微鏡観察し、MethanothrixとMethanospirillumの形態的特徴を持つ細菌であることを示している。

 コウシュンシロアリにおいて、コロニー依存的なメタン生成を見い出しているが、腸内のメタン細菌数においても同様な傾向を認めている。また、メタン生成が検出できないコロニーのシロアリでは、腸内にメタン細菌を認めていない。シロアリの消化管ではメタン細菌と同じ基質(H2、CO2)を用いて酢酸合成菌による酢酸合成も行われており、メタン生成の認められないシロアリでは、H2が酢酸合成に流れている可能性も考えられた為、これらの腸内揮発性脂肪酸をガスクロマトグラフ分析している。その結果、メタン生成が認められなかったコロニーのシロアリでは、認められたコロニーのシロアリと比較して、酢酸濃度が1.3倍になっていた。また、2-ブロモエタンスルホン酸によって人工的にメタン生成を阻害したコロニーでは、コントロールと比較して酢酸濃度が1.6倍に増加した。そこで、これらの結果は、先の仮説を支持するものであると考察している。

第2部

 シロアリの腸内メタン細菌相を解析する目的で、消化管から抽出したDNAから古細菌SSUrRNA遺伝子をPCR増幅し、分子系統解析を行っている。対象としてはヤマトシロアリを用い、地域間、コロニー間で比較を行う目的で、東京、神戸、山口、沖縄から採集し、1コロニーあたり10クローン、計60クローンの解析を行っている。その結果、進化距離0.1で大きく3つ(Type-1〜3)にグルーピングし、さらにType-1は進化距離0.02で4つのサブタイプ(Type-1A〜D)にまとめている。

 系統解析の結果はType-1はMethanobacterialesに属し、Type-2はMethanomicrobialesに、Type-3はメタン細菌から離れ、Thermoplasmalesに位置している。Type-1はさらに詳細な解析から、Methanobrevibacterであることを明らかにしているが、最近、同属のR.flavipesから報告されたMethanobrevibacter curvatusとMethanobrevibacter cuticularisと同一なものは見ていない。

 それぞれのタイプの消化管内での局在性を検討する目的で、得られたクローン特異的な蛍光プローブを作成し、in situハイブリダイゼーション(FISH)による解析を行っている。その結果、腸壁から調製した試料に対してType-1特異的プローブで検出される細菌を認めている。しかし、Type-2、3に属する細菌を検出していない。また、原生動物内の細胞内共生体はどのクローン特異的プローブでも検出していない。これらの結果から、腸壁に付着しているメタン細菌がType-1に属するMethanobrevibacterであると考察している。

第3部

 ヤマトシロアリでのメタン細菌相の解析結果から、コロニー間および日本国内での地域性は認めず、ヤマトシロアリのメタン細菌相は酷似していたが、この傾向がシロアリ種に特異的なものであるのか、また国内のシロアリ全般に当てはまることなのかを検証する目的で、国内から高等、下等を含む7種のシロアリ、さらにオーストラリアから採取したムカシシロアリ(Mastotermes darwiniensis)について同様な解析を行っている。シロアリ種あたり5クローンを解析した結果、国内のシロアリではヤマトシロアリ同様、ほどんどがType-1Aならびに1Bに属し、メタン細菌相が酷似していることを明らかにしている。それに対し、ムカシシロアリではすべてのクローンがMethanobrevibacterに位置したものの、ヤマトシロアリで得られたType-1A〜1Dに属するものは得ていない。これらの結果から、シロアリの腸内メタン細菌相は宿主シロアリの分化に伴って分化しているのではなく、地域性を反映していると考察している。

 シロアリの原生動物相は糞食による垂直伝播で次世代へ伝えられ、原生動物の種構成はシロアリ種に固有なものであることが知られている。メタン細菌を含む細菌相もこの糞食を介して伝搬されていることが考えられ、特にメタン細菌は酸素に対して非常に感受性が高く、垂直伝搬以外に外界から新たに感染することは難しいと考えられてきていた。しかし、先の結果は少なくとも一部のメタン細菌が外界から頻繁に感染していることを示している。また、最近になり、R.flavipesから単離された2種のメタン細菌に、ある程度の酸素耐性があることが実験的に証明された。そこで、この仮説を検証する目的で、シロアリの営巣木付近の土壌を採取し、古細菌相の解析を同様な手法により行っている。その結果、国内のシロアリで優占種と思われたType-1BならびにType-1Aに非常に近縁なクローンを得ている。これらの結果は、少なくとも一部のシロアリ腸内のメタン細菌相は、おそらく摂食等の機会に新たに感染している可能性が高い事を示していると考察している。

 以上、本研究では、微生物生態学的解析手法を用いて、従来十分な知見のなかったシロアリ腸内のメタン細菌相の解析を行い、また、それらの分子系統、構成、腸内の局在性などを詳細に明らかにしている。また、メタン細菌の由来についての従来の仮説を否定し、新たな説を打ち立てている。今後、これらの知見、手法は原生動物の細胞内共生メタン細菌の研究や、他のシロアリ腸内微生物相の解析に大変役に立つものであると判断される。

 なお、本論文の第1部は吉田、屋良との共同研究であり、第2部および第3部は松本、山岡、大島、山岸らとの共同研究であるが、いずれも論文提出者が主体となって実験および執筆を行ったので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 よって本論文は博士(学術)の学位論文としてふさわしいものであると、審査委員会は認める。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54672