本論文では、日本のX線天文衛星「あすか」による2つの巨大分子雲、NGC6334、M17の観測をもとに、「硬X線による大質量星形成領域の研究」につき述べられている。巨大分子雲の中心部では大質量星が生まれていると考えられているが、中心部を形成する濃い物質による吸収のため、その観測は十分に行われてこなかった。そこで、本論文においては、透過力の強い硬X線により、巨大分子雲のコア深くの現象を探ることが試みられた。「あすか」は、0.5-10keVに感度を持ち、硬X線領域で撮像、分光が可能な初めての衛星である。 NGC6334は、主に大質量星の形成が進行している5つの遠赤外線コア(I-V)によって構成されている。5つのコアは、進化の度合いが異なることが知られており、いずれのコアにも、1-2個の大質量の原始星あるいは零年齢主系列星が観測されている。「あすか」を用い、これら5つのコアのすべてを視野に含む領域が観測された。その結果、3keV以上の領域では5つのコア全てからX線が検出された。 コアごとの違いに着目し、コア毎のスペクトルを分離する試みが行われた。あすかの角度分解能では隣接するコアのスペクトルを十分に分離できないので、スペクトルの混ざり合いを考慮した解析方法が開発された。これにより、各コアのスペクトルを精度良く求めることに成功した。全てのコアに対して熱的なモデルを仮定しフィットを行った結果、コアI-IVに対しては3-6keV(あるいはそれ以上)、コアVに対しても2keVという高い温度が求まった。スペクトルの吸収量から求まる水素柱密度NHは(1-5)x1022cm-2と、コア毎に大きくばらつく。吸収を戻した後のX線光度はどのコアも、コアあたり1x1033erg s-1程度である。全放射光度に占めるX線光度の割合LX/Lbolは、どのコアに対しても〜10-6と求まった。これは、OB型星の中でもLX/Lbolの大きなものと一致する。 5つの良く知られたコアの北方にも、可視光の観測で知られている大質量星の位置に硬いX線源を発見した。X線スペクトルを調べると、この天体も5個のコアと同様に熱的なスペクトルを持ち、温度は3keVと高温である。LX/Lbolは〜10-4.7と大きい。 一方、M17の硬X線像は、点源とそのまわりの広がった成分とに分けられる。点源は、M17で最も明るい大質量主系列星(CEN1)に同定される。両者のまざったX線スペクトルを作成し熱的モデルでフィットすると、温度は4 keVとやはり温度が高い。吸収を戻した後の光度は9×1033erg s-1と求まった。このうちCEN1の光度は、ROSAT衛星の観測と組み合わせ、5×1033erg s-1と推定できる。LX/Lbolは、CEN1と、この領域に含まれるその他の大質量星に対して、それぞれ、10-6.1,10-6.3と求まった。 以上、2つの巨大分子雲からの硬X線観測の結果、7つの硬X線源が検出され、それらX線源すべてが、2-10keVの温度を持つ高温のプラズマからの熱放射のスペクトルを持ち、それらが大きな吸収を受けていることがわかった。さらに、これらのX線源はいずれも大質量星に対応しており、X線光度と全放射光度との比は、これまで観測された大質量星のうちで大きい部類に属することもわかった。これまで、大きなX線光度と全放射光度との比を示す大質量星は、一般に大きな吸収を受けていることが言われていたが、今回の観測により、相対的に大きなX線強度と吸収との相関が強く支持されただけでなく、それが、一般に2-10keVという高温のプラズマからの熱放射であることが強く示唆されることとなった。そして、論文提出者は、それらを説明するモデルとして、大質量星からの強い星風が、大きな吸収に寄与しているまわりの分子雲中に物質と衝突して高温のガスがつくられることを提唱し、そのモデルが定量的にも観測と矛盾しないことを示した。 これらの成果は、これまでにない新しい観測結果と、それを説明する新しい考え方をもたらしたもので、十分に学位論文に値するものと評価できる。なお、本論文の観測・結果は何人かの研究者との共同研究であるが、解析、結果の評価・考察は論文提出者が主体となって行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。 |