学位論文要旨



No 113941
著者(漢字) 松崎,恵一
著者(英字)
著者(カナ) マツザキ,ケイイチ
標題(和) 硬X線による大質量星形成領域の研究
標題(洋) Study of Massive Star Formation Region in the Hard X-ray band
報告番号 113941
報告番号 甲13941
学位授与日 1999.03.15
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3490号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 井上,一
 東京大学 教授 木舟,正
 東京大学 助教授 高橋,忠幸
 東京大学 助教授 川崎,雅裕
 東京大学 教授 牧島,一夫
内容要旨 1はじめに

 大質量星は、銀河内の星間物質の熱力学、運動、化学進化に大きな影響を与える。しかし、その形成の過程はほとんど解明されてこなかった。これは、低質量星の形成過程の理解が、電波、赤外、可視光、軟X線を用いた包括的な観測や、理論的な探求により進んだこととは対照的である。その主たる原因は、大質量星が巨大分子雲のコア深くで誕生することにある。若い星の観測に欠かせない近赤外線、可視光、軟X線はコアを形成する物質により強い吸収を受ける。また、巨大分子雲が、低質量星を生み出す暗黒星雲よりも、比較的遠方に位置することも、観測の上で障害となってきた。さらに、急速な進化、巨大分子雲内の他の天体との相互作用も、理論的、観測的探求に困難をもたらしてきた。

 透過力の強い硬X線による撮像、分光観測は、巨大分子雲のコア深くの現象を探るのに有用である。しかし、これまで硬X線で研究されてきた大質量星形成領域は、最も近傍(450pc)のオリオン巨大分子雲のトラペジウム領域とその周辺のみであった。日本のX線天文衛星「あすか」は、0.5-10keVに感度を持ち、硬X線領域で撮像、分光が可能な初めての衛星である。また、3分の角度分解能(half power diameter)を持つ。そこで、我々は、「あすか」を用い、さらに二つの典型的な巨大分子雲、NGC6334、M17の観測を行なった。これらより、大質量星形成領域で進行している普遍的な現象に迫ることが本論文の目的である。

2「あすか」による巨大分子雲NGC6334、M17の観測2.1NGC6334

 NGC6334は、主に大質量星の形成が進行している5つの遠赤外線コア(I-V)によって構成されてる(距離は1.7kpc)。5つのコアは、進化の度合いが異なることが知られており、いずれのコアにも、1-2個の大質量の原始星あるいは零年齢主系列星が観測されている。また、電波(連続波)の観測からは5つのHII領域(A,C-F)が知られている。我々は、「あすか」を用い、これら5つのコア、5つのHII領域のすべてを視野に含む領域を観測した。

 「あすか」のSIS検出器によって取得したイメージを図1に示す。1.8keV以下の軟X線バンドでは、5つのコアのうちコアIIIのみが検出された。一方、3keV以上の硬X線では5つのコア全てを検出することができた。硬X線はHII領域A,C,D,Fともよく一致する(それぞれ、コアIV,III,II,Iに対応)。我々の「あすか」によるNGC6334に対する観測は、透過力の強い硬X線が、コア自身の吸収を避け、大質量星形成を探る上で、非常に有用であることを示している。

図1:NGC6334のSISによるイメージ(左)軟X線バンド(3-8keV)、(右)細線:硬X線バンド(0.5-1.8keV)、太線:遠赤外線71m。

 硬X線のスペクトルは、輻射の成因を知る上で極めて重要である。そこで、はじめに、5つのコアを含む領域全体のスペクトルを作成した。2keV以下で吸収を受け、7keV以上にまでのびる硬いスペクトルが得られた。また、〜6.7keVには、ラインが見られる。これは、He状に電離した鉄からのK。線に同定できる。このことからX線が熱的なプラズマからの輻射であることが分かる。そこで、光学的に薄いプラズマのモデル(R&Sモデル)でフィットすると、温度はと通常の星からのX線輻射に比べ非常に高温であることが示された。吸収を戻した後の光度はそれぞれ5.2×1033erg s-1、6×1033erg s-1と求まる。

 次に、コアごとの違いに着目し、コア毎のスペクトルを分離する試みを行なった。あすかの角度分解能では隣接するコアのスペクトルを十分に分離できない。そこで、我々は、スペクトルの混ざり合いを考慮した解析方法を開発した。これにより、各コアのスペクトルを精度良く求めることに成功した。鉄輝線はあるコアに集中しているわけではなく、全てのコアが熱的なスペクトルを持つという描像と矛盾しない。そこで、全てのコアに対して熱的なモデルを仮定しフィットを行った。コアI-IVに対しては3-6keV(あるいはそれ以上)、これには及ばないものコアVに対しても2keVというやはり高い温度が求まった。スペクトルの吸収量から求まる水素柱密度NHは1×1022cm-2-5×1022cm-2と、コア毎に大きくばらつく。吸収を戻した後の光度はどのコアも、コアあたり1×1033erg s-1程度である。全輻射に占めるX線の割合LX/Lbolは、どのコアに対しても〜10-6と求まった。これは、OB型星の中でもLX/Lbolの大きなものと一致する。

 5つの良く知られたコアの北方にも、硬いX線源を発見した(AX J1720.4-3544)。この天体は、可視光の観測で知られている大質量星(N29:スペクトル型、B0.5e)に同定できる。X線スペクトルを調べると、この天体も5個のコアと同様に熱的なスペクトルを持ち、温度は3keVと高温である。LX/Lbolは〜10-4.7と大きい。この星は、可視光で輝線が見られ、赤外領域のエネルギー分布が星から期待されるよりも超過の徴候がある(〜1.5)。そこで、この星は主系列に達していない大質量星と考えられる。

2.2M17

 M17は典型的な巨大分子雲である(距離2.2kpc)。M17は、密集した星が観測されている進化した領域と、その南西の分子雲コアM17SWの、大きく分け2つの部分から構成されている。両者の間には巨大HII領域が形成されている。我々は、「あすか」を用い、その全てを含む領域の観測した。

 X線は、星の密集した領域から観測された。あすかの硬X線バンドのイメージは、点源と矛盾しない。このピーク(2E1817.6-1611)は、M17で最も明るい大質量主系列星(CEN1)に同定される。CEN1は〜0.5"(1500AU)離れた二重星(スペクトル型、〜O4V+O4V)であることが知られている。星の密集した領域に対してX線スペクトルを作成すると、やはり〜6.7keVの鉄ラインが見られ熱的なものであることが分かった。そこで、R&Sモデルでフィットすると、温度は4keVと求まり、やはり温度が高い。吸収を戻した後の光度は0.9×1034erg s-1と求まった。このうち2E1817.6-1611の光度は、ROSAT衛星の観測と組み合わせ、0.5×1034erg s-1と推定できる。LX/Lbolは、2E1817.6-1611、この領域に含まれるその他の大質量星に対して、それぞれ、10-6.1、10-6.3と求まった。

3議論3.1巨大分子雲中の大質量星からのX線輻射

 大質量星AX J1720.4-3544、2E1817.6-1611及び4つの遠赤外線コアNGC6334I-IVで観測された温度はどれも3-6keV(あるいはそれ以上)である。またNGC6334Vは2keVであった。これらの温度は星の系のプラズマとして最も高い。特に、T Tau型星(0.5-3keV)、通常のOB型星(1keV以下)よりも高温である。低質量の原始星では同様な高温の天体が数例、みつかりはじめている。

 Einstein衛星の観測により、大質量星の全光度に対するX線光度の比LX/Lbolは、10-7.4-10-5.4に分布することが知られている。LX/Lbolが大きな星は、水素柱密度NHが1.8×1021cm-2以上の埋もれた領域にある星であり、X線強度が環境に左右されていることが示唆されてきた。NGC6334、M17で観測されたAX J1720.4-3544、2E 1817.6-1611は、この、埋もれた環境にあるLX/Lbolの大きい大質量星の一群に属する。

 これまでのX線観測により、オリオン巨大分子雲のトラペジウム領域にある大質量星が3keVという高温なプラズマを持つことが示唆されてきている。我々は、さらに、巨大分子雲に付随した2つの大質量星(AX J1720.4-3544、2E 1817.6-1611)が3-4keVという、高温なプラズマを持つことを明らかにした。本研究から、埋もれた環境にあるLX/Lbolの大きい大質量星の一群が、一般的に、高い温度をもつことが示唆される。

 NGC6334の5つのコアに対して観測されたプラズマは、温度、柱密度、光度、LX/Lbolの点で、上述のX線輻射の割合が大きく高温な大質量星に一致する。実際、各コアには赤外線の観測から大質量星が1-2個存在していることが知られている。一方、X線スペクトルのみからは、〜100個に及ぶ低質量ないし中質量の原始星からのX線である可能性も棄却できない。しかし、このように多くの原始星はこれまでの赤外線等の観測では見つかっておらず、もし存在するとすれば、これまで十分に探査されてきていないコアの中心部付近に集中していなくてはならない。そこで、これらNGC6334の5つのコアのX線についても、AX J1720.4-3544、2E 1817.6-1611と同様、若い大質量星からのX線であると考えるのがもっともらしい。

 これまで、一般的に、大質量星のプラズマは星風の加速領域における不安定性により生ずる衝撃波による加熱によるものと考えられてきた(Lucy and White 1980)。このモデルの衝撃波は星風の加速領域に生じる疎密2成分の物質流の間に生じる速度差によって生じる。不安定性の理論から期待される速度差は、終端速度の高々数分の1程度であり、これによって生じるプラズマの温度は1keV以下である。これは、分子雲の外にある大質量星で観測されてきた温度とはよく一致する。しかし、今回、明らかになった高温の大質量星の一群の温度は説明することはできない。

 そこで、本論文では、終端速度に到達した星風が強い衝撃波を形成し、プラズマの加熱するという描像を提案する。大質量星に典型的な速度1000-3000km s-1の星風は、超音速であるため、周りの物質との衝突により衝撃波を形成し、温度が1-10keVの高温プラズマを生成すると予想される。これは、我々が巨大分子雲で観測した高温プラズマの温度と良く一致する。大質量星に対して一般的に星風の持つ運動学的な光度が全光度に対して10-4程度であることが知られている。これは、巨大分子雲内の大質量星に対して得られたLX/Lbolにくらべて2桁ほども大きい。よって、星風により高温プラズマのエネルギーを供給することは十分に可能である。

 X線観測で得られた光度、温度からプラズマのEmission measure(∫n2dV)が求められる。これから、球対称な星風を仮定し衝撃波の生じる半径と、プラズマの厚みを見積もることができる。今、仮に衝撃波の生じる半径とプラズマの厚みを等しいとおくと〜100天文単位と求まる。これは、分子雲コアの大きさに比べて十分小さく、加速領域よりも十分外側にあたり、矛盾なく説明できる。

3.2X線で探る分子雲

 X線スペクトルに対する吸収量から、X線源を取り囲む物質の水素柱密度(NH)が求められる。より厳密には、あすかのエネルギーバンド0.5-10keVで光電吸収に寄与するHe,C,N,O,Feなどの重元素の柱密度を測定し、太陽組成を仮定し水素柱密度を求める。NGC6334、M17などの比較的近傍の巨大分子雲中のX線源に対しNHを求めると、主にその分子雲の物質による吸収が観測されることが予想される。実際、我々のNGC6334に対する観測で5つのコアに対して得られたNHは、これまでの他波長の観測から推定されるコアのextinction(AK)に比例していることが分かった。しかし、その比例係数は通常の値に比べて〜1/3である。これは以下のいずれかにより説明できる。1]コアの物質の重元素アバンダンスが宇宙組成の〜1/3である2]13COの水素分子に対する割合など、extinctionの推定に起因する誤差。3]スペクトルフィットで得られた高温成分に混じり低温成分が共存している。4]高温プラズマがコアのやや外側に位置する。

 X線は分子雲内で光電吸収され、発生した高エネルギー電子がさらに物質の電離を行なう。X線は紫外線に比べて透過力が強く、HII領域を超え、分子雲の全体へと影響を及ぼす。一般に、宇宙線から推定されている分子雲の電離レートは10-17s-1程度である。これに対し、近傍の暗黒星雲のコアでは、X線による電離が卓越することが知られている。今回、NGC6334の5つのコアで取得されたX線源の光度を仮定すると、巨大分子雲コアでも、X線源から〜0.5pc以内ではX線の電離が、宇宙線の電離レートを卓越することが分かった。一方、分子雲全体で平均した電離レートは〜10-18s-1と求まる。これらは、巨大分子雲の進化、星生成活動、あるいは分子雲の化学組成を考える上でも重要である。

 巨大分子雲は銀河の星間物質の約半分を占める。そこで、正体不明の銀河面X線輻射(Galactic ridge X-ray emission;GRXE)の起源を探る上でも重要な比較対象である。特に、巨大分子雲内とGRXEの高温成分は、銀河面分布の厚みなど共通点が知られていた。さらに、高温な大質量星とGRXEの高温成分は温度も共通である。NGC6334、M17を含む、あすかで観測された4つの巨大分子雲から、巨大分子雲の全質量に対するコアのX線光度の比を(5.0±3.2)×10-6と求まる。これを銀河中の分子雲の全質量(109)でスケーリングすると、銀河全体で巨大分子雲コアの光度が2×1037erg s-1と求まる。これは、GRXEの高温成分の光度の11%に及ぶ。

審査要旨

 本論文では、日本のX線天文衛星「あすか」による2つの巨大分子雲、NGC6334、M17の観測をもとに、「硬X線による大質量星形成領域の研究」につき述べられている。巨大分子雲の中心部では大質量星が生まれていると考えられているが、中心部を形成する濃い物質による吸収のため、その観測は十分に行われてこなかった。そこで、本論文においては、透過力の強い硬X線により、巨大分子雲のコア深くの現象を探ることが試みられた。「あすか」は、0.5-10keVに感度を持ち、硬X線領域で撮像、分光が可能な初めての衛星である。

 NGC6334は、主に大質量星の形成が進行している5つの遠赤外線コア(I-V)によって構成されている。5つのコアは、進化の度合いが異なることが知られており、いずれのコアにも、1-2個の大質量の原始星あるいは零年齢主系列星が観測されている。「あすか」を用い、これら5つのコアのすべてを視野に含む領域が観測された。その結果、3keV以上の領域では5つのコア全てからX線が検出された。

 コアごとの違いに着目し、コア毎のスペクトルを分離する試みが行われた。あすかの角度分解能では隣接するコアのスペクトルを十分に分離できないので、スペクトルの混ざり合いを考慮した解析方法が開発された。これにより、各コアのスペクトルを精度良く求めることに成功した。全てのコアに対して熱的なモデルを仮定しフィットを行った結果、コアI-IVに対しては3-6keV(あるいはそれ以上)、コアVに対しても2keVという高い温度が求まった。スペクトルの吸収量から求まる水素柱密度NHは(1-5)x1022cm-2と、コア毎に大きくばらつく。吸収を戻した後のX線光度はどのコアも、コアあたり1x1033erg s-1程度である。全放射光度に占めるX線光度の割合LX/Lbolは、どのコアに対しても〜10-6と求まった。これは、OB型星の中でもLX/Lbolの大きなものと一致する。

 5つの良く知られたコアの北方にも、可視光の観測で知られている大質量星の位置に硬いX線源を発見した。X線スペクトルを調べると、この天体も5個のコアと同様に熱的なスペクトルを持ち、温度は3keVと高温である。LX/Lbolは〜10-4.7と大きい。

 一方、M17の硬X線像は、点源とそのまわりの広がった成分とに分けられる。点源は、M17で最も明るい大質量主系列星(CEN1)に同定される。両者のまざったX線スペクトルを作成し熱的モデルでフィットすると、温度は4 keVとやはり温度が高い。吸収を戻した後の光度は9×1033erg s-1と求まった。このうちCEN1の光度は、ROSAT衛星の観測と組み合わせ、5×1033erg s-1と推定できる。LX/Lbolは、CEN1と、この領域に含まれるその他の大質量星に対して、それぞれ、10-6.1,10-6.3と求まった。

 以上、2つの巨大分子雲からの硬X線観測の結果、7つの硬X線源が検出され、それらX線源すべてが、2-10keVの温度を持つ高温のプラズマからの熱放射のスペクトルを持ち、それらが大きな吸収を受けていることがわかった。さらに、これらのX線源はいずれも大質量星に対応しており、X線光度と全放射光度との比は、これまで観測された大質量星のうちで大きい部類に属することもわかった。これまで、大きなX線光度と全放射光度との比を示す大質量星は、一般に大きな吸収を受けていることが言われていたが、今回の観測により、相対的に大きなX線強度と吸収との相関が強く支持されただけでなく、それが、一般に2-10keVという高温のプラズマからの熱放射であることが強く示唆されることとなった。そして、論文提出者は、それらを説明するモデルとして、大質量星からの強い星風が、大きな吸収に寄与しているまわりの分子雲中に物質と衝突して高温のガスがつくられることを提唱し、そのモデルが定量的にも観測と矛盾しないことを示した。

 これらの成果は、これまでにない新しい観測結果と、それを説明する新しい考え方をもたらしたもので、十分に学位論文に値するものと評価できる。なお、本論文の観測・結果は何人かの研究者との共同研究であるが、解析、結果の評価・考察は論文提出者が主体となって行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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