内容要旨 | | シベリア高気圧は冬季シベリア地域に中心を持つ高気圧であり,毎年必ず形成され,北半球の非常に広い地域の気候に大きな影響を与える。従来の研究では,シベリア高気圧は周辺部に位置するヨーロッパや日本の冬季の季節風と関連してとらえられることが多く,高気圧そのものの発達時期や年々変動については,意外にもよくわかっていなかった。本論文では,シベリア高気圧の季節変化と年々変動を明らかにし,上層の循環場との関係を示すことを目的とする。シベリア高気圧の指標として,従来の研究で用いられてきた中心強度ではなく,一定の海面更正気圧以上である領域の位置や面積を使用することにより,シベリア高気圧の構造の東西差を明らかにし,東西差が生じるときの循環場との対応について考察を行う。 まず,シベリア高気圧の季節変化を記述考察した。シベリア高気圧がいつどこで形成を開始し,発達し,衰退するのかということを明らかにすることは,シベリアの気候だけでなく,その周辺地域の気候を考える上でも重要である。季節変化の解析を行う際のシベリア高気圧の定義は,シベリア地域に中心があり,半旬平均の海面更正気圧(SLP)で1025hPaの閉曲線を持つ高気圧とした。 はじめに,季節変化の急変時を求めるため,シベリア高気圧の中心部(Si)とウラル山脈北部(NU)におけるSLPの隣り合う3半旬平均の差をとった。その結果,1年をステージ1(第39〜53半旬:最衰弱期),ステージ2(第54〜57半旬),ステージ3(第58〜64半旬),ステージ4(第65〜72半旬),ステージ5(第73〜3半旬),ステージ6(第4〜7半旬:最盛期),ステージ7(第8〜12半旬),ステージ8(第13〜15半旬),ステージ9(第16〜38半旬)に区分することができた。このうち,シベリア高気圧が発達しはじめるステージ2と,シベリア高気圧が衰退途中のステージ8では,NU付近で大気下層の気温が低くなっており,シベリア高気圧の中心が西に寄っている。また,Si付近は,ステージ4,6では気圧が上昇しているのに対して,ステージ5,7では下降している。さらに,シベリア高気圧は,ステージ9では徐々に衰退を,ステージ1では徐々に発達をしている。 次に,上空の気圧配置・気温分布・気温の鉛直構造を上述のステージごとに解析した。この結果,500hPa面で130°E付近の強いトラフと,50°Eのトラフ,80°Eのリッジが強くなっている時に,地上のシベリア高気圧の中心気圧は強くなっていることがわかった。また,シベリア高気圧の中心位置の季節変化について,Si付近がステージ3〜7で高気圧の中心となっているのに対し,ステージ2,8ではNU付近が高気圧の中心になっていることがわかった。また,シベリア東部のヤクーツク(Ya)付近では,地上気温が大陸上で最も低温となるため,高気圧の張り出しが生じる。シベリア高気圧は,これらの3地域を中心として,強さと形の季節変化を示している。 毎年形成されるシベリア高気圧も,常に同じ場所に同じ強さで形成されるわけではなく,年々変動をしている。シベリア周辺の地域の気候は,最も発達した時期のシベリア高気圧の張り出しの影響を強く受けることが考えられる。そこで,シベリア高気圧全体の年々変動を客観的に解明する目的で,最もシベリア高気圧が発達するステージ6の大部分を含む1月の月平均SLPを使用し,1951〜90年におけるシベリア高気圧の拡大をあらわす指標として,1030hPaの閉曲線内部の面積を求めて解析を行った。なお,高気圧の面積の算出に際しては,最新の地理情報システム(GIS)を用いた。 その結果,シベリア高気圧全体の面積の年々変動としては,7〜10年程度の周期的な変動がみられた。次に,シベリア高気圧を経緯度で分けることにより東西への「広がりの指数」を定義し,それぞれの変動を明らかにした。その結果,東への広がりは安定して面積が大きいのに対し,西への広がりは変動が非常に激しいことがわかった。 次に,シベリア高気圧の東西への拡大と上層の循環場との関連を求めた。500hPa面高度のVarimax回転をしたEOF解析を行い,上位3成分を抽出し,それぞれのパターンを,従来提唱されている上層高度場のテレコネクションパターンと比較した。その結果,第1モードは西大西洋(WA),北大西洋(NAO)振動パターンと対比することができ,シベリア高気圧の西への広がりと有意な相関があることがわかった。第2モードは西太平洋(WP),西太平洋(WPO)振動パターンと対比することができ,シベリア高気圧の東への広がりと有意な相関があることがわかった。また,第3モードは太平洋-北米(PNA)+ユーラシア(EU)パターンと対比することができるが,地上でのシベリア高気圧の東西方向への拡大とは有意な相関がみられない。しかし,シベリア高気圧の東西への拡大の影響を除去すると,PNA+EUパターンとシベリア高気圧の中心強度とは有意な相関があることがわかった。このように,上層の高度場で示された循環場とシベリア高気圧の東西への拡大,および一定の条件の下での中心強度と有意な相関があることは,シベリア高気圧の形成・発達のメカニズムに,これらのテレコネクションが深く関係していることを示している。 シベリア高気圧の季節変化や年々変動を考えるとき,従来の研究では,シベリア高気圧の指標として中心強度を使用していたために,強度と位置による「点」としての変動しか解析することができなかった。しかし,本研究では,一定のSLP以上の領域を指標として解析することにより,シベリア高気圧の構造の東西差について明らかにすることができ,東西差が生じるときの循環場との対応を考察することができた。 |