学位論文要旨



No 113944
著者(漢字) 木村,圭司
著者(英字)
著者(カナ) キムラ,ケイジ
標題(和) シベリア高気圧の季節変化と年々変動
標題(洋)
報告番号 113944
報告番号 甲13944
学位授与日 1999.03.15
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3493号
研究科 理学系研究科
専攻 地理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 松本,淳
 東京大学 教授 米倉,伸之
 東京大学 教授 大森,博雄
 東京大学 助教授 沼口,敦
 東京都立大学 教授 三上,岳彦
内容要旨

 シベリア高気圧は冬季シベリア地域に中心を持つ高気圧であり,毎年必ず形成され,北半球の非常に広い地域の気候に大きな影響を与える。従来の研究では,シベリア高気圧は周辺部に位置するヨーロッパや日本の冬季の季節風と関連してとらえられることが多く,高気圧そのものの発達時期や年々変動については,意外にもよくわかっていなかった。本論文では,シベリア高気圧の季節変化と年々変動を明らかにし,上層の循環場との関係を示すことを目的とする。シベリア高気圧の指標として,従来の研究で用いられてきた中心強度ではなく,一定の海面更正気圧以上である領域の位置や面積を使用することにより,シベリア高気圧の構造の東西差を明らかにし,東西差が生じるときの循環場との対応について考察を行う。

 まず,シベリア高気圧の季節変化を記述考察した。シベリア高気圧がいつどこで形成を開始し,発達し,衰退するのかということを明らかにすることは,シベリアの気候だけでなく,その周辺地域の気候を考える上でも重要である。季節変化の解析を行う際のシベリア高気圧の定義は,シベリア地域に中心があり,半旬平均の海面更正気圧(SLP)で1025hPaの閉曲線を持つ高気圧とした。

 はじめに,季節変化の急変時を求めるため,シベリア高気圧の中心部(Si)とウラル山脈北部(NU)におけるSLPの隣り合う3半旬平均の差をとった。その結果,1年をステージ1(第39〜53半旬:最衰弱期),ステージ2(第54〜57半旬),ステージ3(第58〜64半旬),ステージ4(第65〜72半旬),ステージ5(第73〜3半旬),ステージ6(第4〜7半旬:最盛期),ステージ7(第8〜12半旬),ステージ8(第13〜15半旬),ステージ9(第16〜38半旬)に区分することができた。このうち,シベリア高気圧が発達しはじめるステージ2と,シベリア高気圧が衰退途中のステージ8では,NU付近で大気下層の気温が低くなっており,シベリア高気圧の中心が西に寄っている。また,Si付近は,ステージ4,6では気圧が上昇しているのに対して,ステージ5,7では下降している。さらに,シベリア高気圧は,ステージ9では徐々に衰退を,ステージ1では徐々に発達をしている。

 次に,上空の気圧配置・気温分布・気温の鉛直構造を上述のステージごとに解析した。この結果,500hPa面で130°E付近の強いトラフと,50°Eのトラフ,80°Eのリッジが強くなっている時に,地上のシベリア高気圧の中心気圧は強くなっていることがわかった。また,シベリア高気圧の中心位置の季節変化について,Si付近がステージ3〜7で高気圧の中心となっているのに対し,ステージ2,8ではNU付近が高気圧の中心になっていることがわかった。また,シベリア東部のヤクーツク(Ya)付近では,地上気温が大陸上で最も低温となるため,高気圧の張り出しが生じる。シベリア高気圧は,これらの3地域を中心として,強さと形の季節変化を示している。

 毎年形成されるシベリア高気圧も,常に同じ場所に同じ強さで形成されるわけではなく,年々変動をしている。シベリア周辺の地域の気候は,最も発達した時期のシベリア高気圧の張り出しの影響を強く受けることが考えられる。そこで,シベリア高気圧全体の年々変動を客観的に解明する目的で,最もシベリア高気圧が発達するステージ6の大部分を含む1月の月平均SLPを使用し,1951〜90年におけるシベリア高気圧の拡大をあらわす指標として,1030hPaの閉曲線内部の面積を求めて解析を行った。なお,高気圧の面積の算出に際しては,最新の地理情報システム(GIS)を用いた。

 その結果,シベリア高気圧全体の面積の年々変動としては,7〜10年程度の周期的な変動がみられた。次に,シベリア高気圧を経緯度で分けることにより東西への「広がりの指数」を定義し,それぞれの変動を明らかにした。その結果,東への広がりは安定して面積が大きいのに対し,西への広がりは変動が非常に激しいことがわかった。

 次に,シベリア高気圧の東西への拡大と上層の循環場との関連を求めた。500hPa面高度のVarimax回転をしたEOF解析を行い,上位3成分を抽出し,それぞれのパターンを,従来提唱されている上層高度場のテレコネクションパターンと比較した。その結果,第1モードは西大西洋(WA),北大西洋(NAO)振動パターンと対比することができ,シベリア高気圧の西への広がりと有意な相関があることがわかった。第2モードは西太平洋(WP),西太平洋(WPO)振動パターンと対比することができ,シベリア高気圧の東への広がりと有意な相関があることがわかった。また,第3モードは太平洋-北米(PNA)+ユーラシア(EU)パターンと対比することができるが,地上でのシベリア高気圧の東西方向への拡大とは有意な相関がみられない。しかし,シベリア高気圧の東西への拡大の影響を除去すると,PNA+EUパターンとシベリア高気圧の中心強度とは有意な相関があることがわかった。このように,上層の高度場で示された循環場とシベリア高気圧の東西への拡大,および一定の条件の下での中心強度と有意な相関があることは,シベリア高気圧の形成・発達のメカニズムに,これらのテレコネクションが深く関係していることを示している。

 シベリア高気圧の季節変化や年々変動を考えるとき,従来の研究では,シベリア高気圧の指標として中心強度を使用していたために,強度と位置による「点」としての変動しか解析することができなかった。しかし,本研究では,一定のSLP以上の領域を指標として解析することにより,シベリア高気圧の構造の東西差について明らかにすることができ,東西差が生じるときの循環場との対応を考察することができた。

審査要旨

 冬季のユーラシア大陸上にはシベリア高気圧が発達し、日本をはじめとする広大な東アジア地域の冬のモンスーン気候を支配している。また大陸の西部にもはりだすことがあり、その影響範囲はほぼユーラシア大陸全域におよぶ広大なものである。しかしこのように重要な高気圧システムであるにもかかわらず、高気圧そのものの発達時期や年々変動といった基本的な気候学的特性については、今まで十分に調査されていなかった。

 申請者は、この広大なシベリア高気圧の季節変化と年々変動の解明に取り組み、シベリア高気圧の指標として、従来の研究で用いられてきた中心強度を使用するのではなく、一定の海面更正気圧以上の範囲に注目することにより、シベリア高気圧の東西方向での構造の違いを明らかにし,東西差が生じるときの循環場との対応について考察を行った。

 本論文は4章からなる。第1章は従来の研究のレビューと問題点の指摘で、第2章はシベリア高気圧の1年を通じての季節変化の解析、第3章はもっともシベリア高気圧が発達する1月の高気圧の東西方向への拡大・縮小に関する年々変動の解析、そして第4章が全体の結論と今後の課題の提示となっている。

 第2章では、シベリア高気圧の季節変化を明らかにするため、高気圧中心付近の勢力が急激に変化する時期を半旬平均の地上気圧データによって解析し、1年を9つのステージに区分した。このうちシベリア高気圧が発達しはじめるステージと、衰退途中のステージでは、ウラル山脈付近で大気下層の気温が低く、シベリア高気圧の中心が西に寄っていることがわかった。またシベリア高気圧の中心付近の勢力は、冬の最中に25〜35日周期で2回の強化と衰弱をしていることが明らかになった。これらのステージごとに、上空の気圧配置・気温分布・気温の鉛直構造を解析した結果、500hPa面で東経130度付近の強いトラフと東経50度付近のトラフ、東経80度付近のリッジが強くなっている時に、地上のシベリア高気圧の中心気圧は強くなっていることがわかった。

 第3章の前半では、シベリア高気圧の東西方向への拡大・縮小に関する年々変動を、最近40年間の1月の月平均地上気圧によって解析した。東西方向への拡大・縮小に関する指標を作成する際には、近年発達がめざましい地理情報システムを用い、1030hPaの等圧線の閉曲線内部の面積を算出した。その結果、シベリア高気圧全体の面積の年々変動としては、7〜10年程度の周期的な変動を見い出した。また、東方向への広がりは安定して面積が大きいのに対し、西方向への広がりは変動が非常に大きいことがわかった。

 第3章の後半では、シベリア高気圧の東西への拡大と上層の循環場との関連を求めた。500hPa高度のVarimax回転をしたEOF解析を行い、上位3成分を抽出し、それぞれのパターンを従来提唱されていた上層の高度場のテレコネクションパターンと比較した。その結果、EOFの第1モードは、西大西洋(WA)と北大西洋振動(NAO)パターンを対比することができ、シベリア高気圧の西への広がりと有意な相関があることがわかった。またEOF第2モードは、西太平洋(WP)および西太平洋振動(WPO)パターンと対比することができ、シベリア高気圧の東への広がりと有意な相関があることがわかった。一方EOFの第3モードは、太平洋-北米(PNA)およびユーラシア(EU)パターンと対比することができるが、地上でのシベリア高気圧の東西方向への拡大とは有意な相関がみられなかった。しかし、シベリア高気圧の東西への拡大の影響を除去すると、EOFの第3モードとシベリア高気圧の中心強度とは有意な相関があることがわかった。このように、上層の高度場で示された循環場とシベリア高気圧の東西への拡大、および中心強度と有意な相関があることから、シベリア高気圧の形成・発達に上層の循環場の変動が大きく関係していることがわかった。

 シベリア高気圧の季節変化や年々変動を考えるとき、従来の研究ではシベリア高気圧の指標として中心強度を使用していたために、強度と位置による「点」としての変動しか解析することができなかった。しかし本研究では、ある基準値以上の気圧領域を指標として解析することにより、シベリア高気圧の構造の東西差について明らかにすることができ、東西差が生じるときの循環場との対応を考察することができた。

 本研究によって見い出された事実は、いずれもシベリア高気圧の挙動を動的にとらえたものであり、地理学、とくに気候学における研究の発展に対して、大きな貢献をすることが期待される。よって博士(理学)を授与できるものと認める。

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