学位論文要旨



No 113949
著者(漢字) 畠中,薫里
著者(英字)
著者(カナ) ハタナカ,カオリ
標題(和) 品質の選択と製造物責任に関する考察
標題(洋) Essays on Quality Choice and Product Liability
報告番号 113949
報告番号 甲13949
学位授与日 1999.03.17
学位種別 課程博士
学位種類 博士(経済学)
学位記番号 博経第125号
研究科 経済学研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 伊藤,元重
 東京大学 教授 藤原,正寛
 東京大学 教授 三輪,芳朗
 東京大学 教授 金本,良嗣
 東京大学 助教授 松井,彰彦
内容要旨

 この論文は、事故の確率、耐久性などの品質を企業がどのように選択するのか、また、望ましい戦略をとらせるためにはどのような制度、政策がよいのかについて考察を行ったものである。

 この論文は、5章から成っている。まず、1章では、PL法に関する理論的分析についてのサーヴェイを行った。これまで、裁判所が企業と消費者の注意水準を観察できる下で、社会的に望ましい製造物責任のルールを求めるという研究は多数なされてきた。それらの研究とさらに、PL法がR&Dなどに及ぼす影響に関する既存の研究の紹介を行った。

 2章では、裁判所が両主体の注意水準を観察できないときに訴訟、和解、注意水準の証明という裁判過程を取り入れ、どのようなルールが望ましいのかについて分析を行った。ここでいうルールは二要素から成っている。第一のルールは誰が被害を負担するかというものであり、第二のルールは裁判において誰が注意水準の証明を行うか、つまり、挙証責任は誰にあるのかというものである。社会的に望ましいルールとは両者が高い注意水準を選択するのが、ナッシュ均衡にもっともなり易く、両者が低い注意水準をとるのが、ナッシュ均衡にもっともなりにくいものと定義する。モデルとしては裁判過程を含んだ4段階ゲームを用いる。まず、第一段階で消費者と企業は同時に注意水準を選択し、事故の確率は両者の注意水準に依存すると仮定する。さらに、消費者と企業は事故発生後相手の注意水準が分かるものとする。第二段階で消費者は、事故発生後、企業を訴えるかどうか決定し、第三段階で企業は訴えられたとき和解を提案するかどうか決定する。企業は和解金額を提示し消費者はそれを承諾するかどうかを決める。第四段階で挙証責任をもつ主体が証明費用をかけて注意水準の証明を行うかどうかを選択する。裁判における証明後、裁判所は本当の注意水準が分かり、第一のルールに従って、被害の負担者を決定する。消費者に挙証責任がある場合から述べよう。両者の注意水準が企業が有罪となるようなものであるとき、消費者は第四段階で自らの無罪を証明する。従って、第三段階で消費者は被害額から証明費用をひいた額以上の和解金であれば承諾する。一方、消費者が有罪となるような場合は、消費者は企業を訴えないため、被害全額を負担することになる。従って、企業の方が消費者よりも、高い注意水準をとることによって無罪になろうとするインセンティブが小さい。そのため企業に、よりインセンティブを与えるようなルール、すなわち、注意水準が低い企業に必ず製造物責任がある「過失責任」がもっとも望ましいルールとなるのである。反対に、企業に挙証責任があるとき、「寄与過失を認める厳格責任」が望ましいルールとなる。企業に挙証責任があると、消費者が有罪であるときでも、企業は、証明費用より低い額なら和解金を支払ってもよいと思う。消費者は有罪であるにも関わらず、和解金を得ることができるので、高い注意水準をとるインセンティブが企業より小さい。従って、注意水準が低い消費者が必ず、製造物責任をとるようなルールである「寄与過失を認める厳格責任」が望ましいのである。

 第3章では、消費者、企業が判決が出るまで相手の注意水準が分からないもとで、どのようなルールが社会的に望ましいのかを分析した。ここでも、両者が高い注意水準をとるのがもっともSequential Equilibriumになりやすく、両者が低い注意水準をとるのがもっとも、Sequential Equilibriumになりにくいルールを望ましいルールとした。ルールは、第2章と同様、誰が製造物責任をとるかと、誰が挙証責任をもつかという二つの要素から成っている。また、両者の注意水準の選択、消費者が訴訟をおこすかどうかの選択、企業が和解するかどうかの選択、挙証責任を有する主体が証明を行うかどうかの選択、の4段階ゲームを用いる。その結果、最適なルールは高い注意水準と低い注意水準の費用の差の大きさに依存することが分かった。まず、消費者に挙証責任がある場合から述べよう。消費者に挙証責任がある場合、両者が高い注意水準をとるのが均衡になるためには、企業が有責でなければいけない。何故なら、両者が高い注意水準を採ったとき消費者が有責であるとすると、消費者は訴訟をおこさず、企業は低い注意水準を選択してしまう。次に、両者が低い注意水準を選択するのが均衡とならないようにするには、両者の注意水準が低いとき誰を有責とするかについて考える。企業の高い注意水準と低い注意水準の費用の差が小さいときは、企業に高い注意水準を採らせるのが容易なため、企業を有責とした方がよい。すなわち、企業は、消費者の低い注意水準を所与にすると、製造物責任から逃れようとして高い注意水準をとり、両者が低い注意水準をとるのは均衡ではなくなるのである。ところが、企業の注意水準による費用の差が大きいときは消費者に高い注意水準を選択するインセンティブを与えた方が容易なため、両者が低い注意水準を選択したとき、消費者が有責となるのがよい。企業に挙証責任がある場合は、両者の注意水準が高いと立証されたときは、消費者を有責とするべきである。なぜなら、もし、企業を有責とすると、消費者は低い注意水準を選択しても、相手が高い注意水準を選択したと信じている企業から和解金が取れてしまうからである。次に、両者に低い注意水準を選択させないために、両者が低い注意水準を採ったとき、どちらを有責とすればよいのか考えてみる。消費者に挙証責任がある場合と同じように、消費者の費用の差が小さいときは、消費者を有責とし、その差が大きいときは、企業を有責とすればよいことが分かる。

 第4章では製造業者が販売店を通して商品を流通させていて、販売店、消費者が製品の事故確率が観察できない場合、販売店、製造業者で製造物責任をどのように分けるべきか分析を行った。製造業者は高い技術をもっていて、事故の起こりにくい製品を供給しているものと、そうでないものがいるとする。生産費用の高いのは、前者だが、社会的に望ましいのは前者の製品が供給されることだとする。製品の品質が、販売店、消費者に完全に観察できる下ではHamada(1976)の結論が成立し、どのような製造物責任のルールの下でも、事故確率の低い製品が供給され、所得分配も同じである。なぜなら、製造業者が全ての製造物責任を負う場合、製造業者は期待被害額を全て価格に転嫁させるので、full price(実際の価格に期待被害額をたしたもの)は消費者が全負担を負う場合と同じになるのである。ところが、製品の事故確率が見えないと製造業者、販売店は事故確率の高い製品を低いと偽るインセンティブがある。このような状況で社会的に望ましい分離均衡を達成するためにはどのようなルールがよいのかを分析した。その結果、販売店と製造業者の両者が多数存在する場合、製造業者に十分なliabilityを課せば、販売店には課す必要がないし、課しても効果がないことが分かった。製造業者が嘘をつくのを防ぐには、製造業者にliabilityを十分に課すと事故確率の高い製造業者の費用は低い製造業者よりも大きくなる。従って、事故確率の高い製造業者は低い製造業者のふりをすると、赤字になってしまうのである。製造業者に充分なliabilityを課すと、卸し売り価格が事故確率の高い製品の方が高くなるので、販売店はそのような製品の仕入れを行わない。また、販売店が独占の場合も、製造業者に充分なliabilityを課しさえすればよい。製造業者に十分なliabilityが課せられると、事故確率の高い製造業者が低いと偽るインセンティブが減少するからである。一方、販売店の方は偽るインゼンティブはどのようなルールでも全く存在しない。消費者は、市場に出ている財の事故確率は皆、等しいので、価格がもっとも低い財を買おうとする。従って、費用より高い価格をつけると価格競争にまけるし、低い価格をつけると利潤が負になるため、小売価格は販売店の単位あたり費用に等しくなる。従って製造業者が独占の場合も販売店へのliabilityは意味がないことが分かる。

 第5章では、企業が財の耐久性を選択するときに、貿易政策によってどのような影響を受けるか考察した。企業は、自国と外国に一社ずつ存在するものとする。財の耐久性は3つの効果を考慮にいれて選択される。第一は、自己効果と呼ばれるもので、財の耐久性を高めることによって、将来の需要が減少し、自分の利潤を減らすという負の効果である。第二は、戦略的効果と呼ばれるもので、財の耐久性を高めることによって、相手の将来の数量を減少させるという正の効果である。第三は、効率性の効果で、2期目に財を生産するのと、1期目に耐久財を生産するのとで、より費用の低い方を選択しようとするものである。もし、自国が外国企業の2期目の生産量に関税をかけることを、1期目の最初に公表すると、外国企業は効率性の効果から財の耐久性を高め、その結果、自国の企業の数量、利潤が減少してしまう。逆に、自国が外国の生産量に数量割り当てをかけると、自国は耐久財を生産しなくなる。

審査要旨

 本論文は、製造物責任における責任の所在や法廷での立証責任などについて、「法と経済学(law and economics)」の立場から理論的考察を行ったものである。製造物責任において生産者と消費者の間でどのようなリスク配分をするのが社会的にもっとも望ましいのかという問題については、法と経済学の分野において多くの研究が行われてきた。この論文の特徴は、生産者や消費者がどの程度の事故回避の努力を行っているかを法廷で証明するためにはある程度のコストがかかるという前提をモデルに入れることで、誰が立証責任を負うべきかということがルール設計に入る点にある。

 これまでの製造物責任に関する理論的研究においては、最終的に事故の費用を誰が負担するかというルールのみに焦点が当てられてきた。それに対してこの論文では、事故の費用負担と立証責任という二つの費用の組み合わせの下での選択になる。こうした組み合わせの下では、一方で事故回避の誘因を与えるチャネルが二つになるという意味で社会的に最適な事故回避行動を促す可能性が増えると同時に、他方で立証費用を回避するための法定外の交渉が生じそれが事前の事故回避の誘因を歪めることにもなりかねない。本論文では、そうした問題について、当事者(消費者と生産者)の間で情報が完全である場合と不完全である場合にわけて分析を行っている。

 本論文の内容を簡単に紹介すれば、以下のようになる。

 第1章は、製造物責任に関する法と経済学の文献のサーベイを与えている。この分野の古典的な論文であるBrown[1973]の研究を軸に、様々なコスト分担ルールがどのような形で定式化されるのか、Brownの研究の前提をゆるめて消費者の認識の間違い、法廷での判断の過ちなどを考慮したときどのような問題が生じるかなど、この分野のこれまでの主たる研究について触れている。本論文もBrownの研究をベースにしているため、ここで整理された分析手法は後の章で利用されることになる。

 第2章と第3章は、本論文の中核をなす部分である。第2章では、冒頭で触れたようなモデルを生産者と消費者が互いの事故回避行動を観察できるという前提の中で分析している。モデルは不確実性を含む多段階ゲームであり、第一段階で各自が事故回避行動をとるかどうか決定する。それを受けて事故が確率的に起こる。事故が起きた場合には、消費者は法廷に訴えるかどうか決め、その後生産者と交渉して示談にするかどうか決める。法廷に訴えて示談が成立しないときにはあらかじめルールで決められた側が法廷においてコストをかけて立証し、その結果に基づいて法廷は最終的に誰が事故の費用を負担するか(あらかじめ決まっているルールに従って)決断する。

 このようなモデルの中でどのようなルールをあらかじめ決めておくことが社会的に最適な事故回避活動をもたらすかが検討される。ここでルールとは、最終的な事故の費用の配分のルールと、誰が立証責任を持つのかということの二つである。前者については、事故回避を怠った者が費用負担の責任を負うことはもちろんだが、問題は両者とも適切な事故回避行動を取った上で事故が起きた場合の責任分担(これを以下では「最終責任」と呼ぶことにする)である(論文では両者とも事故回避行動をとることが最適であるという想定がなされている)。

 この章のモデルの中で最適なルールを決める上で重要なパラメターは二つあり、一つは立証費用の大きさであり、もう一つは法定外での交渉におけるぞれぞれの主体の交渉力の大きさである。この章の結論をまとめるなら、交渉力が強く立証費用が小さな経済主体の方に、立証責任とともに事故の最終責任を持たせるようにすることが望ましいルールとなる。

 もし交渉力を持たず立証費用の大きな主体に責任(立証責任と最終責任)を取らせると、法定外交渉において立証費用を織り込んだ合意が成立してしまい、交渉力を持つ主体はかりに事故が起きても大きな費用負担を持たないことになる。その結果、事前に適切な事故回避行動をとる誘因も弱まってしまうのである。したがってこのような合意が成り立たないように、交渉力の大きな経済主体、あるいは(かつ)立証費用の小さな経済主体が立証責任と最終責任を取るようなルールが望ましいことになる。

 以下の第3章の議論にも関わる点であるが、法廷での立証費用と法定外の交渉を入れることで、Brownらによる標準的なケースとどこが違ってくるのか簡単に説明しておこう。標準的なケースでは、当事者に適切な事故回避行動を取らせる誘因のチャネルが二つある。一つは、適切な事故回避行動を取らなかった経済主体が事故の費用を負担するという法のルール、そしてもう一つはかりに適切な事故回避行動をとったとしても相手も同じように適切な行動を取った結果、事故の最終責任を取らされるとき、それでも事故回避行動をとることによって事故の確率そのものを小さくできるという誘因チャネルである。第2章のケースでは、このうち最初のチャネルが弱められる可能性がある。それが交渉のもたらす影響である。そこで、上で述べたような結果になるのだ。

 第3章では、第2章のモデルを少し変え、消費者と生産者が互いに相手の事故回避行動が観察できないものと想定する(これは現実的な仮定であろう)。このようなモデルの変化によって事故回避の誘因構造は大きな影響を受ける。不完全情報の下では、仮に一方の主体が適切な事故回避行動をとっていなくてもそれが相手に分からないので、法定外の交渉を通じて行われる示談の結果、あまり厳しいロスを被らない。そのため、上でのべたBrownによる事故回避の誘因の第一のチャネルがききにくくなる。そこで第2のチャネル、すなわち事故そのものの確率を下げる誘因を両方の経済主体に働かせる必要がある。すなわち、両方の経済主体が適切な危険回避行動をとったとしても、もし事故が起こった場合には両方が事故の費用を分担するような形にしなくてはならない。そこで、交渉力のある側が事故の最終責任を負い、もう一方が立証費用を負担する形のルールが最適であるということが示される。もし交渉力がある方の経済主体が立証責任を持ち、もう一方の経済主体が事故の最終責任を負うことにすると、交渉力の弱い経済主体は最終責任を負わせられることを恐れて立証の費用のかなりを負担するような示談の交渉をしてしまう。その結果、交渉力の大きな経済主体は事故を回避する誘因を持たなくなる。逆に交渉力の弱い主体が立証責任を持つなら、法定外の交渉においてその費用が相手に転嫁されることはないし、最終的な事故の責任は交渉力のある側が負担するので、両者とも事前に事故を回避する行動をとる誘因を持つことになる。

 第4章は、これまでの章とは違って、製造物責任のコストが価格に転嫁できるケースを考察している。そのような想定の下で、製造業者、流通業者、消費者の三段階の取引構造のモデルを構築する。よく知られているように、完全情報・完全競争の下で価格調整が行われる場合には、生産者と消費者のどちらが事故の費用を負担しても、事故の費用が価格に転嫁されることを通じて資源配分は同じになる。これは、2者間の限定的な取引であり、価格転嫁への可能性も排除した第2章や第3章のケースとは大きく異なる点である。この章では、この結果を流通業者を含む3者モデルに応用することで、完全競争・完全情報の下では、流通業者にも事故の費用を分担させるかどうかは最適な資源配分に影響を及ぼさないという結論がえられる。ちなみに、多くの商品は流通業者を通じて消費者に販売されるので、(製造業者だけでなく)流通業者も事故の費用負担を負うべきかどうかはしばしば論議される問題である。

 次に、このモデルが不完全情報のケース、すなわち消費者や流通業者が事前に生産者の生産する品質(事故の確率)についての情報を持たないケースが議論される。この場合には、生産者が事故の費用についてある程度の割合以上の負担をするようなルールが望ましくなる。これは、消費者や流通業者がよい品質と悪い品質の商品を価格(生産者価格)から見分けるためには、生産者が事故のコスト負担をして、そのコストが価格に反映される必要があるからだ(品質の善し悪しが区別できないプーリング均衡は、品質が区別できる分離均衡よりも経済厚生が劣ることが示されている)。また、生産者が独占的であっても、問題の基本的な性格が変化しない。事故が起きたときの責任のある一定割合以上生産者が取らない限り分離均衡は成立しない。ただ、独占のケースが完全競争のケースと違うのは、前者では生産者の責任の割合が高すぎると、それが100%以上の割合で生産者価格に転嫁される可能性が高くなり(少なくとも弾力性一定の下ではそうなる)、経済厚生にはマイナスの影響がでる。そこで、生産者が負担する事故費用の割合は、分離均衡をもたらす程度には高いが、価格への転嫁をできるだけ抑えるために低くなければならない。論文の中では、これが最適事故費用負担比率というような形で求められる。

 以上で説明したように、本論文では、事故が起きた後の法廷での立証費用、法廷での争いを避けるための法定外の交渉といった要素を持ち込むことによって、製造物責任のルールのあり方に新たな視点を持ち込んだ。製造物責任の問題が法と経済学という視点から議論されてきたことを考えると、こうした法廷の内外でのプロセスを明示的に考察することの意義は大きいものと評価される。実際、そうしたモデルを分析することで、当事者の交渉力や立証費用の大きさが、望ましいルールの形態に大きな影響を持つことが明らかにされた。さらに、情報が完全か不完全かによって、当事者の事故回避の誘因が大きく異なってくることなども明らかにされている。当事者の交渉能力や立証費用という点について理論的なモデルでどのように取り扱うべきかという点についてはいろいろな議論がありうるが、現実の製造物責任のケースにおいては、消費者と生産者の置かれた法廷での交渉の負担や交渉における交渉力が問題になるケースも少なくないだけに、こうした形で理論的分析を行うことは意義があると考えられる。

 もとより、本論文は多くの課題や問題点を抱えている。現実の世界における製造物責任に関する法廷での争いをモデル化する場合には、いろいろな形が考え得る。ここで定式化した形以外のモデルを構築したときには、最適なルールの形態も変わってくるだろう。製造物責任のルールを構築する際に提起される問題、たとえば善意の消費者と悪意の消費者の問題、法廷における費用の形態、などを考えると、この論文で採用した特定のモデルがどの程度一般的な妥当性を持っているかは必ずしも明らかではない。また、この論文の柱となっている第2章と第3章のモデルが、2者間の単純な取引モデルに限定されていることにも触れておきたい。たしかに、生産者と消費者の事故回避行動がもたらす相手への外部性を単純な形で分析するためにはこのような単純な枠組みが有益であるが、現実の製造物責任に関わる事例の多くは価格を通じた複数の生産者の間の競争という形を取ることが多い。第4章での議論からも分かるように、価格が内生変数となった場合には、結論に大きな変化が生じる可能性がある。こうした点については今後の研究課題として残されている。

 とはいえ、法廷での立証とそれを避けるための法定外での交渉という新たな視角を入れることによって、この論文は製造物責任という法と経済学における重要な問題に大きな貢献をした。また、製造物責任問題だけでなく、このアプローチで法と経済に関する他の分野を考察する可能性もある。審査委員会は著者が博士(経済学)の学位を取得するに相応しいという結論に達した。

引用文献

 Brown,John,P."Toward an Economic Theory of Liability,"Journal of Legal Studies(Oct.1973)No.3:pp323-49.

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