この論文は、近年アメリカで、都市計画の新しい思潮として注目されている、新伝統主義計画論を(ニューアーバニズム)を取り上げ、その背景、成立発展の経緯、現実の都市開発や都市整備において果たしている役割、今後の可能性などを、主として、文献の体系的整理、関係者へのインタビュー、提唱者の主催する主要会議への出席、新伝統主義の基で計画された新都市における現地調査など方法を適用して研究したものである。その結果、新伝統主義都市計画がいくつかの異なる発想の集合であること、広義の適用事例は近年急速に増加していること、新伝統主義に含まれる環境への配慮やコミュニティの形成論などは住宅消費者からも評価されていると見られるものの、公共交通の重視などは定着しているとは言い難いなど、市場は選択的に受けいれていることなどが明らかとなった。新たな都市計画の潮流を、初めて体系付けて解明した本論文の価値は高く評価される。 第二部では、米国における郊外開発パターンを歴史的に概観し、以下のように整理する。20世紀初頭における郊外開発はコンパクトなものであり公共交通と徒歩距離のスケールに限られていた。しかし20世紀における近代化とともに郊外開発のパターンは低密度と自動車交通によるスプロールというように変化してきた。つまり近代の郊外開発は極度な低密度と単目的な土地利用によって推進され、現在の郊外地域は自動車利用を前提とした都市としての複合機能を持たない無気質な単なるベッドタウンへと変容していった。このような郊外開発パターンは深刻な環境、経済、社会的問題を引き起こした。これらのスプロールによる負の影響は1960年代にピークを迎え、社会に広く危機感が芽生えはじめた。この危機感が増大するにつれて、必然的にそれを抑制しようとする成長管理、公共交通整備といった都市政策が策定されはじめた。また都市論においてもモダニズム都市論の反動としてポストモダニズム都市論が芽生えた。 第三部ではこれを受けて、スプロール問題への「処方箋」として米国の伝統的なコミュニテイデザインを再活用するアプローチ、すなわち本論文のテーマである新伝統主義計画論(Neo-traditional Town Planning)が芽生えたことを示す。この計画論の基本的主張は「交通渋滞や長距離通勤といったスプロールによる問題を解決する郊外開発への重要なアプローチとは19世紀と20世紀初頭における米国の古典的な計画論に類似した徒歩圏を前提としたコンパクトで、複合・混合用途のコミュニテイづくりである」というものである。そしてこのような物理的環境が伝統的コミュニティにかつて存在したコミュニテイ意識を呼び戻し、社会的にも高密な環境を実現しようとするのも大きな特徴としている。 新伝統主義計画論は1980年代後半にこの用語で認知されはじめたものであるが、筆者によれば、その源流は複合的なもので複数の理念が融合したものと考えられる。それらの内の主要なものは・伝統的近隣開発論(Traditional Neighborhood Development)と・公共交通志向開発論(Transit-Oriented Developmet)の2つの新たな計画理念とされる。伝統的近隣開発論はアーバンデザインにおいて伝統主義に着目していた建築家であるAndres Duanyによって1980年代前半から建築界で推進されていたもので伝統的な物理環境による密な社会環境の再生に重点が置かれている。一方、公共交通志向開発論は1970年代からのエコロジー志向開発論の流れを汲むもので、1980年代前半に都市計画プランナーであるPeter Calthorpeによって提案されたものである。この2つの代表的な理念を中心として類似するものが融合したものが新伝統主義計画論として広く認識されているのであり、その基本的な構造や要素はこの2つの理念が補完的に構成している。 新伝統主義計画論は1990年代に入ると建築や都市計画の専門分野においてだけはでなく、ニューアーバニズム運動という一つの社会運動として拡大していく。そしてその運動は公的政策にも影響を与え、ゾーニング条例の改訂や連邦住宅局による補助金政策が行われはじめた。この計画論を基に計画された計画事例の数は1990年代には急激に増加し、1998年の時点では200を超えるものとなった。さらに英国をはじめとした米国と同様な郊外スプロール問題を抱える海外諸国にも影響を与えている。 このように、本論文は、新伝統主義計画論という、米国の新たな、そして現実的影響力を持った計画論を、体系化し、評価した最初の学術論文であり、評価は高い。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |