学位論文要旨



No 113957
著者(漢字) 加藤,秀輝
著者(英字)
著者(カナ) カトウ,ヒデキ
標題(和) 微小重力場を利用した低レイノルズ数噴流拡散火炎に関する研究
標題(洋)
報告番号 113957
報告番号 甲13957
学位授与日 1999.03.17
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4279号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 河野,通方
 東京大学 教授 荒川,義博
 東京大学 教授 平野,敏右
 東京大学 助教授 畔津,昭彦
 東京大学 助教授 津江,光洋
内容要旨

 通常重力場における燃焼現象は自然対流の影響が顕著となり,とりわけ低流速の噴流拡散火炎においてはフリッカリングと呼ばれる不安定現象が観察される.このような自然対流の影響は燃焼現象を複雑にするため,永く燃焼現象の科学的解明を拒んでいたゆえんである.それゆえ,自然対流の影響を取り除いた簡単な系で解析するという観点から,近年,微小重力実験が盛んに行われている.本論文は,噴流拡散火炎の機構解明の手段として微小重力環境を利用する立場から,とりわけ通常重力場においては本質的な現象が覆い隠されがちである低流速,つまり低レイノルズ数噴流拡散火炎に焦点を当て,以下の二点に関して考察するものである.

 第一にフリッカリングである.これは低レイノルズ数の噴流拡散火炎に特異的にみられる現象であり,自然対流に起因することが示唆されているものの,自然対流の度合いによる燃焼現象の変化・フリッカリングの発生機構といった観点から考察した例は少ない.本研究においては,このフリッカリングの機構を様々なパラメタをふることで詳細に検討する.

 第二に静止雰囲気あるいは様々な周囲流中(層流及び乱流)における火炎挙動と火炎近傍流れ場の関係である.先に述べたように低レイノルズ数の火炎は重力の影響を受けやすいため,火炎近傍の流れ場について詳細を研究したものは少ない.また,乱れ特性値と火炎形状・火炎構造の関係といったマクロな観点から物理的メカニズムの解明を主眼とした研究は少なく,未解明な点がはなはだ多いのが現状である.

 本論文では低レイノルズ数噴流拡散火炎に関する上記二点を解明することを目的とし,微小重力場および通常重力場において実験を行い,簡単な解析も行うことで実験結果を評価・検討した.

1.実験装置

 実験装置について簡単に述べる.直径2mmの燃料管および直径54mmの空気用ノズルから構成される同軸バーナを用いて実験を行った.静止雰囲気における実験では燃料管のみを用いる.さらに,空気用ノズル上流に多孔板を挿入することにより周囲空気流に等方性乱れを強制的に与える.多孔板を変えることにより乱流特性を変化させることができる.燃料にはプロパン,酸化剤には空気を用いた.空気の供給ラインにはパーティクルフィーダが備え付けられており,PIVによる周囲流の流れ場の可視化を行う際には直径1.3mのSiO2粒子を空気に混入させることができる.また,波長の異なる2台のNd:YAGレーザ(532nm,355nm)を用いて,シート状に整形したレーザ光を微小時間差(500sec)で同一平面上に照射する.このレーザによる散乱光を2台のカメラを用いて撮影する.このようにして得られた微小時間差の2枚の画像において,散乱光分布の相互相関をとることにより,その位置での流れの速度ベクトルを求めることができる.本研究においては,レーザおよびスチールカメラによる周囲流の流れ場の可視化,CCDカメラによる燃焼挙動の観察,フォトダイオードによる火炎全体からの輝度変動の時間変化の取得を行った.また,微小重力場における実験は地下無重力実験センター(微小重力時間約10秒)において行われた.

2.実験結果2.1フリッカリング火炎の燃焼特性および燃焼機構の解明

 通常重力場・静止雰囲気中の噴流拡散火炎はフリッカリングと呼ばれる周期的な振動現象を示す.この現象における振動数は10〜20Hzであり,バーナ内径が小さいほど高く,また燃料流量が大きいほど高い.周囲流の付加,燃料の窒素による希釈により火炎は安定化される.これらの燃焼特性について線形安定性理論を用いて考察した.火炎近傍では温度分布が存在するため,通常重力場では火炎近傍ほど自然対流の影響を受け,流れは加速される.その結果,半径方向に速度が異なる速度分布が誘起され,流れの不安定性によりフリッカリングが生じる.微小重力場では不安定となる速度分布形状が誘起されないため,流れは安定であり,フリッカリングは観察されない.火炎近傍の高温領域では高粘性のため流れは安定化されるが,通常重力場では自然対流に起因する温度擾乱により流れはさらに不安定化される.フリッカリングの発生は,主に火炎近傍の温度分布により生じた速度分布の傾きに起因し,その値があるしきい値を越えることで起こると考えられる.火炎の振動数において,流れが不安定となる流れ方向距離における流速が深く関与しており,流れの不安定性により生じた大規模構造渦がこの流速で移流していることが示唆された.これらのパラメタを考慮することにより,フリッカリングの燃焼特性を説明できる.

2.2低レイノルズ数噴流拡散火炎の挙動に及ぼす流れ場の影響

 静止雰囲気・微小重力場においては暗赤色の先端の開いた火炎が観察された.火炎温度が低いためすすが酸化されず,また滞留時間が長いために凝集しやすく,開いた先端からすすが放出されている.無次元火炎高さは等レイノルズ数に比例することが以前より知られており,等レイノルズ数の条件下では無次元火炎高さは一定となるはずであるが,微小重力場では火炎先端が開く無次元流れ方向距離がバーナ内径に依存するため,無次元火炎高さが異なることが観察された.この依存性は,熱泳動力と慣性力のつり合いにより説明される.

 PIVを用いて,通常重力場および微小重力場において,同軸噴流拡散火炎の層流周囲空気流の流れ場を可視化した.通常重力場では浮力の影響を受け周囲流は下流にいくほど加速され,速度ベクトルはバーナ軸方向に向く.一方,微小重力場ではバーナ出口で外側に曲げられた流れは浮力等の外力を受けないため,そのままの方向を保ちながら次第に外側へと広がっていく.そのため,微小重力場では酸素不足となり,火炎は酸素を求めて大きくなる.このように,流線の違いが火炎形状に大きく関与している.

 上記の結果を考慮して,通常重力場における等流速条件下の同軸拡散火炎形状モデルを構築した.すすの散乱光より実験的に求めた火炎形状とモデルにより得られた火炎形状との比較を行った.モデルにおいて速度分布や拡散係数の温度依存性を考慮しなかったため,両者の火炎形状は定量的には一致しないが,周囲空気流の加速により酸化剤の濃度勾配が増大し,火炎幅が減少するという定性的な傾向については一致している.火炎高さについては,微小重力場の火炎はすすにより先端が開いているため,通常重力場のそれの方が低く観察される.しかしながら,すすの影響がないと仮定して,先端部分をの形状を外挿すれば,微小重力場の火炎高さと通常重力場のそれはほぼ一致する.したがって,火炎高さに及ぼす重力の影響は,静止雰囲気中の拡散火炎と層流周囲流をともなう同軸拡散火炎の場合では異なり,流れ場の差異による火炎形状の違いは,火炎高さより火炎幅の変化に顕著にあらわれることが明らかとなった.

 多孔板により周囲流に等方性乱れを与えることにより,燃焼挙動・火炎形状に及ぼす影響について調べた.Cold Flowの条件下において,PIVにより得られた渦度分布において2次元自己相関により算出されるスケールと熱線風速計により得られた乱れのスケールを比較した.その結果,両者の間に対応関係があり,渦度分布から得られたスケールを用いることにより乱れ特性を評価できることが明らかとなった.乱れのスケールが大きいほど,火炎高さ・火炎の曲率半径等の形状変化において影響が大きい.火炎近傍の高温領域では粘性により小スケールの渦は散逸しやすいため,微小重力場では下流にいくほど,渦度は減少し,また渦度分布により求められるスケールは増大する.一方.通常重力場では自然対流により渦度が増大する.したがって,通常重力場では自然対流が支配的となるため,火炎高さ等の特性値の変化に対して,多孔板の違いがみられない.その意味で,重力の影響をうける低レイノルズ数噴流拡散火炎において,乱れの影響が顕著にあらわれる微小重力環境は非常に有益であるといえる.

3.結論

 本研究において得られた結論を簡単に述べる.

 通常重力場・静止雰囲気中の噴流拡散火炎はフリッカリングと呼ばれる周期的な振動現象を示す.火炎近傍では温度分布が存在するため,通常重力場では火炎近傍ほど自然対流の影響を受け,流れは加速される.その結果,半径方向に速度が異なる速度分布が誘起され,流れの不安定性によりフリッカリングが生じる.一方,微小重力場では流れは安定であり,フリッカリングは観察されない.火炎の振動数において,流れが不安定となる流れ方向距離における流速が深く関与しており,流れの不安定性により生じた大規模構造渦がこの流速で移流していることが示唆された.

 静止雰囲気・微小重力場ではバーナ内径により無次元火炎高さが異なることが観察された.この依存性は,熱泳動力と慣性力のつり合いにより説明される.

 同軸噴流拡散火炎における層流周囲流の流れ場は,通常重力場と微小重力場において大きく異なる.通常重力場では流れは加速流であるため流線は下流にいくほど絞られる形状となり,酸化剤の濃度勾配が増加した結果,火炎幅は減少する.また,火炎高さに関しては,重力の影響を受けずほぼ一定である.したがって,流れ場の差異による火炎形状の違いは,火炎高さより火炎幅の変化に顕著にあらわれることが明らかとなった.

 PIVにより得られた渦度分布において2次元自己相関により算出されるスケールと熱線風速計により得られた乱れのスケールの間には対応関係があり,渦度分布から得られたスケールを用いることにより乱れ特性を評価できることが明らかとなった.通常重力場では多孔板による等方性乱れより自然対流が支配的となり,火炎高さ等の特性値の変化に対して多孔板の違いがみられない.その意味で,重力の影響をうける低レイノルズ数噴流拡散火炎において,乱れの影響が顕著にあらわれる微小重力環境は非常に有益である.

審査要旨

 修士(工学)加藤秀輝提出の論文は、「微小重力場を利用した低レイノルズ数噴流拡散火炎に関する研究」と題し、6章から成っている。

 通常重力場における燃焼現象は自然対流の影響を強く受ける.このような自然対流の影響はそれが無い場合に比べて燃焼現象を複雑にするため,燃焼現象の機構解明が困難であることの一因となっている.本論文は,噴流拡散火炎の機構解明の手段として微小重力環境を利用する立場から,とりわけ通常重力場においては本質的な現象が覆い隠されがちである低流速,つまり低レイノルズ数噴流拡散火炎に焦点を当て,次の二点に関して研究を行っている.まず,フリッカリングであるが,これは低レイノルズ数の噴流拡散火炎に特異的にみられる現象である.この現象は自然対流に起因することが示唆されているものの,自然対流の強さと燃焼現象の変化の関係,フリッカリングの発生機構などについて研究された報告はほとんど無い.つぎに,静止雰囲気あるいは様々な周囲流中における火炎挙動と火炎近傍流れ場の関係である.先に述べたように低レイノルズ数の火炎は重力の影響を受けやすいため,火炎近傍の流れ場について詳細を研究したものは少ない.また,乱れ特性値と火炎形状・火炎構造の関係といったマクロな観点から物理的メカニズムの解明を主眼とした研究は少なく,未解明な点が残されているのが現状である.

 本論文では,低レイノルズ数噴流拡散火炎に関する上記二点を解明することを目的とし,微小重力場および通常重力場において実験を行うとともに,理論解析を行うことで実験結果に考察を加えている.

 第1章は序論であり,本研究の背景を述べ,関連する研究の成果とその問題点を検討し,本論文全体を概観することで研究の目的と意義を明確にしている.

 第2章では実験装置について述べている.まず,同軸噴流拡散火炎実験装置を構成する,燃料・酸化剤供給系,点火系,撮影系および制御系について説明している.また,火炎近傍の流れ場の可視化に用いる微小重力実験用PIVシステムを構成する,レーザ,光学系,制御系,撮影系および粒子供給系について説明している.さらに,微小重力実験設備について簡単な説明を加えている.

 第3章では実験方法を説明している.火炎形状および火炎振動数の解析手法を述べるとともに,PIVを用いた流れ場解析手法に関する説明を行っている.また,PIVに関する測定誤差について詳細な考察を行っている.

 第4章では,フリッカリング火炎の燃焼機構および発生機構について調べている.まず,振動数に代表される燃焼特性値に及ぼすバーナ内径,燃料流量,周囲空気流量の影響を系統的に調べている.その結果,フリッカリングの振動数はバーナ内径および燃料流量に依存し,これらの関係はストローハル数およびフルード数を用いて整理されることを明らかにしている.また,線形安定性理論を用いて火炎近傍の流れ場の不安定性について考察し,フリッカリングは火炎近傍の速度分布による不安定性,および自然対流が誘起する温度擾乱による不安定性に起因すると結論づけている.さらに,実験結果および解析結果に基づいて,フリッカリングの発生条件とその振動数を支配するパラメタを提案している.

 第5章では,火炎近傍の流れ場と火炎挙動の関係について調べている.微小重力場では安定な火炎が形成されることを流れ場の速度分布形状から説明するとともに,微小重力場において火炎先端が開く現象を,すすの滞留時間と熱泳動速度の観点から考察している.また,層流周囲流中に形成される火炎について,通常重力場および微小重力場において周囲流の速度分布を計測し,火炎近傍の流れ場が火炎幅に大きな影響を及ぼしていることを示している.さらに,乱流周囲流中での火炎について同様の計測を行い,重力場の違いおよび燃焼の有無により乱れの渦度やスケールが大きく変化することを示している.また,通常重力場では自然対流により乱れ特性値が大きく変化するため,火炎高さ等に初期乱れ特性値の違いがみられないことを明らかにしている.

 第6章は結論であり,本研究において得られた結果を要約している.

 以上要するに,本論文では,フリッカリング火炎の燃焼特性を通常重力場および微小重力場を利用することにより系統的に調べ,その燃焼特性を流れの不安定性から考察している.また,通常重力場および微小重力場において,PIVを用いることにより火炎近傍の流れの可視化を行い,流れの特性が火炎挙動・火炎形状に及ぼす影響に関して詳細な考察を行っている.これらは,低レイノルズ数噴流拡散火炎における燃焼機構および火炎挙動と火炎近傍流れの関係について示唆に富む知見を与えるものであり,燃焼学上貢献するところが大きい.

 よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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