1 緒論 原子炉の仮想事故の評価において蒸気爆発は最も重要な現象である。蒸気爆発の素過程としては粗混合、トリガリング、プロパゲーション、そして膨張という4つの段階から成り立っていると考えられている。粗混合段階においては高温の溶融金属表面での膜沸騰が支配的であるが、その後蒸気膜の崩壊により溶融金属と冷却材の直接的は接触が起り、結果として溶融金属の細粒化が起こりうる。 高温の溶融金属から冷却材への高い熱伝達率による急激な蒸気の生成は細粒化過程で見られるため、その細粒化プロセスの解明は蒸気爆発の理解のための鍵である。典型的な熱的細粒化モデルとしては水ジェット貫通・捕獲モデル、及び溶融金属フィラメント成長モデルなどが提案されているが、その真相は未だ解明されていない。現実には細粒化は蒸気膜の崩壊に続いて起こるため、細粒化の過程は蒸気膜の崩壊と合わせて研究されなければならない。 そこで本研究では、数値シミュレーションを用いて様々な条件の下で高温の溶融金属滴と冷却材の相互作用について調査することにより、蒸気膜崩壊と細粒化の機構を解明することを目的とする。 2 物理モデル及び計算手法 本研究では、図1のように冷却材で満たされた容器中で周囲に蒸気膜を伴う溶融金属滴を考える。この形態は二種類の物質、即ち冷却材と溶融金属を用いて表わすことができ、そのうち冷却材は蒸気と液体という二つの相より成り立っている。それぞれの物質または相はそれぞれ異なる速度、密度、及び温度を持つと仮定し、それぞれの界面を通しての運動量交換、エネルギー交換や、冷却材の蒸気相と液相の相変化も考慮される。以下に示すように、支配方程式は物理モデルに基づいた質量保存式、運動量保存式、エネルギー保存式より成る。 ・質量保存式 ・運動量保存式 ・エネルギー保存式 ここに、,,e,P,及びTはそれぞれ体積分率、速度、エネルギー、圧力、密度、温度を表わし、添字i=l,,mは冷却液、その蒸気、及び溶融金属の各相を示す。また、Jは相間の質量輸送、Miは相間の運動量交換、重力、表面張力、及び相変化に伴う運動量交換を含む運動量ソース項、Qは液体間の熱輸送、は熱伝導率である。液-液界面での蒸発は自発核生成温度で取り扱われる。 数値シミュレーションでは有限差分法に基づき、全ての方程式はスタガードメッシュ上で離散化される。また、移流成分と非移流成分を分けて取り扱うために、分離テクニックが用いられており、移流項の空間での離散化には風上差分、立方体級数による内挿、TVDスキームが用いられている。また各相の分布を記述するために体積分率(VF)を用いる。数値拡散によりVFの分布は界面近傍の数メッシュにわたり0から1の値をとりうるが、ここではVFが0.5の場所を界面と見なすことにする。エネルギー交換、及び表面張力は界面でのみ考慮する。 3 高温溶融金属-冷却材相互作用の解析 本研究では、数グラムの溶融金属による小規模燃料-冷却材相互作用(FCI)が解析された。計算は図1に示すように長方形容器中で冷却材の中に単一の溶融金属滴が浸され、蒸気膜が高温の溶融金属滴の周りにできた時点より始められ、その後容器の底から圧力波が加えられた。境界条件として、壁ではすべりなし境界条件が、また上部出口では流出境界条件が適用された。溶融金属としては錫を、冷却材としては水を考え、初期の蒸気膜厚さは膜沸騰不安定性より概算された。殆どのパラメータはCiccarelliの実験と同じものが用いられている。 まず初期段階では水と蒸気の界面は初期の圧力波の影響を受けて溶融金属滴のほうへと加速され、液滴へ向かって水の局所的な流れが下から上へと形成される。ある時点で、冷却液は溶融金属と接触し、初めにあった蒸気膜が崩壊する。蒸気膜崩壊が起こっている間、水と蒸気の界面での擾乱が次第に小さくなるのが観察されたが、これは安定して圧縮が起こっているためと思われる。 また、同時に蒸気膜が液滴へと向かう周囲の水流によって圧縮されるために蒸気膜内の圧力は高まる。蒸気膜内での圧力が最大に達する時刻は圧力波が液滴を通過する時刻よりも遥かに遅く、ここでの圧力の増加が蒸気膜の圧縮により生じることを意味している。 蒸気膜崩壊の過程では水と蒸気の界面での水ジェットの形成は顕著には見られないが、液-液接触の過程では界面で小さな波もしくはジェットが見られる。さらに液-液接触での加熱による水の膨張、蒸発のために新たな気泡の形成、及び水ジェットの形成が起こり、その水ジェットは界面の急速な動きと気泡内での蒸気の流れにより細粒化する。また、液-液接触によって液滴表面に小さな表面波及び小さな凹みが形成され、水によって液滴が圧搾されるためにそれらは接触過程の間成長し続ける。 気泡の膨張過程では溶融金属滴表面より延びるスパイクが成長し続け、気泡内蒸気の円形流により崩壊する。本計算は2次元で行われたため、スパイクの長さ、数はCiccarelliの実験とは異なったが、定性的には極めて似かよった様相が示された。蒸気の崩壊の過程で極めて小さな水ジェットの成長、及び溶融金属滴内での貫通・捕獲は見られなかったため、既存の冷却材小ジェット捕獲モデルは適当でないと言える。 4 影響因子に関する考察 まず周囲の圧力を0.1MPaに固定し、溶融金属滴と冷却材の相互作用に対する圧力波の影響が調査された。2MPa以上の高圧パルスの場合、蒸気膜崩壊は液滴表面の全ての場所で起こり、水ジェット及び溶融金属のスパイクが水-蒸気界面、及び溶融金属-蒸気界面それぞれで形成された。低圧パルス(0.01MPa)の場合は蒸気膜崩壊は起こらなかった。また、水-蒸気界面で水ジェットは形成されなかったが、溶融金属-蒸気界面での高温溶融金属のスパイクは形成されたが、相互作用は高圧パルスの場合ほど強くはないと言える。蒸気膜崩壊の出現範囲としては、本研究の結果によると0.01MPaから0.2MPa及び1MPaから2MPaである。 次に初期の圧力パルスを一定に保ち、溶融金属滴と冷却材の相互作用に対する周囲の圧力の影響が調査された。周囲の圧力が0.5MPa以下の低圧の場合、蒸気膜崩壊が起こり、水-蒸気、溶融金属-蒸気界面で水ジェットと溶融金属のスパイクが形成された。周囲の圧力が0.75MPa以上の高圧の場合は蒸気膜崩壊は起こらなかった。蒸気膜崩壊の出現範囲としては、本研究の結果によるとおよそ0.5MPaから0.75MPaである。 最後に上述と同様な解析をさらに多く行うことによってトリガリング強度(圧力パルス強度)と周囲の圧力が共に蒸気膜崩壊に影響を与えることが分かった。それを示したのが図2である。周囲の圧力が増加すると溶融金属滴と冷却材の間の膜が与えられた圧力パルスに対して強固になり崩壊しにくくなるが、圧力パルスが十分に増加すると、今一度蒸気膜崩壊が誘起される。例として、周囲の圧力が1.0MPaであり、圧力パルスが3MPaである場合には蒸気膜崩壊は起こらないが、圧力パルスが6MPaまで増加すると蒸気膜崩壊及び溶融金属滴と冷却材の相互作用が観察された。 5 熱的細粒化の現象論的モデルの提案 本数値シミュレーション結果より高温溶融金属滴と冷却材の相互作用プロセスは以下のように要約できる。 まず初期の蒸気膜は圧力パルスの影響を受けて崩壊し、冷却材と溶融金属滴が接触する。この液-液接触により溶融金属滴表面で表面波と凹みができる。蒸気膜崩壊に続いて新たな気泡が生成、成長する。気泡の成長の過程では水ジェットが形成され、急速に成長する。同時に溶融金属滴表面でスパイクが形成され、テーラー不安定性により成長する。さらに水と蒸気の界面が外に向かって急速に動き、気泡の内側では蒸気が流れるため、水ジェットとスパイクは細粒化する。そして気泡内で水滴と溶融金属片の混合領域が形成されることにより、気泡の成長過程での溶融金属から冷却材へのさらなる熱伝達が起こる。 熱的細粒化速度のモデルとして、本シミュレーションのデータCfragを用い、 という関係式が提案された。 6 結論 高温溶融金属滴と冷却材の相互作用の数値解析のために、熱伝達、質量変化、蒸発、自由界面など、数値シミュレーションを行うのに必要な物理現象が全てを含む多相熱水力学モデルを開発した。 高温溶融金属滴と冷却材の相互作用の数値解析の結果はCiccarelliの実験、及び既存のモデルと比較された。また、周囲の圧力や初期の圧力パルスなど、蒸気膜崩壊に影響する要素について調査し、圧力パルス及び周囲の圧力に対する蒸気膜崩壊の出現範囲を提示した。 最後に、この数値実験に基づき蒸気爆発のトリガリングと細粒化のメカニズムを説明する現象論的細粒化モデル、及び、熱的細粒化速度のモデルを提案した。 図1.計算体系図2.圧力パルス強度と周囲の圧力に対する蒸気膜崩壊の出現範囲 |