学位論文要旨



No 113961
著者(漢字) 田中,秋広
著者(英字) Tanaka,Akihiro
著者(カナ) タナカ,アキヒロ
標題(和) 一次元電子系における量子異常とその応用
標題(洋) Application of chiral anomaly to the effective theories of one-dimensional interacting electron systems
報告番号 113961
報告番号 甲13961
学位授与日 1999.03.17
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4283号
研究科 工学系研究科
専攻 超伝導工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 永長,直人
 東京大学 教授 内野倉,國光
 東京大学 教授 内田,慎一
 東京大学 教授 福山,秀敏
 東京大学 助教授 時弘,哲治
内容要旨

 相互作用する一次元電子系は実験の著しい進歩などにより以前にも増して重要な研究課題となってきている。そこでは、一次元に特有の強い電子相関と量子揺らぎのため、従来物性物理学で用いられてきた「平均場+RPA的な揺らぎ」という摂動論的な手法による記述が破綻していると考えられている。このためこれに変わる強力な非摂動的なアプローチとして、ボゾン化法や共形場理論などが登場し、有効に活用されている。

 しかしながら、これらの方法は一般に自由フェルミオンに相互作用を摂動的なオペレーターとして付加するという意味で、基本的には弱結合の理論であるという点に注意する必要があろう。問題によっては、これとは対照的に、適切な平均場理論を強結合理論の出発点に設定して、これに低エネルギーにおいて重要な集団励起を取り入れるということができれば望ましい場合もあると考えられる。既に述べたように一次元においてはこのような信頼できる理論的な枠組みは存在しない。本論文ではカイラル量子異常(chiral anomaly)という場の理論的な概念の応用によって上述の目的のためのひとつの方法論を構築することが可能であることを示す。ここに提示する方法と、弱結合理論は相補的な関係にあるため、両者の併用により、一次元電子系に関するより確かな知見が得られることが期待される。

 先ず以下の説明で必要となる範囲で量子異常についてまとめる。Dirac fermion

 

 (本要旨では数式は全てユークリッド時空を採用し、次元数は二次元(1+1d)とする)を考える。この系では、古典的にはカイラル変換

 

 による作用の変分をゲージ変換によって吸収できるが、この対称性はNoethercurrent の保存として表現される。しかし理論のゲージ不変性を保ちつつ量子化を実行すると、対応するWard-高橋恒等式は、と変更される。すなわち右辺の項のため、バックグラウンドの電場の強さに比例しただけの保存則の破れが起こることになる。これが量子異常である。両辺を積分すれば明らかなように、Rセクター(5=1)とLセクター(5=-1)の粒子数の差、nR-nLの時間変化の有無はゲージ場のユークリッド時空における配位の大域的なトポロジーによって決まる。

 次に量子異常が一次元系の物性の記述に有用であると予想される理由について述べる。Half-filledな斥力型ハバード模型(一次元反強磁性ハイゼンベルグ模型(1d HAF)と等価であることが知られている)を考える。出発点として適切な平均場理論はスピン密度波(SDW)であろう。SDWの形成によってフェルミ面にギャップが開き、オーダーパラメーター(OP)の絶対値の揺らぎは抑制されるので、長波長で重要なのは、OPの方向(単位ベクトルで表わす)揺らぎであると考えられる。に関するderivative expansionは良く調べられており、得られる有効理論は0(3)非線形シグマモデル()である。しかしこれは一次元では短距離秩序を持ち、1d HAFの持つベキ相関を正しく再現できない。Haldaneの研究により、この原因は、導出されたモデルに、系のユニバーサリティーを支配するトポロジカル項が付加されていないことに求められることが分かっている。この項は、方向揺らぎの大域的な情報を担っているため、局所的な揺らぎに関する摂動論では導出するのは困難と考えられ、ここにこのアプローチの破綻する原因が見出される。量子異常が有効に応用されると考えられるのは正にこの点である。すなわち、次の2点に注目すればよい。[1]一次元電子系の低エネルギー理論をフェルミ点近傍で線形近似をする処方により系をdirac fermionとみなせる。[2]SDWのOPの方向揺らぎは、フェルミオンに作用する一種のスピンゲージ場とみなせることが示せる。これにより問題は式(1)と本質的に同種のものとして扱えることになる。そこでトポロジカルに自明な揺らぎは摂動論で、自明でない揺らぎは量子異常を介して有効理論にとり込める可能性が出てくる。以下このスキームを具体的に構築していく。

 カイラル異常の効果をより明確にし、またなるべく広いクラスの問題に対応するため、本論文ではhopping amplitudeがボンド毎に交替したPeierls-Hubbard(PH)modelを取り扱った。Hopping項を線形近以し、また相互作用項をスピン空間の回転対称性を保つようにdecoupleさせて得た連続体理論は次のようになった。

 

 ここでフェルミオンはなる4成分スピノールで、、2がエネルギーギャップ、は系のボンド交替の強さを特徴付ける(=0とおけばハバード模型を得る)。また物理的にはこのモデルの基底状態はダイマー化したスピン鎖であることが分かる。この系の有効理論を以下の手順で導く。

 1.カイラル変換を施す。但し.これによりのように質量項のカイラル因子が消去され、扱いが簡便になる。

 2.一般にカイラル変換の際に経路積分の積分測度が不変に保たれず、そのヤコビアンJ(以下Fujikawa Jacobian(FJ))を正しく評価すると量子異常の効果がこれを通して理論に入り込むことが知られている。これを考慮して、上記の変換に対するFJを評価し、を有効理論へのトポロジカルな寄与として取り入れる。

 3.トポロジカルでない揺らぎについては、を摂動とみなし、derivative expansionを実行する。

 以上を実行すると、先ずFJからは、予想されていたモデルのトポロジカル項が得られる。一般にその係数(角)は重要な情報を与えるが、今の場合--sinを得た。更にFJからモデルの通常の作用への寄与も得られた。次に摂動論を微分の二次まで行うと、この次数までの全ての項がゼロであることが分かった。従って有効理論は全てFJからの寄与でつくされており、上記の変換が自然な操作であることを裏付けている。最終的に得られた有効理論を以下に記す:

 

 (上式では当初定数であったの揺らぎも許した場合の作用を書いた。)=0のとき、となり、1d HAFのユニバーサリティーを再現する。また≠0のときの値も,非可換ボゾン化から得た結果と一致するので、設定した目標、すなわち正しい有効理論を与える平均場からのアプローチが得られたことになる。これが本論文の主結果である。

 なお一般に背景場のトポロジカルな配位はdirac fermionの真空分極を誘起し、ポリアセチレンにおける、ソリトンに局在した分数電荷が物性への応用例として良く知られている。式(3)の場合には、質量項のカイラル因子が非可換であることを反映して、より多くのパターンのフェルミオン数誘起現象が存在し得る。具体的に調べた結果、有効理論のトポロジカル項が直接これらの現象(例えば場のキンクによるspinonの誘起)に関与していることが分かった。これまで物理的な意味が抽象的だったこの項が、このように具体的な物理現象に顔を出すのはこの方法の大きな利点であると考えられる。

審査要旨

 相互作用する一次元電子系は従来理論的な模型として調べられてきたが,実験の著しい進歩などにより現実的な研究課題となってきておりさらには高温超伝導の理解のためにも重要な課題である。そこでは、一次元に特有の強い電子相関と量子揺らぎのため、従来物性物理学で用いられてきた「平均場+RPA的な揺らぎ」という摂動論的な手法による記述が破綻していると考えられている。このためこれに変わる強力な非摂動的なアプローチとして、ボゾン化法や共形場理論などが登場し、有効に活用されている。

 しかしながら、適切な平均場理論を強結合理論の出発点に設定して、これに低エネルギーにおいて重要な集団励起を取り入れるということができればより物理的にわかりやすく,また高次元系との関係も明らかになると考えられる。既に述べたように一次元においてはこの目的に沿う信頼できる理論的な枠組みは存在しない。本論文の研究目的はカイラル量子異常(chiral anomaly)という場の理論的な概念の応用によって上述の目的のためのひとつの方法論を構築することである。ここに提示する方法と、弱結合理論は相補的な関係にあるため、両者の併用により、一次元電子系に関するより確かな知見が得られることが期待できる。量子異常とは古典的なレベルでは存在していた対称性が量子化の段階でやぶれることを意味するが、特にカイラル量子異常ではゲージ不変な発散除去を行なった際にカイラルカレントが保存しなくなる。この効果は非摂動的で位相幾何学的な意味をもつので、これが1次元電子系でどのような役割を演じるかを明らかにしたことが本論文の意義である。

 本論文は5つの章と2つの付録からなる。第1章では,カイラル量子異常の紹介と研究の動機が示されている。

 第2章では,まずPeierls-Hubbard模型が導入される。そしてスピン密度波とトランスファー積分の交番成分が共存するときの連続体近似におけるDirac Fermion模型を導いた。

 以上の1、2章がいわば準備に対応し、第3章で本論文の主要部である有効理論の導出が記述されている。具体的な手順は以下のとおりである。

 1.カイラル変換をFermionの場に施す。これにより質量項のカイラル因子が消去され、扱いが簡便になる。

 2.一般にカイラル変換の際に経路積分の積分測度が不変に保たれず、そのヤコビアンJ(以下Fujikawa Jacobian(FJ))を正しく評価すると量子異常の効果がこれを通して理論に入り込むことが知られている。これを考慮して、上記の変換に対するFJを評価し、J≡e-Swzを有効理論へのトポロジカルな寄与として取り入れる。

 3.トポロジカルでない揺らぎについては、derivative expansionを実行する。

 以上を実行すると、先ずFJからは、予想されていたモデルのトポロジカル項が得られる。一般にその係数(角)は重要な情報を与えるが、今の場合--sinを得た。はdimerizationの大きさをあらわす量である。この結論は=0の場合にはスピンのAbelianの接続にたいするカイラル量子異常の考察により得られていたものであるが、それを≠0に拡張すると正しい答えを与えない。本研究が最初に行なったNon-Abelianのスピン接続にたいするカイラル量子異常の考察によってのみこのにたいする正しい表式が得られたのである。更にFJからモデルの通常の作用への寄与も得られた。次にderivative expansionを微分の二次まで行うと、この次数までの全ての項がゼロであることが分かった。従って有効理論は全てFJからの寄与でつくされており、上記の変換が自然な操作であることを見出した。最終的に得られた有効理論を以下に記す:

 113961f13.gif

 ここでは交番磁化の方向である。(上式では当初定数であったの揺らぎも許した場合の作用を書いた。)=0のとき、となり、1d HAFのユニバーサリティーを再現する。また≠0のときの値も,非可換ボゾン化から得た結果と一致するので、設定した目標、すなわち正しい有効理論を与える平均場からのアプローチが得られたことになる。これが本論文の主結果である。

 第4章では第3章で導いた有効理論を用いて,Fermion numberについて考察した。4-1では波数における電荷応答とスピンのスキルミオン数密度の揺らぎの間の関係を導き,4-2では不純物のまわりに誘起される電荷とスピンを求めた。

 以上まとめると,スピン空間の非可換ゲージ接続とそれに伴うカイラル量子異常を検討し、Peierls-Hubbard模型にたいする有効理論を平均場近似から出発してはじめて導いた.これを用いてスピンと電荷の値をFermion numberという観点から解釈した。本研究は相互作用している1次元電子系を新しい観点で捉えなおす土台を与えていることで,物理工学および超伝導工学に寄与するところ大であると判断する。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54673