学位論文要旨



No 113962
著者(漢字) 水野,勝成
著者(英字)
著者(カナ) ミズノ,カツナリ
標題(和) 情報通信のボーダーレス性の現状と問題点に関する分析 : 「制度と技術」という観点から
標題(洋)
報告番号 113962
報告番号 甲13962
学位授与日 1999.03.17
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博工第4284号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 廣松,毅
 東京大学 教授 児玉,文雄
 東京大学 教授 岡部,洋一
 東京大学 教授 小林,宏一
 東京大学 助教授 中須賀,真一
内容要旨

 我々の身近でISDN、PHS、インターネットといった情報通信が急速に拡大している。そして、それらは生活になくてはならない社会基盤としての地位を確立しつつある。この情報通信の拡大は半導体技術、コンピュータ技術、伝送路技術といった情報通信技術の急速な発展に支えられている。同時に、それらを巡って激しい自由競争が起きている一方で、社会基盤としての公共性を有するという制度的な側面ももっている。そのため、情報通信政策や規制緩和など制度の面においても、そのあり方が見直されている。

 このような情報通信分野において、近年、事業者の国境を越えたグローバルな提携や大規模な合併が数多くみられるように、国籍や国境が意味を持たなくなりつつある。また単に、事業者だけではなくて、情報通信のサービスや仕組みなど、様々な面において、境界や区分が意味を失う、あるいは境界があいまいになるような現象が起きている。そのような例として、電話のEnd-to-end料金制度、公専公接続、サービスのワンストップ・ショッピング、サービスの継ぎ目のないシームレス化、通信と放送の融合、ディジタル多チャンネル放送などをあげることができる。従来は、これらの事象は個別の研究対象として単独に議論、論考されており、統一した概念や軸といったもので説明、考察するような試みはなされてこなかった。

 本論文では、前述のような事象は情報通信がそもそも持つ「ボーダーレス性」という特質によりもたらされるという仮定から出発する。そして、我々の生活に深く根付きつつある社会基盤として情報通信が急速に拡大する中で、情報通信のボーダーレス性が様々な社会的インパクトを与えつつあると考える。その上で、本論文では、そのような社会的インパクトを与えるものとして、PHS32kbpsデータ通信の登場に伴うモバイルデータ通信、ISDNや移動体電話の普及に伴うユニバーサルサービス、様々な業種や事業形態で構成されるインターネット・プロバイダ(以下、プロバイダという)という3つの事例を取り上げて、それぞれにおける情報通信のボーダーレス性を明らかにするとともに、それらに内在する問題点とその解決方法を提案する。

 さらに、事例研究により得られた情報通信のボーダーレス性を6つのカテゴリーに集約し、「制度と技術」の軸との組み合わせた分析のフレームワーク(枠組み)を構築する。それにもとづいて、通信衛星、ケーブル放送(CATV)、移動体通信、ISDNといった情報通信の諸分野の分析を行い、その分析のフレームワークの有効性を実証する。

 本論文の構成は次の通りである。

 第1章では、情報通信の変遷をふまえて、その拡大の諸相を明らかにする。そして情報通信の拡大の中で、様々なサービスの間の種別、区分、境界といったものが消滅し融合するような状態、すなわちボーダーレス性を示すものとして、NTTの「転送でんわ」サービスの事例を取り上げて、問題の出発点とする。同時に、取り扱う情報通信の範囲を従来の「電気通信」だけにとどまらず「放送」や「自営通信」を含めた広義のものとすることを主張する。

 第2章では、まず情報通信の構造を考察した上で、そこには国、事業者、利用者が存在し、それぞれが「制度と技術」の軸と深く関連していることを示す。そして取り上げるべき軸を概観するとともに、情報通信のボーダーレス性として「国内と国際」、「通信と放送」といったカテゴリーが存在することを指摘する。さらに具体的に、どのようなカテゴリーが存在するのかについて調べるために、事例研究の必要性を明らかにする。

 第3章から第5章までは、情報通信のボーダーレス性と関係が深く、社会的に大きなインパクトを与えていると考えられる諸問題を事例研究として取り上げて考察を行うとともに、そこからボーダーレス性のカテゴリーを抽出する。

 第3章では、PHS32kbpsデータ通信のサービス開始によるモバイルデータ通信の実状と動向に焦点をあてる。このPHS32kbpsデータ通信のサービス開始前後に2回の独自アンケート調査を実際に行い、その結果の分析から、室内で使用する利用者が多いことを明らかにする。そして、モバイルデータ通信の現状とこのアンケート調査結果から、「アナログとディジタル」および「移動と固定」といった情報通信のボーダーレス性のカテゴリーを抽出する。

 第4章では、ISDNや移動体電話が急速に普及しつつある現状の下で、どこでもだれでも利用できるユニバーサルサービスとしてのNTTの電話を取り上げる。そして、その契約数が減りつつあるなかで、どのようにしてユニバーサルサービスを確保していくのかについて検討を行う。その結果から、現状のユニバーサルサービスにおける情報通信のボーダーレス性として「有線と無線」というカテゴリーを抽出するとともに、ISDNや移動体電話を「ゆるやかなユニバーサルサービス」として、それらを相互接続等によって、情報通信全体としてユニバーサルサービスを確保していくことの是非について考察する。

 第5章では、現在2000社以上にものぼる、様々な業種、事業形態にまたがるプロバイダが存在することを明らかにした上で、学術インターネットから商用インターネットに移行した事例などから、プロバイダにおける情報通信のボーダーレス性のカテゴリーとして、「学術と商用」を抽出する。同時に、プロバイダの望ましい事業形態や利用者に対する情報提供の必要性、さらにはプロバイダが利用者に対してどのような情報を提供すべきかという点で議論を行う。

 第6章では、情報通信のボーダーレス性のカテゴリーとして、第2章から第5章までにおいて抽出した6つのカテゴリーを整理して集約する。そして、それぞれのカテゴリーにおいて、「制度と技術」の軸が存在していることを明らかにした上で、合計12のセルからなる分析のフレームワークを提案する。

 さらに、それを時系列的に整理し、軌跡図として示す手法を提案する。この手法により、通信衛星、ケーブル放送(CATV)、移動体電話、ISDNなどの情報通信における個々の分野における情報通信のボーダーレス性を分析した結果、技術的な側面が牽引しながらボーダーレス化しているもの(通信衛星、ケーブル放送(CATV))、技術的な側面に加えて制度的な側面が牽引しながらボーダーレス化しているもの(移動体電話、ISDN)が区別できることを明らかにする。

図ISDNに関するボーダーレスの軌跡図

 第7章では、まず、本研究で得られた結論をまとめる。そして、本研究で得られた知見から、情報通信のボーダーレス性の特質を総合的に掘り下げつつ、国、事業者、利用者に対する提言を行う。最後に、今後の課題について述べる。

審査要旨

 本論文は、情報通信が技術的に高度化し、社会のさまざまな側面においてその影響を強めつつある過程に関する考察と、そこに内在する社会的問題についての事例研究を通して、情報通信のもつボーダーレス性という特質を明らかにしようとしたものである。情報通信については、これまでどちらかというと、要素技術ごと、もしくは分野ごとに個別に議論、研究されてきた。それに対して、本論文は、情報通信のボーダーレス性という統一した概念を用い、それと「制度と技術」という軸とを組み合わせるによって考察、説明しようとしている点に特徴がある。

 本論文は全7章からなる。具体的な内容は次の通りである。

 第1章では、まず情報通信の変遷を概観して、その技術的発展と拡大の諸相を明らかにしている。そして、この拡大の過程の中で、さまざまな技術およびサービス間の種別、区分、境界が融合するような状態、すなわちボーダーレス性が顕著な特質になりつつあることを指摘し、その一例としてNTTの「転送でんわ」サービスをとりあげている。

 第2章では、情報通信の構造を考察して、関係する主体として国、事業者、および利用者が存在することを明らかにしたうえで、それらの関係を提示している。同時に、各主体それぞれに「制度と技術」が深く関連していることを示し、それを本論文における分析の基本的な軸とすることを主張している。さらに情報通信のボーダーレス性に「国内と国際」、「通信と放送」というカテゴリーが存在することを主張している。

 第3章では、PHS32kbpsデータ通信におけるサービス開始のモバイルデータ通信に焦点を当てて、サービス開始前後に2度の独自アンケート調査を行い、利用者のモバイルデータ通信の利用実態を明らかにしている。そして調査結果の分析から、情報通信のボーダーレス性のカテゴリーとして「アナログとディジタル」および「移動と固定」の2つを抽出している。

 第4章では、ISDNや移動体電話が急速に普及しつつある現状の下で、「どこでもだれでも利用できる」という意味でのユニバーサルサービスとして、NTTの加入電話に焦点を当てている。そして、NTTの加入電話とISDN、移動体電話との類似性の分とそれぞれの加入者に関する将来予測を行っている。そのうえで、情報通信のボーダーレス性のカテゴリーとして「有線と無線」を抽出するとともに、ユニバーサルサービスを確保するためにNTTの加入電話サービスとNTT以外の事業者によるサービスとを相互接続した形の「ゆるやかなユニバーサルサービス」を提案している。

 第5章では、インターネット・プロバイダがさまざまな業種、事業形態、電気通信事業法上の区分などにまたがっている現状を示し、インターネットが学術研究用(非営利)から商用(営利)に移行した点に注目して、情報通信のボーダーレス性のカテゴリーとして「学術と商用」を抽出している。同時に、プロバイダがインターンネット利用者に対してサービス内容の情報提供を行う必要性を主張している。

 第6章では、前章までで抽出した情報通信のボーダーレス性に関する6つのカテゴリーを整理し、それぞれのカテゴリーと「制度と技術」の軸を組み合わせた合計12のセルからなる分析のフレームワーク(枠組み)を提案している。そして、ボーダーレスが起きた時期を時系列的な軌跡として図示することにより、通信衛星、ケーブル放送(CATV)、移動体電話、ISDNという情報通信の個々の事例を分析している。その結果、通信衛星とケーブル放送(CATV)については技術的な側面が牽引しながらボーダーレス化が進み、移動体電話とISDNについては技術的な側面に加えて制度的な側面が牽引しながらボーダーレス化が進展したことを明らかにしている。

 第7章ではまとめとして、得られた結論、残された問題点、今後の課題をそれぞれ述べている。まず、得られた結論として、情報通信の拡大にともなって諸分野が融合していくというボーダーレス化は今後も進んでいくことが予想され、そこに事業として新しいビジネスチャンスがあること、それが起爆剤となってさらに既存の諸分野とのボーダーレス化も引き起こされ競争が激化していくことが予想されることを述べている。そして、ボーダーレス性という特質をふまえて情報通信に対する考え方を方向転換すべきであって、その立場から、政府に対しては「情報通信政策の明確化」等を、事業者に対しては「新しい情報通信サービスの創出」等を、さらに利用者に対しては「利用の自己責任の確立」等の必要性を主張する提言を行っている。

 以上のように、本論文は、まず情報通信に関連した多くの事例研究によりその実状や問題点を明らかにしている点、さらに情報通信にはボーダーレス性という特質があり、それが今後ますます進展していくことを「制度と技術」という軸に基づいて実証的に明らかにしている点が、高く評価できる。

 しかしながら、本論文で提示されているフレームワークがあらゆる情報通信分野にも適用できるかどうかは現時点では明らかにされておらず、またそれが日本以外の諸外国における情報通信の分析にも適用できるどうかなど、検討すべき項目が多い。これらに関する検討、分析は今後の課題である。

 このように改善すべき点が散見されるとはいえ、本論文は、急速に拡大しつつある情報通信の社会に与えるインパクトがますます大きくなっていくなかで、個別に研究されてきた情報通信に関して、「制度と技術」という軸に基づいてそのボーダーレス性を分析していることは、情報通信に関する学際的な研究として高く評価できる。

 よって、本論文は、博士(学術)の学位請求論文として合格として認められる。

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