我々の身近でISDN、PHS、インターネットといった情報通信が急速に拡大している。そして、それらは生活になくてはならない社会基盤としての地位を確立しつつある。この情報通信の拡大は半導体技術、コンピュータ技術、伝送路技術といった情報通信技術の急速な発展に支えられている。同時に、それらを巡って激しい自由競争が起きている一方で、社会基盤としての公共性を有するという制度的な側面ももっている。そのため、情報通信政策や規制緩和など制度の面においても、そのあり方が見直されている。 このような情報通信分野において、近年、事業者の国境を越えたグローバルな提携や大規模な合併が数多くみられるように、国籍や国境が意味を持たなくなりつつある。また単に、事業者だけではなくて、情報通信のサービスや仕組みなど、様々な面において、境界や区分が意味を失う、あるいは境界があいまいになるような現象が起きている。そのような例として、電話のEnd-to-end料金制度、公専公接続、サービスのワンストップ・ショッピング、サービスの継ぎ目のないシームレス化、通信と放送の融合、ディジタル多チャンネル放送などをあげることができる。従来は、これらの事象は個別の研究対象として単独に議論、論考されており、統一した概念や軸といったもので説明、考察するような試みはなされてこなかった。 本論文では、前述のような事象は情報通信がそもそも持つ「ボーダーレス性」という特質によりもたらされるという仮定から出発する。そして、我々の生活に深く根付きつつある社会基盤として情報通信が急速に拡大する中で、情報通信のボーダーレス性が様々な社会的インパクトを与えつつあると考える。その上で、本論文では、そのような社会的インパクトを与えるものとして、PHS32kbpsデータ通信の登場に伴うモバイルデータ通信、ISDNや移動体電話の普及に伴うユニバーサルサービス、様々な業種や事業形態で構成されるインターネット・プロバイダ(以下、プロバイダという)という3つの事例を取り上げて、それぞれにおける情報通信のボーダーレス性を明らかにするとともに、それらに内在する問題点とその解決方法を提案する。 さらに、事例研究により得られた情報通信のボーダーレス性を6つのカテゴリーに集約し、「制度と技術」の軸との組み合わせた分析のフレームワーク(枠組み)を構築する。それにもとづいて、通信衛星、ケーブル放送(CATV)、移動体通信、ISDNといった情報通信の諸分野の分析を行い、その分析のフレームワークの有効性を実証する。 本論文の構成は次の通りである。 第1章では、情報通信の変遷をふまえて、その拡大の諸相を明らかにする。そして情報通信の拡大の中で、様々なサービスの間の種別、区分、境界といったものが消滅し融合するような状態、すなわちボーダーレス性を示すものとして、NTTの「転送でんわ」サービスの事例を取り上げて、問題の出発点とする。同時に、取り扱う情報通信の範囲を従来の「電気通信」だけにとどまらず「放送」や「自営通信」を含めた広義のものとすることを主張する。 第2章では、まず情報通信の構造を考察した上で、そこには国、事業者、利用者が存在し、それぞれが「制度と技術」の軸と深く関連していることを示す。そして取り上げるべき軸を概観するとともに、情報通信のボーダーレス性として「国内と国際」、「通信と放送」といったカテゴリーが存在することを指摘する。さらに具体的に、どのようなカテゴリーが存在するのかについて調べるために、事例研究の必要性を明らかにする。 第3章から第5章までは、情報通信のボーダーレス性と関係が深く、社会的に大きなインパクトを与えていると考えられる諸問題を事例研究として取り上げて考察を行うとともに、そこからボーダーレス性のカテゴリーを抽出する。 第3章では、PHS32kbpsデータ通信のサービス開始によるモバイルデータ通信の実状と動向に焦点をあてる。このPHS32kbpsデータ通信のサービス開始前後に2回の独自アンケート調査を実際に行い、その結果の分析から、室内で使用する利用者が多いことを明らかにする。そして、モバイルデータ通信の現状とこのアンケート調査結果から、「アナログとディジタル」および「移動と固定」といった情報通信のボーダーレス性のカテゴリーを抽出する。 第4章では、ISDNや移動体電話が急速に普及しつつある現状の下で、どこでもだれでも利用できるユニバーサルサービスとしてのNTTの電話を取り上げる。そして、その契約数が減りつつあるなかで、どのようにしてユニバーサルサービスを確保していくのかについて検討を行う。その結果から、現状のユニバーサルサービスにおける情報通信のボーダーレス性として「有線と無線」というカテゴリーを抽出するとともに、ISDNや移動体電話を「ゆるやかなユニバーサルサービス」として、それらを相互接続等によって、情報通信全体としてユニバーサルサービスを確保していくことの是非について考察する。 第5章では、現在2000社以上にものぼる、様々な業種、事業形態にまたがるプロバイダが存在することを明らかにした上で、学術インターネットから商用インターネットに移行した事例などから、プロバイダにおける情報通信のボーダーレス性のカテゴリーとして、「学術と商用」を抽出する。同時に、プロバイダの望ましい事業形態や利用者に対する情報提供の必要性、さらにはプロバイダが利用者に対してどのような情報を提供すべきかという点で議論を行う。 第6章では、情報通信のボーダーレス性のカテゴリーとして、第2章から第5章までにおいて抽出した6つのカテゴリーを整理して集約する。そして、それぞれのカテゴリーにおいて、「制度と技術」の軸が存在していることを明らかにした上で、合計12のセルからなる分析のフレームワークを提案する。 さらに、それを時系列的に整理し、軌跡図として示す手法を提案する。この手法により、通信衛星、ケーブル放送(CATV)、移動体電話、ISDNなどの情報通信における個々の分野における情報通信のボーダーレス性を分析した結果、技術的な側面が牽引しながらボーダーレス化しているもの(通信衛星、ケーブル放送(CATV))、技術的な側面に加えて制度的な側面が牽引しながらボーダーレス化しているもの(移動体電話、ISDN)が区別できることを明らかにする。 図ISDNに関するボーダーレスの軌跡図 第7章では、まず、本研究で得られた結論をまとめる。そして、本研究で得られた知見から、情報通信のボーダーレス性の特質を総合的に掘り下げつつ、国、事業者、利用者に対する提言を行う。最後に、今後の課題について述べる。 |