学位論文要旨



No 113963
著者(漢字) 角,薫
著者(英字)
著者(カナ) スミ,カオル
標題(和) 個人の概念空間を利用したコミュニケーション支援に関する研究
標題(洋)
報告番号 113963
報告番号 甲13963
学位授与日 1999.03.17
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4285号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 堀,浩一
 東京大学 教授 安田,浩
 東京大学 助教授 寺田,実
 東京大学 助教授 中須賀,真一
 東京大学 助教授 桐山,孝司
内容要旨

 本研究では、コンピュータを情報提供者側とユーザとの情報の受け渡しの仲介役として位置づけ、ユーザの興味や知識に応じて個人化された情報提供を行うシステムを提案する。基本的なアイデアは、ユーザとコンピュータ間での質問-回答の対話を通しユーザの興味の推定を行い、それに基づいて情報提供を個人化するものである。ユーザの興味の推定は、コンピュータとユーザとのインタラクションが進むにつれて更新されるユーザの興味空間(概念空間)を利用してなされる。この興味空間は、互いに関連度を持つキーワードの集合からなり、その関連度がユーザとのインタラクションを通してユーザの興味に適応していく。本論文では、手法の提案とシステムへの適用、基本的メカニズムの説明、評価実験の報告、および評価と考察について論述する。

 情報を発信し伝達しようとする際には、さまざまなコミュニケーションの形態がある。直接言い伝えるような同期的な対話の場合には、相手の反応を見てそれに応じて伝達する情報を変えることもできる。しかし、例えば文章などによる非同期的な情報伝達の場合には、情報発信側からの一方的な情報提供になってしまいがちである。そこで、コンピュータを情報伝達のためのメディアとして利用することで、非同期的な対話を可能にし、さらに情報の受け手各々を考慮したユーザの興味や知識に合わせた情報提供の個人化がなされることが期待される。例えば、人間が同期的なコミュニケーションにおいて、素人に対しては基本的な言葉の説明を中心に行なったり、専門家に対してはより専門的な説明を行なうということを使い分けるように、相手の興味や知識を判断し、それに合わせて情報の提示を行なうということがコンピュータの知的介入によるコミュニケーション支援として考えられる。本研究は、非同期的なコミュニケーションにおいても同期的コミュニケーションのように興味や知識にそった情報伝達をコンピュータを介することによって実現することがねらいである。

 このような研究は異分野間や異文化間の交流を実現する際に期待される。専門分野や職業、または生活環境の異なるグループ同士の対話においては、仲間うち言葉があり、専門用語があり、それらを理解しそのような対話の前提となる知識を持つことにより初めて対話が達成される。これは、たとえ自動翻訳電話などが実用化され言語の異なるもの同士の会話が容易にできるようになったとしても、その言葉にまつわる文化的、世欲的背景に対する知識がなければお互いを理解する対話は成り立たない。コンピュータの知的介入によるコミュニケーション支援により、このような異分野間や異文化間での対話も含め個人の興味や知識にあわせた情報伝達を行なうことも考えられる。

 そこで本研究の第一の目的としては、人対人の非同期のコミュニケーション支援に有効な方法論を提案することである。情報のやりとりを人対人のコミュニケーションとして捉え、情報提供者と受け手との間を取り持ち、受け手各々を考慮した情報提供である個人の現在の興味や知識に合わせた情報提供手法の構築を行なう。

 本研究の第二の目的は、本研究を人間の知的活動における好奇心の活性化に有効な方法論として提案することである。本研究では、情報の受け手に現在の興味や知識に合わせた情報提供を行なうことにより興味の広がりや好奇心の活性化をめざし、気づかなかった興味の発掘や気づかなかった知識との出会いの支援を行う。

 しかしながら、相手の興味や知識に合わせると言っても、知識や興味は相互に影響を及ぼしあっており動的に変化するものである。例えば、ある情報をせっかく得たとしても、知識がないために興味がそがれることもよくあることである。反対に、知識を得ることにより興味を持つこともあれば、興味を持っているのでさらに知識を得たいということもある。

 人間が情報収集をする際の好奇心には、はっきりした方向性をもたず、幅広く情報を求める傾向の拡散的好奇心(diverse curiosity)と特定の環境の、特定の特性や関係の代表する情報の取得のみを追求する特殊的好奇心(specific curiosity)の2種類があると言われている。前述した、興味を持っているのでさらに知識を得たいということは、特殊的好奇心を深めることにあたり、知識を得ることにより興味を持つことは、拡散的好奇心が助長されたということにあたるだろう。本研究では、ユーザが自ら情報を検索するということで前者、システム側からユーザ側に情報提供を行なうことによりシステムがユーザに対して気づかなかった興味を気づかせ、ユーザが新しい知識を得ることにより、好奇心を活性化させることにより後者の好奇心を刺激し助長させる。

 本研究では、提案する手法を研究所見学の際に前もって見学者が研究内容の情報を得るための研究者と見学者の間の情報のやりとりの仲介を行なうシステムに適用した。そして、本システムの有効性を評価する手段として、被験者を数十人使った評価実験を定量的評価実験、主観的評価実験に分けて行なった。その結果、本研究および本システムが有効であることを示し、本研究の提案を裏付けることができた。

審査要旨

 本論文は、「個人の概念空間を利用したコミュニケーション支援に関する研究」と題し、8章からなる。

 現在の情報化社会においては、WWW(World Wide Web)上の情報をはじめとして種々雑多な情報があふれており、その中から自分が欲しい情報を得ることは困難になっている。多くの情報検索システムの研究がなされてきたが、そのほとんどが、ユーザの興味をうまくとらえることに成功していない。たとえば、ある分野の専門家と素人では欲する情報が当然異なるが、その差を自動的に検出して対処するようなシステムは、これまでなかった。本論文は、情報の受け手の興味をダイナミックに学習し、それに合わせた情報提供を行うシステムを提案するものである。システムは、情報提供者とシステムのユーザの双方の概念空間を学習することにより、効果的なコミュニケーション支援を実現している。研究所案内に応用した実験により、その有用性が検証されている。

 第1章は序論であり、本研究の背景、位置付け、および目的を述べている。

 第2章では、コミュニケーション支援、情報流通と情報収集、知的CAI、知識の共有と再利用などの関連研究を調査し、本研究の特徴を述べている。

 第3章では、本研究の主題であるコミュニケーション支援システムについて、基本的アイディア、言葉の定義、前提、期待される効果などを述べている。

 第4章では、構築したシステムの構成を述べている。ユーザの質問および提供された情報に対する反応からユーザの興味を検出し、システム内の概念空間を動的に再構成し、ユーザの質問には直接あらわれていなくても興味があると推定される情報を積極的に提示するシステムが提案されている。システムの全体構造、情報提供者が用意する情報、興味の推定方法、情報の推薦方法、および興味空間の可視化の手法のそれぞれについて、詳述している。

 第5章では、提案したシステムを研究所見学に適用した実験について述べている。ATR知能映像通信研究所オープンハウスにおいて、訪問者に対して、訪問者の興味に応じた研究内容紹介を行う、という実験を行うための設定を検討している。実験の前提、規模、実施方法などについて詳細に論じている。

 第6章では、5章で設定した実験を実際に行った結果を述べている。38人の被験者に対して行った実験について、システム利用の効果を詳細に分析している。その結果、好奇心旺盛でどんどん興味が変化するユーザ、興味が固定されているユーザ、提供される情報の分野にあまり興味のないユーザのそれぞれに対して、システムが異なる効果を与えたことが示されている。いずれの場合にも、本論文で提案した手法が有効に働く事が実証されている。

 第7章では、本システムの評価を行っている。6章で得られた実験結果を踏まえて、情報提供の個人化、好奇心の活性化、概念間連鎖の限界、システムの規模、扱う情報の領域、計算時間などの観点から評価と考察を行っている。

 第8章は、結論であり、本研究の成果をまとめ今後の課題を示している。

 以上を要するに、本論文は、ユーザの興味に応じて情報提供を行う新しい方法を提案し、実験によりその有効性を確認したものであり、工学上寄与するところが大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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