本論文は、「個人の概念空間を利用したコミュニケーション支援に関する研究」と題し、8章からなる。 現在の情報化社会においては、WWW(World Wide Web)上の情報をはじめとして種々雑多な情報があふれており、その中から自分が欲しい情報を得ることは困難になっている。多くの情報検索システムの研究がなされてきたが、そのほとんどが、ユーザの興味をうまくとらえることに成功していない。たとえば、ある分野の専門家と素人では欲する情報が当然異なるが、その差を自動的に検出して対処するようなシステムは、これまでなかった。本論文は、情報の受け手の興味をダイナミックに学習し、それに合わせた情報提供を行うシステムを提案するものである。システムは、情報提供者とシステムのユーザの双方の概念空間を学習することにより、効果的なコミュニケーション支援を実現している。研究所案内に応用した実験により、その有用性が検証されている。 第1章は序論であり、本研究の背景、位置付け、および目的を述べている。 第2章では、コミュニケーション支援、情報流通と情報収集、知的CAI、知識の共有と再利用などの関連研究を調査し、本研究の特徴を述べている。 第3章では、本研究の主題であるコミュニケーション支援システムについて、基本的アイディア、言葉の定義、前提、期待される効果などを述べている。 第4章では、構築したシステムの構成を述べている。ユーザの質問および提供された情報に対する反応からユーザの興味を検出し、システム内の概念空間を動的に再構成し、ユーザの質問には直接あらわれていなくても興味があると推定される情報を積極的に提示するシステムが提案されている。システムの全体構造、情報提供者が用意する情報、興味の推定方法、情報の推薦方法、および興味空間の可視化の手法のそれぞれについて、詳述している。 第5章では、提案したシステムを研究所見学に適用した実験について述べている。ATR知能映像通信研究所オープンハウスにおいて、訪問者に対して、訪問者の興味に応じた研究内容紹介を行う、という実験を行うための設定を検討している。実験の前提、規模、実施方法などについて詳細に論じている。 第6章では、5章で設定した実験を実際に行った結果を述べている。38人の被験者に対して行った実験について、システム利用の効果を詳細に分析している。その結果、好奇心旺盛でどんどん興味が変化するユーザ、興味が固定されているユーザ、提供される情報の分野にあまり興味のないユーザのそれぞれに対して、システムが異なる効果を与えたことが示されている。いずれの場合にも、本論文で提案した手法が有効に働く事が実証されている。 第7章では、本システムの評価を行っている。6章で得られた実験結果を踏まえて、情報提供の個人化、好奇心の活性化、概念間連鎖の限界、システムの規模、扱う情報の領域、計算時間などの観点から評価と考察を行っている。 第8章は、結論であり、本研究の成果をまとめ今後の課題を示している。 以上を要するに、本論文は、ユーザの興味に応じて情報提供を行う新しい方法を提案し、実験によりその有効性を確認したものであり、工学上寄与するところが大きい。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |