学位論文要旨



No 113965
著者(漢字) 欽,偉剛
著者(英字)
著者(カナ) チン,ウェイカン
標題(和) 朱熹と『参同契』テキスト
標題(洋)
報告番号 113965
報告番号 甲13965
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(文学)
学位記番号 博人社第242号
研究科 人文社会系研究科
専攻 アジア文化研究専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 蜂屋,邦夫
 東京大学 教授 丘山,新
 東京大学 教授 末木,文美士
 東京大学 教授 川原,秀城
 東京大学 教授 小川,晴久
内容要旨

 いわゆる丹經『参同契』は、後漢時代の魏伯陽が完成した最初の道教丹鼎派の理論的な著作であると思われる。

 この後漢時代に成立したと思われる丹經『参同契』にまつわる諸々の問題において、思想と文献の形成については、さまざまな研究が行われている。しかし、こういう研究成果を積み重ねた研究書の中には、宋元時代の『参同契』テキストに関する文献学的な研究があまり見られなかった。

 本稿は、南宋時代の道教と『参同契』の注本、刊本との関係から、朱熹『参同契考異』を重点的に考察し、それを通して、宋元時代の『参同契』テキストの実態状況を解明するものである。

 947年に刊行の彭曉(五代後蜀)注釈の『参同契分章通真義』は、現存する最古の『参同契』テキストであると思われる。一般の研究者も、彭曉本のような形態のテキストを通して、五代以降の『参同契』テキストの実態状況を認識し、その上で研究を進めてきた。

 しかし、朱熹『参同契考異』が刊行する前の道書(丹經、丹訣)を考察してみると、南宋前期の道書には、彭曉注『参同契分章通真義』の姿が、あまり見られなく、我々が常識的に認識している『参同契』テキストが、唐宋時代の丹經、丹訣と混同する不安定な状況に落ちていることがわかる

 朱熹が、こういう『参同契』テキストの不安定な状況から、彭曉注本を選び出し、彼の提出したいわゆる「先天学」の『参同契』起源説に従い、五代、北宋頃に成立した陳搏・邵雍の「先天学」の解釈方向から、『参同契』テキストを削除、改正し、その上で彼の注釈書『参同契考異』を著した。

 朱熹『参同契考異』の完成後、朱熹『参同契考異』の影響を受けたさまざまな『参同契』注釈書が生まれ、南宋時期の『参同契』テキストの唐宋時代の丹經、丹訣と混同する不安定な状況が、終息を迎え、陳搏・邵雍の「先天易学」思想から『参同契』を解釈する儒学者朱熹の丹道思想も、兪などの『参同契』注釈者を通して、道教の金丹道の内修思想の形成にも影響を与えた。

 従来の『参同契』研究は、朱熹『参同契考異』が、宋元時代の『参同契』刊本と道教の内丹学の内修思想の形成に与えた影響に余り関心がなかったので、こういった問題に対して、今後も引き続き、研究する必要があると考える。

審査要旨

 欽偉剛氏の論文『朱熹と『参同契』テキスト』は、道教の代表的テキストである『周易参同契』について、南宋・朱熹の『参同契考異』を手がかりにして、その形成と展開を詳細に研究したものである。『参同契』は後漢の魏伯陽が著したとされるが、その難解な内容と、事実上、由来が不明であることによって、従来極めて利用しがたいものであった。本論文は南宋の『道枢』に収録された諸『参同契』テキストによって唐宋時代の原『参同契』諸本を考察し、それらが朱子の『参同契考異』によって現今の『参同契』に取って代わられたこと、定説では『参同契』を含めて漢代の象数易がそのまま宋・邵雍の『皇極経世書』の「先天易学」の思想的淵源になっているとされるが、漢代の象数易や原『参同契』諸本の思想にはそうした「先天易学」の思想は見あたらず、朱子の解釈を通してそのように定められたものであること、『参同契』注の現存最古のものとされる五代・彭暁『参同契分章通真義』も、現存のものは彭暁の原書から朱熹が「先天易学」の解釈に合わない部分を削除したものであること、などの点を明らかにした。さらに、例えば四庫全書編纂時点の評価では朱子の『参同契』研究はほとんど後世に影響力がなかったと言われているが、実際には朱子以後の注本、刊本に大きな影響を与えたことを解明した。これらは画期的な研究成果であり、本論文によって始めて『参同契』の正しい位置づけとその性格、価値が定められたと言える。これらは道教学のみならず、朱子学の性格についても光をあてるものである。

 本論文は博士論文の分量として少ない感じを与えるかもしれないが、短文の中に多くの意味を込めたもので、清朝考証学の精髄を思わせるようなできばえである。今後は、朱子の解釈にそいつつ、全真教南宗の道教学をも融合させた兪氏『参同契発揮』などを継続して研究すべきであろう。

 よって本論文は博士(文学)学位授与に十分に値する論文であると判断する。

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