学位論文要旨



No 113969
著者(漢字) 呉,在烜
著者(英字)
著者(カナ) オ,ゼフォン
標題(和) 韓国自動車企業の生産管理と作業組織 : 日本式生産方式の導入と限界
標題(洋)
報告番号 113969
報告番号 甲13969
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(経済学)
学位記番号 博経第129号
研究科 経済学研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 橋本,壽朗
 東京大学 教授 中村,圭介
 東京大学 教授 藤本,隆宏
 東京大学 教授 和田,一夫
 東京大学 教授 佐藤,博樹
内容要旨

 本稿は、韓国自動車企業の生産管理と作業組織の実態を、日本の自動車企業、特にトヨタでの生産管理方式との比較で考察し、韓国自動車企業の生産方式の特質と問題の一端を明らかにすることを目的とする。具体的にいうと、本論文の課題は、日本式の生産管理の概念や手法が、通常言われている以上に多く導入されていること、しかし、それがうまく機能していない実態とその理由をまず明らかにし、その分析結果から韓国自動車企業の生産管理の問題と、それをめぐる従来研究の限界を論じることである。

 本研究は、日本企業の生産管理で見られる「現場労働者の生産管理への関与」に注目し、また作業標準の作成と改訂を中心とした現場主体の改善活動や、工数低減を中心とする低減活動、そして「目標原価管理」というコントロール方式、そして問題改善を促すとされるJIT方式などに留意して韓国自動車企業の実態分析を行った。

 実態分析から明らかになった要点を述べると、まず、工程管理においては事例企業であるH自動車とK自動車はともに、トヨタと異なって、ALCシステムやLANおよびVANシステムといった情報システムが工程管理の主要手段となっていること、また、これらの情報システムに支えられて、月間、週間、順序計画が立てられ、混流生産、平準化、同期化などの生産コンセプトが追求されていることが確認された。また、H自動車では、完全混流生産が取られているが、K自動車では一部の工程ではロット方式で混流生産されていること、組立工場と部品工場や内製部品工場との間での部品納期においては一部多仕様の大型部品に対して序列供給方式が両社に導入され、部品供給の面での同期化が行われており、また、他の部品に対しても納期の短縮、ロットサイズの縮小などが見られた。

 しかし、日程計画は、月間計画で最終仕様が決められるなど、市場需要の変化を弾力的に反映する仕組みにはなっていない。また、生産量に応じてタクトタイムの変更と職務の再編成が弾力的に行われていない。最大混流比率に合わせて要員量が決められ、それが固定的となっている。このような状況で、生産量や混流比率が変動すると、ロス・タイムは当然大きくなる。さらに、もっとも進んだ納期方式を取っている「直序列」メーカーや内製部品工場においても生産の同期化は生産工程レベルでは実現されていない。その結果、中間在庫をさらに圧縮することは難しく、生産工程上の問題点を顕在化することには限界がある。

 要するに、事例企業における工程管理には、トヨタ方式の手法やコンセプトは一部適用されているものの、その本質ともいえる生産工程のさまざまなムダを顕在化させ、その改善を促すという志向はあまり観察されない。それより、情報システムを基本手段とする工程管理の主たるねらいは、在庫の削減そのものとそのコストの低減に主眼が置かれているのである。

 作業管理の実態分析からは、作業現場への権限委譲は行われているようにみえるが、標準作業書は形式上あるだけで実際にはほとんど作成されていないか、作成されていても現場独自の作業分析によらない方法で作成され、実際の作業は標準のないままで進められている現状が浮き彫りになった。このことが生産管理にさまざまな問題を引き起こしている。生産量の大きな変動の時、タクトタイムの変更が行われるが、両社ともに、要員量の算定根拠をめぐり労使間で対立が起こっており、結局、力ずくの解決で終わるというパターンとなっている。また、両社は原価低減という方針を決め、その達成手段として工数低減を管理方針と定めてはいるが、それが作業現場で推進されることはない。結果的に、両社において原価低減は、材料費やエネルギー費などに向けられることになっている。

 一方、品質管理において事例企業両社はともに「工程内作り込み」の姿勢ははっきりしている。工程内での品質異常のチェックとその手直し、そして不良情報のフィードバックなどの仕組みは備えているが、トヨタと異なる方式で達成されている。一般作業員による品質異常チェック・発見と現場管理者による手直しより、キーパーやチェックマンという専門チェック要員に任されている。不良情報も標準作業の改訂につながっておらず、日常の品質管理から出された品質問題が作業グループで検討され、それが改善提案やQCサークルによる問題解決へとつながることもない。こうした結果、最終組立ラインの後に、大量の修理員を配置せざるを得なくなっている。

 最後に、労務管理についてみると、K自動車は生産職に号俸制を設けているなどH自動車より進んでいるという違いはあるものの、両社はともに、職級制度に身分格差的要素が依然として残っており、恣意的な査定への反動から組合の人事考課への反発が強いなどの問題を抱えている。結果的に、賃金そのものは引き上げられたものの、それがスキル蓄積と改善に対するインセンティブとして機能せず、昇進と昇給に関する労務管理は労働者たちを動機付けることには失敗している。

 こうした生産管理上の問題の理由について本研究は次の三点が重要と見る。第一は、労務管理上の問題である。身分格差的制度、恣意的な査定などへの反発があること、職級や職級システムが労働者を動機づけることに失敗している。それが現場労働者の生産管理への積極的な関与への障害要因となっている。第二に、生産管理の基礎となる標準作業が作業現場で定着していないという問題である。この結果、次のような問題が生じている。たとえば、各作業者のサイクルタイムがタクトタイム内に入るかどうかはやってみなければわからない。品種の生産量の変動に対応して混流比率は変わることにより、それぞれの工程においてムダな手待ち時間が当然発生するが、それは書類上では現れてこない。その結果、改善の余地はなくなる。また、不良が出たときに、それが標準作業方式の通りに作業をしなかったことによるのか、部品が悪いのか、標準作業方式そのものに無理があるのか分からず、改善につながらない。さらに、生産量の変動に対応するため、タクトタイムと要員量の変更を行おうとするが、その根拠をめぐり対立が起るのが常で、労使間の交渉は結局力ずくの交渉となりがちである。最後に、工数低減を行おうとしても、その基準たる標準が徹底していないので、どこの部分を改善するかもわかり難く、改善したとしても標準として定めることがないので、持続されない。

 第三に、このように標準作業が軽視されている背景には、作業改善に基づいた工数低減、原価低減がこれまで事例企業でさほど重視されていなかったということがある。H自動車より早い時期から原価低減活動を展開していたK自動車も、その主たるねらは工数低減ではなく、部品や材料費の節約にあった。1980年代を通じて製造原価に占める労務費の比重は低かったことがその背景にある。1990年以降、賃金が高騰し、労務費の比重が急速に高まり、なおかつ、価格面での競争力も相対的に低下しているという事態に対処するため、原価低減や工数低減を強調するようにはなってきているものの、工場の現場では依然として、生産台数重視、あるいは直行率などの品質関連指数重視の管理が続いている。

 工場の管理者が工数低減に消極的な理由には作業者や組合の反対もあるが、それ以外に生産台数や直行率という管理目標を達成するため、大量の間接要員を抱えておきたがるという事情がある。修理員などの間接要員は一種のムダ、あるいは余力で、それを大量に抱えている状態で、原価低減のため、作業改善を行い生産ラインから人を省こうという意欲はわかないのは当然であろう。もう一つ、管理者の消極性の理由には、「目標原価システム」の不備の状況で、原価低減の実績に対して責任追及が事実上難しいということがある。本社は原価低減という方針を決め、それを達成を各事業部へ促しているものの、それをコントロールする手段は整備していない。これも、これまで原価低減にそれほど関心を向けてこなかったことを示すものである。

 要約すると、現場へ生産管理機能の一部を移譲し、作業グループの積極的な関与と問題解決を求めているものの、実際にはそれが現場作業者によって遂行されておらず、その結果、日本式の生産管理は機能していない要因として、本論文では、現場作業者の問題解決に対するインセンティブ仕組みの不備と、問題解決の手段となる標準作業の軽視、そして工数低減活動をコントロールしていくための手段の不備とそれに対する管理者の消極性などを取り上げた。

 このような結果が従来研究に与える示唆については、第一に、単一車種内という限界はあるものの、バリエーションはかなり増えていること、それがH自動車においては完全混流方式に基づいていること、したがって段取り替えを瞬時に行える柔軟的機械が多く導入されていること、限界はあるものの、生産の平準化、同期化が図られていることなどである。これらの生産概念あるいは手法は典型的フォード生産方式(すなわち、伝統的アメリカ生産方式)のイメージとはかなり異なるものである。しかし、だからといって、このことが韓国自動車企業の生産方式が柔軟的生産方式、あるいはトヨタの生産方式であるということにはならない。手法や概念は導入されているものの、その機能は制約されており、JIT生産方式のもっとも本質的な部分、すなわち、問題の顕在化とその改善を促すという考え方は受け入れていないように見えるからである。

 また、標準作業が作業現場に定着していないという問題が大きい。これを見ると、韓国自動車の生産方式がフォード方式から柔軟的生産方式へ移行しているか否かということの以前の問題、すなわち、作業の標準化という両システムの前提となるものが韓国自動車企業においてはまだ十分には整っていないと考えられる。これは、韓国自動車企業の生産方式がテイラー主義やフォード方式から柔軟的生産方式へ移行しているか否かという議論で暗黙的に受け入れている前提、すなわち、テイラー主義やフォード主義の段階があったという前提を疑問視する必要があることを示唆しているものである。

審査要旨

 1、この論文は、日本の自動車企業、とくにトヨタ自動車の生産管理方式を基準にとって、日本的な生産方式を導入している韓国の自動車企業2社の生産方式、とくに生産管理、作業組織、品質管理の特質と問題点を解明することを目的としている。以下、その内容を章ごとに簡単に要約すると次のようになる。

 2、第1章「課題と方法」では、既述の目的を述べた後で、「韓国では日本式の生産管理がなぜうまく機能しないのかという単純な問題関心」から課題が選択されたことが示される。そして、日本、韓国における先行研究がレビューされるが、それによって、先行研究は現代韓国自動車企業の生産管理方式の評価において様々であるものの、1980年代までの生産方式がテイラー主義、フォード主義であったという点では共通の認識を持っていたことを明らかにする。しかし、韓国の生産方式をテーラー主義であると評価した先行研究は、もっとも基本的な作業の標準化がどの程度定着しているかという点の実証研究を怠ってきており、また、生産管理の考え方を検討することがないという難点があると批判される。したがって、生産管理、作業組織、品質管理、労務管理についての実証的な検討が必要であると結論づけて、冒頭で述べたこの論文の目的の意義を先行研究との関係から明らかにする。

 そして、基準となるトヨタ方式の基本が説明され、韓国自動車産業の急成長と成長過程で噴出した韓国製自動車の「品質問題」、労働生産性の伸び悩みと労働コストの上昇を確認し、事例企業の韓国自動車産業に占めるシェアや履歴などが説明される。

 第I部「生産日程計画と工程管理」は第2章「H自動車のケース」と第3章「K自動車のケース」という2つの章で構成される。この2つの章では工程管理システム、生産日程計画、混流生産と平準化生産、部品の納入方式が詳細に検討される。その内容を掻い摘んで述べれば、2つの事例企業は、トヨタと異なって、工程管理を計画した当初から、ALCシステム、LAN、VANシステムといった情報処理システムを導入し、それを主要な工程管理の手段としていた。この情報システムに依存して、月間、週間、順序生産計画がたてられ、混流生産、生産の平準化と同期化が追求されている。ただ、実現している内容には相違があって、H自動車では完全混流生産が実現しているが、K自動車では一部の工程をロット生産に戻した混流生産方式であった。また、組立工場と内製部品工場・サプライヤーとの間の納入方式では、一部の多仕様の大型部品に関しては両社とも序列供給方式を導入し、部品供給における同期化がはかられているし、他の部品に関しても納期の短縮、ロットサイズの縮小が見出せた。ただ、納期の同期化の進展度という点ではH自動車の方が進んでいた。

 しかし、明らかな問題点も露呈している。日程計画は月間計画で車両ごとの最終仕様が決定されているため、ユーザーニーズの変動に弾力的に対応するシステムにはなっていない。また、生産量の変動に合わせてタクトタイムを弾力的に変更することや作業組織、職務を弾力的に編成することはできないでいる。したがって、最大混流比率を基準として要員数が決定され、それが固定するシステムである。「作業組織の柔軟性の欠如」が制約要因として浮かび上がる。このシステムの下で生産量、混流比率が変動すると手待ちのロス・タイムが大きくなる。また、同期化についても、最も同期化された内製部品工場、「直序列」メーカーでも生産工程における生産の同期化は行われていないから、サプライヤーのバッファー在庫によって調整されている。このため、中間部品在庫を今以上に圧縮することができないだけでなく、同期化の効果である生産工程上の問題点を顕在化させ、その改善を図るための手懸かりが失われている。

 約言すれば、2つの事例企業における工程管理には、トヨタ生産方式の手法、コンセプトはかなり適用されているものの、トヨタ方式の本質というべき生産工程上のムダを顕在化させ、その改善を図るという機能は見出せない。情報処理システムを核とする既存の生産管理システムを与件として、組立工場の在庫削減が追求され、生産工程の改善に基づかない単純なコスト削減が追求されているにとどまる。

 第II部「生産管理と作業組織」も第4章「H自動車のケース」と第5章「K自動車の生産管理と品質管理」という2つの章で構成される。

 作業管理の実態分析では、一見作業現場への権限移譲が実施されているようにみえるが、詳しく観察、分析すると、標準作業書は形式的には作成されることになっているが、実際にはほとんど作成されていない。また、作成されている場合でも現場の作業とは無関係に技術者によって作成されている。したがって、浮き彫りにされたのは、実際の作業は標準化が行われないままに進められていることである。

 標準作業の実質的不在が生産管理に様々な問題を発生させている。たとえば、生産量が大きく変動するとき、タクトタイムを変更しなければならないが、H、K両社とも合理的な要員数算定の根拠を持たないから、労使間の厳しい対立が発生する。しかも、その対立を調整するルールもないから、結局、「力ずくの解決」が問題の発生に度にはかられることになる。また、両社ともコスト低減の手段として工数低減を唱えてはいるが、標準化が行われていないから作業現場で工数低減を推進することはできない。したがって、コスト低減は主として材料費、エネルギー費を対象として進められる他はない。

 こうした標準作業の軽視には、事例企業では工数低減の意義が理解されていないという問題点がある。かつて1980年代には製造原価に占める労務費の比率が低かったという条件もある。しかし、それだけではなく、工場の管理者が生産台数、稼働率、直行率という管理目標を重視し、それを達成するため、多数の間接要員を抱えておくことに利益を見出しているからであり、標準化が進まないため原価管理が不備になるという条件の下で工数減少による原価低減が評価されないという問題もある。

 他方、品質管理に関しては、2つの事例企業は日本方式を学んで品質の「工程内作り込み」の明確な方針をとっている。そして、工程内における品質異常のチェックと異常の手直し、異常に関する情報のフィードバックの仕組みは備えられている。しかし、異常の手直しはトヨタシステムのように一般作業者が行うのではなく、キーパー(H社)やチェックマン(K社)と呼ばれる専門要員が担当している。しかも、このキーパー等の人員はかなりの数に達している。フィードバックの仕組みはあっても、品質不良情報は標準作業の改訂に活かされる条件はない。また、日常的な品質管理活動は実施されているが、そこで発見された品質問題が作業グループで検討され、それを改善提案やQCサークルによる活動に結びつけることもできていない。このため、最終組立ラインの後に、多数の修理要員を配置せざるを得なくなっている。H社ではこの要員が組立作業員の25%に達する。

 上記のように2-5章で解明された韓国自動車企業の問題点はその労務管理に関連する、ないしは起因することが示唆されていた。それをごく簡略にしめせば、作業現場における職務の配分は、「作業者の間での話し合いやインフォーマルな内部慣行」など労働者の自治的な決定に依存し、年長者にアドバンテージが与えられ、彼等は仕事の難易ではなく、その仕事が休みが取りにくい作業か、3K作業かという観点から仕事を評価して、休みやすく汚れの少ない仕事、つまり「好まれる職務」が勤続年数の長いベテランに割り振られ、経験の短い労働者が厳しい作業に従事することになる。賃金制度の設計と機能を中心に労務管理を検討したのが第6章「労務管理」である。

 労務管理の実態をみると、K自動車は生産職に号俸制を採用していて、それのないH自動車とは異なる(進んでいる)などという相違はあるものの、両社ともに職級制度に依然として「身分的格差要素」を残存させていて、恣意的な査定への現場作業者、労働組合から反発もあって人事考課が十分には機能していない。したがって、賃金に関しては定期的な昇給はあるものの、それは一律に配分されるか、号俸制をとったK自動車では等しく毎年2号俸上がり、7年で昇給するから、それらが労働者にとってはスキル蓄積、工場のインセンティブとしては機能していない。また、班を超えたローテーションはないし、保全部にはローテーションの概念がない。こうした労務管理は「依然として1970年代のシステムが維持されている」。

 こうした労務管理上の問題点が存在することによって、現場労働者が生産管理に積極的に関与することを妨げている。「生産管理の合理化は労務管理の合理化を伴っておらず、(2つのサブ・システム)の不適合が生産管理の合理化を制約する要因となっている」のである。

 最後の第7章「結論」では、まず、上記の本論の内容が要約されるとともに、先行研究と対比して次のような点を指摘している。第一に、韓国自動車企業では、ある程度生産のバリエーションは大きくなり、混流生産も取り入れられ、段取り替えを短縮する機械も導入され、生産の平準化、同期化にも取り組まれているし、品質を工程で作り込もうとしているから、その生産方式は典型的なフォードシステムでもないし、それが崩れたものでもない。しかし、第二にそれは日本式生産管理でもない。日本的生産管理のコンセプト、手法は導入されされているが、その最も本質的な部分である絶えず生産システムに内在する問題点を顕在化させて、その改善をはかって行くという考え方は受け入れられていないからである。

 先行研究が問題にしてきたフォード生産方式から「柔軟的生産方式」への移行が進んでいるかいないかという点に関して言えば、韓国自動車企業では、2つの生産方式の前提である作業の標準化が整っていないことが問題であることになる。したがって、同時に韓国自動車企業にフォード方式、テイラー主義が定着していたということも誤りである。

 そして、最後に日本式生産管理がいかなる経路でどのように理解されて受け入れられたか、労務管理を制約する要因としての労使関係の仕組みなどが残された課題であることが指摘される。

 3、まず、本論文を高く評価できる点を3点指摘しておく。第一に指摘するべき事は、トヨタ(日本)生産システムに関する正確で深い理解と幅広い知識を基礎にして、韓国自動車企業の生産計画、工程管理、作業組織、品質管理、そして労務管理を、徹底的に詳細かつ体系的、整合的に分析したものであって、韓国自動車産業に関する分析でこれほどの高い水準に達したものはほとんど皆無であろう、という点である。そして、韓国自動車産業の成長の要因とそれが直面する限界がクリアカットに示されている。しかも、体系的、整合的に分析して優れた成果になっただけでなく、生産管理の個々のサブシステムの分析においても注目すべきファクト・ファインディングが数多く存在する。たとえば、週生産計画でロット生産に戻す関係、作業標準作成の不備と実態との関係、作業組織を編成を決定している要因の摘出などがそれである。

 したがって、第二に韓国の自動車企業、つまりは韓国製造業の生産システムはテイラー/フォード方式か、日本方式か、あるいは韓国独自かという論争点を超えて、導入し、学習した生産管理、品質管理の手法が学習されなかった労務管理と大きくズレ(不適合)ていて、そのズレのために生産管理、品質管理のシステムに機能の障害をもたらしている点を明らかにしたことが高く評価されるべきであろう。

 また、韓国自動車企業の問題点を明らかにすることを通じて、逆にトヨタ生産方式における生産計画、工程管理、作業組織、品質管理、労務管理というサブ・システムが生産管理という1つのシステムをいかに機能させているか、を浮き彫りにしてもいる。日本方式の生産管理について理解を深めるのに貢献する点でも評価できる。これが第三点である。

 もちろん、本論文にも改善を望まれる点や問題点もある。細かな論点を別にすれば、第一に、第1章において本論文の分析枠組みを明示的に示すべきであったであろう。読者からいえば、この章は読みにくいし、1章が読みにくいということは論文全体を読みにくくする。たとえば、第1章の4節、つまり最終節で記述されている韓国自動車産業の問題点を、最初の節に位置づけて、説明し、先行研究がその問題についてどのように取り組み、いかなることを解明し、何を解明できずにいるか、あるいは何をどう誤解している可能性があるかをレビューして、課題を狭義の生産管理システム、作業組織、労務管理に限定する意義を明らかにしておけば、本論文の分析の理論的な意味もより明快になったであろう。

 第二に、狭義の生産管理システムと労務管理のズレが後者の遅れと単純に評価されているが、仮に労務管理が労働慣行に規定されてなかなか変わりにくいとすれば-あるいはそういう仮定を考えて考察すれば、それは単なる遅れの問題に解消できない論点を含むであろう。そうした視点をもって、労働慣行を企業にとって与件である条件の1つと考えると、そうした現実に適応しようとしたH社と適応志向の低いK社の相違という問題も、両社の業績の差を踏まえて検討しえたであろう。

 また、第三に、第6章では労務管理が賃金の問題に限定されて考察されているが、作業組織分析を踏まえて明らかになりつつあった労働慣行を改めて、整理し、分析して、ジョブ・ローテーションがなぜ展開できないのかをもう少し立ち入って分析することが望ましかったと思われる。

 4、本論文は以上のような課題を残すとはいえ、それらはいずれも今後の研鑽によって改善されるであろうし、本論文の貢献、評価を覆すようなものではない。以上からみて、審査委員は全員一致して本論文を博士(経済学)の学位を授与するにふさわしい業績と認定し、ここに審査報告を提出する次第である。

 審査委員

 佐藤博樹

 中村圭介

 橋本寿朗

 藤本隆宏

 和田一夫

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