学位論文要旨



No 113976
著者(漢字) 神崎,素樹
著者(英字)
著者(カナ) コウザキ,モトキ
標題(和) ヒト協働筋の神経筋活動特性
標題(洋) The Characteristics of Neuromuscular Activity in Human Synergistic Muscles
報告番号 113976
報告番号 甲13976
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第194号
研究科 総合文化研究科 総合文化研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 福永,哲夫
 東京大学 教授 小林,寛道
 東京大学 教授 大築,立志
 東京大学 助教授 深代,千之
 東京大学 助教授 金久,博昭
内容要旨 緒言

 身体運動は,運動課題に応じて複数の筋群が協力的に機能することにより円滑に遂行される.それらの筋群の集合体は協働筋(synergistic muscles)と呼ばれ[Sherrington l913],その協働筋の役割については,これまでに運動制御という観点から捉えられてきた[Tax et al.1989;1990].しかし,長時間に亘る筋活動時の協働筋の役割は明らかにされていない.日常生活においては,姿勢保持あるいは歩行といった低強度の長時間に亘る筋活動が大半を占める.近年の研究結果によれば,長時間に亘り低強度の静的筋活動を実施した場合,協働筋間で顕著な筋放電の交替(活動交替)が観察されるといわれている[Sjogaard et al.1986].しかし,その発現要因は不明であり,それを明らかにすることは,低強度の長時間運動における協働筋の果たす役割を捉えるうえで重要であると考えられる.本研究は,膝伸展動作の協働筋である大腿四頭筋を観察の対象とし,協働筋を構成する筋群の疲労特性の違い(研究1),低強度の静的膝伸展運動を長時間実施した場合に観察される協働筋の活動交替の特性(研究2),活動交替の発現要因(研究3),両側同時力発揮時の活動交替(研究4)を検討した.それらの結果を基に,低強度・長時間の静的膝伸展運動時に観察される協働筋の活動交替の発現要因を明らかにし,その機能的意義を探求することを本研究の目的とした.

研究1:協働筋の疲労特性の違い

 本研究は,大腿四頭筋を構成する筋群の筋収縮性(muscle contractility)の低下にともなう機械的活動(発揮張力および運動単位の動員様式)の変化を明らかにするために,最大随意収縮(MVC)による静的膝伸展運動を50回(3秒間収縮-3秒間弛緩)繰り返した際の大腿直筋(RF),外側広筋(VL),および内側広筋(VM)の筋音図(mechanomyogram;MMG)を導出し,MMGの積分値(iMMG)を記録した.被検者は男子7名であった.その結果,発揮張力は収縮回数30回までは直線的に低下し,それ以降は一定となった.iMMGも発揮張力の減少とともに低下し,その低下の程度はRF>VL>VMであった.大腿四頭筋における速筋線維の占める割合は,RFが他の協働筋よりも高い[Johnson et al.1973].したがって,iMMGにおける協働筋間の差異は,筋線維タイプが関与していることが示唆された.

研究2:協働筋の活動交替の特性

 協働筋の活動交替の発現頻度,筋間の組み合わせ,および発現する発揮張力レベルを明らかにするために以下の2つの実験を行った.

 実験1:2.5%MVCの静的膝伸展運動中(60分間)にRF,VLおよびVMからEMGを導出し,大腿四頭筋の活動交替の発現頻度およびその組み合わせを検討した.活動交替の頻度は,EMG積分値(iEMG)系列の変化速度を基に算出した.被検者は男子11名であった.60分間の運動中,RFとVLおよびRFとVMとの間では活動交替が観察され,その発現頻度はそれぞれ6.9±0.5回および7.4±0.8回であった.しかし,VLとVMとの間に活動交替は観察されなかった.この結果により,大腿四頭筋の活動交替にはRFが強く関与していることが示唆された.

 実験2:2.5,5.0,7.5および10.0%MVCの静的膝伸展運動を疲労困憊に至るまで(最大60分)行ったときの活動交替の頻度を算出し,大腿四頭筋の活動交替の頻度と発揮張力レベルとの関係について検討した.被検者は男女6名であった.10.0%MVCでは,活動交替が観察されなかった.一方,7.5%MVC以下の場合には活動交替が観察され,その発現頻度は2.5%MVC>5.0%MVC>7.5%MVCであった.この結果により,発揮張力に依存するIb群線維活動および上位中枢から運動ニューロンへの入力の増大が,活動交替を誘発する要因をマスクしていると考察した.

 以上の実験1および2により,RFと他の協働筋との間に存在する末梢のフィードバック機構が,大腿四頭筋の活動交替に関与していると考察した.

研究3:協働筋の活動交替の発現要因

 協働筋の活動交替の発現要因を明らかにするために4つの実験を行った.

 実験1:研究1および2の結果から,大腿四頭筋の活動交替はRFの筋収縮性の低下に関連している可能性が考えられた.本実験では,それを検証するために次の3つの異なる条件による膝伸展運動を実施した.

 条件1:2.5%MVCの静的膝伸展運動を60分間行う.

 条件2:最大努力(MVC)による静的膝関節伸展運動を50回繰り返した(あらかじめ大腿四頭筋全体の筋収縮性を低下させる)直後,条件1の運動を行う.

 条件3:最大努力(MVC)による静的股関節屈曲運動を50回繰り返した(あらかじめRFのみの筋収縮性を低下させる)直後,条件1の運動を行う.

 被検者は男女10名であった.その結果,条件2および3の活動交替の頻度は,条件1に比較して有意に高かった.一方,条件2と条件3の活動交替の頻度には差がみられなかった.このことは,RFの筋収縮性の低下が大腿四頭筋の活動交替に強く関与している可能性を示すものであり,その機序としてIa群線維活動の低下および代謝産物等の蓄積によるIIIおよびIV群線維活動の増加などの末梢のフィードバック機構が,協働筋の活動交替を誘発している可能性が考えられた.

 実験2:2.5%MVCの静的膝伸展運動中に観察される活動交替は,激しい生理学的振戦を伴う.従来の分析方法では,生理学的振戦の協働筋毎の評価は不可能であった.本実験では,MMGを用いて,活動交替時のRF,VLおよびVMのMMG信号の相対的振幅および平均周波数を検討した.被検者は男女6名であった.MMGの平均周波数は,いずれの筋においても8-10Hzであった.これは,2.5%MVCの静的膝伸展運動中に観察される振戦がIa群線維由来の伸張反射の変動[Freund 1983]であることを意味している.また,RFのiMMGの相対値は,VLおよびVMよりも有意に高い値であった.これらの結果により,2.5%MVCの静的膝伸展運動時におけるRFのIa群線維活動は,他の協働筋に比して大きいことが示唆された.

 実験3:実験1より,大腿四頭筋の活動交替はRFの筋収縮性の低下が関連していることが示唆された.しかし,筋収縮性の低下はIa群線維活動の低下およびIII,IV群線維活動の増大の両方に影響を及ぼす.本実験では次の2つの条件による膝伸展運動を設定し,Ia群線維の機能低下が活動交替に及ぼす影響を検討した.

 条件1:2.5%MVCの静的膝伸展運動を60分間行う.

 条件2:RFの近位部に機械刺激(振幅:2〜3mm,周波数:30Hz)を30分間与えた(あらかじめRFのIa群線維の機能低下を誘発させる)直後,条件1の運動を行う.

 被検者は男子5名であった.その結果,条件2における活動交替の頻度は,条件1に比較して有意に高く,RFのIa群求心性線維活動の低下が活動交替を誘発する要因であることが示唆された.

 実験4:Ia群線維活動は血流制限の影響を受けること[Lippold 1970],活動交替は筋内圧の変化を伴うこと[Sjogaard et al.1986]から,Ia群線維活動が血液供給と関連している可能性がある.本実験は,2.5%MVCの静的膝伸展運動時におけるRFおよびVLの血液量変化を近赤外分光法により検討した.被検者は男女6名であった.各筋の血液量変化は,EMGの活動交替と同期した.しかし,その量的変化はiEMGと負の関係を示した.この結果により,2.5%MVCの静的膝伸展運動時におけるIa群線維の活動低下には,iEMGの増減にともなう筋内圧の変化が関与していると考えられ,血液供給の制限が活動交替発現の1つの要因であることが推察された.

 以上の実験1〜4により,RFのIa群求心性線維の機能低下が大腿四頭筋の活動交替の発現要因であることが明らかになった.

研究4:両側同時力発揮時における協働筋の活動交替

 2.5%MVCの静的膝伸展運動時おける大腿四頭筋の筋活動レベルは,安静立位時のそれに相当する.本研究は2.5%MVCの静的両側膝伸展運動時における協働筋のEMG活動を検討した.被検者は男女4名であった.両側とも,研究2および3でみられた協働筋の活動交替が観察された.さらに,その活動交替は両側で同期する傾向にあり,それぞれの筋のiEMG系列の相互相関関数は,遅延時間0秒でピーク値が得られた.この結果は,両側の活動交替が同期していることを意味しており,両側力発揮時において観察される活動交替には,末梢だけでなく上位中枢からの入力も関与している可能性が考えられた.

結論

 低強度・長時間の静的筋活動時に観察される協働筋(大腿四頭筋)の活動交替は,2関節筋として特異的な神経回路をもつRFのIa群求心性線維活動が誘発していることが明らかになった.この協働筋間の活動交替は,長時間の静的筋活動時において筋疲労を抑え,運動をより長く持続するうえで重要な役割を果たすと考察した.

審査要旨

 本論文「Characteristics of Neuromuscular Activity in Human Synergistic Muscles:ヒト協働筋の神経筋活動特性」は,ヒト膝伸展動作の協働筋である大腿四頭筋を観察の対象とし,低強度の静的膝伸展運動を長時間実施した場合に観察される協働筋の活動交替の特性を定量的に捉え,その発現要因を明らかにしたものであり,身体運動科学における研究の新しい方向を示すものとして注目される.本論文は以下のようにまとめられる.

研究1:協働筋の活動交替の特性

 協働筋の活動交替の発現頻度,筋間の組み合わせ,および発現する発揮張力レベルを明らかにするために以下の2つの実験を行った.

 実験1:2.5%MVCの静的膝伸展運動中(60分間)に大腿直筋(RF),外側広筋(VL)および内側広筋(VM)から表面筋電図(EMG)を導出し,大腿四頭筋の活動交替の発現頻度およびその筋群の組み合わせを検討した.活動交替の頻度は,EMG積分値(iEMG)系列の変化速度を基に算出した.被検者は男子11名であった.60分間の運動中,RFとVLおよびRFとVMとの間では活動交替が観察され,その発現頻度はそれぞれ6.9±0.5回および7.4±0.8回であった.しかし,VLとVMとの間に活動交替は観察されなかった.この結果により,大腿四頭筋の活動交替は,2関節筋と単関節筋との間にのみ観察されることが明らかになり,特にRFが強く関与していることが示唆された.また,活動交替の頻度は時間の経過に伴って増加した.この結果から,筋収縮性の低下(impaired muscle contractility)が活動交替の発現と関連していることが考えられた.

 実験2:2.5,5.0,7.5および10.0%MVCの静的膝伸展運動を疲労困憊に至るまで(最大60分)行ったときの活動交替の頻度を算出し,大腿四頭筋の活動交替の頻度と発揮張力レベルとの関係について検討した.被検者は男女6名であった.10.0%MVCでは,活動交替が観察されなかった.一方,7.5%MVC以下の場合には活動交替が観察され,その発現頻度は2.5%MVC>5.0%MVC>7.5%MVCであった.この結果により,低強度の力発揮時に重要であるIa群求心性線維活動が,活動交替の発現に関与している可能性が推察された.

 以上の実験1および2により,RFの筋収縮性の低下が,大腿四頭筋の活動交替に関与していると考察した.

研究2:協働筋の活動交替の発現要因

 協働筋の活動交替の発現要因を明らかにするために5つの実験を行った.

 実験1:研究1の結果から,大腿四頭筋の活動交替はRFの筋収縮性の低下に関連している可能性が考えられた.本実験では,それを検証するために次の3つの異なる条件による膝伸展運動を実施した.

 条件1:2.5%MVCの静的膝伸展運動を60分間行う.

 条件2:最大努力(MVC)による静的膝関節伸展運動を50回繰り返した(あらかじめ大腿四頭筋全体の筋収縮性を低下させる)直後,条件1の運動を行う.

 条件3:最大努力(MVC)による静的股関節屈曲運動を50回繰り返した(あらかじめRFのみの筋収縮性を低下させる)直後,条件1の運動を行う.

 被検者は男女10名であった.その結果,条件2および3の活動交替の頻度は,条件1に比較して有意に高かった.一方,条件2と条件3の活動交替の頻度には差がみられなかった.このことは,RFの筋収縮性の低下が大腿四頭筋の活動交替に強く関与している可能性を示すものであり,その機序としてIa群線維活動の低下および代謝産物等の蓄積によるIIIおよびIV群線維活動の増加などの末梢のフィードバック機構が,協働筋の活動交替を誘発している可能性が考えられた.

 実験2:2.5%MVCの静的膝伸展運動中に観察される活動交替は,激しい振戦を伴う.従来の分析方法では,生理学的振戦の協働筋毎の評価は不可能であった.本実験では,筋の機械的活動を反映する筋音図法(MMG)を用いて,活動交替時のRF,VLおよびVMのMMG信号を検討した.被検者は男女6名であった.RFのMMGの振幅はVLおよびVMよりも有意に高い値であった.さらに,その信号の平均周波数は8-10Hzであった.これは,2.5%MVCの静的膝伸展運動中に観察されるRFの振戦がIa群線維由来の伸張反射の変動[Freund 1983]であることを意味している.また,これらの結果により,2.5%MVCの静的膝伸展運動時におけるRFのIa群線維由来のフィードバックの貢献は,他の協働筋に比して大きいことが示唆された.

 実験3:実験1より,大腿四頭筋の活動交替はRFの筋収縮性の低下が関連していることが示唆された.しかし,筋収縮性の低下はIa群線維活動の低下およびIII,IV群線維活動の増大の両方に影響を及ぼす.本実験では次の2つの条件による膝伸展運動を設定し,Ia群線維の機能低下が活動交替に及ぼす影響を検討した.

 条件1:2.5%MVCの静的膝伸展運動を60分間行う.

 条件2:RFの近位部に機械刺激(振幅:2〜3mm,周波数:30Hz)を30分間与えた(あらかじめRFのIa群線維の機能低下を誘発させる)直後,条件1の運動を行う.

 被検者は男子5名であった.その結果,条件2における活動交替の頻度は,条件1に比較して有意に高く,RFのIa群求心性線維活動の低下が活動交替を誘発する要因であることが示唆された.

 実験4:Ia群線維活動は血流制限の影響を受けること[Lippold 1970],活動交替は筋内圧の変化を伴うこと[Sjogaard et al.1986]から,Ia群線維活動の低下は血液供給の制限と関連している可能性がある.本実験は,2.5%MVCの静的膝伸展運動時におけるRFおよびVLの血液量変化を近赤外分光法により検討した.被検者は男女6名であった.各筋の血液量変化は,EMGの活動交替と同期した.しかし,その量的変化はiEMGと負の関係を示した.この結果は,2.5%MVCの静的膝伸展運動時においても筋活動の増大に伴う筋内圧等の増加により血液供給の制限が起こっていることを示している.さらに,この血液供給の制限がIa群線維の活動低下に関与している可能性が考えられた.

 以上の実験1〜4により,RFのIa群求心性線維の機能低下が大腿四頭筋の活動交替の発現要因の1つであることが明らかになった.

結論

 低強度・長時間の静的筋活動時に観察される協働筋(大腿四頭筋)の活動交替は,7.5%MVC以下の強度で発現すること,2関節筋と単関節筋との間にのみ観察されること,その頻度は時間の経過とともに増大することが明らかになった.さらに,2関節筋として特異的な神経回路をもつRFのIa群求心性線維活動が活動交替の発現要因の1つであることが示唆された.

 このように,神崎素樹氏の論文は長時間筋活動中に見られる大腿伸筋群の活動交代を定量し,そのメカニズムを明らかにしたもので,身体運動科学の分野における意義は非常に大きいものがある.

 従って,神崎素樹氏により提出された本論文は東京大学大学院課程による学位(学術)の授与に相応しい内容と判定した.

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