本研究では人間の意思決定は第1段階の情報の提示(入力)、第2段階の直感的評価段階、第3段階の合理的評価段階、第4段階の総合評価と最終決定段階、第5段階の行動(出力)の5段階のプロセスを経て行なわれるとした。本研究では各段階のそれぞれに焦点をあて、各段階のより詳細なプロセスの分析を行った。
5.決定にもとづく行動段階 最終決定段階で行った決定を行動として表す段階である。例えば、商品の選好順位を最終的に決定した後の最も順位の高い商品を実際に購買する行動を意味する。構造モデル的アプローチでは「出力」といわれている。
上記で示した5段階の意思決定モデルの枠組みを主に1、2章で示した。
3章では意思決定の重要な要素である主観確率評価について分析を行なった。
このとき、事象の主観確率評価は、第1段階の事象の分類、第2段階の分類した各事象(分類事象)の主観確率評価、第3段階の分類事象の主観確率の統合という段階を経て行なわれ、代表性バイアスが規範からの逸脱現象を引き起こすとして、評価の認知プロセスを示したモデルの提案を行なった。
まず、代表性が高い事象は客観確率の過大評価が行なわれ、代表性が低い事象は客観確率の過小評価が行なわれるとし、代表性が主観確率評価に影響を及ぼすと仮定した。
更に、各事象の主観確率の統合プロセスにおいて、代表性が高い事象の主観確率は重要視されるが、代表性が低い事象の主観確率は軽視され、統合が行なわれるとした。
従来の研究では、規範からの逸脱現象の記述モデルは提案されたが、規範から逸脱する認知的プロセスを示すモデルの提案は行なわれていない。しかし、本研究において、規範からの逸脱現象を引き起こす心的バイアスを代表性バイアスと明確化することにより、心的バイアスが評価プロセスに影響を及ぼす認知的プロセスを示すことを可能とした。実験による検証の結果、モデルの妥当性が確認された。
4章から6章は意思決定プロセスのモデル提案を行なった。各章では、提案したプロセスの各段階ごとのプロセスの分析を行なった。
4章では第2段階の直感的評価段階におけるモデルの提案を行なった。直感的評価段階による事象の評価は以下の性質を持つを仮定し、実験による検証を行なった。
直感的評価段階における意思決定者は、代替案の全属性の評価を考慮し、各属性の評価の統合を行なうのではなく、全属性の中で最もメリットが高く、デメリットが低い属性のみに注目し、代替案の評価を行なう。また、各属性の評価については、意思決定者は属性間の差異を拡張し、属性間の差別化を行なう。この結果はSaito,Rumelhart,Shigemasu(1998)により示されている。
検証の結果、モデルの妥当性が確認された。
5章では第3段階の合理的評価段階における意思決定プロセスのモデルの提案を行なった。この段階のプロセスは以下のような性質を持つと仮定し、実験による検証を行なった。
本研究では、合理的評価段階においては、属性の効用評価と属性の重要度評価が行なわれると仮定している。
このとき、属性の効用評価は時間の経過には影響を受けず、意思決定者の性格に依存し、意思決定者固有の主観的尺度によって評価される単独評価である。また、悲観的決定者は楽観的決定者より、代替案間の属性効用の差別化行なわれにくい。
属性の重要度は代替案間の属性効用の差によって規定される比較評価であるといえ、代替案間の属性効用の差が大きいほどその属性の重要度は高くなる。しかし、この関係は決定状況に依存し、決定状況が軽視される有利な状況においては、重要度の属性間の差別化は行なわれやすい。しかし、反対に、決定状況が重要視される不利な状況においては、重要度の属性間の差別化は行なわれにくい。
検証の結果、モデルの妥当性が確認された。
6章では第4段階の総合評価と最終決定段階における意思決定プロセスの分析を行なった。
このとき、総合評価と最終決定段階における評価、決定プロセスの性質を以下のように仮定し、実験による検証を行なった。
総合評価は代表的な属性の重要度を基に行なわれ、最終決定は総合評価を基に行なわれる。また、意思決定者により潜在的な閾値を設定が行なわれ、最終決定値に到達すると、意思決定者は代替案間の明確な差別化が行なわれた判断し、最も高い総合評価の代替案が選択される。代替案の総合評価は、最終決定値に到達するまでは、全属性を総合的に評価し、属性の重要度から総合評価を行なうが、反対に、潜在的な閾値である判別不可能値に到達すると、総合的な総合評価は放棄され、直感的な評価、決定が行われる。このとき、直感的な評価、決定とは、代替案の最大メリット値と最大デメリット値のみを考慮し、代替案の評価を決定することを意味する。つまり、合理的評価段階において属性間の差別化が促進されると、最終決定値に到達し、最終決定が速く行なわれると主張したモデルである。反対に、合理的評価段階において属性間の均一化が促進されると、最終決定値には到達せず、反対に、判別不可能値に到達し、直感的決定にスイッチする。
検証の結果、モデルの妥当性が確認された。
このような各段階の意思決定プロセスモデルからは、意思決定プロセスは合理的評価段階において差別化と均一化に行動が分岐したとしても、最終決定においては、結局、差別化が行なわれるという結論が得られる。つまり、意思決定プロセスの合理的評価段階において差別化が行なわれた場合、最終決定値への到達が速く行なわれ、結果的に時間的に速く最終決定が行なわれるが、合理的評価段階において均一化が行なわれた場合は、差別化がなかなか行なわれず、評価時間が長くなるが、最終的には直感的評価による差別化が行なわれるといえる。
従来のプロセス追跡的アプローチによるモデルでは、代替案の差別化の現象は示されていたが、代替案間の差別化は同じプロセスを経て行なわれるとされてきた。しかし、本研究では最終決定においては同じ差別化の傾向がみられても、その傾向は属性の差別化と均一化による評価という全く異なった評価プロセスを経て引き起こされているという新しい知見が得られた。つまり、本研究で提案したモデルは、合理的評価段階における均一化プロセスが"迷う"行動の心的プロセスであり、差別化プロセスが"即決する"行動の心的プロセスであると考えることができる。
意思決定のプロセスを追跡したモデルの提案は、従来の研究においても行なわれている。しかし、これらのモデルは定式化が行なわれていないため、再現性の確認が困難であり、机上の空論であるという批判を受けていた。しかし、本研究ではプロセスを追跡したモデルを定式化することにより、再現性を確認し、心的プロセスの明確化を可能とした。一方、定式化したモデルによる意思決定現象の検証は、従来の多くの研究において行なわれている。しかし、これらのモデルはプロセスの追跡や、心的プロセスの時間経過による変化を表現が行なわれていなかった。本研究では意思決定プロセスを時間継続的行動として捉え、プロセスを複数の段階に分類し、各段階におけるモデルの提案を行なった。このことにより、時間経過による心的プロセスの変化の表現を可能とした。
本研究では二者択一問題における意思決定行動など、基本的な意思決定行動に焦点をあて、モデルの提案を行なった。基本的な意思決定行動の分析により、緻密な行動の分析が行なえたと考える。本モデルは各意思決定者に対応した行動の予測が可能であり、商品のマーケティングなどの領域への適用可能性も十分期待できる。