細胞骨格は細胞形態維持、細胞運動など重要な機能をもち、主要構成タンパク質とそれに付随する調節・結合タンパク質からなる。各細胞骨格系は、主要構成タンパク質および結合タンパク質の性質・活性によって特徴的な動態・機能をもつ。これらのタンパク質は細胞外からの刺激・ストレスに応じてその動態を変化させる。本研究では、このような細胞の適応の機構を解明することを目的とし、第一部では、ストレスタンパク質による微小管タンパク質の保護機構を、第二部では、外的刺激にともなうアクチンマイクロフィラメント系の調節機構をとりあつかう。 第一部ストレスタンパク質Bクリスタリンの微小管タンパク質チューブリンに対するシャペロン活性 低分子量ストレスタンパク質(低分子量熱ショックタンパク質;small heat shock protein;以下、sHSPと略す)は種々の組織・細胞において構成的に発現し、細胞に対してストレス耐性を与えることが分かっている。sHSPの機能のひとつは細胞骨格の重合調節であるといわれている。特に、アクチン系の重合調節はリン酸化によって調節されており、MAPキナーゼ系による制御をうけることが知られている。このことから、細胞外刺激に応じたアクチン系の再編成に関与することが示唆されている。sHSPのひとつであるクリスタリンB鎖は特に骨格筋・心筋で発現が高く、また、アクチン系・中間径フィラメント系の重合調節をおこなうことが知られている。本研究では、クリスタリンB鎖の細胞骨格への関与、特にもうひとつの細胞骨格系である微小管系への関与を調べた。 筋芽細胞株L6の細胞抽出液をもちいてBクリスタリンの免疫沈降をおこなったところ、微小管タンパク質チューブリンが共沈した。この共沈は免疫沈降実験を低温(4度)で行った場合には観察されなかった。チューブリンは極めて不安定なタンパク質としてしられており、また、クリスタリンには他のレンズタンパク質の凝集抑制などのシャペロン活性があることが報告されているので、上記の複合体形成はBクリスタリンのシャペロン様活性によるものであることが予想された。これを確かめるため、Bクリスタリンをウシレンズクリスタリンから、チューブリンをブタ脳からそれぞれ精製し試験管内で分子シャペロン様活性が見られるかを検討した。チューブリン単独で37度でインキュベートすると急速に変性し凝集体を形成する。このため、350nmでの吸光度は上昇する。一方、Bクリスタリン共存下ではこの凝集体形成は著しく抑制された(図A、B)。また、反応液中での両タンパク質の状態を調べるため、Bクリスタリン非存在下・存在下において37度で5分・3時間・6時間インキュベートしたサンプルをショ糖勾配超遠心法により分画した。Bクリスタリン非存在下では、チューブリンが巨大な(>300S)凝集体を形成し時間とともに遠心チューブの底のフラクションから回収される量が増えた。このとき、中間的なフラクションからはチューブリンが回収されなかった。一方、aBクリスタリン存在下では300S以上のチューブリンの凝集体の形成が著しく抑制され、中間的なフラクションからチューブリンが回収された。このフラクション中にはBクリスタリンも回収された(図C、D)。このことから、Bクリスタリンは変性したチューブリンを結合し、チューブリンの凝集を抑制していることが考えられた。 sHSPのシャペロン活性は、基質タンパク質の認識において非常にnativeな構造に近い構造を認識すると考えられている。チューブリンの変性過程はその初期において二次構造を維持したままで疎水的な面をさらすという報告があり、本研究で見られたBクリスタリンのチューブリンへの結合はこれらの報告に沿ったものである。また、変性チューブリンは未変性チューブリンの重合阻害を起こすことが知られており、本研究で得られたBクリスタリンとチューブリンの複合体形成はこの重合阻害の抑制というかたちで微小管細胞骨格の重合調節を行いうることが示唆された。実際に、試験管内で、Bクリスタリンは変性チューブリンの微小管重合阻害を抑制するらしいことがわかった(大日方、新井、跡見、未発表)。 図表A.Bクリスタリンによるチューブリン凝集化の抑制。PC-チューブリン(1.5mg/ml)をBクリスタリンの非存在下(3)、存在下(1;0.05mg/ml,2;0.1mg/ml)で37度でインキュベートし、350nmで濁度を測定した。 B.A.での6時間後の濁度をBクリスタリンの濃度に対してプロットした。 C.Bクリスタリンによるチューブリンの巨大な凝集体の形成の抑制。Bクリスタリンの非存在下(aB-C(-))、存在下(0.1mg/ml,aB-C(+))で5分、3時間、6時間37度でインキュベートしたサンプルを10-40%のショ糖勾配超遠心法により分画した。チューブリン単独では巨大な凝集体を形成しているが、Bクリスタリンの存在下では中間的な大きさのフラクションから回収された。 D.Cと同様のサンプルをチューブリン、Bクリスタリン両方について定量した。チューブリンの回収された中間的なフラクションからはBクリスタリンも回収された。第二部アクチン結合タンパク質コフィリンのリン酸化による制御機構 アクチン細胞骨格は様々な細胞外刺激に応じて再編成される。この再編成にはアクチン調節タンパク質が重要な働きをする。アクチン結合タンパク質コフィリンはG-、F-アクチンの両方に結合しpH依存的にF-アクチンを脱重合・切断する。コフィリンはアクチン動態をよりダイナミックにすることが解っている。この活性は少なくとも2つの制御を受ける。イノシトールリン脂質結合による不活性化とSer-3のリン酸化による不活性化である。さまざまな細胞種において、細胞骨格再編成を伴う細胞刺激に応じて急速にコフィリンが脱リン酸化されることが報告されている。また、コフィリンの過剰発現は細胞性粘菌Dictyosteliumにおいてラッフル膜様のアクチン構造を誘導することが解っている。これらは、細胞刺激に伴い特にラッフル膜などのダイナミックなアクチン構造の再編成においてコフィリンの活性型(脱リン酸化型)のフォームが重要であることを示唆する。一方で、最近になって、コフィリンをリン酸化するキナーゼとしてLIMキナーゼが同定された。ヒト扁平上皮ガン細胞KB細胞においては、LIMキナーゼは低分子量GTP結合タンパク質RhoファミリーのRacを介してinsulin刺激に伴うラッフル膜形成時に活性化されることが示されている。これは、コフィリンがリン酸化され不活性化されることを意味する。この報告は、先に述べたダイナミックなアクチン構造の再編成時における活性型コフィリンの重要性という点に関して先行研究と相反している。 本研究では、アクチン再編成におけるコフィリンの役割を探る上で重要な制御機構であるリン酸化の動態を検討した。まず第一に、全体としてのリン酸化量の変化を非平衡pH勾配電気泳動(non-equilibrium pH gradient electrophoresis; NEpHGE)とimmunoblotを組み合わせた系で検討した。36-48時間の血清飢餓をおこなったKB細胞に5mg/mlのinsulinで刺激を加えたところ、NEpHGE上ではわずかに脱リン酸化型が増加した。しかしながら、NEpHGEによる全体としてのリン酸化型・脱リン酸化型の量の変化の解析は、キナーゼとホスファターゼの両方の活性化・不活性化の結果の解析であるため、両側面での制御のいずれが活性化・不活性化されているか明らかでない。そこで、次にコフィリン上のリン酸基のターンオーバーに関しての実験を行った。 まず、コフィリンへのリン酸の取り込みが刺激により高進するかどうか検討した。刺激されていないKB細胞では、およそ半分のコフィリンはリン酸化型であり残り半分が脱リン酸化型であった。正リン酸により比較的長時間標識した細胞ではコフィリン上のリン酸基は平衡状態に達してしまうためNEpHGEによる解析と同様の結果となり、リン酸化の高進(キナーゼの活性化)の解析には適さないと考えられた。そこで、KB細胞を0.2mCi/ml正リン酸で短時間(5分間)プレラベルを行った後、刺激を行った。細胞抽出液から抗コフィリン抗体によりコフィリンを免疫沈降し、SDS-PAGE後にBas2500でコフィリンに相当するバンドの放射活性を測定した。コントロール細胞では時間の経過にともなって直線的にコフィリンへの32Pの取り込みが増加した。一方、insulin刺激細胞では少なくとも刺激後20分までは32Pの取り込みが増加しなかった。この結果は脱リン酸化が活性化されたものである可能性があるため、以下の実験を行った。 正リン酸0.1mCi/mlで2時間標識したKB細胞を10分間放射ラベル不含のDMEMに換えたのち、刺激を行った。コフィリン上に残存する32Pの活性を免疫沈降により解析した。コフィリンに残存する放射活性は、insulin刺激した細胞とコントロール細胞でほぼ同様の減少を示した。したがって、本実験の条件ではinsulin刺激によってコフィリンのリン酸化が抑制され、脱リン酸化がほぼ変化しないことで、コントロール細胞と比較して全体として脱リン酸化型(活性型)のコフィリンが増加することがわかった。この結果から、insulin刺激によってコフィリンをリン酸化するキナーゼが不活性化されることが示唆された。 以上のことから、insulin刺激に伴ってコフィリンは活性化されることが明らかとなった。このことは、動的なアクチン構造であるラッフル膜の形成時にはコフィリンは活性化されることを意味する。コフィリンリン酸化による不活性化でF-アクチンが蓄積することでラッフル膜が形成されるというモデルは本実験からは支持される結果は得られなかった。 |