学位論文要旨



No 113981
著者(漢字) 石濱,裕規
著者(英字)
著者(カナ) イシハマ,ヒロキ
標題(和) センサー技術を利用した身体障害者のコミュニケーション支援に関する研究
標題(洋)
報告番号 113981
報告番号 甲13981
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第199号
研究科 総合文化研究科 総合文化研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 河内,十郎
 東京大学 教授 大築,立志
 東京大学 教授 福林,徹
 東京大学 助教授 丹野,義彦
 東京大学 助教授 酒井,邦嘉
内容要旨

 本研究は,主にハイテクエイドを利用する身体障害者,特に脳性まひ者の方々におけるスイッチ,マウスなどのフィッテイングの難しさを改善するために,センサー技術を活用したスイッチおよびマウスを開発し,その評価を行うという内容のものとなっている。運動障害のためにコミュニケーションにおいて難渋することの多い人達が自らの意志で生活環境を改善するためのツール,改善できるツールを提供することが本研究の目指す所である。

 重い運動障害を持つ人が、パソコン等の入力操作を行う際には、様々な困難があるが、大別すると、a)筋力が低下するために動きが乏しい、あるいは動かせる身体部位が少ない場合(ALS,筋ジス等)、b)不随意運動、筋緊張のために巧緻性が乏しく、多くの身体部位が不必要に動いてしまう場合(脳性マヒ等)に分けられる。

 操作スイッチに求められる条件として、a)の場合、1)感度がよく操作に要する力が少なくてすむ操作スイッチが必要となる。b)の場合、2)随意的な動きのみに応答する操作スイッチが必要となる。また、障害の違いにより随意運動が可能な部位は異なるので、3)より多くの身体部位での操作が可能であるスイッチが望ましい。さらに、キーボードやプッシュスイッチなどの外部の視覚目標に対する運動が要求される場合、緊張の高い脳性まひの人では、入力操作中に姿勢が変化する結果、目標との位置関係が変動し入力困難となることが多いので、4)姿勢の変化の影響を受けにくいことも操作スイッチの条件となる。同時にその場合、筋緊張・不随意運動がより高まるという問題があるので、5)不随意運動・筋緊張の高まりをもたらしにくいことも重要な条件となる。

 以上のような条件を満たす操作スイッチを開発するため、次の2つのセンサを活用したスイッチ開発を行ってきた。

 1)ショックセンサ:加速度を検出する衝撃センサであり、身体が外部対象に接触する際の衝撃力を捉えるのに適している。

 2)ジャイロセンサ:物体の回転運動を角速度として検出するセンサであり、ヒトの動き、とくに関節運動を捉えることに適している。

 1)ショックセンサとして、村田製作所製のショックセンサPKGS-00LCを用いた。これは、ノートパソコン用のハードディスクドライブにおいて、振動や衝撃によってデータを誤って書き込むことを回避するために用いられている表面実装型センサであり,加速度(衝撃や振動など)を瞬時に検知でき,加速度に比例した電圧を出力として取り出せるセンサである。

 ショックセンサを用いたスイッチは、衝撃検知部と,センサ信号を解析して随意・不随意運動の区別をする信号処理部からなる。衝撃検知部は、人体可動部に装着し,身体が外部対象に接触する場合,あるいは外部対象に接触しなくとも特定の意図的動作を行う場合に生じる衝撃を入力信号とする身体装着型と,身体外部近傍に固定し身体動作により入力する外部入力型を制作した。信号処理部では,

 (I)センサ信号の差分(微分)を算して、差分値が一定値を超えた場合にスイッチ信号をONにする。

 (II)センサ信号の差分(微分)を計算して、その値が一定の範囲内にある時、スイッチ信号をONにする。

 (III)随意的入力操作の認識がなされてから(スイッチ信号ON出力がなされてから)、一定時間衝撃センサからの信号は無視するというプログラムを考えた。

 2名の脳性まひの方に,足および前腕部にショックセンサを装着して,プッシュ型がスイッチとの比較を行い,以下の様な知見を得た。

 ・プッシュ型に対し外部入力型ショックセンサのほうが高い入力時間効率・入力回数効率を示す傾向にある。

 ・プッシュ型,外部入力型ショックセンサスイッチに対し,身体装着型ショックセンサスイッチのほうが高い入力時間効率・入力回数効率を示し,わずかな動きでの入力動作が可能となり,誤入力がみられなかった。また,入力時間効率の減少は,運動反応時間の短縮を意味している。

 ・身体装着という工夫が入力パフォーマンスの向上に有効であり,また身体装着により閾値設定による誤入力減少効果があり,筋緊張の高まりを防ぐことが可能である。

ジャイロスイッチ

 入力スイッチの制作には、村田製作所製の圧電振動ジャイロ(ENC-05E)を使用した。同ジャイロは、三角柱金属振動子を振動させることによってコリオリの力を検出する振動型の角速度センサであり、軽量(2.7g以下)かつ小型(22×9×8mm)なので身体装着にも適していると判断した。また、同ジャイロは、検出回転軸回りの1方向についてのみの動きの検出がなされるようになっているため、特定方向への関節運動のみの検出が可能となることを期待した。スイッチは,ショックセンサと同様の信号処理部に接続した。

 ジャイロスイッチに関して以下の知見を得た。

 ・健常者では,方向選択的な入力が可能であり,またどの身体部位でも入力可能であったが,多関節運動ではやや入力困難であった。

 ・1名の脳性まひ者で頭部屈曲+回旋動作を用いたショックセンサの評価を行ったが,誤入力が多く,検討の必要があった。

ジャイロマウス

 ジャイロマウスは,検出軸が直交するように配置した2個のジャイロセンサとアンプからなる回転検出部と,回転検出部からのジャイロ信号をデジタル化してセンサに含まれるノイズを除去した後,角速度成分を抽出してマウスカーソルの移動量に変換するディジタル信号処理部からなる。ジャイロは,村田制作所ENC-05Eタイプを2個用いた。センサ信号は回路にて10倍程度で増幅された。回転検出部全体の大きさは30×20×40mmで,全重量は30g程度であった。デジタル信号処理部は,Z-world社製のマイクロコントローラ(LittleStar)と専用のA/D変換ボード(EXP-A/D12)を用いた。A/D変換の精度は12bitであった。コントローラでは,センサ信号からオフセット値とノイズ成分を除去した後,角速度信号を抽出する。この値に一定の係数を掛けて,マウスカーソルの変位量として出力した。

 このジャイロマウスを3名の脳性まひ者に試用して頂き,以下のような知見を得た。

 ・身体の動きがいくらか変わっても入力可能である。

 ・頭部で操作する場合,頭部操作を妨げないスイッチの選択がヘッドポインタとの協調性が重要である。

 ・四肢に装着して用いる場合,多関節運動が生じてしまい入力困難になるため考慮を要する。

 ・頭部の動きにより描画可能であり,表現活動にとって有効である。

審査要旨

 本論文は、重度の運動障害者・児のコミュニケーション活動をハイテクエイドを利用して支援するために、センサー技術を活用したスイッチとマウスを開発し、その有効性を評価したものである。

 第1章の前半では、随意運動に随伴して生じる不随運動と筋緊張の高まりによる誤入力を排除し、さらに作業時の負担を軽減する目的をもつショックセンサスイッチの開発のプロセスとその使用評価の過程が述べられている。

 ショックセンサスイッチは、ショックセンサとして、加速度を瞬時に検知でき、加速度に比例した電圧を出力として取り出せる村田製作所製のPKGS-00LCを用いて作成した衝撃検知部と、そこから出るセンサ信号を解析して随意運動と不随運動を区別する信号処理部とから成る。衝撃検知部は、人体可動部に装着し、身体が外部対象に接触する場合かあるいは外部対象に接触しなくても特定の意図的動作が行われた場合に生じる衝撃を入力信号とする身体装着型と、身体外部近傍に固定して身体動作により入力する外部入力型の二つが用意された。信号処理部の作成にあたっては、まず、脳性まひ者の随意運動遂行時に生じる不随運動と筋緊張の高まりの特性を考慮して誤入力を排除するための作業仮説がたてられ、それに基づいて、(I)センサ信号の差分(微分)を計算して、差分値が一定の範囲内にある時にスイッチ信号がONになる、(II)随意的入力操作が認識されてスイッチ信号のON出力がなされてから後の一定時間、衝撃センサからの信号は無視する、の二点がアルゴリズムの基本原理として設定され、これを満足するプログラムが考案された。

 作成したスイッチの使用評価は、まず、直径約10cmの円形プッシュ型スイッチを、車椅子坐位の状態で主に右下肢で操作して、文字表上を移動するカーソルを止めることによってパソコンに文字を入力してきたアテトーゼ+痙直型の成人脳性まひ者(25歳、男性)を被験者として行われた。入力操作は、身体装着型衝撃検知部を被験者の右足底部に床面に向けて装着し、車椅子坐位の状態で車椅子のフットプレートに固定したベニヤ板にぶつけるかたちが採用され、これによってパソコンに文章を入力する際の効率が評価された。衝撃検知部から生じた出力は直接モニターされ、誤入力かどうかに関する本人からのフィードバックと観察所見を手がかりに、有効入力の閾値の設定が行われ、同時に入力動作はビデオ撮影されて、入力動作に伴う不随運動と筋緊張の亢進を知る手がかりとされた。

 上記の予備的な評価によって、わずかな動きや姿勢の微妙な変化によって生じてしまう微弱な入力をカットする最小動作感度閾値と、入力時の不随運動や筋緊張の亢進によて生じる大きな誤入力をカットする最大動作感度閾値が決定され、この閾値設定のもとで再度評価を行ったところ、作成したスイッチが、随意的入力に対して選択的に応答することが確認された。

 次いで、スイッチの実用性を評価する目的で、同じ脳性まひ者を被験者として、被験者がこれまで使用してきたプッシュ型スイッチとショックセンサスイッチとを用いた場合の10分間の文字入力の効率が比較された。その結果、入力回数自体は両者の間に差はないが、10分間の入力文字数はプッシュ型が24文字なのに対してショックセンサスイッチは33文字で、後者が高い効率で文字を入力できることが明らかとなった。また、誤入力の同数も、プッシュ型が5回に対してショックセンサスイッチは2回で、この点でもショックセンサスイッチの方が優れていることが確認された。

 次に、ショックセンサスイッチの高い実用性が、閾値設定を導入した結果なのか、それとも身体に装着したためなのかを明らかにするために、外部入力型との比較が行われ、外部入力型はプッシュ型よりは優れているものの誤入力が多く、閾値設定だけでは誤入力の減少が得られないことが確認された。また、評価後の疲労度の被験者による自己評価からも、少ない入力であまり疲労を伴わずに使用でき、慣れて来るにつれてさらに少ない入力で使用できるようになる点で、身体装着型ショックセンサスイッチが三種の中では最も優れたスイッチであることが明らかとなった。

 さらに、プッシュ型スイッチがほとんど使用不可能な左足で身体装着型の使用評価が行われ、右足よりは成績が悪いが、左足でも実用化の可能性が認められることが確認された。これは、このスイッチが、今回の被験者よりも重度な運動障害者にも適用可能なことを示しており、また、同一障害者のさまざまな身体部位に装着して疲労に応じて入力身体部位を変えていくことによって、作業を長時間続けることができるようになる可能性も示唆している。さらに、努力性の高いプッシュ型を右足で10年以上も使用してきたことによって、今回の被験者の右足に変形が生じていることを考えると、本論文で考案された努力性の低いショックセンサスイッチには、一層高い評価を与えることができる。

 身体装着型ショックセンサスイッチについては、アテトーゼ+痙直型の重度脳性まひに加えて、てんかんと精神発達運動遅滞なども随伴する重度重複障害児(11歳、男児)のさまざまな姿勢条件での使用評価も行われ、プッシュ型と比較されている。評価は、被験者が関心を示す数少ない対象の一つである動くオモチャを用い、入力操作によってオモチャが2秒間動くという設定で行われたが、最適姿勢(左下側臥位)でスイッチが有効に操作され、被験児がオモチャを意図的に動かせることに強い関心と満足感を示したことが明らかとなった。これは、外界に対してほとんど能動的に働きかけることができない重度障害者・児に、外界に働きかける手段を与えるもので、これを手がかりに認知能力の発達を促す可能性が考えられる点で、重要な意義をもつと評価することができる。

 第2章では、重度運動障害者のマウス操作を容易にするための、ジャイロマウスの開発過程とその使用評価が述べられている。

 ジャイロマウスは、検出軸が直交するように配置した2個のジャイロセンサとアンプからなるジャイロ検知部と、ジャイロ検知部からのジャイロ信号をディジタル化してセンサに含まれるノイズを除去した後に角速度成分を抽出してマウスカーソルの移動量に変換するディジタル信号処理部とで構成されている。

 使用評価は、(1)第4頸椎損傷のために上肢による入力操作が不可能になったアテトーゼ+痙直型脳性まひ者(50歳、男性)の頭頂部、(2)四肢の関節可動域に制限はないものの運動時に筋緊張を伴った不随運動がみられるために、通常のマウスの使用が困難な、アテトーゼ型脳性まひ者(40歳、男性)の、左前腕遠位部外側面と、右前足部足背面、(3)第1章のショックセンサスイッチの評価ユーザーの頭頂部、にそれぞれジャイロ検知部を固定して、モニター上でオセロゲームを行う条件で実施された。

 その結果、(1)では、ジャイロマウスの随意的な操作が可能で、操作時に筋緊張野不随運動がみられず、疲労感もすくなく、実用性が高いことが明らかとなった。(2)の場合は、操作自体は可能なものの、操作性は低く、多関節運動が生じ易い四肢への装着は、四肢の運動が可能な症例でも適切ではないことが示された。最後の(3)では、頭部の安定性が低いために、カーソルを標的まで移動できてもその位置に止めておくことが困難で、実用性は低い、という結果であった。しかし、描画ソフトで自由に描く課題を行ったところ、頭部の随意的な動きによって、さまざまな曲線を用いて自由に絵を描くことができ、被験者は満足感を得ることができた。

 このように本研究は、新たに開発したショックスイッチとマウスの使用評価を、少数の被験者を対象として行ったもので、個別事例研究の域を出ていない、との不満を否定できず、結果の普遍性に問題が残されている。しかし、この種の研究が、個々の事例のニーズに答える装置を開発していくかたちで進められていくものであることを考えれば、本研究で採られているアプローチも評価することができる。装置の開発が、学位請求者が長年接触を続けてきて、障害の様相を熟知した対象の、僅かに残された残像機能を手がかりに進められ、評価も、試行中に生じる被験者の姿勢の変化や疲労を十分考慮して行っているために、通常はこうした評価すら困難な被験者から、信頼性の高い結果が得られている点は評価に価する。運動障害のために外出が困難で、外界との接触の手段としてパソコン操作が重要な意味を持っている重度障害者を対象に、パソコン操作の効率を高めるための装置を新たに開発し、一部の事例でその有効性が確認できた点に、本論文の価値を認めることができる。

 よって本論文は、東京大学大学院総合文化研究科課程博士(学術)の学位請求論文として合格と判定された。

 尚、本論文の内容の一部は、厳格な審査のうえ、「理学療法科学」への掲載が確定している。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54055