走化性はマクロファージや好中球など真核細胞で一般的に見られる細胞運動であるが、その機構については未だ明らかでない部分が多い。そこで私は真核細胞の走化性機構を明らかとするモデル系として細胞性粘菌を用いて、走化性遺伝子の単離と機能解析について研究を行った。 細胞性粘菌は増殖期には均一な単細胞として生活しているが、栄養が枯渇すると胞子形成に至る発生を開始する。発生初期において各細胞はcAMPに対する走化性に基づき集合し、最終的には胞子を形成して次世代へと進む。細胞集合の際に、ある細胞がcAMPのパルスを発生させると、他の細胞がこのcAMPのパルスを細胞膜上のcAMPレセプター(cAR1)で感知する。するとGタンパク三量体を介してadenylyl cyclase(ACA)が活性化し、この細胞が今度はcAMPを細胞外に放出する。一方で、cAMPの刺激により各細胞のcGMP濃度が上昇し、アクチン、ミオシンの重合、脱重合が繰り返され、それぞれの細胞は走化性反応を示す。こうした一連の走化性反応機構を分子レベルで理解するには、外部信号と末端の細胞骨格制御を結びつけている情報伝達系の解明が必要である。本研究では、こうした機構の全貌を明らかとする一助として、cAR下流のシグナル伝達系と細胞骨格制御系の接点を担う遺伝子をクローニングし、その役割を明らかにしようと以下の実験を行った。 細胞性粘菌は半数体であるため容易に変異株を得ることが出来る。そこで、ランダムタギング法の一つであるBsr-REMI(Restriction Enzyme-Mediated Integration)法を用いて細胞性粘菌の変異株ライブラリーを作製した。変異株ライブラリーより約10000株をスクリーニングし、走化性変異株を単離した。得られた変異株より変異遺伝子を含むゲノム断片を回収し全塩基配列を決定したところ、この変異遺伝子は1148アミノ酸のタンパク質をコードした新奇遺伝子であることが判明した。この遺伝子amiA(aggr egation minus)産物のアミノ酸配列をもとにデータベースで検索をしたところ、amiA遺伝子産物(AMIA)は酵母のhypothetical proteinと高い相同性を持つことが分かった。また、ラットとマウスにも相同タンパク質があること確認でき、このことからAMIAは真核細胞において広く保存されていることが明らかとなった。 amiA遺伝子は増殖期及び発生初期に発現していることがノーザンブロットにより明らかとなった。またAMIAは細胞膜と細胞質に局在することがGFPとの融合タンパク質GFP-AMIAを用いた実験で明らかとなった。さらに、ウエスタンブロットによりこのGFP-AMIAは細胞骨格にも局在することが確認できた。即ち、AMIAは、細胞骨格、細胞膜に結合すると同時に、その一部は細胞質にも存在しているタンパク質であった。 続いて、単離したamiA欠損株を作製してその性質を調べた。細胞性粘菌では発生初期に各細胞が放出するcAMPパルスにより走化性に必要なタンパク質をコードしている遺伝子群が活性化され、cAMPリレー機構(cAR1-ACA間のシグナル伝達)が立ち上がる。そこで、amiA欠損株の走化性異常がcAMPリレーの欠損によるものなのか、それとも走化性そのものの異常によるものか検討した。まず、cAMPリレーに必須な因子cAR1とACAの遺伝子発現をノーザンブロットにより調べた。飢餓条件下においただけでは、amiA欠損株はacaA,carAの遺伝子発現レベルは低いが、細胞外よりcAMPのパルスを継続して与えることによりacaA,carAの遺伝子発現は野生株並みに回復した。このことはamiA欠損細胞のcAMPリレー機構は外部から繰り返し与えたcAMPパルスにより立ち上がることを示している。しかし、こうしてcAMPパルスで活性化させたamiA欠損細胞(cAMPリレーが立ち上がっている状態)ではcAMP刺激に対応したACA活性が認められなかった。細胞性粘菌ではcAMPリレー機構においてcAR1からACAに至るシグナル伝達を仲介するタンパク質としてCRAC(cytosolic regulator of adenylyl cyclase),rasGEF、ERK2等が知られている。これらのタンパク質を欠失した細胞は、仮にACAやcARが正常に発現していてもamiA欠損株と同様にcAMP刺激に対応したACA活性が見られない。このことはAMIAは,CRACの様にcAMPリレー機構においてcARからACAへのシグナル伝達に関わる因子の一つであることを示している。 しかし、CRAC等のcAMPリレーに関わるタンパク質の欠損細胞とは異なり、amiA欠損細胞は外からのcAMP刺激に対して走化性を示さなかった。CRACやACAの欠損細胞は野生株と混ぜて発生させると野生株細胞から生じるcAMPパルスに対して反応し、正常に発生を開始する。これに対しamiA欠損細胞はほとんど反応しなかった。また、cAMPリレーの下流に位置するPKAを過剰発現させたところ、cAMPリレーの因子であるCRACやACAの欠損株では発生が胞子形成まで進行した。一方、amiA欠損細胞はの発生は細胞集合以前で停止した。以上の実験結果から、AMIAはcAMPリレーに関わるタンパク質であるとともに、それ以外にも作用点があるものと考えられる。 一方、amiA欠損細胞は増殖期においても異常が観察される。cAMPリレーに欠損がある他の走化性変異株では見られない、貪食作用の昂進、細胞分裂異常がamiA欠損株では見出された。 amiA欠損細胞は野生株に比べ細胞が大きい。そこでDAPIを用いて核を染色したところ、amiA欠損細胞の多くが多核であることが明らかとなり、細胞分裂に異常があることが示唆された。しかし、amiA欠損株は一般的な細胞分裂変異株とは異なる性質を示した。細胞分裂異常株であるmyosin IIやGAPA欠損細胞は振とう培養下ではより重度な多核性を示す。これらの欠損細胞とは異なり、amiA欠損株はdish上で静置培養した際に多核細胞を形成し、振とう培養下では回復する。この結果はamiA欠損細胞は固体基質上でのみ細胞分裂異常が生じることを示している。このような基質上で細胞分裂異常を示す変異株にcoronin欠損株が報告されている。coroninはアクチン結合タンパクの一つであり、AMIAはcoroninの作用点の近傍または類似した機能有しているものと考えられる。 細胞性粘菌の貪食作用は、酵母のような粒子が細胞膜に接触すると、その情報がGタンパク三量体を介して細胞骨格系に伝わり、アクチン骨格系の再構築が生じ、粒子が細胞内に取り込まれるという過程をたどる。amiA欠損株の貪食作用昂進はこの一連の過程の何処に起因するか不明であるが、野生株とは異なりamiA欠損株は一度に複数のphagocytic cupを形成できる。一回の貪食の過程は野生株でもamiA欠損株でも同様に進行するのだが、amiA欠損細胞では貪食に関わるアクチン骨格系が制御不能に陥り一度に多数の粒子を取り込んでいるらしい。 amiA欠損株におけるアクチンの局在をGFP-アクチンを用いて確認したところ、野生株で観察される"クラウン"というアクチンを含む構造体が見られず、F-アクチンが細胞の細胞膜周辺に一様に局在する。また、amiA欠損細胞ではF-アクチンの比率が野生株に比べ高かった。これらの実験事実はamiA欠損細胞ではアクチン骨格制御系が何らかの欠陥を持っていることを示している。 以上の事実からAMIAは、cAR1からACAに至るcAMPシグナル伝達系の一員であると同時にアクチン骨格制御系に何らかの関わりを持っていることを示している。 |