学位論文要旨



No 113987
著者(漢字) 廣瀬,志弘
著者(英字) Hirose,Motohiro
著者(カナ) ヒロセ,モトヒロ
標題(和) IV型コラーゲンの生物学的機能
標題(洋) Biological functions of type IV collagen
報告番号 113987
報告番号 甲13987
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第205号
研究科 総合文化研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 林,利彦
 東京大学 教授 跡見,順子
 東京大学 教授 石浦,章一
 東京大学 助教授 石井,直方
 東京理科大学 講師 深井,文雄
内容要旨 [背景と目的]

 細胞外マトリックス構成成分は、生体内で会合することにより、多様な固相環境を細胞に提供している。多細胞動物における細胞外マトリックスの役割については、フィブロネクチンをはじめとする細胞接着分子とその受容体であるインテグリンの研究や、ラミニンなどが示す細胞分化への寄与が検討されている。細胞外マトリックス構成成分のうち、コラーゲンの細胞機能発現に及ぼす作用については、再構成I型コラーゲンゲルの作用以外にはほとんど報告されていない。IV型コラーゲンは上皮細胞、内皮細胞直下の基底膜の他に、肝臓類洞の星細胞、血管の平滑筋細胞、腎臓糸球体のメサンジウム細胞などの、いわゆる間質細胞の周囲にも存在することが免疫組織化学的検討から確認されている。これらの細胞は、形態的・機能的に類似の細胞で、上皮組織と結合組織の中間に存在し、二つの組織を構造的および生理的に仲介することにより組織の恒常性維持に関与しているとの考えが提出されており、各臓器の線維症などの原因細胞ではないかとも言われている。in vitroで長期培養または継代培養すると、これらの細胞はその分化機能を失い、盛んに増殖するようになる。このように変化した細胞は、病理学的に捉えられている筋線維芽細胞と同等なものとする考えがある。これらの細胞の分化を維持する培養基質として、ラミニンが有効との報告があるが、その活性の維持は比較的短い。また、ラミニンには筋線維芽細胞に変化した細胞の分化を誘導する作用はない。IV型コラーゲンは生体内で会合体を形成している。しかし、IV型コラーゲン会合体の細胞の分化に対する影響を検討した研究は全くない。最近、中里等は、牛レンズカプセルから非酵素的に酢酸抽出したIV型コラーゲンが生理的条件下で再会合し、ゲル状を呈することを報告した。これにより、再構成IV型コラーゲンゲルを細胞培養基質に利用することが可能になった。本学位論文では、再構成IV型コラーゲンゲルを細胞培養基質として用い、IV型コラーゲンゲルが星細胞、筋線維芽細胞様星細胞、筋線維芽細胞様平滑筋細胞の増殖、形態、分化マーカー発現にどのような影響を及ぼすか検討し、IV型コラーゲンの生物学的機能についての手がかりを得ることを目的とした。

[結果と考察]

 細胞増殖は培養細胞を培養皿から剥がした後、コールターカウンターを用いて2、5、10日目に計数することにより評価した。また、細胞形態を位相差顕微鏡下で経日的に観察した。第一章では、初代培養星細胞を用いて検討した。初代培養星細胞細胞はプラスチック培養皿上、I型コラーゲンコート培養皿上、IV型コラーゲンコート培養皿上およびI型コラーゲンゲル上では、経日的に細胞数が増加したがIV型コラーゲンゲル上では細胞数の増加は観察されなかった。初代培養星細胞細胞は、プラスチック培養皿上、I型コラーゲンコート培養皿上、IV型コラーゲンコート培養皿上およびI型コラーゲンゲル上ですべて二極性の形態をとった。一方、IV型コラーゲンゲル上では細胞は極めて細長くなり、互いに突起の先端同士で接合し、全体として多細胞からなるメッシュワークを形成した。生体内での星細胞の形態については詳細な検討が不十分であるが、IV型コラーゲンゲル上での星細胞の形態は、和氣健二郎の組織中でのモデルと同様の形態であると思われた。第二章では、プラスチック培養皿上で継代培養を繰り返し(PDL=28)、旺盛な増殖能を獲得し、筋線維芽細胞に変化した星細胞を同様に培養した。筋線維芽細胞様星細胞は、IV型コラーゲンゲル上でのみ細胞増殖が顕著に抑制された。また、IV型コラーゲンゲル上では、初代培養星細胞と同様な多細胞からなるメッシュワークが形成された。このことは、IV型コラーゲンゲル上で筋線維芽細胞様星細胞は、初代培養細胞と同様の分化状態、すなわち、生体内での正常組織中の星細胞細胞の分化状態に復帰することを示唆している。第三章では、筋線維芽細胞様平滑筋細胞について検討した。筋線維芽細胞様平滑筋細胞もIV型コラーゲンゲル上で、顕著に細胞増殖が抑制され、多細胞からなるメッシュワークを形成した。さらに、IV型コラーゲンゲル上では、筋線維芽細胞様平滑筋細胞内に分化型平滑筋細胞のマーカータンパク質(平滑筋ミオシン重鎖)の発現が誘導された。このことは、IV型コラーゲンゲルには、一度失われた平滑筋細胞の分化状態をもとの正常な分化状態に戻す作用があることを示唆している。線維芽細胞は、正常な生体組織では周囲にIV型コラーゲンが存在しない。線維芽細胞はIV型コラーゲンゲル上でも二極性の形態を示し、増殖も抑制されなかった。IV型コラーゲンゲルに最も特徴的な応答を示したのは、平滑筋細胞関連の細胞であった。生体組織中でIV型コラーゲンと近接して存在する内皮細胞、上皮細飽および骨格筋肉腫細胞について検討した結果、これらの細胞の増殖はIV型コラーゲンゲル上で抑制された。また、内皮細胞、上皮細胞はIV型コラーゲンゲル上では球状の形態を呈し、骨格筋肉腫細胞は細胞同士が接合し、多細胞からなるメッシュワークを形成した。

[結論]

 本学位論文では、IV型コラーゲン、特にIV型コラーゲンから再構成したゲルが細胞機能に対して、これまで検討されてきた細胞外マトリックスとは極めて異なる影響を与えることを、培養細胞の基質として用いることにより初めて示した、。平滑筋関連の細胞、内皮細胞、上皮細胞および骨格筋肉腫細胞は生体組織内でIV型コラーゲンと直接接触するところに存在しているので、培養細胞で得られた結果は生体内でもありうると予想されることから、IV型コラーゲンゲルは、細胞の組織由来特異的な固相環境を提供している可能性がある。

審査要旨

 細胞外マトリックス構成成分は、生体内で会合することにより、多様な固相環境を細胞に提供している。多細胞動物における細胞外マトリックスの役割については、フィブロネクチンをはじめとする細胞接着分子と、その受容体であるインテグリンの研究や、ラミニンなどが示す細胞分化への寄与が検討されてきている。細胞外マトリックス構成成分のうち、コラーゲンは生体組織内で会合体を形成していると考えられる。生体組織中の会合体構造と類似の構造体が、細胞の機能発現にどのような影響を及ぼすかについては、再構成I型コラーゲンゲル用いた検討により、興味深い知見が蓄積されている。しかし、他の型のコラーゲン、特にI型コラーゲン線維と対極的な会合体構造をしているIV型コラーゲンメッシュワークが、細胞の機能にどのような作用を及ぼすかについては、殆ど研究がなされていない。

 IV型コラーゲンは上皮細胞、内皮細胞直下の基底膜の他に、肝臓類洞星細胞、血管平滑筋細胞、腎臓糸球体メサンジウム細胞などの、いわゆる間質細胞の周囲にも存在することが免疫組織化学的検討から確認されている。これらの細胞は、形態的・機能的に類似の細胞で、上皮組織と結合組織の中間に存在し、二つの組織を構造的および生理的に仲介することにより、組織の恒常性維持に関与しているとの考えが提出されており、各臓器の線維症などの原因細胞であろうとも言われている。In vitroで長期培養または継代培養すると、これらの細胞は、その分化機能を失い、盛んに増殖するようになる。このとき、細胞形態は線維芽細胞様になり、I型コラーゲンをはじめとする線維性コラーゲンの産生も増大する。このように変化した細胞は、病理学的に捉えられている筋線維芽細胞と同等なものとする考えがある。これらの細胞の増殖を抑制し、分化を維持する培養基質として、ラミニンが有効との報告があるが、その活性の維持は比較的短い。また、ラミニンには、筋線維芽細胞に変化した細胞の分化を誘導する作用はない。IV型コラーゲンは、生体内で会合体を形成している。しかし、IV型コラーゲン会合体の細胞機能に対する影響を検討した研究は全くない。最近、中里等は、牛レンズカプセルから非酵素的に酢酸抽出したIV型コラーゲンが生理的条件下で再会合し、ゲル状を呈することを報告した。再構成IV型コラーゲンゲルを細胞培養基質に利用することが可能になった。

 廣瀬志弘氏の学位論文は、このような背景において、再構成IV型コラーゲンゲルを細胞培養基質として用い、IV型コラーゲンゲルが初代培養星細胞、筋線維芽細胞様星細胞、筋線維芽細胞様血管平滑筋細胞の増殖、形態、分化マーカー発現にどのような影響を及ぼすか検討し、IV型コラーゲンの生物学的機能についての手がかりを得ることを目的として行った研究からなる。

 本論文の第一章では、初代培養星細胞を用いて検討した。初代培養星細胞は、プラスチック培養皿上、I型コラーゲンコート培養皿上、IV型コラーゲンコート培養皿上およびI型コラーゲンゲル上では経日的に細胞数が増加したが、IV型コラーゲンゲル上では細胞数の増加は観察されなかった。初代培養星細胞は、プラスチック培養皿上、I型コラーゲンコート培養皿上、IV型コラーゲンコート培養皿上およびI型コラーゲンゲル上で、すべで二極性の形態をとった。一方、IV型コラーゲンゲル上では、細胞は極めて細長く伸展し、互いに突起の先端同士で接合し、全体として多細胞からなるメッシュワークを形成した。IV型コラーゲンゲル上での星細胞の形態は、肝臓中の星細胞の形態についての和氣健二郎博士の提出しているモデルと類似している。

 第二章では、プラスチック培養皿上で継代培養を繰り返すことにより、旺盛な増殖能を獲得し、筋線維芽細胞に変化した星細胞を同様に培養した。筋線維芽細胞様星細胞は、IV型コラーゲンゲル上でのみ、細胞増殖が顕著に抑制された。また、IV型コラーゲンゲル上では、初代培養星細胞と同様な多細胞からなるメッシュワークが形成された。このことは、IV型コラーゲンゲル上で筋線維芽細胞様星細胞は、初代培養星細胞と同様の分化状態、すなわち、生体内での正常組織中の星細胞の分化状態に復帰することを示唆している。

 第三章では、血清存在下で継代培養し、増殖活性が増大した筋線維芽細胞様血管平滑筋細胞について検討した。筋線維芽細胞様血管平滑筋細胞も、IV型コラーゲンゲル上で顕著に細胞増殖が抑制され、多細胞からなるメッシュワークを形成した。さらに、IV型コラーゲンゲル上では、筋線維芽細胞様血管平滑筋細胞内に分化型血管平滑筋細胞のマーカータンパク質(平滑筋ミオシン重鎖)の発現が誘導された。このことは、IV型コラーゲンゲルには、一度失われた血管平滑筋細胞の分化状態を、元の正常な分化状態に戻す作用があることを示唆している。正常な生体組織では、線維芽細胞の周囲にIV型コラーゲンは存在しない。線維芽細胞をIV型コラーゲンゲル上で培養したところ、線維芽細胞は、コラーゲンコート培養皿上、I型コラーゲンゲル上と同様な二極性の形態を示し、増殖も抑制されなかった。IV型コラーゲンゲルに最も特徴的な応答を示したのは、血管平滑筋細胞関連の細胞であった。生体組織中でIV型コラーゲンと近接して存在する内皮細胞、上皮細胞および骨格筋肉腫細胞について検討した結果、これらの細胞の増殖は、IV型コラーゲンゲル上で抑制された。また、内皮細胞、上皮細胞はIV型コラーゲンゲル上では球状の形態を呈し、骨格筋肉腫細胞は細胞同士が接合し、多細胞からなるメッシュワークを形成した。

 廣瀬志弘氏の本学位論文での成果をまとめると、以下のようになる。IV型コラーゲンから再構成したゲルが細胞機能に対して、これまで検討されてきた細胞外マトリックスとは極めて異なる影響を与えることが、培養細胞の基質として用いることにより初めて示された。すなわち、IV型コラーゲンゲルは、星細胞、血管平滑筋細胞、メサンジウム細胞の分化を収縮型に維持するのみならず、合成型に脱分化した筋線維芽細胞の分化を収縮型に再分化させる作用を有する細胞培養基質であることが示された。これは、細胞外環境を整えることにより、合成型に脱分化した筋線維芽細胞を正常な収縮型の細胞に戻すことが、原理的に可能なことを示唆している。

 公開にて論文の内容を発表後、本審査委員会において、本論文の内容について詳細に質問、応答を行った上、審査を行った。学位に相応しい研究成果であるという見解で、審査委員全員が一致した。本審査委員会は廣瀬志弘氏の提出した学位論文は、博士(学術)の学位に相当すると判定した。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54675