学位論文要旨



No 113988
著者(漢字) 本間,良太
著者(英字)
著者(カナ) ホンマ,リョウタ
標題(和) 副腎皮質におけるチトクロムP450の分子運動及び活性の分光解析
標題(洋)
報告番号 113988
報告番号 甲13988
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第206号
研究科 総合文化研究科 総合文化研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 川戸,佳
 東京大学 助教授 豊島,陽子
 東京大学 助教授 小倉,尚志
 東京大学 助教授 陶山,明
 東京大学 助教授 上村,慎治
内容要旨

 副腎皮質では、脳下垂体から分泌される副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)の刺激により、ステロイドホルモンの一種であるコルチコイドを生合成している。副腎皮質においてコレステロールからコルチコイドが合成される際に、コレステロールの修飾の各段階で主酵素としてはたらいているのがチトクロムP450と呼ばれるヘム蛋白質である。副腎皮質細胞に取り込まれたコレステロールは、最初にミトコンドリア内膜においてP450sccによってその側鎖を切断される。この反応は、ステロイドホルモン産生の最初の段階であり、律速段階となっている重要な反応である。

 本研究では、膜蛋白質であるP450の蛋白質間相互作用と活性の間の関係を理解することを目的として、分子運動測定により副腎皮質ミトコンドリアのP450について膜環境が変化した場合に蛋白質間相互作用が受ける影響を、また蛍光コレステロールを用いたリアルタイム活性測定によりP450の活性がどのように制御されているかを、それぞれ調べた。

 精神安定剤クロルプロマジンは最もよく研究されている薬物であり、脂質二重膜の中に取り込まれることがよく知られている。定常蛍光異方性を測定により、クロルプロマジンが脂質の流動性を低下させるということが既に知られているが、定常異方性は時間平均したパラメーターのため脂質の分子運動にクロルプロマジンが与える影響について十分な情報を得られていない。また、クロルプロマジンと膜蛋白質との相互作用については、脂質との相互作用に比べてほとんど研究が進められていない。

 本論文の第1章では、クロルプロマジンを加えた副腎皮質のミトコンドリア内膜小胞(SMP)において脂質二重膜の運動を蛍光色素DPHの蛍光を単一光子計数法を用いた時間分解偏光解消測定を行なうことにより、また、膜蛋白質P450の運動をフラッシュフォトリシス偏光解消測定を行なうことによって直接的に測定し、クロルプロマジンが脂質および膜蛋白質に与える影響について、時間分解測定から得られるパラメーターを基に初めて定量的な評価を行なっている。

 脂質の運動は蛍光色素ジフェニルヘキサトリエン(DPH)を膜に取り込ませて、その蛍光を測定する方法を用いた。DPHは棒状の蛍光分子で、脂質二重膜に取り込まれて、円錐形の領域に範囲を制限された揺動運動をすることがよく知られている。本研究でクロルプロマジンを加えたSMPについてDPHの蛍光偏光解消を測定したところ、この揺動運動のcone角Nは42°から39°へと7%低下し、運動範囲は狭まった。したがって、クロルプロマジンによって脂質の運動性は低下する。

 また、膜蛋白質の運動に与える影響を調べるため、SMP中の膜蛋白質でヘム蛋白質であるP450の回転拡散運動を測定した。膜蛋白質の回転ブラウン運動はその回転半径の2乗に比例して運動の速さが遅くなるため、膜蛋白質の膜中での会合体のサイズに敏感である。クロルプロマジンを加えたSMPにおいてフラッシュフォトリシス偏光解消測定を行なったところ、P450の吸収異方性は1100sec程度の回転緩和時間で減衰し、最終的に一定の値になった。残留異方性比r3/r(0)より、運動しているP450の割合を求めたところ、クロルプロマジンを加えることによって、2msecの時間範囲で運動しているP450の割合は28%から23%に5%減少することが分かった。この運動性の低下はSMPの膜中でP450を含む会合体の平均的サイズが大きくなることによる。副腎皮質ミトコンドリアP450への電子伝達系蛋白質であるアドレノドキシン(ADX)やNADPH-アドレノドキシン還元酵素(ADR)を加えることによって、P450の蛋白質間相互作用を極端に変化させた場合における運動しているP450の割合の変化は6〜19%であり、またP450sccの基質であるコレステロールの含量を低下させたSMPでのP450の運動性の変化は6%であった。クロルプロマジンによる運動しているP450の割合の5%の低下というのは、これらの変化に近い値であり、蛋白質間相互作用の受けた影響はかなり大きなものであると言える。

 本論文の第2章では、第1章で調べたP450のダイナミクス(蛋白質間相互作用)がその機能(活性)に与える影響について議論するため、P450sccの活性測定を行なった。

 P450sccの活性は、生成物であるフレグネノロンの量を放射性同位元素を用いて測定する方法が従来用いられてきたが、この方法は時間分解能がないために、本研究の目的である動的な蛋白質間相互作用との関係を考えるためにはあまり適さない。そこで、本研究では、コレステロールの蛍光アナログであるコレステロール・レゾルフィンを用いてP450sccの活性をリアルタイムに測定する方法を確立し、P450scc-リボソーム、SMP、ミトコンドリア、副腎皮質細胞の各レベルにおけるP450sccの活性測定を行なった。コレステロール・レゾルフィンは、コレステロールの側鎖を蛍光色素であるレゾルフィンに置換したもので、コレステロール同様にP450sccによって分解され、コレステロールとレゾルフィンに変換され、もとのコレステロール・レゾルフィンより100倍以上明るい蛍光を発する。

 P450scc-リボソーム及び、SMPにおける活性測定では、電子伝達蛋白質であるADR、及びADXの存在比を変化させて測定を行ない、ADR及びADXの存在比によってP450sccの活性の時間経過のパターンが変化することを発見した。また、P450scc-リボソームにおいて、見かけのKm及びVmaxを測定し、それぞれ6M、200pmol/hr/nmol P450sccという結果を得た。

 副腎皮質細胞における測定の結果、細胞外からNADPHを加えることによってP450sccの活性は1分以内の短時間に大きく上昇した。また、NADPHを加えてP450sccを活性化した状態でERのカルシウムポンプの阻害剤であるタフシガルギンを加えると、活性は直ちに阻害された。また、NADPHによってP450sccが活性化している状態で、EGTAにより細胞外のCa2+をキレートした場合、活性は直ちに阻害され、CaCl2によって細胞外Ca2+濃度を回復することにより活性は直ちに元のレベルまで回復した。また、NADPHによるP450sccの活性の上昇は、ATPおよびATP受容体のアンタゴニストであるスラミンによって阻害されることから、NADPHはATP受容体に作用してP450sccを活性化していることが分かった。

 カルシウム感受性蛍光色素Calcium Green-1を用いて蛍光顕微イメージングによりCa2+信号を測定したところ、副腎皮質に細胞外NADPHを加えた場合、ATP受容体に作用して細胞内にCa2+スパイク列信号が発生するが、細胞外ATPを加えた場合にはCa2+濃度の一過性の上昇が、またACTHを加えた場合には一過性上昇にスパイク列が重なったCa2+信号が観測される。これらの3種類の信号の内、ミトコンドリアP450電子伝達系を活性化するのは、スパイク列信号のみであり他のパターンの信号ではこの活性化は認められない。これは、細胞外NADPHがATP受容体であるATP受容体に作用してCa2+スパイク列信号を発生させ、このCa2+信号がマトリックスに伝達される際、Ca2+の流入に伴ってクエン酸回路が活性化されてミトコンドリアマトリックス内のNADPH/NADP+比が上昇し、P450sccが活性化されたものであると考えられる。また、ACTHによるCa2+信号はLDLを含むエンドソームの細胞内輪送を促進するなどコレステロールの細胞内輸送の促進に関係しているという結果を得ており、これらのことから、Ca2+信号がそのパターンにより別の細胞内プロセスをトリガーしているものと考えられる。これは近年注目されているCa2+信号の下流プロセスの理解に大きく寄与する結果である。

審査要旨

 本研究は、副腎皮質ミトコンドリアのチトクロムP450の蛋白質間相互作用と活性の間の関係を理解することを目的として、薬物によってチトクロムP450を含む蛋白質間相互作用が受ける影響を蛋白回転運動測定により解析し、更に蛍光コレステロール基質を用いたリアルタイム活性測定法を確立し、副腎皮質細胞におけるP450scc活性がカルシウム信号によって如何に制御されるかを明らかにした。

 本論文の第1章では、脂質二重膜との相互作用が最もよく研究されている精神安定剤クロルプロマジンを加えた副腎皮質のミトコンドリア内膜小胞(SMP)において、脂質二重膜中の蛍光色素DPHの運動を単一光子計数法を用いた時間分解蛍光偏光解消測定を行なうことにより測定し、また、膜蛋白質P450の運動をフラッシュフォトリシス偏光解消測定を行なうことによって測定し、クロルプロマジンが脂質および膜蛋白質に与える影響について、初めて定量的な評価を行なった。DPHは棒状の蛍光分子で、脂質二重膜内で円錐形の領域に範囲を制限された揺動運動をすることが川戸らの先行研究でわかっている。クロルプロマジンを加えるとSMP膜内のDPHの揺動運動の運動範囲は狭まった。また、SMP中のP450は1100sec程度の回転緩和時間で回転している成分と、静止している成分からなっていた。運動しているP450の割合はクロルプロマジンを加えることによって、有意に5%減少することが分かった。これはP450を含む蛋白会合体のサイズが大きくなることによる。クロルプロマジンにより、脂質の運動と共に、膜蛋白の運動も同時に低下する事が初めて示された。

 本論文の第2章では、P450の蛋白質間相互作用がその機能(活性)に与える影響について議論するため、P450sccの活性測定を行なった。P450sccの活性は、生成物であるプレグネノロンの量を放射性同位元素を用いて測定する方法が従来用いられてきたが、この方法は時間分解能がないために、本研究の目的である動的な蛋白質間相互作用との関係を考えるためには適さない。そこで、論文提出者は、コレステロールの蛍光アナログであるコレステロール・レゾルフィンを用いてP450sccの活性をリアルタイムに測定する方法を確立し、P450sccを含むリボソーム、SMP、ミトコンドリア、副腎皮質細胞の各レベルにおけるP450sccの活性測定を行なった。コレステロール・レゾルフィンは、P450sccによって分解され、プレグネノロンとレゾルフィンに変換され、もとのコレステロール・レゾルフィンより100倍以上明るい蛍光を発する。

 副腎皮質細胞における測定の結果、細胞外からNADPHを加えることによってP450sccの活性は1分以内の短時間に大きく上昇した。ERのカルシウムポンプの阻害剤タプシガルギンを加えることにより、活性は直ちに阻害された。細胞外のCa2+濃度を下げた場合、活性は直ちに阻害され、細胞外Ca2+濃度を回復すると活性は直ちに元のレベルまで回復した。また、このNADPHによるP450sccの活性の上昇は、ATPおよびATP受容体のアンタゴニストであるスラミンによって阻害されることから、NADPHはATP受容体に作用してP450sccを活性化していることが分かった。

 カルシウム感受性蛍光色素Calcium Green-1を用いて蛍光顕微可視化解析によりCa2+信号を測定したところ、副腎皮質に細胞外NADPHを加えた場合、ATP受容体に作用して細胞内にCa2+スパイク列信号が発生するが、細胞外ATPを加えた場合にはCa2+濃度の一過性の上昇が、またACTHを加えた場合には一過性上昇にスパイク列が重なったCa2+信号が観測される。これらの3種類の信号の内、ミトコンドリアP450電子伝達系を活性化するのは、スパイク列信号のみであり他のパターンの信号ではこの活性化は認められなかった。以上により、細胞外NADPHがATP受容体であるATP受容体に作用してCa2+スパイク列信号を発生させ、このCa2+スパイク列信号のみがミトコンドリア内に効率的に伝達され、ミトコンドリア内のNADPH合成がなされ、電子伝達によりP450sccが活性化されたことがわかった。これは近年注目されているCa2+信号の下流プロセスの理解に大きく寄与する結果である。

 以上要約すると、本研究では、薬物とチトクロムP450の相互作用を蛋白分子運動を測定することにより明らかにした。また、蛍光色素基質を用いてP450sccの活性を実時間測定する方法を確立し、副腎皮質細胞におけるP450scc活性が特定のパターンを持つ細胞内カルシウム信号によって制御されることを発見したことで、細胞生物物理学上有意義な貢献したものと認められる。

 よって審査委員一同、論文提出者本間良太は東京大学博士(学術)の学位を受けるに十分な資格があるものと認めた。なお、本論文の内容は1997年にJournal of Pharmaceutical and Biomedical Analysis誌に公表済みである。これは共著論文であるが、論文提出者はそのすべてにおいて研究の主要部分に寄与したものであることを確認した。

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