高齢化社会の到来とともに、骨粗鬆症は注目されている。骨粗鬆症の予防のためには、若年期に最大骨量を高めておくこと、更年期以降の骨量減少を抑えることが有効とされている。そこで、本論では、運動が最大骨量を高めることと、骨量減少を抑えることに及ぼす影響を明らかにすることを目的とした。
第1部若年女性の最大骨量に及ぼす運動の影響 若年期における最大骨量を高めるには、運動が有効な手段といえる。スポーツ選手を対象とした横断的な研究では、スポーツ活動中に強い衝撃を受ける種目の選手の骨密度は高いと報告され、一方、水泳をはじめとするメカニカルストレスの弱いスポーツでは骨密度は高まりにくいとされている。しかし、運動によって若年女性の骨密度が高められるか、さらに最大骨量の到達時期は運動習慣の有無によって異なるか否かに関しては、まだ十分に明らかにされておらず、遺伝や栄養摂取などの影響も含めた縦断的な研究により検討する必要がある。
そこで本研究の第1部では、以下の3の研究を構成した。
研究1スポーツによるメカニカルストレスが骨密度を増加させるかどうかをより正確に評価するため、同一個体における骨密度の左右差についての研究を行った。
研究2メカニカルストレスが異なる様々なスポーツ種目の選手および非スポーツ選手の骨密度を調査し、若年女性の骨密度に及ぼすスポーツ活動の影響をより多角的に検討した。
研究3スポーツによるメカニカルストレスは、最大骨量の増加に寄与するかどうかを明らかにするため、異なるスポーツ習慣を持つ女子大学生を対象に3年間の追跡調査を行った。
研究1の左右差の比較(pairing研究)モデルは、遺伝・ホルモン・栄養などの骨代謝に影響する要因および体格の影響を回避でき、スポーツや身体活動と骨密度との関係を検討する場合によく使われる。従来の研究では、テニスなどの片側上肢のみ活動する選手の骨密度の左右差や非スポーツ選手の利き腕と非利き腕の比較が行われている。研究1では、スポーツ活動中に片側のみを使用する種目と両上肢を同時に使う種目の左右差を検討した。両上肢を常に均等に動かす水泳選手、両上肢は同時に働くが左右腕における役割が異なる剣道選手、および片側のみ動作するバドミントン選手(計44名)を対象とし、両上肢骨にかかるメカニカルストレスの相違が骨密度の左右差にどのような影響を及ぼしているのかを検討した。その結果、バドミントン選手では、テニス選手と同様に利き腕の骨密度が有意に高い。一方、水泳選手では両腕の間に骨密度の差がなかった。これに対して、剣道選手では、前腕骨の骨密度が右側より左側は有意に高く、対照群と逆の左右差が認められた。この結果は、剣道活動中の左右手首における運動役割の違いによると考えられる。つまり、左手首は竹刀振り下ろしの軸となり、剣道競技のかなめとなる部位であるため、右手首に比べてより大きなメカニカルストレスが加わられていると推定されるからである。なお、対照群(10名)では利き腕の骨密度、握力などが非利き腕より有意に高いという結果が得られた。以上の結果により、日常生活やスポーツ活動中にメカニカルストレスを多く受けている骨の方は骨密度がより高くなっていることが示され、運動は骨密度の増加に重要な役割を果たしていることが明らかにされた。
研究1では、さらに、これまでに検討されていない下肢骨の骨密度の左右差を検討した。被検者は、スポーツ活動中に両下肢の役割分担が異なる新体操選手(23名)と両下肢を均等に活動させる長距離走選手(20名)および非スポーツ選手(10名)を選んだ。長距離走選手群と対照群では、大腿骨近位部3ケ所の骨密度の左右差はほとんどないが、新体操選手ではジャンプでの踏切脚の骨密度が着地脚より有意に高かった。前後開脚ジャンプにおける左右脚(踏切:左脚と着地:右脚)に加わる床反力を測定したところ、平均床反力およびピーク床反力はいずれも着地時より踏切時の方が高く、平均床反力の比較では有意差が認められた。また、平均床反力は大腿骨頸部の骨塩量との有意な相関関係が認められた。したがって、新体操選手における下肢骨の骨密度の左右差は運動中に脚に加わる床反力の強さの違いにより生じたものであると考えられた。これは、Frost(1987)メカニカルストレスと骨密度増減の機序に関する「mechanostat理論」(本論序章)を支持するものである。
研究2では、様々なスポーツ種目を実施する選手および対照者の計301名(18〜21歳)を対象に、異なる運動刺激が骨密度に及ぼす影響を検討した。先行研究と同様に、スポーツ活動中に高い荷重負荷が生じる種目は骨密度が高いということが示された。ところが、低荷重・高頻度の長距離走および非荷重運動である水泳選手の腰椎骨密度は対照群より有意に高く、先行研究と異なった。これは対照群の体格や運動習慣を先行研究よりも厳密に区分けしたことによると考えられた。また、運動性無月経は骨量の減少を引き起こすということも示唆された。
研究3では、年齢や体格を一致させた異なるスポーツ習慣をもつ女子大学生(計50名)を対象に、3年間の骨密度の経時的変化を追跡した。中学・高校時代からスポーツ習慣をもたない非運動群では、3年間の骨密度と骨塩量の変化が小さく、先行研究と同様に最大骨量は20歳以前に達成された。一方、スポーツ経験があるスポーツ愛好者群では、腰椎と大腿骨近位部の骨密度が20歳まで増えており、さらに新体操選手群では、全身の骨塩量、腰椎と大腿骨頸部の骨密度は20歳を超えても増え続けていることが観察された。これにより、最大骨量およびその到達時期はスポーツ活動の有無によって異なることが示され、さらに、スポーツ活動の質や量は最大骨量にも影響を及ぼしていることが示唆された。
以上より、若年女性における骨密度や最大骨量を高めるには、スポーツ活動が有効な手段の一つであることが総合的に明らかにされた。
第2部中高年女性の骨量の低下抑制に及ぼす運動の効果 中高年女性の骨密度に運動が効くかどうかという点に関しては、統一された見解があるわけではない。主な理由として、運動負荷の違いが考えられる。骨密度の増加にはメカニカルストレスが効くが、高齢者にとって荷重負荷の高い運動は疲労骨折や関節障害を増加させる可能性がある(Turner,1998)。
そこで、本研究の第2部では、中高年に適し、健康増進に役立つとされているウォーキングとスイミングを運動種目として選び、骨密度に及ぼす運動の影響を縦断的に検討した。
研究1ウォーキングが中高年女性の骨密度に及ぼす影響 閉経後女性42名に、週3回、毎回7〜10km、時速約7kmのウォーキングを8ヶ月間課した。8ヶ月間ウォーキング後に、大腿骨頸部、ward’s三角部の骨密度および踵骨の音速、音響的骨評価値が有意に増加した。腰椎の骨密度は有意な変化がなかった。一方、対照群(62名)では、すべての測定値において有意な変化は認められなかった。
歩行時の床反力は最大でも体重の1.5倍程度であるため、骨密度への影響が少ないという指摘がある(Cavanaugh 1988,Cann 1988)。しかし、本研究1の時速約7kmの強度では骨密度への好影響が認められ、中高年女性における定期的なウォーキング活動が骨密度の維持・増加に有効であることが示された。
研究1では、遺伝因子すなわちビタミンD受容体(VDR)とエストロゲン受容体(ER)の遺伝子多型による検討も加えた。VDR遺伝子多型(FokI)については、FF型をもつ集団の腰椎骨密度はff型より有意に高いという結果が得られた。ER遺伝子多型に関しては、骨密度との関係は認められなかった。遺伝子多型により群分けしてウォーキングの効果を検討した結果、遺伝子多型と骨密度の変化との関係はみられなかった。
研究2スイミングが中高年女性の骨密度に与える影響 被検者は、週1回以上の水泳トレーニング(約50分/回)を2年間継続した22名の閉経後女性と、対照群19名であった。体格、カルシウム摂取量は、初回測定時に2群間で差がなく、2群とも3年間における有意な変化もみられなかった。
対照群では、腰椎と大腿骨近位部の骨密度は有意ではないが、経年的な減少がみられた。一方、水泳群では、腰椎の骨密度は対照群と同様に低下したが、大腿骨頸部と大転子部は水泳トレーニング2年後に有意な増加が認められた。また、脚伸展パワーは、対照群では変化しなかったが、水泳群では経年的に増加し、初回測定時と1年および2年後との比較では有意差が認められた。荷重負荷がない水泳でも、水抵抗に抗した筋活動で、骨に運動刺激を与え骨密度を増加させたと考えられた。
本研究のまとめ 運動が骨密度に及ぼす影響を明らかにするため、若年女子スポーツ選手および中高年女性を対象に骨密度を測定し、横断的および縦断的な研究を実施した。
(1)スポーツ活動中に左右上肢と下肢の役割分担が異なる種目では、骨密度の左右差が認められた。骨に加わる運動刺激は骨密度を決定する重要な因子の一つであることが明らかにされた。
(2)若年女子スポーツ選手の骨密度は、運動習慣をもたない対照者より有意に高い。また、運動習慣の有無によって骨密度の経時的変化が異なる。さらに、スポーツ活動が最大骨量の到達時期に影響を及ぼすことが明らかにされた。
(3)ウォーキングとスイミングの実施は、中高年女性の骨密度を増加させ、運動による骨粗鬆症に対する予防の可能性が示された。