学位論文要旨



No 113992
著者(漢字) 菅井,祐之
著者(英字)
著者(カナ) スガイ,ユウジ
標題(和) 多変量解析による切断面実形視テストのパフォーマンスに関する研究
標題(洋)
報告番号 113992
報告番号 甲13992
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第210号
研究科 総合文化研究科 総合文化研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鈴木,賢次郎
 東京大学 助教授 加藤,道夫
 東京大学 教授 永野,三郎
 東京大学 助教授 長谷川,壽一
 東京大学 教授 松原,望
内容要旨

 従来、図を介して3次元立体を認識できる能力、いわゆる"空間認識力(Spatial Ability)"に関する研究は、心理学の分野における人間の知覚や認知、知能に関する研究の一環として極めて重要な課題とされてきた。しかし、これがどのように育成されるのかに関する実証的研究は、心理学の分野においても意外に行われていない。近年になって、大学における図形科学教育との関連で学生の空間認識力を評価する試みがようやく行われるようになってきた。このような試みのなかで、空間認識力の評価法として現在最も広く用いられているのが切断面実形視テスト(MCT:Mental Cutting Test)と呼ばれる空間テストである。これは立体図で立体と切断面を与え、切断面による立体の切り口を解答させるテストである。これまでMCTに関しては、幾つかの大学で主にペーパー・テストによる調査が行われた結果、性差の存在やいわゆる大学入試偏差値との相関、図学教育による有意な得点上昇が見られることなどがわかってきた。また、アイ・カメラを使った注視点の調査による問題解決過程や解答方略、誤答原因などの分析から、MCTは主として図から3次元的なイメージ(切断面にそった立体形状のイメージ)を生成する能力を評価しており、従って、主に心的表象の生成過程に対応する能力を評価しているものと考えられた。また、立体視MCTなどの得点結果から、この3次元イメージの生成には、視覚レベルに近い機能のみではなく、より高次の機能が関係している可能性が示唆された。しかし、MCTが他の空間テストとの関連で、空間認識力のどのような側面を評価しているのか、また、MCTによって評価される空間認識力の構造や、それが一般知能(General Intelligence)とどのような関連を持っているのか、などについて十分な知見が得られているとはいえない。

 これまで、空間認識力に関して、幾つかの空間テストを実施して因子分析を行う心理測定的アプローチによる研究から、その因子構造がある程度明らかにされてきている。それは、空間定位因子(SOF)、および空間視覚化因子(SVF)の2つが主たる因子であること、および、後者からスピード回転因子(SRF)をさらに独立した因子として抽出できること、などである。また、被験者の問題解決過程を探る情報処理アプローチに基づく研究からは、空間的問題を解決する際、一般に心的表象の生成過程、評価過程、変換過程という3段階のプロセスに分化して分析することが可能であると考えられている。

 本研究では、こうした心理学の分野における研究成果に基づき、MCTによって評価される空間認識力と、その構造を明らかにしていくことを目的として調査を行った。そのために、MCTと他の代表的な空間テストや、いわゆる一般知能を検査するテストを同時に実施し、得点や解答時間について多変量解析などを用いて結果を分析した。調査方法として、大部分の空間テストや知能テストはコンピュータ・ネットワークを使って実施した。すなわち、パソコン画面上に問題を表示し、キー操作やマウス操作によって被験者に解答させた。これによって、従来のペーパー・テストでは得ることのできなかった被験者の各問題の解答時間を測ることができる。また、一度に多数の被験者に対する調査が可能になることから、情報処理アプローチによる手法からは得られなかった被験者全体の傾向を調べることができる。こうした手法により、これまでの心理測定的アプローチや情報処理アプローチによる調査結果を相互に有機的に関連づけていくことが可能になると思われる。

 被験者は理科系の大学一年生を対象に、東京大学をはじめ幾つかの大学において調査を実施した。東京大学およびF大学では、MCTの調査に関して、1208名の被験者のデータを得た。また、東京大学では、別の被験者を対象にMCTおよび他の4つの空間テストを同時に実施した。それらは、MRT(Mental Rotations Test)、DAT(Differential Aptitude Test)、MPFBT(Minnesota Paper Form Board Test)およびPFT(Paper Folding Test)であり、いずれも従来の研究では、SVの能力を評価する代表的なテストと考えられている。また、MRTについてはスピードが要求されるSRを主に評価するものとされている。その結果、5つの空間テストに関して72名の被験者のデータを得た。また、空間認識力といわゆる一般知能との関連を調べるために、MCT、MPFBTおよび、一般知能に関するテストとして広く使われているAPMテスト(Advanced Progressive Matrices Test)を実施した。東京大学およびM大学における調査で、これら3つのテストに関して124名の被験者のデータを得た。以下、これらの調査結果について概説する。

 まず、第一に、東京大学およびF大学において実施したMCT単独の調査結果について述べる。各問題の解答時間について因子分析を行なった結果、MCTには問題によって4つの因子が認められた。それらはアイ・カメラによる調査結果などを参考にすることにより、「イメージ解答過程」、「分析的考察過程」、「奥行き認識過程」、「分解過程」と解釈できた。また、各問題の解答時間と得点の関係について調べるために、得点を基準変数、各問題の解答時間を説明変数として重回帰分析を行なった。その結果、大半の問題は被験者の得点が高いほど解答時間はわずかに減少する傾向を示していることがわかった。こうした傾向が顕著なのは、誤答の少ない単純なパターン判別問題である。逆に典型的量判別問題および誤答の多いパターン判別問題については被験者の得点が高いほど、解答時間は増加する傾向が見られた。これらの原因として、低得点者は高得点者に比べて、比較的単純なパターン判別問題では立体や切断面のイメージの生成に時間がかかり、また切断面のイメージも不正確であること、かつ量判別問題や一部の誤答の多いパターン判別問題などについては分析的考察が不足していることが考えられた。これまで、アイ・カメラによる調査から、高得点者と低得点者の解答過程や誤答原因の特徴が調べられていたが、こうした傾向は、重回帰分析により被験者の全体的な特徴であることが確かめられた。従って、MCTは主として立体のイメージを生成する能力、および、分析的考察能力を反映している。さらに、MCTの問題どうしの誤答傾向を調べるために、MCTの各問題の誤答のクラスター分析を行った。その結果によれば、MCT問題の誤答率の低い順にクラスターを形成していく傾向が顕著であり、幾何学的な特徴の類似性、あるいは量判別問題やパターン判別問題といった問題の性質に関連した誤答傾向は、全般的には見られなかった。従って、主にパターン判別問題の解答過程に見られるイメージ生成過程や、量判別問題の解答過程に見られる分析的考察過程に対応していると考えられるイメージの生成能力、および分析的考察能力の間には、これらが誤答分析において別個のクラスターを形成していないことから、密接な相関関係があると考えられた。

 第二に、MCTおよび他の空間テスト・一般知能テストを実施して、これらの相互の関係を調査した結果、以下のことが明らかになった。まず、MCTと他の空間テストの得点の相関や解答時間の因子分析、得点と解答時間の重回帰分析などから、MCTはSV因子を評価するテストに属しており、また、SVの空間認識過程において、イメージ生成や分析的考察といったより複合的な要素を反映しているテストの一つであることがわかった。こうした特徴は、2次元の展開図から生成される立体を答えるDATのような空間テストにも見られるものであり、2次元の図から3次元のイメージを生成し処理する課題の解決過程に特有な傾向であると考えられた。さらに、従来、解答プロセスと得点の関係について、両者に特に相関はみられない、とする結果が報告されていたが、解答過程自体の因子構造に立ち入って考えれば、イメージの生成のスピードと空間認識力との間には相互にある程度の関連性がみられることがわかった。

 次に、MCTとMPFBT、および一般知能テストであるAPMテストを実施した結果から、MCTとAPMとの得点には、比較的高い相関が見られた(相関係数0.5)のに対し、MPFBTとAPMとの得点の相関は小さく、両者の差は有意であることがわかった。従来、空間認識力と帰納的推論などの一般知能とは、因子として独立しており相関は見られないという説が一般的であった。しかし、SVの一つであるMCTによって評価される空間認識力は、推論などの一般知能と関連したものであることがわかった。従って、空間認識力とは、MCTのような課題に要する2-3次元空間処理能力のように、一般知能などの高次の機能が関係してくるものから、SRに属すると思われるMPFBTのように、イメージの保持や探索スピードといった比較的単純な過程のスピードや正確さに関する能力にいたるまで、階層的な構造を持っていた。APM得点とMCT得点との相関に見られるように、一般知能と空間認識力が関係していることの主な原因として、2次元の図から3次元の立体をイメージし処理する能力が高度な推論などの思考力と関連していることが推測された。

審査要旨

 本論文は、空間認識力の評価法(空間テスト)の一つである切断面実形視テスト(Mental Cutting Test、以下、MCT)に関する調査を実施し、MCTが評価している空間認識力について考察したものである。空間認識力については、主として心理学の分野において研究されてきており、各種空間テストの得点に関する因子分析により、空間認識力の下位因子として、空間定位因子(以下、SOF)、空間視覚化因子(以下、SVF)、および、スピード回転因子(以下、SRF)が存在するものとされている。近年、図形科学の分野でMCTが提案され、国内外の多数の大学において広く使用されるにともなって、図形科学授業によって空間認識力が育成され得るなど、いくつかの興味深い結果が得られつつある。また、MCTが空間認識力の如何なる側面を評価しているかを明らかにする試みとして、注視点分析等により被験者の問題解決過程を解析する調査が行われている。しかし、MCTが先に述べた空間認識力の因子構造との関係で如何なる能力を評価しているのかについては明らかにされていない。また、注視点分析等による問題解決過程に関する調査は、その調査法上の制約から、少人数の被験者、少数の問題に限定されたものであり、これによって見いだされた被験者の解答過程の傾向が、広範な被験者におけるMCT問題の全般的な傾向であるか否かは明らかになっていない。本研究は、これらを明らかにすることを目的に、コンピュータ・ネットワーク上で、MCT、および、他の空間テストの調査を実施し、MCTが評価する空間認識力について考察したものである。

 本論文は6章から成っている。第1章は序論であり、上記のような研究の背景、目的、本論文の構成が述べられている。

 第2章においては、心理学および図形科学の分野における関連研究を概説するとともに、従来の研究の問題点を指摘し、本研究の視点を述べている。

 第3章においては、本研究で新たに開発したコンピュータ・ネットワークを用いてMCTなどの認知テストを実施するシステムについて述べている。このような調査方法の開発により、従来の紙筆テストでは得られなかった問題毎の解答時間に関するデータを、一度に多数の被験者に対して得ることが可能になったとしている。

 第4章では、上記システムを用いて、MCTを多数の被験者に対して実施し、得られた得点(解答の正誤)および解答時間について多変量解析を行っている。解答時間の因子分析の結果、MCTには「イメージ解答過程」、「分析的考察過程」の二つの解答過程が存在することを示している。また、得点と解答時間の重回帰分析の結果、高得点者は低得点者に比べ、単純なパターン判別問題については短時間でイメージを生成して解答しており、量判別問題や高難度のパターン判別問題の一部については分析的考察に時間をかけて解答していることを示している。さらにまた、各問題の正誤に関するクラスター分析、相関分析の結果、MCTにおいて評価されるイメージ生成能力と分析的考察能力の間には高い相関があることを示している。このようなMCTの解答過程の傾向は、注視点分析等による解答過程の解析によって、少数の問題、少数の被験者に対しては指摘されていたが、本研究での分析の結果、広範な被験者のMCT問題全体にわたる傾向として確かめることができたものと言える。

 第5章では、MCT、他の代表的な4つの空間テスト(DAT、PFT、MRT、MPFBT)、および、帰納的推論能力テスト(APM)を多数の被験者に対して実施し、得られた得点および解答時間について多変量解析によって分析している。空間テスト群の得点に関する因子分析の結果、MCTは、DAT、および、PFTと同様、SVFを反映するテストであること、これに対して、MRT、および、MPFBTはSRFを反映するテストであることを示している。また、SVFを反映するテスト群についての解答時間の因子分析、および、得点と解答時間の重回帰分析の結果、SVFを反映するテスト-MCT、DAT、PFT-においては、それぞれのテストにおいて解答に必要とされる幾何学的操作は異なっているものの、その解答過程の傾向(イメージ解答過程/分析的考察過程の存在、得点/解答時間の関係)は互いに類似したものであることを示している。さらにまた、MCT、MPFBT、および、APMの得点に関する相関分析により、MCTによって評価される空間認識力は一般知能の中心的役割を果たすとされている帰納的推論能力と高い相関があること、一方、MPFBTによって評価される空間認識力と帰納的推論能力との間には相関はほとんどないことを示し、SVFは帰納的推論能力と相関があり、SRFは相関がないものと考察している。最後に、これらを総合して、MCTで評価される空間認識力を、他の空間テスト、および、APMで評価される空間認識力の階層構造の中で位置づけている。

 第6章は結論であり、本研究で得られた結果を要約している。

 このように、本研究は、新たにコンピュータネットワーク上でMCTなどの認知テストを実施するシステムを開発、調査を実行することにより、従来、少数の問題、少数の被験者を対象にした注視点分析等による解答過程解析の結果から指摘されていたMCTの解答過程の頃向を、広範な被験者の問題全体にわたる傾向として確認するとともに、MCTによって評価される空間認識力を、他の空間テスト、および、帰納的推論能力テストによって評価される空間認識力の階層構造の中で位置づけた点で意義深い。本論文が博士(学術)の学位に値するという点について、審査委員会の全委員が意見の一致を見た。

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