内容要旨 | | 1イントロダクション 動物の群れは,非生命の群れを行動によって区別可能なのだろうか?その解明を大きな目的として,動物の群れの運動を力学系を用いて研究している.特に群れと群れ同士のゲームを想定し,ゲームによる力学系ルールの選択を導入する.どの様なパターンが出現し,ゲームでどのような役割を担うかをを計算機で調べる. 2モデルの概要 この博士論文においては,3つのモデルを考えた.全てのモデルで共通なことは,次の通りである.個体iは,平面上の位置riと頭の向きiと幾つかの個体に固有なパラメーターで表現される.その時間発展の方程式は以下の形で書く事ができる. ここで,は,速度方向の角度表示,は,他の個体との相互作用を表す.式1は個体は,自らの頭の向きと相互作用によって決定された方向を合成した方向に向かうことを示している.式2は,個体は速度の方向に頭を向けることを示す.(速度方向と頭の方向は別であることに注意)相互作用を表す項が無視できる場合,最終的に個体は頭の方向にまっすぐ向かうだけの行動をすることになる. また,モデルでは個体間に「ゲーム」を想定する.個体はそれぞれ得点表を持ち,与えられたルールでそれが増減する.得点の増減は,集団の運動によって決まる.得点が高い個体が持つ固有パラメーターの値と等しいか近い値の個体が随時増え,低い個体は随時取り除かれる.(同期して行う場合と非同期に行う場合がある)以上がなモデルとシミュレーションの概要である. 3第1のモデル:Prey-Predator Game Dynamics 第1のモデルは,捕食者・被食者系をモデル化したものである.捕食者は,被食者を追いかけ,被食者は捕食者から逃げる.同種同士は一定の距離を保とうとする.相互作用項はのように定義される.は個体iのjに対する運動を示す. predatorは,preyに接触すると得点があがり,preyはさがる.もしもまったく接触しなければ,predatorの得点は下がり続け,preyは上がり続ける.得点の高い個体は子孫を残し,得点の低い個体はシステムから取り除かれる. その結果,お互いにできるだけ接触しないように運動する戦略がemergeした.あまり接触しすぎるとpredatorにとってもpreyの個体数が減りすぎて餌がなくなり,predatorも全滅してしまう.しかしpreyとpredatorが排他的な領域(つまりpreyだけとpredatorだけの領域)を作ることにより過剰な接触を避け,全体としては安定化することがわかった. 4第2のモデル:関係性のダイナミクス 第1のモデルの特徴は,相互作用が個体同士に設定されていることである.しかし動物の認識において個体間の関係性や群れのパターンをも対象にできるはずであり,これは,粒子などではありえない相互作用の形である. 第2のモデルでは,二個体の関係性と相互作用して運動するモデルを考えた.関係性の有無は簡単に二個体の配置のパターンがある鋳型となるパターンに一致あるいは近いかどうかで判定される.この鋳型にマッチしたパターンをターゲットパターンと呼ぶ.相互作用項は,ターゲットパターンの中心の方向を向くようにする.ターゲットパターンが複数あるときは,もっとも近いパターンを選ぶ. ターゲットパターンとして,縦に並んだものを与えると,このパターンが次々と生産され,次々と壊れて行く状況が見られた.ターゲットパターンとして頭を突き合わせた形と,尻を突き合わせた形の二つを導入すると,この二つのパターンが交互に出現した. 5第3のモデル:Distinction Game Dynamics 第2のモデルの応用として,二つの種類の群れがターゲットパターンを用いて分離するゲームを行う.まわりに同種類の個体がいると得点が高く,異なる種類の個体がいると得点が下がる.しかし,個体は直接他の個体がどちらの種類かを認識できない.二つの集団はゲーム開始時には混ぜられている.この状況から,ある「ターゲットパターン」が群れを代表する「記号」になれるかどうかを見る. この結果,ある条件化では二つの集団が分離できることがわかった.さらに,片方があるパターンを選ぶと非常に高い平均得点を得るが,同時にもう片方の平均得点は低くなる.つまり,host-parasite的な分化が出現した. 6議論および今後の展望 第1のモデルは,二個体間の相互作用の総和として相互作用を考えるダイナミクスである.それに対して後の2つのモデルは,ターゲットパターンを介してメタパターンを認識し,それに対して相互作用を考えるダイナミクスである.この二の方法において,全体の群れのパターンに何らかの違いをもたらすだろうか?第2の方法においては,ターゲットパターンが全体のダイナミクスを制約しているように思える.なぜなら,ターゲットパターンが出現しなければ相互作用はなく,群れを保つことができないからである.第一のパターンにはそのような制限はない. それゆえ,第一の方法の方が制限の無い分パターンの多様性が大きいように思える.しかし,ターゲットパターン自体を複雑化するダイナミクスを考えることができれば,後者の方法で出現するパターンの多様性は増すだろう.第一の方法によるパターンの多様性と何らかの違いを見出すことができるかもしれない. |
審査要旨 | | 本論文は、計算機シミュレーションとして人工の生態系を構成し、自然界にみられる動物の群れの運動パターンを理解するための新しい枠組みを提示している。人工生命の研究の発展とともに、自然界の様々な群れの運動パターンが簡単な力学方程式で表現されること分かってきた。しかしそれと同時に生命現象だけに固有な群れの特徴は問われなくなってきつつある。本論文は生命らしさと群れとの考察から始まり、個体同志の相互作用のあり方を考え直すことによって、生命現象としての群れの特徴をつかもうとするものである。論文提出者は、ゲーム論的な相互作用を群れの運動モデルに組み込み、さらに個体対個体以外の相互作用の形式として関係性そのものを取り込んで考えることで、集団運動の新しい群れのモデルを提唱している。 本論文は全6章から構成され、3つの異なるモデルに基づく群れの計算機実験の結果を報告するものである。第1章では、上にあげた本研究の背景や目的などが簡潔に述べられている。第2章では、自然界にみられる動物の群れの集団運動の解説が与えられ、その理解のための理論的な研究が紹介されている。第3章から第5章までが、オリジナルなモデル・シミュレーションの研究成果をまとめたものである。第6章は本論文全体のまとめである。 まず第3章では、ゲーム論的な個体対個体の相互作用が導入される。これをもとに捕食-被食関係にある集団のつくり出す群れのダイナミクスが論じられている。特に捕食-被食関係が一方が絶滅することなく長期共存できるような群れのパターンのダイナミクスが報告されている。例えばそれは捕食者が一団となって追従する群れではなく、部分的に追従の群れから外れていく捕食者のダイナミクスが必要であることが発見された。つづいて第4章ではあらたに「関係性」にもとづいた群れのダイナミクスが紹介される。従来、個体対個体の相互作用をもとに群れの運動が研究されてきたのに対し、ここでは個体と他の個体のつくる関係性の上に群れの運動が論じられる。具体的な関係性としては、各個体の頭の向きも含めた個体どうしがつくる空間配置パターンが用いられている。特に第4章では2つの異なる関係性が一方がもう一方を誘引することで動的に保たれうることが示されている。より具体的には2個体が離反していく関係と、誘引しあう関係が時間的に交互に出現し、自己組織的に保たれることが示された。第5章では、第4章で導入された関係性のダイナミクスの応用例として「識別ゲーム」が扱われる。識別ゲームとは、2種の個体からなる集団において、各個体は相手がどちらの種に属しているかを知ることができない場合に、どんな関係性のパターンを選択すれば識別が可能となるかを問うゲームであり、論文提出者よって新しく提案されたものである。その結果として、関係性のパターンを切り替えることで識別ゲームが進行する時の群れのダイナミクスが詳細に述べられている。最後の第6章は本論文の全体のまとめであり、今後の研究課題について述べられている。特にその中で個体対個体の相互作用をベースとした「I型」モデルと個体対関係性の相互作用をベースとした「R型」モデルがあらためて取り上げられ、今後の研究課題との関連から議論されている。 現在多くの生物学の研究分野において、分子生物学的な解析が主導的になってきてる。そのためその解析に向かない動物行動学や生態学は、新しい方法論と理論を強く欲しているようにみえる。例えばその理論は動物行動の普遍的な面ではなく、個別的な現象として見過ごされてきた、個体ごとの変異性や発生のゆらぎなどの背後に潜む普遍性を見つけだすものでなければならない。本研究では群れの集団運動という動物集団の典型的な運動をとりあげ、その現象論を計算機のシミュレーションを通じて作っていこうというものである。そうしたアプローチと解析の仕方は生物学における計算機シミュレーションの新しい方向性を示すものと言え、今後人工生命の分野に限らず、生物学全体に広く貢献していくものと考えられる。以上のことを考慮し、本論文は博士(学術)の学位論文としてふさわしいものであると審査委員会は認め、合格と判定する。 |