1研究目的 本研究では、高温超伝導を強相関系における一現象としてより多角的に理解するために、マイクロ波応答の従来の研究領域を他の測定プローブと同程度に拡大させることを大局的な研究目的とする。この目的を実行するため、以下の具体的研究目標に対し、その低エネルギー電荷ダイナミクスをマイクロ波応答測定から明らかにすることを目指す。 1. Bi2Sr2CaCu2Oyの超伝導状態におけるCuO2面内とCuO2面間の準粒子ダイナミクス 2. CuO2面内に電荷・スピン縞状秩序が形成されるLa1.6-xNd0.4SrxCuO4の低エネルギー電荷ダイナミクス 第1の研究目標に関しては、従来のマイクロ波応答研究でも最も盛んに研究された領域を含むが、d波的な超伝導ギャップのノード近傍には準粒子が低温でも存在し、かつ低温では準粒子散乱が急激に減少するため、準粒子ダイナミクスの特徴的振舞いはマイクロ波〜サブミリ波領域であると考えられる。本研究ではこの観点から超伝導状態における準粒子ダイナミクスが常伝導状態の電荷ダイナミクスに比べどのように異なるのかを検証する。 第2の研究目標に関しては、普通の高温超伝導体の場合と異なり擬一次元的な電気伝導が期待されるので、集団励起モードと類似の現象が見つかるかどうかがまず興味の対象となる。これに加えて、超伝導状態が普通の高温超伝導体の超伝導状態に比べてどのように異なるか、常伝導状態は異常金属相の常伝導状態とどのように異なるかを検証する。 2実験方法 本研究では空洞共振器摂動法を用いたマイクロ波応答により低エネルギー電荷ダイナミクスを調べた。空洞共振器とは金属の壁で囲まれた空洞からなる電磁波の共振器のことを言う。空洞共振器摂動法では、この空洞共振器に金属などの微小試料を挿入し、共振特性としてのQ値の変化(1/2Q)と共振周波数の変化f/fから挿入した試料の比誘電率や電気伝導度などの情報を得る手段である。 空洞共振中の交流磁場の強い領域に超伝導体試料を挿入した場合には、表面インピーダンスが測定され、実部の表面抵抗Rs及び虚部の表面リアクタンスXsは、測定量(1/2Q),f/fと以下のように結び付けられる。 ここでGは幾何学因子と呼ばれる量である。一方、交流電場の強い領域に誘電体試料又は電気伝導度の極めて小さい試料を挿入した場合には、複素誘電率が測定される。その実部、虚部は測定量と以下のように結び付けられる。 ただし、はこの場合の幾何学因子であり、nは反分極場係数と呼ばれる。 本研究ではBi2Sr2CaCu2OyのCuO2面間応答にこれを適用し、超伝導状態におけるCuO2面間の準粒子電気伝導度及び磁場侵入長を測定することに初めて成功した。本研究で用いたBi2Sr2CaCu2Oyは当研究室でFZ法により作製された単結晶試料を用い、La1.6-xNd0.4SrxCuO4は東大工学系研究科内田研究室にてTSFZ法で作製された単結晶試料を提供していただいた。 3結果と考察 図1にBi2Sr2CaCu2Oyに対するマイクロ波応答から得られたCuO2面内及びCuO2面間の準粒子電気伝導度の温度依存性と磁場侵入長の温度依存性を示す。測定周波数は50GHzである。CuO2面内の準粒子電気伝導度及び磁場侵入長の振舞いはこれまでに報告されているd波的高温超伝導体の振舞いと定量的にも一致する。磁場侵入長は12Kab(T)∝Tの振舞いを示す。また、準粒子電気伝導度は20〜30Kの領域に幅広いピークを示し、二流体モデルによる解析から超伝導状態では準粒子散乱率が1/〜T3のように急激に減少することが分かった。一方、CuO2面間の準粒子電気伝導度と磁場侵入長は本研究で初めて定量的に求められた。磁場侵入長の温度依存性はCuO2面内とは異なるc(T)∝T2を示した。また、準粒子電気伝導度はTc直下で急激に減少するもののT〜70K以下ではCuO2面内と同様に温度減少と共に増大する振舞いを示す。準粒子伝導度の異方性ab/cの温度依存性はTc直下で約2桁程度増大して〜106を示すが、T〜70K以下ではほとんど温度に依存せず一定値を示す。この振舞いは60Tのパルス強磁場を用いてBi2(Sr,La)2CuOyに対して超伝導を破壊し低温まで常伝導状態の電気抵抗率の異方性を測定した結果[?]とは全く異なる振舞いであり、超伝導状態と常伝導状態における電荷ダイナミクスの違いを反映したものと考えられる。また、超伝導状態での準粒子伝導度の異方性は磁場侵入長から得られる超流体密度2(0)/2(T)の異方性の温度依存性とも異なる。この振舞いは、常伝導状態における準粒子電気伝導の特異な異が超伝導状態でも保持されるとして磁場侵入長の温度依存性の異方性を説明するこれまでのモデルでは決して説明できない特徴である。 図1:Bi2Sr2CaCu2Oyに対するCuO2面内及びCuO2面間の準粒子電気伝導度(a)と磁場侵入長(b)の温度依存性 次に図2にLa1.6-xNd0.4SrxCuO4(x=0.12,0.15)に対して10〜100GHzのマイクロ波ミリ波領域での配置で測定した表面インピーダンスから得られるマイクロ波電気抵抗率1の温度依存性と、超伝導状態では磁場侵入長に対応するXs/0の温度依存性を示す。マイクロ波領域でも直流抵抗率の振舞いと同様に構造相転移温度の前後で温度依存性が変化することが分かる。しかしながら、非金属的温度依存性を示す領域でも抵抗の増大は高々50%程度でありMott-Ioffe-Regal limitに比べて十分小さい。これは温度依存性が非金属的な領域でも電荷ダイナミクスは十分金属的であることを示す。この振舞いは10〜100GHzのマイクロ波ミリ波領域で共通し、集団励起の存在を示唆する振舞いは観測されなかった。 図2:La1.6-xNd0.4SrxCuO4(x=0.12,0.15)のマイクロ波電気抵抗率(a)とx=0.15に対する磁場侵入長(b) x=0.15に対してはT〜12K以下で表面抵抗の急激な減少が確認された。表面インピーダンスから得られる複素電気伝導度の虚部2も急激に増大し超伝導の発現を強く示唆する。磁場侵入長を見積もると、測定周波数によらず最低温で(0)=8000〜10000Åとなった。これはNdをドープしない場合の約4倍大きい値である。Tcの減少は1/4程度であのに対し超流体密度の減少分は約1/16であり、超伝導状態においても電荷の空間的秩序が保持されていることを強く示唆している[?]。 4結論 本研究では、空洞共振器摂動法によるマイクロ波応答測定から高温超伝導体及びその関連物質の低エネルギー電荷ダイナミクスを調べてきた。本研究で取り組んだBi2Sr2CaCu2Oy,La1.6-xNd0.4SrxCuO4におけるマイクロ波応答から得られた結論を以下に示す。 Bi2Sr2CaCu2Oy 1. CuO2面内の超伝導状態における準粒子電気伝導度及び磁場侵入長の振舞いは、従来の報告と同様、d波的な超伝導ギャップと常伝導状態に比べて著しく抑制された準粒子散乱によって特徴付けられる。本研究で得られた実験結果は、これまで報告された最も信頼度の高い実験結果とも定量的に一致する。 2. 超伝導状態におけるCuO2面間の磁場侵入長はCuO2面内の磁場侵入長とは異なる温度依存性を示す。これは超伝導電子の関数的振動子強度の成長機構が、CuO2面内とCuO2面間とで本質的に異なることを意味する。Bi2Sr2CaCu2Oyにおけるこうした振舞いは、本研究で初めて明らかにされた。Bi2Sr2CaCu2OyのようにCuO鎖を含まない系に対するこうした特徴は、CuO2面で発現する超伝導機構に本質的な振舞いであることを強く支持するものと考えられる。 3. 超伝導状態におけるCuO2面間の準粒子電気伝導度はTc直下で著しく減少を示すが、低温では温度減少と共に増大する振舞いを示す。このBi2Sr2CaCu2Oyに対するCuO2面間の準粒子電気伝導度の振舞いは、本研究で初めて得られた。低温での温度依存性はCuO2面内の準粒子電気伝導度の温度依存性と一致する。これは磁場侵入長の振舞いとは対照的な振舞いであり、準粒子電気伝導の特異な異方性から磁場侵入長の温度依存性の異方性を説明するBCS理論の枠組みに基づいた理論的モデルでは決して説明できない特徴である。 La1.6-xNd0.4SrxCuO4 1.10〜100GHzのマイクロ波ミリ波領域における交流磁場中での測定から得られる電気抵抗率から、一様電場中での直流電気抵抗率の測定結果と同様に構造相転移に伴う電気抵抗率の温度依存性の変化が確認された。正方晶領域では直流抵抗率と同様に非金属的温度依存性を示すが、絶対値はMott-Ioffe-Regal limitよりも十分小さく金属的伝導領域にあると考えられる。 2.集団励起を示唆するような電気伝導度の特徴的周波数依存性は確認されなかった。このことは、光学測定において電荷励起にギャップが観測できないことと整合する。 3.x=0.15に関して、T〜12K以下では超伝導転移に特徴的な表面抵抗の急激な減少と複素電気伝導度虚部の急激な増大が観測された。交流磁場中での測定から得られる磁場侵入長はNdフリーのLa2-xSrxCuO4(x=0.15)に対する同様な測定に比べて約4倍の磁場侵入長を与える。これは超流体密度は約1/16に減少する一方Tcの減少は約1/4程度であることを示す。従って超伝導状態においても電荷密度の空間的秩序が残存していることが示唆される。 参考文献[1] Y.Ando et al., Phys.Bev.Lett.77,2065(1996).[2] S.Tajima et al.,preprint. |