No | 114000 | |
著者(漢字) | 柴田,達夫 | |
著者(英字) | Shibata,Tatsuo | |
著者(カナ) | シバタ,タツオ | |
標題(和) | 集団的カオス | |
標題(洋) | Collective Chaos | |
報告番号 | 114000 | |
報告番号 | 甲14000 | |
学位授与日 | 1999.03.29 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(学術) | |
学位記番号 | 博総合第218号 | |
研究科 | 総合文化研究科 | |
専攻 | ||
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 本論文は二つの軸から成り立っている。一つは集団的カオス(collective chaos)の視点、もう一つは、動的な要素のネットワーク系(networks of chaotic element)の視点である。 これまで、巨視系の低自由度カオスに関しては様々な理論的研究がなされ、また、実際、その存在は物理系にとどまらず、化学系や生物系などで実験的に確認されてきた。一方で、それらの系の微視的なスケールには非常に自由度の高い大自由度カオスが存在していると考えるべきであろう。こうした、微視的なスケールのカオスは、分子カオスと呼ばれ、巨視的なスケールでの統計的な性質の源であると考えられてきた。 ところで、カオスはミクロなスケールの情報をマクロなスケールまで引き延ばす、と考えることができる。従って、ミクロなスケールでの高自由度カオスの情報はマクロに現われるかも知れない。それでは、大自由度カオスから、どのような仕組みで、巨視的なスケールに低自由度カオスが現れるのであろうか。本論文では、大自由度カオス系の、ある巨視的な変数に現れる低自由度カオスを集団的カオス(collective chaos)と呼ぶことにする。また、大自由度カオスとしては、一貫して、カオスのネットワーク系を考える。(Chapter I) 自然で起こっている現象は、しばしば、様々な要素が互いに相互作用をして構成されている、と見ることが出来る.例えば、多モードレーザー系やジョセフソン素子回路等の物理系や、神経ネットワーク、細胞ネットワーク等の生物系等はいずれも動的要素のネットワーク的結合系と考えることができる。これら個々の系の性質を越えて、こうした系で見られる普遍的な現象はどのようなものであろうか。ここでは、そうした動機への第一歩として、カオス素子の平均場結合系を考える。 カオス素子の平均場結合系では、要素間の結合が十分に弱ければ、要素は互いに同期することなくほとんど独立に振動している。そして、系は実効的自由度がシステムサイズに比例する大自由度カオスである。一方、系の巨視的変数の揺らぎは、期待に反し、システムサイズを大きくしてもある有限値よりは小さくならず、熱力学極限で残る。このことは、どんなに弱い相互作用でもカオス結合系にはある集団的な秩序が存在することを示している(集団運動)。 巨視的変数の揺らぎは単に熱力学極限で残るばかりではなく、動力学的性質を持っている。例えば、リミットサイクルや低自由度カオスから大自由度カオスまで、巨視的状態は様々な力学系的現象を示す。これら様々な集団運動は系のパラメータの変化に対して複雑な分岐構造を示すtongue状分岐構造(tongue bifurcation structure)。この分岐構造は、各変数に対して用意した一次元カオスが、単なるノイズではなく、構造を持つ揺らぎであること、を反映している。 この集団運動の重要な性質の一つは、その時間スケールが系の特徴的な時間スケール(=1/最大Lyapunov数)に比べてずっと長いことである。集団運動の特徴的な振幅は、要素間の相互作用が弱くなっていくとともに小さくなっていくが、一方、集団運動の特徴的な時間スケールは相互作用の強さが弱くなっていくとともにいくらでも長くなっていく。(Chapter II,III) 集団を構成する要素の性質が均質な系では、集団運動は低自由度的な運動を示すものの、完全には低自由度にはならず、大自由度運動を示している。一方、要素の性質にあるばらつきがあるヘテロ系ではより秩序だった集団運動が現れる。そのような集団運動は、ある場合には、性質のばらつきを利用したある種の役割分化がおこり可能になっている。そのような系では集団的な低自由度カオスは現れるであろうか。(Chapter IV) 高自由度カオス系において、巨視的変数の軌道不安定性を特徴づけるための指標として集団リヤプノフ数(collective Lyapunov exponent)を導入し、カオス結合系の集団運動を検討した。その結果、要素の性質にばらつきがあるヘテロな系では、巨視変数の相空間の中で、低自由度カオスを示す巨視的な長さスケールと微視的カオスのスケールが熱力学極限で分離し、集団的低自由度カオスが現れることが明らかになった。(Chapter V) 一方、微視的なスケールに外部的なノイズが存在すると要素集団に見られる秩序が弱くなるかも知れない。各要素に大きさが程度のノイズが掛かったGCMを調べた。このとき集団運動は、ノイズが適当な大きさの領域で決定論的な低自由度運動を示す。一般に、集団運動はノイズの大きさが大きくなるとともに、簡単なものになっていく。その程度を巨視的変数の実効的な自由度DCの変化として捕らえるとDC〜-logであることがわかった。このことはまた、一様な性質を持つ要素のGCMで、ノイズが無い場合、集団運動の自由度は無限大であることを示している。(Chapter VI) 上で述べたヘテロ系と合わせて考えると、ある種の一様性の破れが集団的な秩序を高めることを示している。これらの結果から実験系においても熱揺らぎ等を制御することでマクロな秩序が高まることが見いだされることが期待される。 | |
審査要旨 | 提出された柴田達夫氏の博士論文は高自由度カオスにおいて巨視的な変数が示す集団運動、特に、集団的カオスについて、その性質を系統的に明らかにしたものである。 本論文は7章から成っている。1章では、微視的変数が示す高自由度カオスと巨視的変数が示す集団運動の関係を理解することの重要性が述べられ、具体的な研究対象として、カオス素子の平均場結合系が提示される。2章、4章、6章で、要素が均一な系、要素が不均一な系、微視的スケールに外部ノイズが存在する系の集団運動が議論される。また、3章では、集団運動の発生を巨視変数の定常状態の不安定性と関連付けて解析され、5章では、集団的カオスを特徴づける指標として、集団リアプノフ数が導入される。7章では、より大きな問題意識とともに、全体がまとめられる。 高自由度カオスにおける集団運動の研究は、カオス素子の平均場結合系の他に、セルオートマトン、写像結合格子、振動子の平均場結合系を題材にして調べられてきた。高自由度カオスにおいて、協同現象として、集団運動があることは、これらの研究を通して既に明らかになっていた。しかし、集団運動としてカオス(集団的カオス)が実現するかどうかは、集団的カオスの存在を示す方法がわからなかったので未解決問題だった。また、均一カオス素子の平均場結合系に特有な現象として、既存の運動形態に分類できない集団運動の存在が予想されていた。この奇妙な集団運動の性質を明らかにする、という問題が残されていた。 柴田達夫氏の博士論文では、これらの問題に対して、明快な解答を与える。集団的カオスを特徴づけるためには、高自由度カオスにおける巨視変数の軌道不安定性を明らかにしなければならない。力学系の研究では、軌道不安定性を特徴づける量として、無限小の擾乱の成長率であるリアプノフ数が知られているが、巨視変数の軌道不安定性との関係は明らかではない。そこで初期擾乱の大きさと観測スケールの大きさを有限に選んだ有限サイズリアプノフ数を考えると、観測スケールの大きさに応じて、微視変数の軌道不安定性と巨視変数の軌道不安定性の両方が反映するはずである。系の自由度を大きくしていく時の漸近的な振る舞いを考慮にいれることにより、巨視変数の軌道不安定性を特徴づける量を定義することができる。この量が集団リアプノフ数である。これらの一般的な議論を不均一系に適用し、正の値をもつ集団リアプノフ数が測定され、集団的カオスの存在がこの論文の研究によりはじめて明確に示された。 奇妙な集団運動は、素子間の結合が十分弱くても残り、また、その運動の振幅のパラメーター依存性は複雑に込み入っている。そこで、この論文では、集団運動の大きさをとりこんだ実効的なパラメータを定義することによってパラメーター依存性が整理され、単一写像の分岐ダイアグラムと対応関係をもつ舌状分岐構造が見出され、それぞれの舌構造において、集団運動の振幅や集団運動の時間スケールが結合定数の大きさに関して異なるべき則を持つことが明らかにされた。これらの新しく発見されたべき則は、奇妙な集団運動の性質をさらに考察する上で鍵的な役割を果たす可能性がある重要なものである。 さらに、奇妙な集団運動をもつ系に対して、微視的変数に添加した外部ノイズの影響が調べられた。有限の外部ノイズの大きさで熱力学極限を考えることにより、一体分布関数の動力学を解析することができ、リアプノフ次元が外部ノイズの強さの対数に依存することが示された。このことは、ノイズを少しでも添加すると、奇妙な集団運動は有限自由度のカオス運動になることを意味し、奇妙な集団運動の特異的な性格を表現する結果である。 以上、当博士論文の研究は、高自由度カオスにおける集団運動、特に、集団的カオスや奇妙な集団運動に関して新しい知見を与える。これらの集団運動がどれだけモデルの選択に依存しない普遍性を持つか、また実際の現象における対応を見出すことなど今後議論されなければならない点もある。しかし、ここで明らかにされた集団運動の性質は基本的なものであり、残された課題に対しても礎になるものであると期待される。 この研究は、非線型物理、統計物理の理解を基盤として、高度なシミュレーション技術をふまえて実現したものである。ここで挙げられた結果の多く(2章、3章、4章、5章)は既に論文が専門誌に掲載されている。また、6章の内容に関しては、論文が既に投稿され、現在審査中である。既に掲載された論文については、高い評価を受け、国際的に注目されている。このように、論文提出者の研究は、自然現象の階層性の理解に関して独創的かつ重要な寄与をなしていると考えられる。 以上の点から本論文は博士(学術)の学位を与えるのにふさわしい内容であると審査委員会は全員一致で判定した。 | |
UTokyo Repositoryリンク | http://hdl.handle.net/2261/53295 |