光、電場、圧力といった外場に応答し、構造や電子状態を変化させる金属錯体や有機ラジカルは枚挙にいとまがない。したがってそのような化学種を構成成分とする分子磁性体には、外場に応答して大きく変化する磁気特性が期待されている。本研究では、ハロゲン化銅低次元磁性体を研究対象に選び、有機物部位の化学修飾、圧力効果、ハロゲン元素置換の効果を調べることにより、低次元物質あるいは有機・無機複合物質としての特異性を調べた。 (RNH3)2MX4(Rは有機部位,X=Cl,Br,M=Cu,Mn,Fe,‥)なる組成を持つ層状ペロブスカイト型化合物は、二次元磁性体の典型例として広く研究されている。これは金属ハライドがつくる層間に、有機分子が取り込まれた構造をとる(図1)。金属イオンの周りは八面体型六配位でハロゲン化物イオンが取り囲んでいる。金属が銅イオンの場合、ヤーンテラー(JT)効果によりz軸方向の結合が伸び、不対電子が軌道に入る。z軸は層に平行に向いていて、となりあうCu2+間では互いに直交するため、無機層内の銅-ハロゲン結合には長い結合(DL)と短い結合(DS)の2種類が存在する。このような協奏的な構造変形は協同ヤーンテラー効果と呼ばれ、不対電子軌道が互いに直交するため、不対電子間には強磁性的相互作用が働く。 図1層状ペロブスカイト型化合物の構造 高圧下の磁性この二次元磁性体においては、高圧をかけることにより、各サイトのヤーンテラーz軸が二次元層に垂直に立ち上がる相転移が予見されている。この転移に伴い、無機層の二次元的な磁気的相互作用が強磁性から反強磁性へ変化するはずである。(C2H5NH3)2CuCl4結晶では、4GPaで構造相転移を起こし、前述のような対称性の高圧相の生成が、ダイヤモンドアンビルセルを用いた分光学的手法により見いだされている[1]。またK2CuF4についても、8-10GPaで低温の磁化が減少することが報告されており、この転移によるものと考えられている[2]。しかし、その相転移に到る変化の様子は未解明の部分も多い。 本研究では、この転移の圧力を化学修飾により減少させる可能性を検討するため、有機部位を変えながらいくつかの試料を作成した。(p-X-anilinium)2CuCl4,X=CN(1),Cl(2),NO2(3)を作成し、X線構造解析及び磁気測定を行なった。1が既知の(RNH3)2CuCl4のなかで最も小さなDL、従って、最も小さなヤーンテラー変形を持つことが見いだされた。 化合物1について高圧下のFaraday法磁気測定を行った。図2は圧力による磁化の変化量の温度依存性を示したものである。全温度領域で、圧力による磁化の上昇が認められた。高温部のデータを用いて解析を行ったところ、1GPaで交換相互作用Jの大きさが40%程度上昇していた。反強磁性的状態への転移は認められなかったが、強磁性的相互作用の明瞭な上昇がみられた。DLが小さい化合物ほどJが大きいことが知られており、これから高圧下でDLが減少しているという推測ができる。強磁性的相互作用JのDL依存性の理論計算を行ったところ、DLが1GPaで3%減少していると見積もられた。また経験的に知られているJとDLの関係からは、DLが1GPaで6%減少することが推測され、計算結果を支持している。この結果から、より高圧をかけていくと、強磁性的相互作用が上昇した後、反強磁性状態に急に転移するという挙動が予測される。 図2 1の圧力による磁化の変化 一次元磁性体CuCl2・DMSO(4)についても高圧磁気測定を行った。この化合物は鎖状構造を持ち、鎖内に強磁性的な相互作用(J/kB=+45K)を持つことが知られている。鎖間の磁気的相互作用J’は反強磁性的で、大きさはJの約4%であり、TN=4.8Kで磁気的な秩序状態に転移する。4を含むハロゲン化銅の一次元磁性体は、磁気相転移温度がJ’に大きく依存することが知られており、圧力によるJ’の変化が大きければ、転移温度の大きな変化も期待できる。高圧下での磁気測定を行ったところ、全温度領域で圧力による磁化の減少が観測された。高温部のデータを用いた解析から、圧力下でもJの値はほぼ一定であるが、J’の大きさが1GPaの圧力でおよそ35%も上昇するという結果を得た。観測された磁化の減少は、J’の増大による、反強磁性的な秩序相の拡大を示唆している。このように、一次元と二次元の銅ハロゲン化合物で、対照的な高圧効果が観測された。 スピン・キャンティングによる自発磁化 ハロゲン化銅層状ペロブスカイト化合物では、無機層内の相互作用は強磁性的であるのに対して、無機層間の相互作用は非常に弱く、また通常反強磁性的であるため、強磁性体のようなヒステリシスを持つ磁化曲線は報告されていなかった。本研究では、(p-chloroanilinium)2CuBr4(5)が磁気的相転移温度以下で自発磁化を持つことを初めて見いだした(図3)。単結晶を用いた磁気測定を行ったところ、二次元層に垂直なb軸方向にはヒステリシスが観測され、層に平行なa軸方向はスピン・フロップが観測された。これらより、ゼロ磁場下ではスピンが隣り合う層間で反強磁性的に整列しており、a軸がeasy axisであると結論される。そのスピンがb軸方向に少し傾き(キャンティング)自発磁化を生じている。CuBr6八面体の電子励起状態のエネルギー準位は、CuCl6のそれよりも低いと考えられ、これがCuBr6の不対電子間の反対称的な磁気的相互作用を強め、スピンキャンティングが生じたと推測している。 図3 5の磁化曲線 5のハロゲン置換の効果を検討するため、(p-chloroanilinium)2CuClxBr4-x(x=0,2,3,4)の性質を系統的に調べた。x=2の結晶には二種類の多形が存在し、その多形の一方とx=0の結晶は斜方晶系に属する。この構造はスピンキャンティングか許容されるものである。x=2の多形のもう一方とx=3,4の結晶は単斜晶系に属する。これらではスピンキャンティングは許されない。ハロゲン化物イオンには、面内で2つの銅イオンを架橋しているものと、面外で銅イオンに上下から配位しているものの2種類が存在する。x=2の結晶では、多形のどちらにおいても面内ハロゲンがCl-であり、面外ハロゲンがBr-であった。x=3の結晶では前者がCl-であり、後者の位置にCl-またはBr-が等しい確率で存在する。x=2の多形の作り分けが困難であるため、以下に述べる分光実験と磁気測定は混合物試料を用いて行われたものである。可視-紫外吸収スペクトルを測定したところ、LMCTバンドのピークが、xが0から4になるにつれ18587cm-1から25380cm-1まで単調にシフトすることが見られた。これより、ハロゲン化銅八面体の電子励起エネルギーが、xが増すにつれて高くなっていくと考えられる。 交流磁化率測定から、x=2,3,4の試料がほぼ同一の磁気相転移温度を持つことが判り、これはx=2,3,4がみな銅イオンをCl-が架橋した構造を持っていて、二次元面内の磁気的相互作用Jの大きさが同程度であるからと推測できる。T=2Kにおける磁化測定からは、x=2,3,4についてはヒステリシスが見られず、自発磁化をもたないという結果を得た。このことは、前述の電子励起状態とスピンキャンティングの関係の考察を支持するものであるが、自発磁化を持つ化合物を作成するためには、面内ハロゲンをBr-とすることが不可欠であることが判った。 5の長距離秩序相での磁化過程を調べたところ、b軸に平行な磁場の下で、特徴的なステップを持つ磁化曲線が見いだされた(図3)。スピンキャンティングに由来する自発磁化がb軸方向を向いているためヒステリシスを示すが、高磁場から磁場を下げていく際に、30-50Oeの大きさの磁場で磁化が大きく不連続に変化することが観測された。結晶の体積が異なる場合でも、この飛びが一定の磁場で起こることが確認された。通常、強磁性体の磁化曲線上には、細かい不連続なステップが観測され、バルクハウゼン効果として知られている。これは磁壁の不連続な動きが原因であるが、5で観測された磁化の飛びも、磁壁の運動が関係していると考えられる。5の場合、磁化の変化量が飽和磁化の30-40%と大きく、結晶のサイズが異なっても飛びが見られる磁場に再現性がある。このような特徴を持つ磁化曲線は、垂直磁化膜でしばしば観測されている。自発磁化は垂直磁化膜の場合薄膜に垂直で、5の場合は二次元層に垂直であるという類似点がある。5の特異な磁化曲線は、二次元層状構造に由来した磁区形成と関係しているものと推察される。 結論二次元及び一次元のハロゲン化銅の高圧磁気測定を行い、前者では圧力により磁化が上昇し、後者では減少するという結果を得た。JまたはJ’の圧力変化は大きく、分子性磁性体に特徴的なものであった。また、二次元の臭化銅層状ペロブスカイトが、スピンキャンティングによる自発磁化を持つこと、興味深い磁化過程を持つことを見いだした。 (参考文献)1.Y.Moritomo,Y.Tokura,J.Chem.Phys.101,1763(1994).2.M.Ishizuka,I.Yamada,K.Amaya,S.Endo,J.Phys.Soc.Jpn.65,1927(1996). |