序 本論文は4章からなり、第1章は導入説明、第2章はBi2Sr2CaCu2Oyにおける局所磁化と抵抗の同時測定についての研究報告、第3章は、同物質に於ける局所磁化ノイズ測定の報告、そして、第4章で結論が述べられ、それに関する論考がなされている。 研究目的 高温超伝導体の超伝導状態は、二次元的で熱揺らぎが非常に大きい。そのため、混合状態は、従来超伝導体とは様変わりしている。磁束は、常に三角格子を組んだ「固体」として存在するのではなく、磁場や温度によって、「融解」したり、縦方向の相関を失う「デカップリング」を引き起こしたりする。理論的に期待される相転移の一部(融解転移)は、実際の系でも確認されており、磁束系の複雑な振舞いが、高温超伝導体の発見以降、改めて認識されるようになった。 温度・磁場と並ぶ、第三の重要なパラメータが、電流である。磁束には、電流からのLorentz力とピンニングとが作用し、その拮抗が磁束の動的状態を定める。動的状態にある磁束はどのような特徴を持ち、もとの静的な相とどのように関係するのだろうか。また、最近の理論によると、動的な状態自体が、一つの相と見なされ、ある種の動的な相間には一次転移が存在するという。静的相図にも増して、複雑でエキゾティックな磁束の動的相図の問題がここ数年、注目を集めるようになっている。 本研究は、こうした現代的な立場に立って、磁場・温度・電流相図上での磁束の振舞いを理解することを目的としたものである。具体的には、静的相図がある程度明らかになりつつある高温超伝導体において、 ● ピンニングは各相でどのように機能するのか、 ● 動的な相図と静的な相図はどのように関わっているのか、 といったテーマを扱っている。これらは、未だ実験的な理解が不十分な領域である。 論文提出者は高温超伝導体の内、静的相図がよく研究されているBi2Sr2CaCu2Oy(Bi2212)を取り上げ、二つのアプローチで、上記問題に取り組んだ。一つは、「局所磁化と抵抗の同時測定」である。磁束の融解転移は、「磁化のとび」によって検出される。よって、磁化との「同時測定」によって初めて、抵抗の振舞いを、各相との関連において精密に議論した。 もう一つは、「局所磁化ノイズ測定」である。従来から行われていた伝導ノイズの測定は、磁束の運動をプローブする強力な手段であるが、我々は「局所磁化ノイズ」測定という異なる方法を新たに開発、磁束状態の研究に初めて適用した。また、この測定法の「局所性」を生かして、ノイズの空間相関を評価することを行った。局所磁化及び局所磁化ノイズ測定には、ホール素子アレイを使用した。典型的な素子のactive areaは15ミクロン×15ミクロンである。 Bi2212における局所磁化と抵抗の同時測定 80Kでの抵抗率の磁場依存性を色々な電流密度jに対して測定し、また、同時に局所磁化を測定した結果、以下のことが分かった。磁束融解転移磁場をHmと書くと、抵抗はHmで大きく変化しているが、H<Hm(磁束固体相)においては、j→0で→0となるsubohmicな振舞いが見られるのに対して、H>Hm(磁束液体相)では、ohmicに近く、j→0でもは有限の値に留まる。これは、理論的に予想される(動的)振舞いに一致するものである。但し、最近になって、表面バリアの存在が、抵抗に影響を及ぼす可能性が指摘されている。本論文では、この問題に関して検討を行ない、本研究のデータに関する限り、議論の本質には、表面バリヤはあまり重要ではないことが結論された。 また、表面バリアの影響の全くない磁束液体相において見られる、TAFF的な抵抗の振舞いを解析したところ、Vinokurらの高粘性磁束流体(highly viscous vortex liquid)理論と非常によく合うことが分かった。すなわち、(1)高温超伝導体の磁束液体状態において、高粘性磁束流体の概念が成り立つ可能性がある。(2)Bi2212では、液体相が低磁場にあることから、ピンニングが比較的強く効く。(3)これらの複合要因により、TAFFが観測される、という結論が得られた。 さらに、磁化の「とび」(=磁束系の一次転移)と電流との関係についても調べた。ピンニングの弱い系では、一次転移は電流による影響を受けないのに対し、ピンニングの強い系では、電流を流すことにより、はじめて一次転移が現われるという振舞いが観測された。このことから、ピンニングがある程度強くなると、一次転移が阻害されること(理論的には二次転移になることが予想される)、電流は実効的にdisorder(ピンニング)を弱める作用をすることが分かった。 Bi2212における局所磁化ノイズ測定 ノイズ・スペクトル測定から、ある電流磁場領域においてのみ、ノイズ(磁束密度の揺らぎ)が発生し、また、ノイズには大きく分けて二種類あることがわかった。ひとつは、より低磁場側(20-45 Oe)に観測され、DCから広い周波数に渡って広がる広帯域ノイズ(Broadband Noise、BBN)、もう一つは、BBNの強度が極大値をとる辺りから現われるピーク状のノイズである。後者を狭帯域ノイズ(Narrowband Noise、NBN)と呼ぶ。 BBNの強度が大きくなるのは、ちょうど抵抗が出始める領域であることがわかった。この領域は、一つの温度で見ると、低磁場高電流側から高磁場低電流側にかけて「帯状」に分布するが、高磁場側は磁束相転移磁場またはセカンドピーク磁場によって制限され、BBNはほぼ磁束固体相においてのみ観測された。一方、NBNは(試料により)相転移磁場より高磁場の磁束液体相でも見られた。 BBNのスペクトルは、場所により微妙に異なる("finger-print effect")。また、クロススペクトルの測定結果から、異なる場所間のコヒーレンスはほとんどないことが分かった。したがって、BBNは局所的な(数十ミクロン以下の)発生源をもつと考えられる。また、BBNスペクトルは、はじめf-2の周波数依存性を持つが、強度が極大から減少に転じるところでは、Lorentz型になる。このときのroll-off周波数はtransit timeの逆数によく一致した。 一方、NBNは、磁束のflow方向に長距離のコヒーレンスを保ち、また電流方向依存性をもつことも明らかになった。従って、NBNに関しては、試料表面(側面)に発生源があり、これが磁束の運動に伴って試料内部に伝わっていくと考えられる。但し、発生メカニズムについては、今のところ不明である。 磁束のflowに垂直な方向には、BBN、NBN共にほとんどコヒーレンスは存在しなかった。我々は、Noriらのシミュレーションとの対応などから、BBN、NBNが発生する領域での磁束の動的状態を次のように捉えた。 (1)BBNの発生から、強度が増加していく局面 plastic flow状態(強くピン止めされた磁束の「島」の間を縫って磁束のフローチャネルができた状態)が実現しており、局所的なランダム・ピンの分布に依存した特徴的なflow patternが現われる。そして、これにより生じる磁束格子欠陥の非定常的な生成・消滅が局所磁化(磁束密度)のBBNをもたらす。その場所固有のランダム・ピン分布が関わるため、"finger-print effect"が見られる。また、BBNを特徴的づける自明な時間は存在せず、周波数依存性はf-2のようになっている。 (2)BBN強度が最大から減少へ転じ、かつNBNが現われる局面 電流または磁場を大きくすると、バルクピンが弱まって、flow channelは増加し、やがて試料全体を覆って、"incoherent flow"へ移行していく。BBNの強度が最大になった時点では、ほぼ"incoherent flow"が実現していると考えられる。"incoherent flow"においてflow channelの間に生じた格子欠陥は、磁束と同じ速度で移動していく。これが、BBNを引き起こしていると考えると、BBNが、(trasnit time)-1のroll-offを持つLorentz型になるのはもっともらしい。また、表面で発生したNBNが内部まで伝わっていくこと、flowに垂直な方向にはコヒーレンスが存在しないことなども、このモデルの性質によく一致する。 結び 本研究では、静的相図の解明が進んだ系のひとつであるBi2212について、静的相図との関連を踏まえながら、磁束の動的状態-Lorentz力(駆動力)とピンニングの拮抗によってもたらされる複雑な磁束状態-を実験的に調べたものである。具体的には、以下の二通りの方法: ● 局所磁化と抵抗の同時測定、 ● 局所磁化ノイズ測定、 を用いている。前者の特長は、磁化測定によって静的相図(磁束系の一次転移)を確定しつつ抵抗を測定した点にある。他のほとんどの測定例では、抵抗の振舞いから一次転移の位置を推定していたが、その基準は著者により異なっていた。後者の局所磁化ノイズ測定は、本研究において開発され、はじめて磁束の運動状態の研究に用いられた。この方法は、特にノイズの空間相関を測定することが可能な点で、画期的であると考えられる。こうした利点を生かすことにより、(これまで見てきた通り、)磁束の動的状態に関する新たな知見を得ることが出来た。すなわち、相転移とピン止めの関係、磁束液体相でのピンニング、磁束固体相でのplastic flow(から"incoherent flow"へのクロスオーバー)などである。 このように、本研究では、Bi2212系の磁束状態のダイナミクスに関して、数多くの注目すべき新たな知見を得ることに見事に成功している。 なお、本論文中の第2-3章は、花栗哲郎氏、前田京剛との共同研究であるが、これら全ての事項に関して論文の提出者が主体となって分析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 よって、本論文は博士(学術)の学位請求論文として合格と認められる。 |