本論文は6つの章からなる。第1章は序論であり、本論文の研究の動機となった背景について論じている。近年の高速ネットワーク装置の普及と計算機の低価格化に伴い、企業や大学などの組織全体を結ぶ大規模なネットワークを構築することが一般的になりつつある。このようなネットワークでは、全体で協調作業を行うといった積極的なデータ共有の観点からというよりは、むしろネットワーク全体での管理作業の共通化のために分散ファイルシステムが必要となる。しかし、このような環境で分散ファイルシステムを実現するには、非常に多数のクライアント計算機からのアクセス要求を処理するため、ファイルサーバのボトルネックを解消する必要がある。また、組織が地理的に分散するためにネットワーク全体を均一なネットワーク装置で接続ことができず、低速ネットワークで相互に接続された部分ネットワークに分割される場合がある。このとき、サーバとクライアント間の通信が低速ネットワークを経由するためにファイルアクセス性能が低下する問題がある。本研究では、1)キャッシュ管理に伴う負荷をファイルサーバからクライアントに委譲する、2)それぞれファイルシステムの複製を持つ複数のサーバ計算機を用いてファイルサーバを並列化し、サーバの処理性能を向上する、3)二次サーバにより低速ネットワークを介したファイル転送量を低減する、という三つの手法を提案し、これらの問題を解決することを目指している。この主題の設定は、学位論文の主題として十分、かつ妥当であると認められる。 第2章は、現在にいたる大規模分散ファイルシステムに関連する研究の包括的な概説である。これまで提案されたさまざまなシステムや技術を、クライアント台数のスケーラビリティに関するもの、ファイルシステムのスループットに関するもの、地理的な分散性に対応するものの三種類に分類し、それぞれに対して分析を行っている。 第3章では、キャッシュ管理の委譲に関して述べている。クライアントがファイルをキャッシュするシステムにおいて、キャッシュ管理の権限をファイルサーバからクライアントに委譲することにより、サーバの負荷を低減する方法について考察している。この際、キャッシュ管理の委譲後、一定時間を経過した時点でキャッシュ管理をサーバに返還する機能を用意しており、キャッシュ管理の委譲に伴う堅牢性の問題に対応している。これらの機能を提供する分散ファイルシステムAriaを実装し、ベンチマークプログラムによってサーバ負荷に与えるキャッシュ管理の委譲・返還機能の影響について実験を行い、有効性を確認している。 第4章は、複製を用いたファイルサーバの並列化について述べている。ファイルシステム全体の複製を持つサーバ計算機を複数利用することにより、ファイルに対するアクセス要求を並列処理してサーバ性能を向上することができるが、サーバ計算機間での複製の一貫性保持の問題が生じる。この問題に対して、複製の一貫性保持コストに応じて複製を中断・再開する方法を提案している。提案手法をもちいて実際にサーバ性能が向上できるかどうかについて実験を行い、有効性を確認するとともに、特に複製の再開機能に関してその適用に限界があることを指摘している。 第5章は、二次サーバによる分割ネットワークへの対応について述べている。二次サーバにより、分割ネットワーク間の低速ネットワークを介した通信量を削減し、クライアントのファイルアクセス性能を向上できる。これについて実験を行い、実験に用いた環境において二次サーバが有効となるネットワークの速度の条件を明らかにしている。また、この実験結果に基づく考察により、さらに広範な環境における二次サーバの手法の適用可能性について議論している。 第6章は、論文全体の内容をまとめ、今後の研究課題について論じている。本論文の成果が大規模分散ファイルシステムを構築する上で有効な手法であることを述べている。また、大規模分散ファイルシステムを、階層構造をもつネットワークや広域ネットワークなど、より多様な環境において提供するための方針について議論されている。 本学位論文は、大規模なネットワークにおける分散ファイルシステムを実現する上で用いられる三つの主要技術を提案したものであり、それぞれの技術の有効性と適用限界について確認を行っている。特に大規模分散ファイルシステムの必要性について議論し、提案手法を組み込んだシステムを実装している点で、今後の関連分野の研究に寄与するところ大であると認められる。この点において、本論文は高く評価され、審査委員全員で、博士(理学)の学位を授与するにふさわしいと判断した。 なお本論文の内容の一部は、共著論文として印刷公表済みであるが、論文提出者が主体となって研究および開発を行なったもので、論文提出者の寄与は十分であると判断する。 |