学位論文要旨



No 114010
著者(漢字) 佐藤,健
著者(英字)
著者(カナ) サトウ,タケシ
標題(和) 多様なブレイン背景における超対称代数とブレインの様々な超対称配位
標題(洋) Superalgebras in Many Kinds of Brane Backgrounds and Various Supersymmetric Brane Configurations
報告番号 114010
報告番号 甲14010
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3499号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 加藤,光裕
 東京大学 教授 風間,洋一
 東京大学 助教授 川崎,雅裕
 東京大学 助教授 松尾,泰
 東京大学 講師 和田,純夫
内容要旨

 11次元の理論であるM理論は、現在素粒子の相互作用の統一理論の候補として最も期待されるものの一つであり、様々な観点から広く研究されている。中でも超対称代数による研究は最も有効なアプローチの内の一つである。超対称代数には時空間上のものとブレインの世界面上のものがあり、構成の方法も2種類議論されている。1つは平坦な時空またはブレインの世界面を仮定して、その上で定義される超対称並進代数を最も一般的に拡張して構成する方法で、もう一つは平坦な背景時空におけるブレインの作用関数から(時空間上の)超対称代数を導く方法である。これらの超対称代数からは理論に存在する可能性のあるブレインの様々な超対称配位を導くことが出来、特にM理論には基本的な構成要素として5種類のブレインが存在し得ることがいえる。また10次元の超弦理論に対しても同じ方法で構成された超対称代数から同様の議論がなされている。このように、(理論を調べるのに有効ではあるが)今までこの種の議論は平坦な背景上でしか為されていなかった。この論文の2つの目的の内の1つとして、我々はこれらの議論の内の1つである平坦な背景時空中のブレインの作用関数から超対称代数を導く方法を、平坦でない背景(超対称なブレイン背景)におけるものに拡張し、それを使って10次元有質量IIA理論の超対称代数を導いた。この有質量理論は質量の2乗に比例する宇宙項を持つため平坦な背景時空をとることが出来ない。従って今までの議論が適用できないためその超対称代数も導かれておらず、これを得るには上記のように拡張が必要であった。この代数は10次元有質量IIA理論を調べるのに有効であり、また、近年10次元(以下の)超弦理論のM理論的すなわち11次元的な起源の理解が進められているが、この10次元有質量IIA理論についてはまだ完全には分かっておらず、特に質量の起源が分かっていないため、この超対称代数の質量依存項を得ることが、その起源の理解の役に立つ可能性もあるということも動機の一つであった。(これについては達成されなかった。)

 拡張は以下のような考えに基づいて行った。まず11次元超対称重力の背景におけるブレインを考える。(ここではこれをテストブレインと呼ぶ。)このブレインの作用関数はこの時点では局所的超対称変換で不変である。始めにこのブレインの背景を平坦時空とする。すると、背景は超対称並進を対称性として持つが、ブレインの作用関数も超対称並進変換で不変であることが示される。すなわち固定した背景に残る対称性は作用関数の対称性になっていることが分かる。よって対応するNoether電荷が定義でき、超対称代数を計算できる。そこで次に背景を一部の超対称性をもつ非平坦なものにしてみると、上の例から類推して、ブレインの作用関数が背景のもつ対称性をもつことが期待できる。そしてもしそうであれば、対応するNoether電荷から超対称代数を計算できるはずである。また、この議論の方法では、ブレイン背景へのテストブレインの埋め込みという形で2つのブレインの配位が表されることになるが、超対称代数はこの埋め込みで表されることになるため、埋め込みを決めると保存している超対称性が即座に分かる。よって配位と保存している超対称性の対応を以前に得られているものと比較することにより、手法の無矛盾性を調べることができる。我々は上記のアイデアを、まずM理論に関して調べた。ここではこの方法がどれだけ一般的に適用できるかをはっきりさせるため、様々な1/2の超対称性をもつMブレインを背景とテストブレインとした。具体的には、背景としてM-wave、M2ブレイン、M5ブレイン、M-Kaluza-Klein monopole、テストブレインとしてM-wave、M2ブレイン、M5ブレインを用い、全ての組合せ(12通り)について調べた。結果は期待した通りで、ブレイン背景中のテストブレインの作用関数は背景のもつ1/2の超対称性に対応する変換で不変であることを全ての場合で示すことが出来、それらの超対称代数も得ることが出来た。またその代数から、知られている全ての直交する2つのブレインの配位を再現することも出来、この方法が無矛盾であることが確かめられた。そこで次に、この方法を10次元有質量IIA理論を適用した。この理論の質量は、そのdualである9-formゲージ場と結合するD8ブレインが存在する時ゼロでない値を持つので、最も簡単な有質量背景としてD8ブレインを用いた。またテストブレインとしては、有質量背景中で質量に比例した付加項をもつ5つのIIA Dブレインを用いた。結果はMブレインの場合と同様で、作用関数が背景のもつ1/2の超対称性に対応する変換で不変であることを示すことが出来、超対称代数も導くことが出来た。直交する2つのブレインの配位も再現でき、無矛盾も確かめられた。ただし、(有質量背景とそうでないものについて明確に違いの出る)質量に比例した付加項からの寄与は最後に相殺して消えることが分かり、動機の後半で述べたようなexplicitな質量依存項は得られず、質量の起源等については何もいうことが出来なかった。

 また、この論文の2つ目の目的として、我々はブレイン背景へのテストブレインの埋め込みというこの手法の設定におけるいろいろな超対称配位を調べた。超対称配位は一般にBPS状態即ち非摂動状態であるという点で大変重要であるので、いろいろなアプローチを通してそれらを調べることはM理論や超弦理論の理解に対して意味があると考えられる。そこで我々のアプローチでそれらを調べた。ここで議論するのは直角でない角度をもって交差する2つのブレインの超対称配位と、ブレイン背景中のテストブレインの世界面上にあるソリトンである。まず前者については通常キリングスピノルに対する条件を使って導かれるものだが、この設定では2つのブレインの全ての配位はブレイン背景へのテストブレインの埋め込みで表されているはずであるので、我々の手法が正しければ、得られた超対称代数を用いてそれらの配位も導くことが出来るはずである。そこで、具体的にはM-Kaluza-Klein monopole背景中のM5ブレインについて調べた。まずやったことは、角度をもった交差に対応する埋め込みを探すことである。これはvielbeinを用いて世界面上の誘導計量を平坦にする埋め込みとして得ることが出来た。そこで次に角度の各値に対して残る超対称性を調べて、角度をもって交差する全ての超対称配位を導くことができた。また後者については、通常世界面上のソリトンは平坦な背景中のブレイン上で構成されるものだが、我々は非平坦な背景中のブレイン上でソリトン解を作ることに成功した。具体的にはM5ブレイン背景中にある(テスト)M5ブレイン上の3ブレインソリトンである。このソリトンは、元々の平坦な背景中のブレイン上の3ブレインソリトンの時空的な解釈に従うと、3つのM5ブレインが交差している配位と解釈でき、またその3つがそれぞれ互いに異なる3種類の記述(超対称重力の解、source、世界面上のソリトン)をされているという点で興味深い。この解の超対称性は1/4であることが時空的な解釈から予想できるが、これは上でM5ブレイン背景中のテストM5ブレインから導いた超対称代数を用いると簡単に示すことが出来る。

 注意としては、超対称重力の解を用いていることから背景ブレイン直上では議論が破綻しているということがあるが、一般にどのアプローチにも長所と短所、記述に適した領域とそうでない領域があるものであるから、総じて上で得られた全ての結果を考えると、数あるアプローチの中の一つとしてここで議論した手法はM理論や超弦理論を調べるのに有効であるといえる。

審査要旨

 最近の超弦理論における急速な進展において、重要な役割を果している概念の一つが、BPS状態である。これは、一部の超対称変換に対して不変であり、超対称代数の小さな多重度をもつ既約表現に属しているために安定な状態で、摂動論が有効でない結合定数の領域にまで外挿しても、そのスペクトルは保持されると考えられるため、理論の非摂動的な性質、特に双対性を調べる上で重要な手掛かりとなる。

 超弦理論においては、BPS状態は一般に拡がりをもつ対象、p-ブレインとして実現される。与えられたBPS状態がどれだけの超対称変換のもとで不変かを決めるには、超対称代数の具体的表現を調べれば良い。しかし、この計算はこれまで背景が平坦な場合にのみ詳しく調べられていた。

 本論文は、この点を改良し背景自体にBPS配位を持ち込みその上にテストブレインを入れて得られる超対称代数を調べることにより、より柔軟な解析を可能にした。特に、平坦な古典解が存在しないためこれ迄調べられていなかった、有質量IIA型超重力に対応する超対称代数に対しても解析することに成功した。

 論文の構成は、6章からなり、1章で研究の動機と目的を述べ、2章でこれ迄の平坦な時空上での超対称代数の解析を総括した後、3章でMブレイン背景上での超対称代数の解析を与えている。ここで、Mブレインとは、超弦理論を非摂動的に統一すると考えられている11次元の理論「M理論」に存在するブレインであり、低エネルギー有効理論である11次元超重力においては古典解として実現される。この章では、背景場として、M2ブレイン、M5ブレイン、M-wave、M-Kaluza-Klein磁気単極を考え、テストブレインとしては、M2ブレイン、M5ブレイン、M-waveを用いて、これらの間の全ての組み合わせについて解析し、1/2超対称性を持つ配位であることを確認した。また、知られている全ての直交する2つのブレインによる配位を再現することができ、この方法の無矛盾性を確かめた。

 次に4章において、この方法を10次元有質量IIA型超重力理論に適用した。有質量IIA型超重力理論とは、IIA型超弦理論のD8ブレイン背景の下での低エネルギー有効理論であり、そこでは宇宙項のために平坦な時空は古典解にならないため、これまで超対称代数に基づくBPS状態の解析は行われていなかった。本章では、この理論に対し前章の考え方に基づいて、D8ブレイン背景を考え、そこにDpブレイン(p=0,2,4,6,8)をテストブレインとして持ち込み超対称代数の解析を行うことに成功した。

 続いて5章では、より一般的な配位としてM-Kaluza-Klein磁気単極背景中にM5ブレインを角度を持たせて入れ、より小さな超対称性を持つ可能なBPS配位を決定した。また、これまでの2つのブレイン(1つは背景場として、もう1つはテストブレインとして)による配位に、さらに3つ目のブレインを考えることに対応するテストブレイン上のソリトン配位を取り込む場合についても同様の考察を行った。最終章には、まとめと展望が与えられている。

 以上のように、本論文においては、ブレイン背景上でのテストブレイン作用から得られる超対称代数を解析することにより複数のブレインからなるBPS配位についての超対称性の大きさを有効に決定することができた。特に、有質量IIA型理論に関しては、本論文において初めて結果が与えられた。このように、本論文で得られた成果は、充分な意義を認めることができる。

 よって審査員一同は、本論文提出者に対し博士(理学)の学位を授与できると認める。

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