最近の超弦理論における急速な進展において、重要な役割を果している概念の一つが、BPS状態である。これは、一部の超対称変換に対して不変であり、超対称代数の小さな多重度をもつ既約表現に属しているために安定な状態で、摂動論が有効でない結合定数の領域にまで外挿しても、そのスペクトルは保持されると考えられるため、理論の非摂動的な性質、特に双対性を調べる上で重要な手掛かりとなる。 超弦理論においては、BPS状態は一般に拡がりをもつ対象、p-ブレインとして実現される。与えられたBPS状態がどれだけの超対称変換のもとで不変かを決めるには、超対称代数の具体的表現を調べれば良い。しかし、この計算はこれまで背景が平坦な場合にのみ詳しく調べられていた。 本論文は、この点を改良し背景自体にBPS配位を持ち込みその上にテストブレインを入れて得られる超対称代数を調べることにより、より柔軟な解析を可能にした。特に、平坦な古典解が存在しないためこれ迄調べられていなかった、有質量IIA型超重力に対応する超対称代数に対しても解析することに成功した。 論文の構成は、6章からなり、1章で研究の動機と目的を述べ、2章でこれ迄の平坦な時空上での超対称代数の解析を総括した後、3章でMブレイン背景上での超対称代数の解析を与えている。ここで、Mブレインとは、超弦理論を非摂動的に統一すると考えられている11次元の理論「M理論」に存在するブレインであり、低エネルギー有効理論である11次元超重力においては古典解として実現される。この章では、背景場として、M2ブレイン、M5ブレイン、M-wave、M-Kaluza-Klein磁気単極を考え、テストブレインとしては、M2ブレイン、M5ブレイン、M-waveを用いて、これらの間の全ての組み合わせについて解析し、1/2超対称性を持つ配位であることを確認した。また、知られている全ての直交する2つのブレインによる配位を再現することができ、この方法の無矛盾性を確かめた。 次に4章において、この方法を10次元有質量IIA型超重力理論に適用した。有質量IIA型超重力理論とは、IIA型超弦理論のD8ブレイン背景の下での低エネルギー有効理論であり、そこでは宇宙項のために平坦な時空は古典解にならないため、これまで超対称代数に基づくBPS状態の解析は行われていなかった。本章では、この理論に対し前章の考え方に基づいて、D8ブレイン背景を考え、そこにDpブレイン(p=0,2,4,6,8)をテストブレインとして持ち込み超対称代数の解析を行うことに成功した。 続いて5章では、より一般的な配位としてM-Kaluza-Klein磁気単極背景中にM5ブレインを角度を持たせて入れ、より小さな超対称性を持つ可能なBPS配位を決定した。また、これまでの2つのブレイン(1つは背景場として、もう1つはテストブレインとして)による配位に、さらに3つ目のブレインを考えることに対応するテストブレイン上のソリトン配位を取り込む場合についても同様の考察を行った。最終章には、まとめと展望が与えられている。 以上のように、本論文においては、ブレイン背景上でのテストブレイン作用から得られる超対称代数を解析することにより複数のブレインからなるBPS配位についての超対称性の大きさを有効に決定することができた。特に、有質量IIA型理論に関しては、本論文において初めて結果が与えられた。このように、本論文で得られた成果は、充分な意義を認めることができる。 よって審査員一同は、本論文提出者に対し博士(理学)の学位を授与できると認める。 |