モジュライ空間の一部で有効な摂動的記述を理論に非摂動的に存在する対称性を保つように貼り合わせる事によって厳密解を得るという手続きが、或る種の超対称ゲージ理論において双対性を利用して実行されて以来、弦理論における双対性の理解が、その非摂動的性質の理解を推進するとの期待が高まっている。このことは、双対性を探すことと、それを通してモジュライ空間のより広い領域で有効な記述を模索するという両面で追求されてきた。本論文では、混成弦をK3コンパクト化した理論(Het/K3)と双対であり、かつモジュライ空間がHet/K3のそれを包含するとの強い予想がなされているF理論のカラビ・ヤウ多様体(CY)でのコンパクト化理論(F/CY)を取り扱い、モジュライ空間の包含関係について、特にF/CYをIIB型弦の’D’多様体でのコンパクト化とみなし、その立場のみから理解することを目的にしている。これを行う際、ストリング・ジャンクションが重要な役割を果たすことになる。 超弦理論における双対性の例として、10次元ではSO(32)混成弦とI型弦のS双対、IIB型弦の自己S双対が、コンパクト化した理論では、IIA/S1とIIB/S’1のT双対、IIA/K3とHet/T4のS双対などが挙げられる。理論Xと理論Yの間のS双対性の成立には次の事を確認する必要がある。第一に、低エネルギー有効作用の間に場の読み替えによる同一視ができること。その際、Xのディラトン場とYのそれは逆符号で結ばれる。第二に、理論のモジュライ、すなわちスペクトルが一致すること。ここでは低エネルギー有効作用のみならず、弦のmassiveレベルも考察の対象となる。すなわち、理論Xの摂動的スペクトルと、理論Yの弱結合領域でのゼロ質量状態を含むBPS状態を強結合まで外挿したものが等しいことが要請される。外挿が可能であるための条件が、BPS状態である。別の述べ方では、理論Yのモジュライ空間の中でextraなゼロ質量状態が出現(BPS状態がゼロ質量になる)した点で、双対な理論Xの弱結合での記述に移ることになる。このような記述の例として、IIA/K3でK3が特異となった場合がある。この時K3の2サイクル(種数0)に巻き付いたメンブレーンが成すBPS状態がゼロ質量となり、また種数1のリーマン面に巻き付いた状態がレベル1のBPS状態となって、ゲージ対称性が拡大したHet/T4理論に移る。確認すべき第三の点は理論を記述する基本的変数の間の写像が作られることである。例えば、IIA/K3のBPS解である基本弦解のゼロモードは、混成弦の世界面の場と同一視できる。 このように、双対性のチェックにおいてBPS状態の自由度を同定することが本質的重要性を持つ。この事は、DブレーンがRR荷を持ち、BPSソリトンと同一視できることが発見されて後著しく簡略化されることとなった。すなわちBPS状態の自由度は、Dブレーンに付着する開弦の振動モードがもたらすゼロモードを量子化すればよい。 Dブレーンはまた、コンパクト化された空間自体ともみなせる。例えば、ALE空間背景でのIIA弦は、D5ブレーン背景でのIIB弦と双対であることが示されており、ALE空間における特異性はD5ブレーンの重なりに、メンブレーンの2サイクルへの巻き付きはD5ブレーン同士をつなぐ開弦に対応する。すなわちこの場合IIB理論におけるBPS状態はD5ブレーンをつなぐ開弦であって、D5ブレーンが重なると、ゼロ質量のゲージ多重項を与える。これをIIB弦の6次元へのコンパクト化と見ると、時空はDブレーンの世界体の一部である。このようなコンパクト化空間を、D多様体(D-manifold)と呼ぶ。コンパクト化によって現れる低次元理論のスペクトルは、内部空間の変形の自由度に依存して定まる。一方D多様体の変形の自由度はDブレーンに付着する開弦が担っていた。このことから、D多様体によるコンパクト化に伴うスペクトルを導くには、D多様体を構成するDブレーンに付着し得る開弦を数え上げればよいことになる。また、この考え方を発展させて、Dブレーンの世界体理論として超対称ゲージ理論を実現しようとするBrane configuration理論が提唱された。そこではとくに目覚しい結果として、N=1超対称ゲージ理論のSeiberg双対性に幾何学的解釈を与えることが出来る。 以上のような双対性の理解に基づいて、より包括的な理論を構築すること、すなわち、双対関係にある二つの理論の摂動的記述を、より広いモジュライ空間を持つ理論の別の領域での記述として捉えることが試みられてきた。特に、低次元での双対性をこのような理論の別のコンパクト化として実現することが出来る。その一つの候補がM理論であり、10次元の超弦理論との関係としてM/S1がIIA弦を、M/(S1/Z2)がE8×E8混成弦を与える。また、9次元ではM/T2とIIB/S1が結びつくことになる。そこでは、T2の複素モジュライがIIB弦の複素スカラー場に対応し、IIB弦のSL(2,Z)対称性にT2のモジュラー変換という幾何学的解釈を与えると同時に、IIBの基本弦解をSL(2,Z)変換して得られる(p,q)弦解の質量を、T2の二つのサイクルヘp,q回巻き付いたM2ブレーンの質量と同一視することが出来た。 本論文で取り扱うF理論もより広いモジュライ空間を持つ理論の一つの候補である。F理論を導入する最初の動機は、IIB型理論のSL(2,Z)対称性を、10次元のままで幾何学的に解釈することにあった。この目的のため、IIB弦の複素スカラー場を、10次元の上のトーラスの複素モジュライに読み替えた12次元の仮想的理論がF理論である。仮想的とは、M理論と異なり、F理論には基本的対象を記述する理論としての解釈はなされておらず、IIB弦のある種のコンパクト化の定義を与える幾何学的表現と考えられるとの意味である。F理論の具体的な指定は次のように行う。10次元時空のコンパクトな部分空間Bの座標に依存した複素モジュライを持つトーラスを考え、それを底Bの、楕円ファイバーを持つ多様体Xとみなし、FのXでのコンパクト化と呼ぶ。同じことをIIB弦の言葉で述べれば、内部空間Bの座標に依存する複素スカラー場を持った背景場を指定したことになる。この複素スカラー場は一般にBのある領域でオーダー1となり、そこで弦理論が強結合となってしまうことがIIB弦に基づく解析を困難にしている。以下、本論文ではBとしてP1の場合(F/K3)、及びP1上のP1ファイバーの場合(F/CY)を考察することになる。BがP1の場合にはIIB弦の背景は、7ブレーンの集合となることが知られている。すなわち、’D’多様体によるコンパクト化とみなせる(但し、これらの7ブレーンはD7ブレーンとは限らず、そのSL(2,Z)変換をも含み、各々が、二つの整数によって[p,q]型の7ブレーンと指定される。Dの’’はその意味で付けた)。 ここまでの記述ではF理論は単にIIB超重力理論の解を指定することと同値であるが、実際にはそれ以上の内容を持っている。混成弦の理論との双対性があるのである。F/K3が、K3のオービフォールド極限では単なるIIB型理論ではなく、I型理論となる、すなわち自動的に世界面パリティーによる射影を受けることが見出された。これと10次元の混成弦とI型弦との双対性からF/K3とHet/T2が帰結する。 8次元での双対性をP1上にファイバーする事によりF/CYとHet/K3の双対性が予言されている。この双対性により、F理論の意義がはっきりする。F理論のモジュライ空間はHet/K3のモジュライ空間の摂動的領域と重なり、かつ摂動的記述のない領域へも拡張されるのである。これはF理論が純粋に幾何学的データのみで決定されることにより可能となる。しかしそのことと表裏一体の問題として、F理論が基本的対象の記述理論とみなせないため、F理論そのものの物理的解釈は存在しない。従ってIIB理論を通じて混成弦との双対性を理解する必要がある。8次元での双対性は以下で述べるような理解がなされているが、6次元ではIIB理論からの理解はほとんど得られていない。これを得るためには6次元でのIIB弦のコンパクト化空間(’D’多様体)を同定し、更にHet/K3の摂動的スペクトルに寄与するソリトンの自由度の特定を行う必要がある。本論文の意義は、8次元における解析を拡張することによりそれを実行した所にある。 8次元における双対性の証明には、’D’多様体によるコンパクト化によって得られるスペクトルを決定し、Het/T2の摂動的なそれと一致することを示す必要がある。特に、Dブレーンの重なりのみによっては得られないE型のゲージ場の起源となるBPS状態の特定が重要となる。このことは次のような迂回を経て行われた。オービフォールド極限からのK3の変形のパラメータと、N=2,Nf=4,SU(2)SYM理論のサイバーグウィッテン曲線に含まれるパラメータの間の1:1対応に示唆を得て、’D’多様体にD3ブレーンを挿入してその上の世界体理論を扱おうとするブレーン・プローブの思潮が育った。この世界体理論のBPS状態の考察をきっかけにして7ブレーンをつなぐ測地線がBPS状態を成すことが見出された。従って、’D’多様体がいかなる型の7ブレーンから構成されるかを同定し、可能な測地線を数え上げることがBPS状態の数え上げとなる。最近になって、群論的な考察に絞ってこれが行われ、BPS状態とストリング・ジャンクションの等価性が示された。ここにストリング・ジャンクションとはIIB理論の(p,q)弦を電荷、力の釣り合いを保つように合流させた三つ又状のソリトン解であり、M/T2の立場から存在が予想されていた。また、このようなソリトン解は1/4BPS状態である事が示され、ブレーン・プローブの枠内に還元されて超対称ゲージ理論のBPSスペクトルの同定に利用されている 次に、本論文のテーマであるF/CYとHet/K3の双対性について述べよう。Het/K3のモジュライ空間は8次元でのそれに比べて豊富な構造を持っており、ヒッグス・ブランチでは荷電ハイパー多重項の期待値によるヒッグス機構、K3上のゲージ束における極小インスタントンの出現等が起こる。これらモジュライ空間の各成分を、CYのモジュライ空間の特定の部分へ埋め込むことができ、中性ハイパー多重項がCYの複素モジュライと、ゲージ群がファイバーでのブローアップと、荷電ハイパー多重項がファイバーのextra singularityと対応する事が予言された。CYのモジュライ空間はHet/K3のそれの摂動的領域よりも広いので、Het/K3の非摂動的性質をF/CYから導出できるかも知れない。例えば底Bで2サイクルがつぶれる極限では、混成弦における解釈として、(4次元N=1へのreductionを経て)世代数が変化する転移が示唆されている。 IIB弦の観点のみからモジュライの対応を理解するため、以上のスペクトルが如何なる対象によって担われた自由度であるかを同定する事は今まで為されていなかった。本論文において私はF/CYをIIB弦の’D’多様体によるコンパクト化とみなすことにより、その自由度がストリング・ジャンクションに由来するとすれば、群論的性質、特に荷電ハイパー多重項の表現を決定でき、上記の対応を再現できる事を示した。その際、論証の鍵となる’D’多様体を構成する7ブレーンの型の決定が、J関数を用いて行える事が見出された。 |