学位論文要旨



No 114012
著者(漢字) 谷,太郎
著者(英字)
著者(カナ) タニ,タロウ
標題(和) ストリング・ジャンクションによる物質場の導出
標題(洋) Matter form string Junction
報告番号 114012
報告番号 甲14012
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3501号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 江口,徹
 東京大学 教授 米谷,民明
 東京大学 助教授 加藤,光裕
 東京大学 教授 早野,龍五
 東京大学 助教授 加藤,晃史
内容要旨

 モジュライ空間の一部で有効な摂動的記述を理論に非摂動的に存在する対称性を保つように貼り合わせる事によって厳密解を得るという手続きが、或る種の超対称ゲージ理論において双対性を利用して実行されて以来、弦理論における双対性の理解が、その非摂動的性質の理解を推進するとの期待が高まっている。このことは、双対性を探すことと、それを通してモジュライ空間のより広い領域で有効な記述を模索するという両面で追求されてきた。本論文では、混成弦をK3コンパクト化した理論(Het/K3)と双対であり、かつモジュライ空間がHet/K3のそれを包含するとの強い予想がなされているF理論のカラビ・ヤウ多様体(CY)でのコンパクト化理論(F/CY)を取り扱い、モジュライ空間の包含関係について、特にF/CYをIIB型弦の’D’多様体でのコンパクト化とみなし、その立場のみから理解することを目的にしている。これを行う際、ストリング・ジャンクションが重要な役割を果たすことになる。

 超弦理論における双対性の例として、10次元ではSO(32)混成弦とI型弦のS双対、IIB型弦の自己S双対が、コンパクト化した理論では、IIA/S1とIIB/S’1のT双対、IIA/K3とHet/T4のS双対などが挙げられる。理論Xと理論Yの間のS双対性の成立には次の事を確認する必要がある。第一に、低エネルギー有効作用の間に場の読み替えによる同一視ができること。その際、Xのディラトン場とYのそれは逆符号で結ばれる。第二に、理論のモジュライ、すなわちスペクトルが一致すること。ここでは低エネルギー有効作用のみならず、弦のmassiveレベルも考察の対象となる。すなわち、理論Xの摂動的スペクトルと、理論Yの弱結合領域でのゼロ質量状態を含むBPS状態を強結合まで外挿したものが等しいことが要請される。外挿が可能であるための条件が、BPS状態である。別の述べ方では、理論Yのモジュライ空間の中でextraなゼロ質量状態が出現(BPS状態がゼロ質量になる)した点で、双対な理論Xの弱結合での記述に移ることになる。このような記述の例として、IIA/K3でK3が特異となった場合がある。この時K3の2サイクル(種数0)に巻き付いたメンブレーンが成すBPS状態がゼロ質量となり、また種数1のリーマン面に巻き付いた状態がレベル1のBPS状態となって、ゲージ対称性が拡大したHet/T4理論に移る。確認すべき第三の点は理論を記述する基本的変数の間の写像が作られることである。例えば、IIA/K3のBPS解である基本弦解のゼロモードは、混成弦の世界面の場と同一視できる。

 このように、双対性のチェックにおいてBPS状態の自由度を同定することが本質的重要性を持つ。この事は、DブレーンがRR荷を持ち、BPSソリトンと同一視できることが発見されて後著しく簡略化されることとなった。すなわちBPS状態の自由度は、Dブレーンに付着する開弦の振動モードがもたらすゼロモードを量子化すればよい。

 Dブレーンはまた、コンパクト化された空間自体ともみなせる。例えば、ALE空間背景でのIIA弦は、D5ブレーン背景でのIIB弦と双対であることが示されており、ALE空間における特異性はD5ブレーンの重なりに、メンブレーンの2サイクルへの巻き付きはD5ブレーン同士をつなぐ開弦に対応する。すなわちこの場合IIB理論におけるBPS状態はD5ブレーンをつなぐ開弦であって、D5ブレーンが重なると、ゼロ質量のゲージ多重項を与える。これをIIB弦の6次元へのコンパクト化と見ると、時空はDブレーンの世界体の一部である。このようなコンパクト化空間を、D多様体(D-manifold)と呼ぶ。コンパクト化によって現れる低次元理論のスペクトルは、内部空間の変形の自由度に依存して定まる。一方D多様体の変形の自由度はDブレーンに付着する開弦が担っていた。このことから、D多様体によるコンパクト化に伴うスペクトルを導くには、D多様体を構成するDブレーンに付着し得る開弦を数え上げればよいことになる。また、この考え方を発展させて、Dブレーンの世界体理論として超対称ゲージ理論を実現しようとするBrane configuration理論が提唱された。そこではとくに目覚しい結果として、N=1超対称ゲージ理論のSeiberg双対性に幾何学的解釈を与えることが出来る。

 以上のような双対性の理解に基づいて、より包括的な理論を構築すること、すなわち、双対関係にある二つの理論の摂動的記述を、より広いモジュライ空間を持つ理論の別の領域での記述として捉えることが試みられてきた。特に、低次元での双対性をこのような理論の別のコンパクト化として実現することが出来る。その一つの候補がM理論であり、10次元の超弦理論との関係としてM/S1がIIA弦を、M/(S1/Z2)がE8×E8混成弦を与える。また、9次元ではM/T2とIIB/S1が結びつくことになる。そこでは、T2の複素モジュライがIIB弦の複素スカラー場に対応し、IIB弦のSL(2,Z)対称性にT2のモジュラー変換という幾何学的解釈を与えると同時に、IIBの基本弦解をSL(2,Z)変換して得られる(p,q)弦解の質量を、T2の二つのサイクルヘp,q回巻き付いたM2ブレーンの質量と同一視することが出来た。

 本論文で取り扱うF理論もより広いモジュライ空間を持つ理論の一つの候補である。F理論を導入する最初の動機は、IIB型理論のSL(2,Z)対称性を、10次元のままで幾何学的に解釈することにあった。この目的のため、IIB弦の複素スカラー場を、10次元の上のトーラスの複素モジュライに読み替えた12次元の仮想的理論がF理論である。仮想的とは、M理論と異なり、F理論には基本的対象を記述する理論としての解釈はなされておらず、IIB弦のある種のコンパクト化の定義を与える幾何学的表現と考えられるとの意味である。F理論の具体的な指定は次のように行う。10次元時空のコンパクトな部分空間Bの座標に依存した複素モジュライを持つトーラスを考え、それを底Bの、楕円ファイバーを持つ多様体Xとみなし、FのXでのコンパクト化と呼ぶ。同じことをIIB弦の言葉で述べれば、内部空間Bの座標に依存する複素スカラー場を持った背景場を指定したことになる。この複素スカラー場は一般にBのある領域でオーダー1となり、そこで弦理論が強結合となってしまうことがIIB弦に基づく解析を困難にしている。以下、本論文ではBとしてP1の場合(F/K3)、及びP1上のP1ファイバーの場合(F/CY)を考察することになる。BがP1の場合にはIIB弦の背景は、7ブレーンの集合となることが知られている。すなわち、’D’多様体によるコンパクト化とみなせる(但し、これらの7ブレーンはD7ブレーンとは限らず、そのSL(2,Z)変換をも含み、各々が、二つの整数によって[p,q]型の7ブレーンと指定される。Dの’’はその意味で付けた)。

 ここまでの記述ではF理論は単にIIB超重力理論の解を指定することと同値であるが、実際にはそれ以上の内容を持っている。混成弦の理論との双対性があるのである。F/K3が、K3のオービフォールド極限では単なるIIB型理論ではなく、I型理論となる、すなわち自動的に世界面パリティーによる射影を受けることが見出された。これと10次元の混成弦とI型弦との双対性からF/K3とHet/T2が帰結する。

 8次元での双対性をP1上にファイバーする事によりF/CYとHet/K3の双対性が予言されている。この双対性により、F理論の意義がはっきりする。F理論のモジュライ空間はHet/K3のモジュライ空間の摂動的領域と重なり、かつ摂動的記述のない領域へも拡張されるのである。これはF理論が純粋に幾何学的データのみで決定されることにより可能となる。しかしそのことと表裏一体の問題として、F理論が基本的対象の記述理論とみなせないため、F理論そのものの物理的解釈は存在しない。従ってIIB理論を通じて混成弦との双対性を理解する必要がある。8次元での双対性は以下で述べるような理解がなされているが、6次元ではIIB理論からの理解はほとんど得られていない。これを得るためには6次元でのIIB弦のコンパクト化空間(’D’多様体)を同定し、更にHet/K3の摂動的スペクトルに寄与するソリトンの自由度の特定を行う必要がある。本論文の意義は、8次元における解析を拡張することによりそれを実行した所にある。

 8次元における双対性の証明には、’D’多様体によるコンパクト化によって得られるスペクトルを決定し、Het/T2の摂動的なそれと一致することを示す必要がある。特に、Dブレーンの重なりのみによっては得られないE型のゲージ場の起源となるBPS状態の特定が重要となる。このことは次のような迂回を経て行われた。オービフォールド極限からのK3の変形のパラメータと、N=2,Nf=4,SU(2)SYM理論のサイバーグウィッテン曲線に含まれるパラメータの間の1:1対応に示唆を得て、’D’多様体にD3ブレーンを挿入してその上の世界体理論を扱おうとするブレーン・プローブの思潮が育った。この世界体理論のBPS状態の考察をきっかけにして7ブレーンをつなぐ測地線がBPS状態を成すことが見出された。従って、’D’多様体がいかなる型の7ブレーンから構成されるかを同定し、可能な測地線を数え上げることがBPS状態の数え上げとなる。最近になって、群論的な考察に絞ってこれが行われ、BPS状態とストリング・ジャンクションの等価性が示された。ここにストリング・ジャンクションとはIIB理論の(p,q)弦を電荷、力の釣り合いを保つように合流させた三つ又状のソリトン解であり、M/T2の立場から存在が予想されていた。また、このようなソリトン解は1/4BPS状態である事が示され、ブレーン・プローブの枠内に還元されて超対称ゲージ理論のBPSスペクトルの同定に利用されている

 次に、本論文のテーマであるF/CYとHet/K3の双対性について述べよう。Het/K3のモジュライ空間は8次元でのそれに比べて豊富な構造を持っており、ヒッグス・ブランチでは荷電ハイパー多重項の期待値によるヒッグス機構、K3上のゲージ束における極小インスタントンの出現等が起こる。これらモジュライ空間の各成分を、CYのモジュライ空間の特定の部分へ埋め込むことができ、中性ハイパー多重項がCYの複素モジュライと、ゲージ群がファイバーでのブローアップと、荷電ハイパー多重項がファイバーのextra singularityと対応する事が予言された。CYのモジュライ空間はHet/K3のそれの摂動的領域よりも広いので、Het/K3の非摂動的性質をF/CYから導出できるかも知れない。例えば底Bで2サイクルがつぶれる極限では、混成弦における解釈として、(4次元N=1へのreductionを経て)世代数が変化する転移が示唆されている。

 IIB弦の観点のみからモジュライの対応を理解するため、以上のスペクトルが如何なる対象によって担われた自由度であるかを同定する事は今まで為されていなかった。本論文において私はF/CYをIIB弦の’D’多様体によるコンパクト化とみなすことにより、その自由度がストリング・ジャンクションに由来するとすれば、群論的性質、特に荷電ハイパー多重項の表現を決定でき、上記の対応を再現できる事を示した。その際、論証の鍵となる’D’多様体を構成する7ブレーンの型の決定が、J関数を用いて行える事が見出された。

審査要旨

 双対性の方法を用いて1994年に超対称性を持つゲージ理論の厳密解が構成され強結合の場の理論の非摂動的振る舞いが初めて明らかにされた。引き続き双対性の方法が弦理論の分析に適用されここ数年間に大きな進展が起こっている。特に従来異なると考えられて来た種々の弦理論がたがいに双対の関係にあることが発見され,また11次元に種々の弦理論を統一する新しい基本理論,M理論が存在する可能性が強まっている。

 この論文では,混成弦理論とF理論の双対性の研究が中心テーマとなっている。混成弦理論は10次元でE8×E8(あるいはSO(32))のゲージ対称性を持ち種々の多様体上にコンパクト化する事によってより小さなゲージ群を持つ4次元の弦理論が得られる。一方F理論は時空に依存するディラトン場が存在する場合のタイプIIB型弦理論を記述する。タイプIIB型弦理論はもともと可換なゲージ対称性のみを含むがコンパクト化する多様体が退化して特異点を生じる時ゲージ対称性が拡張され非可換なゲージ対称性が現われる。混成弦理論とF理論の双対性はそれぞれ異なる多様体上でこれらの弦理論がコンパクト化される時,低次元で等価な理論が得られる事を主張する。

 混成弦とF理論の双対性は,まずバッファにより2次元トーラスT2上にコンパクト化された混成弦理論(Het/T2)と(楕円型ファイブレーションを持つ)K3多様体上にコンパクト化されたF理論(F/K3)について時空8次元で見いだされた。2次元トーラスT2上にコンパクト化された混成弦理論はその理論に現われる種々のスカラー場の真空期待値をパラメーターとして持つ。混成弦理論のスカラー場はナレイン・モジュライ空間O(18,2)/O(18)O(2)に値を取ることが知られている。一方(楕円型ファイブレーションを持つ)K3多様体のモジュライ空間はO(18,2)/O(18)O(2)で与えられる事が知られており,ふたつのモジュライ空間が一致する事からHet/T2とF/K3が互いに双対にある事が期待される。混成弦のゲージ対称性はナレイン・モジュライ空間でスカラー場の値が特にその格子点に来た時に拡張される。またF理論側ではモジュライ空間O(18,2)/O(18)O(2)の格子点でK3多様体が退化しゲージ対称性が拡張される。この対応関係により拡張されるゲージ対称性が二つの理論で一致する。

 この学位請求論文ではK3多様体上にコンパクト化された混成弦理論(Het/K3)とカラビ・ヤウ多様体上にコンパクト化されたF理論(F/CY)の時空6次元での双対性を議論している。この6次元の双対性は上で見た8次元の双対性よりかなり複雑な構造を持つ。まずHet/K3と双対なF理論を得るにはコンパクト化するカラビ・ヤウ多様体がP1上のK3ファイブレーションの構造を持たなければならない事が知られている。さらにK3が楕円型ファイブレーションを持つ場合には,カラビ・ヤウ多様体は結局ヒルツェブルフ多様体と呼ばれる多様体Fn上の楕円型ファイブレーションの構造を持つ。ヒルツェブルフ多様体FnはP1上のP1バンドルでそのねじれ具合いが添字nによって区別される。混成弦理論にはアノマリー相殺機構からインスタントン数24の背景ゲージ場が存在する。このインスタントン数はふたつのE8ゲージ群に分配される。モリソンとバッファは混成弦のE8ゲージ場がそれぞれ12+n,12-nのインスタントン数を持つ時,混成弦理論はヒルツェブルフ多様体Fnを底にした楕円型ファイブレーションの構造を持つカラビ・ヤウ多様体にコンパクト化されたF理論と双対である事を示した。

 この双対関係は豊富な構造を持っている。混成弦理論側ではもとのE8×E8のゲージ対称性がインスタントンの背景場によりより小さいゲージ対称性Gに落ち,Gの様々な表現に属する(荷電)ハイパー多重項やGの1次元表現に属する(中性)ハイパー多重項が現われる。(荷電)ハイパー多重項が真空期待値をもつとゲージ対称性Gはさらに小さな群に落ちる(ヒッグズ機構)。中性ハイパー多重項はF理論側ではカラビ・ヤウ多様体の複素構造のモジュライに対応する。ベルシャダスキー・モリソン・イントリリゲーター・サドフ・ヴァファは荷電ハイパー多重項はカラビ・ヤウ多様体のファイブレーションの余分に現われる特異点に対応する事を指摘した。

 しかしベルシャダスキー等は余分現われる特異点がGのどの表現に属するハイパー多重項を与えるかは予言する事が出来なかった。論文提出者は最近発展して来たstring junctionの手法を用いてF理論の余分な特異点がハイパー多重項のどの表現を与えるかを示し,それが知られた全ての例で予想されたものと一致する事を示した。

 論文提出者はまず余分な特異点を特定の7ブレーンの配位で表わし,これらの配位がstring junctionの理論で知られた手法によって群Gの特定の表現を与える事を示した。またこの解釈は生成されるハイパー多重項が特異点の付近でのみ零質量をもちその領域に局在化する事も自然に示している。

 論文提出者の仕事は新しく開発されたstring junctionの手法を用いてHet/K3-F/CYの双対性に残されていた不完全を取り除いたもので優れた業績と考えられる。審査委員一同で博士(理学)の学位を授与するにふさわしいものと認めた。

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