学位論文要旨



No 114016
著者(漢字) 安東,正樹
著者(英字)
著者(カナ) アンドウ,マサキ
標題(和) レーザー干渉計重力波検出器のパワーリサイクリング
標題(洋) Power recycling for an interferometric gravitational wave detector
報告番号 114016
報告番号 甲14016
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3505号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 牧島,一夫
 東京大学 教授 黒田,和明
 東京大学 教授 小林,孝嘉
 東京大学 助教授 黒田,寛人
 東京大学 教授 神谷,幸秀
内容要旨

 本研究では、レーザー干渉計重力波検出器におけるパワーリサイクリング(power recycling)技術の開発を目的としている。特に、power recycling実現において重要となる干渉計制御の問題について、基線長3mのプロトタイプ干渉計を用いて研究を進めた。

 重力波は光速で伝播する時空の歪みであり、その存在は一般相対性理論の一つの帰結として理論的に予言されている。また、J.H.Taylor達の連星中性子星の公転軌道の観測結果から、その存在は間接的に証明されている。しかし、重力波は、物質との相互作用が非常に小さいため未だに直接検出されていない。重力波の直接検出は、一般相対性理論の検証の役割を果たすのみならず、電磁波による天文学とは質の異なった新たな天文学を拓く可能性を秘めている。この新たな天文学の創生に向け、現在、国内外でレーザー干渉計重力波検出器建設プロジェクトが進められている。

 重力波検出器としては、共振型と呼ばれるものとレーザー干渉計を用いた自由質点型と呼ばれるものがある。共振型検出器は、重力波によって励起された弾性体振動を検出するものである。これまでに、熱雑音を低減するための低温化技術や振動検出器等、多くの技術が蓄積されてきており、世界各地で既に稼動している。しかし、共振型重力波検出器は弾性体の共振周波数付近の狭い周波数帯でしか感度を持たないため、重力波形の観測には向かない。一方、レーザー干渉計重力波検出器では、数百Hz程度の広い帯域で感度を持つため、重力波の波形観測を行うことができる。そのため、近年、レーザー干渉計の研究開発が精力的に行なわれ、現在では世界各国で4つのレーザー干渉計重力波検出器建設プロジェクトが進められている。レーザー干渉計重力波検出器は、自由質点間の固有距離の変化をレーザー光によって精密測定することによって重力波信号を検出するものである。これは、マイケルソン(Michelson)干渉計を基本としており、ビームスプリッター(beam splitter)によって分けられた直交する2方向の光路長変化の差を干渉縞の変化として光検出器でとらえるものである。実際の重力波検出器では、感度の向上や現実的な要請から、Michelson干渉計にさらに数枚の鏡を加えた構成がとられる。アメリカ合衆国のLIGO、イタリア・フランスのVIRGO、日本のTAMAといったプロジェクトで現在建設されているレーザー干渉計重力波検出器ではpower-recycled Fabry-Perot-Michelson干渉計という方式がとられている。これは、Michelson干渉計の鏡をファブリーペロー(Fabry-Perot)共振器に置き換えることによって実効的な基線長を伸ばすと同時に、power recycling技術を導入することによって実効的なレーザーパワーを増大させる方式である。一方、ドイツ・イギリスのGEOプロジェクトでは、dual-recycled Michelson干渉計という方式をとっている。これは、シグナルリサイクリング(signal recycling)と呼ばれる技術を用いることで実効的な基線長を伸ばすと共に、power recyclingも導入する方式である。

 現在世界で進められている4つのレーザー干渉計重力波検出器建設プロジェクトでは、いずれもpower recyclingを導入することになっている。これは、干渉計に入射されるレーザー光強度を増加させ、干渉計の主要な雑音の一つである散射雑音レベル(shot noise level)を改善するためである。通常、干渉計型重力波検出器は、Michelson干渉計の両腕からの反射光がbeam splitterの光検出器側で打ち消し合う(暗縞)状態で動作される。この状態では、beam splitterのレーザー光源側では両腕からの光は強め合う(明縞)ことになり、干渉計に入射されたほぼ全ての光が光源側に打ち返される。ここで、レーザー光源とbeam splitterの間に鏡を置き、この光源側に戻ってきた光を再度、干渉計に入射することで、干渉計に入射される光強度を増大させ、そのshot noise levelを改善するのがpower recyclingの原理である。

 しかし、実際の干渉計型重力波検出器においてpower recyclingを実現するためには解決すべき問題も多く残されている。その一つとして干渉計を動作させるための制御の問題がある。実際の干渉計型重力波検出器では、自由質点として振舞わなければならないという原理的な要請から鏡等の光学素子は振り子によって吊るされる。この振り子は、重力波観測周波数帯においては地面振動からの防振の働きも持っているが、振り子の共振周波数付近では、光学素子は外乱によって大きく揺らされてしまう。従って、干渉計を高い感度で動作させるために、光学素子を精密に制御することが不可欠となる。power recyclingを行った干渉計重力波検出器では、複数の共振器がお互いに結合した構成になっているため、この制御に用いる信号を分離して取得することは容易でない。また、制御されていない干渉計は、光学素子の変動に対し複雑な非線型の応答をするため、制御されていない状態から、制御によって線形応答を示す動作点に引き込むこと(lock acquisition)が可能かどうかは、power recycling実現における大きな不確定要素とされていた。

 本研究全体の目的は、実際のレーザー干渉計重力波検出器と同様な光学系を持ち、鏡等が懸架された基線長3mのプロトタイプ干渉計においてpower recycling制御技術の開発を行うことである。本研究は次の3つの目的を含んでいる。第一は、基線長3mプロトタイプ干渉計においてpower recyclingを実現することである。本研究以前にもpower recycling実験は行なわれてきているが、多くはテーブルトップでの固定鏡を用いた実験、または、懸架された単純Michelson干渉計での実験のみであった。3mプロトタイプ干渉計は、LIGO,VIRGO,TAMAと同様のFabry-Perot-Michelson干渉計であり、その鏡beam splitterは振り子によって懸架されている。この3m干渉計においてpower recyclingを実現し、そのlock acquisition過程を研究することは、プロトタイプ干渉計としては最初の成果になるばかりでなく、各プロジェクトの大きな不確定要素の一つを取り除くことになる。第二の目的は、制御信号の分離取得法の開発である。power recyclingを行ったFabry-Perot-Michelson干渉計が動作するためには、光路長方向の4自由度の制御が不可欠となる。しかし、この制御信号を分離して取得することは容易ではない。この問題を解決するため、各プロジェクトで、さまざまな手法が考案・研究されている。本研究では、光学パラメータの調節による信号分離法を新たに考案し、試みている。第三の目的は、power recyclingの効果による干渉計感度の向上である。干渉計型重力波検出器において、power recyclingはshot noise levelを改善させるために導入される。従って、shot noise levelの改善を確認するとともに、power recyclingの導入が干渉計雑音に与える影響を研究することが必要となる。

 基線長3mのプロトタイプ干渉計は東京大学理学部に設置されている。これは、両腕に長さ3mのFabry-Perot共振器を持つMichelson干渉計であり、power recyclingが組み込まれている(図1)。干渉計を構成する鏡とbeam splitterは二重振り子によって懸架されており、干渉計は真空槽に収められている。光源としては出力50mWのNd:YAGレーザーを用いている。制御のための信号はfrontal modulation法で得ているが、光学パラメータの調整を行うことで信号の分離を行っている。信号分離条件は、recycling cavity内に組み込まれた透過率可変ピックオフ機構によって実現している。これは、/4板を2枚の偏光ビームスプリッターではさんだもので、波長板を回転させることによって透過率を変えることができるようになっている。

図1:3mプロトタイプ干渉計の光学系と制御系。

 実験の結果、この3mプロトタイプ干渉計においてpower recyclingの実現に成功した。実現されたrecycling gainは、約3であった。干渉計は数時間程度非常に安定に動作し、干渉計内の光強度変化は、約1%程度であった。lock acquisitionについては、2通りの手法を試みた。その一つは、補助的な制御系でarm cavityをロックしてからbeam splitterとrecycling mirrorを制御するものである。この手法は、干渉計のミスアラインメント等が多少あっても動作点に引き込むことが可能であった。もう一つの手法は、制御系を動作させると、干渉計が動作点に自動的に引き込まれるというものである。干渉計が自動的にロックされていく様子は、LIGOグループ内でシミュレーション解析されているものと一致した。

 図2は、ピックオフの透過率を変化させた時の信号混入比と干渉計内の光強度増大率(power gain)の測定値を表している。この図から、最も分離が困難なrecycling cavity長制御信号に対する不必要な信号の混入比が約1:1に抑えられていることが分かる。これは通常の方法と比較して、不必要な信号が約1/100に抑圧されていることを意味する。不必要な信号の混入は、干渉計の鏡等の角度揺れによって制限されていると考えられる。

図2:測定された信号混入比(黒点)と干渉計内の光強度増大率(灰点).

 干渉計の変位感度は、最も良い周波数帯で2×10-17m/であった(図3)。この感度を制限している雑音源は特定できていないが、鏡の固定方法に起因していると推定されている。この雑音のためshot noise levelを直接確認できなかったが、power recycling導入前と比較すると、shot noiseが改善されるとともに、信号が増大するのに伴って検出系の雑音が低減されることが確かめられた。また、雑音解析の結果、recycling mirrorを導入した際に増大すると考えられる強度雑音や信号の混入による雑音は、感度に影響を与えていないという結論が得られた。

図3:測定された3mプロトタイプ干渉計の変位感度。

 以上より、3mプロトタイプ干渉計を用いて進めたpower recyclingの研究は当初の目的をほぼ達成したといえる。実際の重力波検出器では、より高いrecycling gainが要求されるため、制御系設計にかかる負担は大きくなることが予想されるが、本研究の結果を基に最適化していくことで、実現可能と思われる。

審査要旨

 本学位論文は、重力波の検出に向けた、物理学の実験的研究を述べたものである。

 一般相対論の予言する重力波を直接に検出する試みは、現代の実験物理学にとって最先端の挑戦の一つであり、その検出器として、ファブリ=ペロー型マイケルソン干渉計が有力である。これはレーザーを光源とするマイケルソン干渉計の2本の腕に、ファブリ=ペロー(FP)空洞共振器を用い、実効的な光路長を増して重力波の検出感度を高めたものである。この干渉計につきまとう各種の雑音のうち、究極と考えられるのが、光の量子性にもとづく散射雑音である。それを減らすにはレーザー強度を上げればよいが、それには限度がある。そこで干渉計から光源側に戻ってくる光を、リサイクリング鏡(R鏡)と呼ばれる鏡で打ち返してやれば、レーザー光の有効利用ができる。この技術はパワーリサイクリングと呼ばれ、それを実験的に確立するこが本論文の目的である。論文の第3章では、干渉計とパワーリサイクリング技術の基礎知識が記述される。

 R鏡は、左右のFP空洞の入り口の鏡とともに、リサイクリング空洞(R空洞)という2つの空洞共振器を新たに形成する。したがってパワーリサイクリング機能をもつ干渉計には4つの空洞共振器があり、それらの共鳴条件を、鏡位置のフィードバック制御で正確に保つ必要がある。4つの自由度の制御に必要な誤差信号は、レーザー光に位相変調を与えその復調信号から取り出す。しかしこの信号は2つのR空洞の誤差だけでなく、2つのFP空洞の同相誤差にも敏感なので、このままでは4つの自由度を分離して制御できず、その困難のためパワーリサイクリング機能は従来、FP空洞をもたない単純な干渉計でのみ実現されていた。申請者は4種類の制御信号の分離度を高めるために、位相変調のサイドバンド光がFP空洞とは共振せず、R空洞とは共振するよう選んだ上で、R鏡の背後に漏れ出してくるサイドバンド光を誤差信号として用いるという方式を考案した。実験的には、R空洞の中に可変な透過率をもつ光学素子を組み込むことでこの条件を満足させ、FP空洞からの同相誤差信号の漏れ込みを大幅に低減し、R空洞の誤差に対する制御の感度を大きく高めるという新しい制御方式を開発した。これは論文の第4章に述べられている。

 論文の第5章では、東京大学理学系研究科にあるプロトタイプ重力波検出器の記述がなされている。これは3mの腕長をもつファブリ=ペロー型マイケルソン干渉計で、国立天文台に建設中の300m干渉計(多摩300)の基礎技術開発に用いられている。

 第6章は本論文の核心部分であり、そこでは申請者は3mプロトタイプ重力波検出器に、実際にパワーリサイクリング機能を組み込んで詳細な実験を行っている。R空洞の中に可変な透過率をもつ光学素子を組み込むという申請者のアイディアは、実験的にみごとに成功し、期待どおりR空洞の後誤差信号をFP空洞の誤差信号からほぼ分離して取り出すことができた。その状態でのFP空洞内のレーザー光強度は、R鏡の無い状態に比べ3倍ちかく上昇しており、パワーリサイクリングが実現されていることが確かめられた。干渉計は完全にフィードバック制御がかかったパワーリサイクリング状態で、数時間にわたり安定に動作することが確認さた。また申請者は、干渉計を非制御状態から完全にフィードバック制御された状態に引き込む過程も実験的に調べ、半自動的に、あるいは全自動的に、引き込みが達成できることを検証した。

 最後に申請者は、パワーリサイクリング状態での干渉計の変位雑音を詳しく測定し、そこに地面振動、フィードバック回路の電気雑音、レーザーの周波数雑音などが寄与していることを確認している。ただしそれらの雑音に比べ、散射雑音のレベルはまだ低いため、パワーリサイクリングによって雑音レベルが下がるという直接の効果は確認できなかった。

 本研究は、ファブリ=ペロー型マイケルソン干渉計を用いた重力波検出器において、パワーリサイクリングを実現した世界初の例である。この方式は、日本の多摩300、アメリカのLIGO、ヨーロッパのVIRGOなど、近未来に稼働が始まる大型の重力波検出器のすべてに採用される予定であるので、本研究はそれら大型装置計画にとって意義の大きな進展であると評価できる。

 なお本研究は、坪野公夫氏をリーダーとするグループの共同研究であるが、研究のほとんどの面で申請者は中心的な役割を果たしており、その寄与は十分であると判断される。以上により、博士(理学)の学位を授与に値すると認定される。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54056