学位論文要旨



No 114019
著者(漢字) 石川,忠彦
著者(英字)
著者(カナ) イシカワ,タダヒコ
標題(和) 層状ペロブスカイト型Mn酸化物の分光学的研究
標題(洋) A spectroscopic study of layered perovskite type manganese oxides
報告番号 114019
報告番号 甲14019
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3508号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 藤森,淳
 東京大学 助教授 常行,真司
 東京大学 教授 石川,征靖
 東京大学 助教授 辛,埴
 東京大学 助教授 秋山,英文
内容要旨

 ペロブスカイト型構造を持つ一連のMn酸化物R1-xAxMnO3(Rは3価の希土類イオン、Aは2価のアルカリ土類イオン)は、近年、Tc近傍での負の巨大磁気抵抗効果(CMR効果)の発現により、一躍、世界的な精力的研究のターゲットとなった。この物質群の最大の特徴は、低温において2重交換相互作用に基づく強磁性金属相が発現することにある。

 例として、La1-xSrxMnO3系をとりあげよう。まず、整数フィリングのLaMnO3(Mn3+;3d4)は、協同的Jahn-Teller変形を伴う電荷移動型絶縁体である。これに、Srをドープしてやることにより、電気伝導をになうMn-Oのネットワークを壊すことなく、キャリアをドープすることが出来る。Mnサイト上において、スピンS=1/2を持つキャリア(eg電子)とS=3/2という大きな局在スピン(t2gスピン)との間の強いフント結合エネルギー(〜2.5eV)が存在するため、キャリアが局在スピンを揃えてまわり、運動エネルギーの利得を稼ぐこと(2重交換相互作用)に起因して、低温域で強磁性金属相が実現されるのである。

 さらに、組成変化により物性パラメータ(1電子バンド幅、ドープ量、etc.)を系統的に振った一連の研究の進展により、この物質系は、結晶構造的、磁気的、輸送特性的に、非常に多様な相図を構成していることが明らかとなってきた。その一因には、キャリアであるeg電子が、2重に縮退したMn eg軌道のどちらの軌道に入るかという自由度(軌道自由度)を持つという事実がある。この軌道自由度はJahn-Teller相互作用を通して、結晶格子とも非常に強く結合している。このように、スピン、電荷、格子、軌道といった様々な自由度がお互いに非常に強く複雑に絡み合っているということが、Mn系の特徴となっている。この複雑さを最も良く反映しているのが、格子とコメンシュレートなドープ量(x=1/2)近傍で、1電子バンド幅の狭い系において現れる電荷/軌道整列相の存在であると言える。この軌道整列現象は、電荷整列とともに、軌道自由度が凍結する現象であり、CE-type相という特異な磁気整列相の原因ともなっている。また、この電荷/軌道整列相は、磁場の印加により融解させることが可能であり、これによって超巨大磁気抵抗効果が発現する。

 本研究において我々が対象としたものは、上記の3次元系に類似のRuddlesden-Popper series(R,A)n+1MnnO3n+1と呼ばれる構造を持つMn酸化物である。この系の構造は、層状ペロブスカイト型構造とも呼ばれ、nが孤立したMnO2面の積層数を表し、nの増加により、2次元から3次元へと次元性がコントロール出来るという意味で非常にユニークな物質群である(図1)。このような、結晶構造的な2次元性の導入により、電気伝導性や交換相互作用などに実際に大きな異方性が導入されていることが様々な実験事実により示されており、これに伴う、新奇な物性が数多く見出されてきている。

 ここでは、以下の2つの点に関して光学的手法を用いた電子構造の研究を行った。

図1.[1]La1/2Sr3/2MnO4における電荷/軌道整列相転移

 上記の物質は、K2NiF4型構造というMnO2面が1層毎に孤立した形で積層された構造を持つ(図1左)。特に上記組成は、Mn1サイトあたりのホールドープ量が1/2であり、約220Kで電荷/軌道整列相転移を起こし、110Kで反強磁性転移を起こす。残念ながら、恐らくは非常に強い2次元性の為に、この単層の系においては0<x<0.7の広い組成域にわたって、強磁性金属相は実現されていない。そのためにかえって、電荷/軌道整列相が広い温度域にわたって最低温まで存在している。また、電荷/軌道整列の起こる面が結晶構造的に決まっていることと併せて、この系は、Mn系における電荷/軌道整列相転移の典型例として研究対象にするのに、適していると言える。

 そこで我々は、この相転移の際の特にMnO2面内に発生する軌道整列に伴う異方性に着目し、複屈折を利用して、軌道整列の秩序変数に関連した(電荷整列に直接関係しない)物理量の温度変化を調べた。結論として、軌道整列は、電荷整列と同時に起こること、また、より低温において発生する反強磁性秩序と競合を起こすことを再確認した(図2下)。これは、共鳴X線散乱実験と一致する結果である(図2上)。また、光学スペクトルの偏光依存性の測定により、この軌道整列に伴う可視域での光学的異方性の起源は、光学伝導度スペクトルにおいて1eV付近に存在し、電荷整列相転移に伴い大きく変化するピーク構造にあることがわかった。この1eVのピークはMn eg軌道とO2p軌道が強く混成した状態ヘドープされたホールに関係した吸収であることが組成依存性よりわかっている。従って、軌道整列により実現したジグザグに軌道が繋がったパスとそれに垂直な方向という、異方的なバンド構造の存在に起因する異方性であると考えられる。

図2.
[2]2層構造を持つMn酸化物における、磁性転移に伴う絶縁体金属転移及び類似の電子構造変化

 先に見た単層の場合と異なり、2層構造を持つ本系(図1中)は多少の3次元性の導入により、強磁性金属化、及びそれに伴う、CMR効果を示すことから(x=0.3,0.4)、2次元構造を持つCMR物質として特異な位置を占める。ここでは、低温強磁性相を持つx=0.3と0.4、また、低温反強磁性相を持つx=0.45と0.5の4つの組成について、光学スペクトルの温度、偏光依存性を調べた。

 常磁性相における光学スペクトルはMnO2面内(E⊥c)とc軸(E‖c)方向とで、非常に大きな異方性を見せ、特にc軸偏光のスペクトルは、組成変化によるMn eg軌道のキャラクターの変化を示唆している。

 x=0.4の光学伝導度スペクトルの温度依存性を図3に示す。強磁性金属化(Tc〜120K)により、面内偏光のスペクトルは大きな温度変化を見せ、そのスペクトル変化は、非常に広いエネルギー領域(〜3eV)にわたる。このような変化は、擬立方晶ペロブスカイト構造を持つMn酸化物でも観測されている。基本的には、フント結合エネルギーのスケール(〜2.5eV)に対応したスペクトル変化であり、2重交換相互作用による強磁性相の発現に伴う、スピンの向きに依存したバンド構造変化として理解できる。ただし、その際にバンド内遷移の増加分に対応するはずの低エネルギー域に流れ込んだ振動子強度のほとんどは、通常金属における0eVを中心としたDrudeピークとはならず、最低温で0.4eV付近に存在するピークに代表される、インコヒーレントな成分となっている。このような、低エネルギーにおいて明確なピーク構造を持つようなスペクトル形状は、2重交換相互作用に競合する電子-格子(軌道)相互作用が低温金属相においてすら重要な役割を果たしていることを示唆している。つまり、この系における金属相は、通常金属とは異なった、非常にポーラロニックなキャリアによって担われている特徴的なものであることを示している。

図3.

 一方、高ドープ領域(x=0.45,0.5)においては、強磁性金属相は発現せず、それにかわって、A-type反強磁性相と呼ばれるMnO2面1層については強磁性的に磁気整列する相が現れる。この相においては、輸送特性はむしろ絶縁体(又は、局在)的であるにも関わらず、強磁性転移と同様の大きな振動子強度の移動が観測された。しかし、低エネルギー域の振動子強度の増大は磁気整列が充分に発達している温度領域でも極端に抑えられており(図4)、擬ギャップ的構造が残っている。理論的には、A-type AF相は、(x2-y2)-typeの軌道整列に起因すると考えられており、金属化することが予想されている。従って、擬ギャップの存在はこの単純な軌道整列だけでは、説明しにくい。

 低エネルギー部に見られる光学フォノンのスペクトルには、A-typeのorderに伴い成長するモードが存在している(図4下向き三角)。このモードの起源を考察することにより、A-type相において、この系は少なくとも局所的には、はっきりとした構造歪みを伴っていることが判明した。また、その歪みはA-type相の秩序変数の成長と密接な関係にあることから、我々は、この格子歪みを引き起こしている機構(おそらくは、(3x2-r2)/(3y2-r2)-typeの短距離軌道秩序)が擬ギャップ構造を形成する原因となっており、金属的伝導を抑制していると考えた。

図4.
審査要旨

 本論文は、巨大磁気抵抗効果や電荷・軌道整列などの現象により近年注目を集めているペロブスカイト型マンガン酸化物に類似の構造を持つ層状ペロブスカイト型マンガン酸化物の電子物性を、光学的手法を用いて研究したものである。3次元ペロブスカイト型マンガン酸化物AMnO3は、Aサイトのイオン(希土類、アルカリ土類)の価数およびイオン半径を原子置換により制御することによってMn3+価数状態に対するホール・ドーピング量とバンド幅を制御することができ、これによって生じる物性の変化が系統的に研究されてきた。さらに、AO面とn枚のMnO2面がc軸方向に交互に重なったAn+1MnnO3n+1系列において、MnO2面の層数nを変えることにより、電子構造の次元性を制御することも可能である。本論文では、電荷・軌道整列がX線散乱実験で確認されているホールを50%ドープした1層(n=1)化合物La1/2Sr3/2MnO4と、ドーピングによって様々な磁気秩序・軌道秩序が実現すると考えられているホールを30〜50%ドープした2層(n=2)化合物La1-2xSr1+2xMn2O7について光学的測定を行い、電子構造を実験的に明らかにしている。本論文は、次の4章からなる。

 第1章では研究の背景として、ペロブスカイト型および層状ペロブスカイト型マンガン酸化物の構造、物性、相図および基本的な電子構造を概観している。負の磁気抵抗効果が二重交換相互作用により定性的に説明できること、その定量的な説明には電子-格子相互作用も考慮する必要があることなど、研究の背景が述べられている。とくに、本論文で取り上げた物質の磁性、伝導性、電荷・軌道整列について、最近の研究が詳しく紹介されている。

 本論文で用いた実験手法および解析方法が第2章に述べられている。本論文では、フローティング・ゾーン法により作製した単結晶試料の僻解面および研磨面について光学反射率が測定され、クラマース・クローニッヒ変換により光学伝導度スペクトルが求められている。これらの光学伝導度スペクトルの温度、ドーピング、偏光依存性より、数meVから数eVにわたる広範なエネルギー範囲の電子構造に関して情報を得ている。また、複屈折測定から、電荷・軌道整列によると思われる光学的異方性を検出し、電荷・軌道整列の温度依存性を高精度で調べている。

 続く第3章では、50%ドープされたホールが電荷・軌道整列を示す1層化合物La1/2Sr3/2MnO4について述べられている。電荷・軌道整列がおこるとされている220K以下で、結晶の対称性の低下による光学複屈折を実際に観測した。そして、複屈折強度の温度変化が、電荷・軌道整列によるX線散乱強度と一致することを確認し、X線散乱よりさらに高精度で電荷・軌道整列のオーダーパラメータの温度依存性を測定できた。その結果、反強磁性秩序が出現する110K以下で電荷・軌道整列のオーダーパラメータがわずかに減少することを見い出し、電荷・軌道整列とスピンの整列が競合することを見い出した。また、電荷・軌道整列により赤外許容となるフォノン構造の強度からも、オーダーパラメータの同様な温度変化が導かれた。面内の光学伝導度スペクトルは1.2eV付近にピークを持つ絶縁体的な形状を示し、このピークをMnイオン間の電荷移動によるピークと同定した。

 第4章では、いくつかの異なったホール濃度を持つ2層化合物La1-2xSr1+2xMn2O7(x=0.3,0.4,0.45,0.5)の電子構造が光学測定により調べられている。2層内でMnのスピンが強磁性的に揃っているx=0.3および0.4の試料は低温で金属的伝導を示し、2層内でMnのスピンが反強磁性的なx=0.45および0.5は絶縁体的な伝導を示す。x=0.3,0.4の光学伝導度スペクトルは強磁性を示す3次元ペロブスカイト型マンガン酸化物と類似のドーピングおよび温度依存性を示したが、低エネルギー吸収は3次元マンガン酸化物のように=0eVではなく有限のエネルギー0.4eVにピークを示し、面内のキャリアー・ダイナミックスが、電荷・軌道ゆらぎなどの何らかの機構によりインコヒーレントになっていることが示唆された。絶縁体であるx=0.45、0.5の光学伝導度スペクトルにはドルーデ吸収は見られないが、x=0.3,0.4に匹敵する温度に依存したスペクトル強度の移動が見られた。また、x=0.5試料のネール温度以下で禁制フォノン構造が光学伝導度スペクトルに見られ、X線、中性子線回折では見られない波数ベクトル(,)を持った格子変形がA型反強磁性秩序に伴っていることを提唱した。本論文のまとめと将来の展望は、最後の第4章で述べられている。

 以上のように論文提出者は、光学的手法を用いて、層状ペロブスカイト型マンガン酸化物の電子構造についてユニークかつ詳細な研究を行い、電荷・軌道整列とそれに伴う電子構造変化や、層状マンガン酸化物に特徴的なキャリアーのダイナミックスについて新しい知見を得た。この点で、本論文は審査委員会で高く評価された。なお、本論文は十倉好紀氏、勝藤拓郎氏、木村剛氏、戸部克広氏、大倉健嗣氏との共同研究であるが、測定、解析のすべてと試料作製、装置開発の一部を論文提出者が主体的に行なったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断される。よって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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