学位論文要旨



No 114023
著者(漢字) 伊豫本,直子
著者(英字)
著者(カナ) イヨモト,ナオコ
標題(和) 近傍銀河における活動性が減少した中心核ブラックホールのX線観測
標題(洋) X-ray Study of Declined Activity in Massive Black Holes at the Center of Nearby Galaxies
報告番号 114023
報告番号 甲14023
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3512号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 満田,和久
 東京大学 教授 木舟,正
 東京大学 助教授 須藤,靖
 東京大学 教授 吉澤,徹
 東京大学 教授 折戸,周治
内容要旨 1はじめに

 宇宙年齢の比較的若い時期に、クェーサーと呼ばれる大光度の活動銀河核(active galactic nuleus;AGN)が数多く存在していたことは、よく知られた事実である。これらクェーサーからの放射は非常に光度が大きく(X線光度にしてLX=1045-47erg s-1)、107-9(=太陽質量)の巨大ブラックホールへの質量降着による重力エネルギーの解放が唯一の可能な説明となっている。いっぽう、我々の近傍にはこれほどの光度を持つAGNは見当たらない。このことから、宇宙年齢の間にAGNの活動性が減少していると、一般に考えられている。その検証には、ブラックホール質量の割に光度が低いAGNを我々の近傍に数多く見つける必要がある。じっさい最近、活動性のない、または活動性の低い近傍銀河の中心に、星やガス円盤の運動学的な観測を通じて、107-9の巨大ブラックホールの存在が確かになってきている。ただし、その観測例は多くない。

2多数の低光度AGN(LLAGN)の発見(Chapter4)

 X線観測が進むにつれ、わずかな質量降着による弱いX線放射を手掛かりとして、近傍の銀河の中にきわめて低光度のAGN(low-luminosity AGN;LLAGN)を捜し出すことが可能になってきた。とくに10keVまでの帯域ですぐれた感度をもつ「あすか」の登場により、LLAGNの検出例は、大幅に増えつつある。

 じっさい私は「あすか」を用い、LX=1040-41ergs-1のLLAGNを、NGC1097(Iyomoto et al.1996PASJ48,231)、NGC1365、NGC1386(Iyomoto et al.1997PASJ49,425)、NGC3065、NGC4203(Iyomoto et al.1998a ApJ503,168)といった近傍銀河の中に検出した。また私は、LLAGNからの微弱なX線を、親銀河に含まれる他のX線天体といかに区別するか、という方法も開発してきた。

 しかしLLAGNの光度が低い原因として、2つのあい反する可能性が考えられる。ひとつはブラックホールは重いが質量降着率が低いという可能性、もうひとつは降着率はエディントン限界に近いがブラックホール自体が軽いという可能性である。LLAGNを活動度の減ったAGNとみなすには、LLAGNが重いブラックホールを持つことを確かめる必要がある。

3LLAGNの時間変動の解析(Chapter5)

 LLAGNの質量を推定するには、X線の時間変動を有効に使うことができる。なぜならブラックホール天体の変動の時間スケールは、系の質量をよく反映しており、光度∝質量∝サイズ∝時間スケール、というスケール則が成り立つと解釈されているからである。じっさいクェーサーやセイファート銀河では、低光度のものほどX線で激しい短期変動を示すことが知られており(Nandra et al.1997ApJ476,70)、なかでも低光度のセイファート銀河(LX〜1042ergs-1)では、103-4秒の変動も稀ではない。これに対して「あすか」で観測されたLLAGNは、1040-41ergs-1の光度にもかかわらず、ほとんど短期変動を示さない(Ptak et al.1998ApJL501,L37)。このことは、LLAGNの変動のパワーが長い周期に集中している可能性を、さらには重いブラックホールを持つ可能性を示唆している。

 この点を定量的に調べるには、X線時間変動のパワースペクトルを推定する必要がある。一般にブラックホールへの降着によるX線放射はランダムな時間変動を示し、変動のパワースペクトルは低周波側では白色雑音、高周波側では赤色雑音という2成分で表わすことができる。2つの領域の境目となるknee周波数において変動のパワーはもっとも大きく、系の特徴的な時間スケールといえる。LLAGNの中心ブラックホールがクェーサーなみに重いという仮説が事実なら、そのknee周波数は10-6Hz(周期にして数十日)から10-8Hz(周期にして数年)といった低い周波数領域にあると予想される。これを確かめるには長い期間にわたる複数回の観測が必要であるが、LLAGNは微弱で硬いスペクトルを持つため観測が難しく、これまでわずかな観測しか行なわれていない。したがってLLAGNについて長周期のパワースペクトルを求める試みは、ほとんど行なわれてこなかった。

 私は近傍の渦巻き銀河M81を選び、詳しい時間変動の解析を行った。M81はLX〜1040ergs-1のLLAGNを擁しており、さらにその中に超新星1993Jが出現したことから、「あすか」により3年半の間に13回にわたり観測されている。私は、観測回数が少なくサンプリングがひじょうに不規則な場合でも、光度曲線からパワースペクトルを高い信頼性で推定できる手法として、structure function(SF)法(Simonetti et al.1985ApJ296,46)を解析に適用した。SF法は、ある時間差だけ離れた2回の観測でどれだけ対象の強度が変動したかを求め、それをの関数として調べるものである。その結果、<1日では比較的多くの観測点があるため、M81中心核のパワースペクトルの高周波の赤色雑音部は、周波数の-(1.8±0.4)乗に従うことが求められた。これは他のAGNやブラックホール連星の場合と、よく一致する。

 いっぽうknee周波数があると予想される低周波側では、SFはデータ欠測の影響をひじょうに強く受けてしまうものの、全体としては低周波まで赤色雑音部が伸びている傾向が見える。この点を定量的に調べるため、私は前述のパワースペクトルを仮定し、さまざまなknee周波数の場合のそれぞれについて、モンテカルロ法により疑似的な多数の光度曲線を発生させ、それにM81と同じサンプリング窓をかけて疑似的な観測データを作り、それらに対してSFを計算した。得られた疑似SFと実際に観測されたSFを比較し、さらにモンテカルロ法によって誤差範囲を見積もった。その結果、2成分パワースペクトルでM81の観測を解釈した場合のknee周波数は、90%の信頼性で-1であることがわかった。この方法で推定したM81中心核のパワースペクトルを図1に示す。これほど低周波(長周期)までLLAGNのknee周波数に制限がついたのは初めてである。得られたknee周波数は、暗めのセイファート銀河のものに比べて2-3桁も低い。さらに、LLAGNの放射メカニズムが他のAGNの場合やブラックホール連星の場合と同様であると仮定して、前述のスケーリングでknee周波数を質量に焼き直すととなる。M81中心核の質量については星やガス円盤の運動学では上限のみが推定されているが、今回の結果はそれらの上限と矛盾のない値である。

図1:M81中心核のパワースペクトルの推定値。平均光度で規格化してある。太線はベストフィット値を、細線はknee周波数と赤色雑音部の傾きの2パラメータでの90%信頼域を示す。
4劇的に光度が減少したAGNの例(Chapter6)

 以上のように、近傍のLLAGNが活動性が減少したAGNである可能性は高いといえる。しかし、これらのLLAGNが過去に本当に活動的であったかどうかは、実は明らかではなく、昔から活動性の低い別種の天体という可能性もある。そこで私は宇宙論的な時間スケールで活動性が低下した実例として、近傍(20Mpc)の電波銀河NGC1316(Fornax A)に着目した(Iyomoto et al.1998b ApJL503,L31)。

 私は「あすか」のX線観測により、NGC1316の中心核のX線光度は他のLLAGNに比べても低いことを発見した。強い吸収(水素の柱密度にして1024cm-2)で遮られていたとしても、その本来の光度は2×1040ergs-1以下と推定される。いっぽうで、NGC1316は明るい電波ローブを持つことから、過去には中心核は活動的であったと考えられる。実際、同様のローブ光度を持つ他の電波銀河に比べて、NGC1316の中心核のX線光度は1-2桁暗い。

 私はさらに、NGC1316の中心核の活動が停止した時期を見積もった。これにはNGC1316の電波ローブからの逆コンプトンX線を使用した。NGC1316の電波ローブからは「あすか」により、Kaneda et al.(1995ApJL453,L13)らが世界で初めて、空間的に広がった逆コンプトンX線の検出に成功している。彼らはさらに、磁場と電子エネルギー密度との見積もりを行った。私はその後に行われた「あすか」の追加観測のデータまで使って、より精度良い見積もりを行なった結果、ローブX線のスペクトルの光子指数は、電波での光子指数(0.9±0.2)と良く一致することを示した。したがってローブからの広がったX線は、宇宙背景放射(CMB)光子がローブのシンクロトロン電子によってたたき上げられた逆コンプトン放射であると結論できる。さらに、電波強度とX線強度の比を用いることにより、ローブ中の磁場を2.9±0.2Gと精度良く推定した。

 私は確定した磁場を使って、電波スペクトルのカットオフ周波数の下限値(5GHz)から、ローブ中の相対論的電子がシンクロトロン放射と逆コンプトン放射でエネルギーを失う年齢を、0.03Gyr以下と見積もった。さらに得られた電子のエネルギー密度からNGC1316自身のローブに蓄えられたエネルギーを見積もった。この値から推定される過去の中心核の光度は、前述した他天体との比較による推定値を支持している。したがって、NGC1316の中心ブラックホールの活動性は、0.03Gyr前から現在にかけて少なくとも1桁は減少したと考えられる。NGC1316は、過去の激しい活動性の証拠と現在の静かな中心核の姿がひとつの天体において観測された貴重な例といえる。

 以上、3つのステップにわたる研究により、我々の周辺の多くの通常銀河の中に活動性の減少したAGNが隠れている、という可能性が、一段と強められたといえる。

審査要旨

 我々の宇宙の最も明るい(luminous)な天体、Quasarは、108から109太陽質量の巨大ブラックホールであると考えられている。Quasarの空間密度は、red shift2付近にピークがあり、我々の近傍では急激に減少することが知られている。このことは、活動銀河核の進化に重要な示唆を与えているが、red shift2付近に数多く存在したQuasarが現在どこにいってしまったのかということについては、まだ理解されていない。たとえば、我々の近傍にはセイファート銀河と呼ばれる活動銀河核がたくさん存在するが、その平均的なブラックホール質量はQuasarにくらべると小さく、Quasarが進化したとは考えられない。

 これに対し、最近のあすか衛星などの観測から、我々の近傍の一見普通の銀河に、低光度銀河核ともよぶべき活動性の低い銀河核が存在することがわかってきた。

 本博士論文は、この低光度活動銀河核が、Quasarのなれのはての候補と考えて矛盾がないのかどうかを検証する、という立場から、低光度活動銀河核を3つの方向から研究している。論文は7章からなり、第1から第3章は、それぞれ、問題提起、過去の観測のレビュー、観測装置とデータ処理方法が述べられている。

 第4章で、3つの方向の研究の中の、第一の方向が述べられている。ここでは、近傍の8つの銀河からセファート銀河にくらべて、一桁から2桁程度暗い低光度活動銀河核を検出した。その結果にもとづいて低光度活動銀河核Luminosity functionに制限をつけた。

 次に、第5章で、超新星1993Jの観測のために、長期間にわたる観測が行われた銀河M81の中の低光度活動銀河核のX線時間変動を詳しく研究した。ここでは、ストラクチャーファンクションという新しい解析方法を用い、その適応限界をシミュレーションにより十分検討した上で、M81の低光度活動銀河核の変動のパワーが数100日の時間尺度の低周波までのびていることを示した。これまで、低光度活動銀河核は一般に時間変動が小さい、と言われてきた。しかし、この観測結果は、時間変動が小さいく見えるのは、変動の絶対値が小さいのでなく、これまでの観測がみていた時間尺度にくらべて実際の変動の時間尺度が長いために、変動が小さくみていた、ということを明らかにした。これを、活動銀河核と銀河系内のブラックホール天体の時間変動の時間尺度とブラックホール質量の間に近似的に成り立っていると考えられている関係に適応すると、M81の活動銀河核のX線光度は小さいが、それはQuasarと比較すると、ブラックホールの質量が小さいのではなく、質量降着率が小さいためである、と解釈することができる。

 続いて第6章では、電波ローブを持ちながら、中心核がX線で暗い銀河NGC1316の観測結果が述べられている。この観測では、電波ローブ内の相対論的電子による3K背景放射の逆コンプトン散乱によるX線放射を検出し、電波ローブの物理的なパラメータに制限をつける一方、中心核のX線光度にきびしい上限をつけた。この結果から、この銀河の中心核は、現在は低光度活動銀河核あるいは、それ以下の明るさしかないが、約0.04Gyr(4000万年)前には、セイファート銀河程度の明るさがあったことを示した。

 最終章では以上の結果がまとめられている。

 以上の結果は、Quasarの子孫として低光度活動銀河核をと考える上で重要な知見となるものであり、博士論文を授与するに値する十分な研究結果であると考える。また、本研究を遂行する上で論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、本論文提出者に博士(理学)の学位を授与できると認める。

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