回転運動は、原子核の集団運動の中でも特徴的なものの一つであり、永く研究されてきた。しかし、その多くに於いては、回転軸を固定した上で、内部状態をその軸まわりに量子的に回転させ、量子多体効果を研究する、というのがほとんどである。このような描像だけでは全ての場合は説明できないであろう、というのは容易に想像できることであるが、実際、そのような従来の理論的枠組みを越えていると考えられる現象が近年見つかってきた。その一つが、本論文の主要なテーマでもある、3つのバンド、即ち、gバンド、sバンド、及び高いKのバンドの相互作用である。それらのバンドの、例えば、質量数A=180領域原子核でのクロッシングと考えられる現象が見つかっている。本論文では、これを揺動運動(Wobbling motion)の立場から研究した。 揺動運動とは、簡単に言うと、上に述べた回転軸がふらつく、というものである。それを量子力学的に扱うには、様々な回転軸を設定し、その軸回りの回転運動として原子核の内部状態を良い回転運動状態に射影する。このような事を複数の回転軸に対して行い、それらを(生成座標法の)非直交基底として、実験室系でのハミルトニアンに関してそれらの基底間の行列要素を求め、対角化する。このような試みは、頭の中で考えることは出来ても、その計算上の困難さからこれまで行われていなかった。それに対して、計算としては完全でないにせよ、初めて行ったという点において、本論文の価値は十分にあると言える。 本論文では、回転軸をとるにあたり、ある面内で数本のものをとり、それらについて上で述べた計算を実行した。これは、近似ではあるが、既に十分困難な計算であり、現状では止むを得ない。この計算は、行列要素の角運動量射影であるが、このような重い原子核に対して、それを行ったのも初めてであり、計算物理学的な面からも十分評価の対象となる。すなわち、3次元クランキングHFB状態の角運動量射影を初めて行なったのであるが、その際の一つの大きな問題点がノルムカーネルの位相問題であった。ノルムカーネルは直接計算してもいいのであるが、大西公式を用いて計算しようとすると、この位相問題が出てくる。本論文では、解析接続法を改良し、新しい方法を作ってこれを解決した。この点も評価できる。 得られた結果に関しては、高いKのバンドがイラストバンドと相互作用した後に見せるシグネチャー分離、及び、反転を微視的な計算により半定量的に再現できた事は重要である。 以上のように、原子核多体問題の微視的取り扱いに於いて、これまでやりたくても誰もできないできた難しい計算を、方法論的な改良も併せて行う事によって、可能にした意義は大きい。それによって、実験データの説明が可能になるという期待も抱かせてくれる。そこで、学位論文として十分な意義を持つと考えられる。 これらの論文は指導教官である大西教授との共同研究ではあるが、主要部分は論文提出者の手になるものであり、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。 |