学位論文要旨



No 114025
著者(漢字) 大井,万紀人
著者(英字)
著者(カナ) オオイ,マキト
標題(和) バンド交差領域における揺動運動
標題(洋) Wobbling motion in the band crossing region
報告番号 114025
報告番号 甲14025
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3514号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 石原,正泰
 東京大学 教授 太田,浩一
 高エネルギー加速器研究機構田無分室 教授 赤石,義紀
 東京大学 教授 矢崎,紘一
 東京大学 教授 大塚,孝治
内容要旨

 1970年代の前半に、バックベンディング現象が希土類領域で発見された。この現象は、当初原子核における相転移ではないかと考えられていたが、様々な研究の成果により、フェルミ面近傍で励起した2つの準粒子がコリオリ力により回転軸方向に整列して生じる現象(回転整列)であることがわかった。この現象は、基底回転状態バンド(gバンド)と回転整列バンド(sバンド)が交差するというバンド交差模型により説明できる。したがって、この現象が発現する条件として、フェルミ面のすぐ上に、回転整列をおこすhigh-j侵入軌道(希土類の場合はi13/2)が存在することが必要なことがわかった。

 一方、1990年に入り、A180領域の原子核(Os,Wなど)でもバックベンディング現象が発見された。この領域では、フェルミ面は侵入軌道の真中あたりまで入り込んでいて、上記のような回転整列模型によって現象を説明することができない。実験により、バックベンディングが生じる角運動量領域では、3つのバンドが相互作用しあっているらしいことがわかってきた。つまり、g、sバンドと高Kバンドである。(Kというのは、全角運動量のz軸方向への射影成分のこと。)gバンドもsバンドも低K成分が主のバンドであるから、高kバンドの存在は何か新しいバックベンディングの機構を示唆している。

 私達は、その機構の候補として「揺動運動」(wobbling motion)を考え、角運動量射影法と生成座標法により、実験事実の説明を試みた。生成座標法とは、非直交基底の重ねあわせにより量子力学的な混合状態を取り扱う方法である。この研究においては、自己無撞着に解いた3次元クランキング状態を基底に選ぶことで、回転軸が動的に変化するような回転状態(揺動運動)の記述を試みた。

 説明すべき実験事実とは、(1)変形が小さいにも関わらず、K選択則を大きく破る遷移が高Kバンドから低Kバンド(イラスト)にかけて生じること(2)角運動量I=10で回転周波数()が減少し、バックベンディング現象が生じること、(3)高Kバンドにおいて、角運動量I=16辺りから、シグナチャー分離、およびシグナチャー反転が生じること、の2つである。シグナチャー分離とは、同一バンドのメンバーが、角運動量の偶奇によって二つのバンドに分離することで、シグナチャー反転とは、その分離した2つのバンドのうち、奇数角運動量をもつメンバーからなるバンドの方が、偶数メンバーのバンドより、エネルギー的に低くなることをいう。

 (1)については、GCM after AMP(角運動量射影後生成座標法)の枠組で定義される揺動運動が結合モードとなって、低K状態と高K状態が相互作用することを示すことができた。(2)については、通常のクランキング模型で仮定される主軸回転状態(PAR)により、ほぼ説明できることがわかった。(3)についても、揺動模型により定性的に説明できることがわかった。

 これらの結果から、A180領域の原子核のバンド交差現象は、揺動運動を介して3つのバンドが交差するという描像が描けるという結論に至った。

Figure1:揺動模型に基づいた計算で求めた182Osのエネルギースペクトル。シグナチャー分離および反転が再現されている。Figure2:揺動模型に基づいた計算による、各バンド(イラスト、イラール、第2イラールバンド)に含まれるK成分の確率。Fig.1からバンド交差はで起きていると考えられる。イラストおよびイラールバンドにおいて、バンド交差の前後を比較すると、バンド間の相互作用によるバンド混合が生じているのがわかる。
審査要旨

 回転運動は、原子核の集団運動の中でも特徴的なものの一つであり、永く研究されてきた。しかし、その多くに於いては、回転軸を固定した上で、内部状態をその軸まわりに量子的に回転させ、量子多体効果を研究する、というのがほとんどである。このような描像だけでは全ての場合は説明できないであろう、というのは容易に想像できることであるが、実際、そのような従来の理論的枠組みを越えていると考えられる現象が近年見つかってきた。その一つが、本論文の主要なテーマでもある、3つのバンド、即ち、gバンド、sバンド、及び高いKのバンドの相互作用である。それらのバンドの、例えば、質量数A=180領域原子核でのクロッシングと考えられる現象が見つかっている。本論文では、これを揺動運動(Wobbling motion)の立場から研究した。

 揺動運動とは、簡単に言うと、上に述べた回転軸がふらつく、というものである。それを量子力学的に扱うには、様々な回転軸を設定し、その軸回りの回転運動として原子核の内部状態を良い回転運動状態に射影する。このような事を複数の回転軸に対して行い、それらを(生成座標法の)非直交基底として、実験室系でのハミルトニアンに関してそれらの基底間の行列要素を求め、対角化する。このような試みは、頭の中で考えることは出来ても、その計算上の困難さからこれまで行われていなかった。それに対して、計算としては完全でないにせよ、初めて行ったという点において、本論文の価値は十分にあると言える。

 本論文では、回転軸をとるにあたり、ある面内で数本のものをとり、それらについて上で述べた計算を実行した。これは、近似ではあるが、既に十分困難な計算であり、現状では止むを得ない。この計算は、行列要素の角運動量射影であるが、このような重い原子核に対して、それを行ったのも初めてであり、計算物理学的な面からも十分評価の対象となる。すなわち、3次元クランキングHFB状態の角運動量射影を初めて行なったのであるが、その際の一つの大きな問題点がノルムカーネルの位相問題であった。ノルムカーネルは直接計算してもいいのであるが、大西公式を用いて計算しようとすると、この位相問題が出てくる。本論文では、解析接続法を改良し、新しい方法を作ってこれを解決した。この点も評価できる。

 得られた結果に関しては、高いKのバンドがイラストバンドと相互作用した後に見せるシグネチャー分離、及び、反転を微視的な計算により半定量的に再現できた事は重要である。

 以上のように、原子核多体問題の微視的取り扱いに於いて、これまでやりたくても誰もできないできた難しい計算を、方法論的な改良も併せて行う事によって、可能にした意義は大きい。それによって、実験データの説明が可能になるという期待も抱かせてくれる。そこで、学位論文として十分な意義を持つと考えられる。

 これらの論文は指導教官である大西教授との共同研究ではあるが、主要部分は論文提出者の手になるものであり、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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